今日1月10日は成人の日でした。新成人の皆様、本当におめでとうございます!
私の地元の高見学区でも、高見小学校で新成人の祝いの会が開かれ約70名の新成人が集われていました。私は学区顧問として来賓の祝辞をさせて頂きましたが、あいにく時間が押していたので式典の時間上話を短くする必要に迫られ「詳しくはwebで」と申し上げることにしました。だって、寒い体育館でいくら祝辞でありがたい話でも何人も聞き続けたらうんざりしますよね。そうなる前に空気を読んで手短に済ませました。これもまた気配りかなと、思います。
これから書く内容はその時にお話しさせていただくつもりで考えていたものです。
新成人の皆さんへのお祝いというよりは、私からのお願い、そして若い皆さんに託したいことです。
題して「新成人の皆様と分かち合いたいこと、そして託したいこと」です。
さて、今日の式典を準備してくださった地元学区の方々の真心には心より感謝申し上げます。この学区の役員の方々は大体60歳代以上の方が多いようです。
私は現在41歳。新成人の皆さんと学区の皆さんの中間に位置すると思います。
これから40年後50年後には、私は81歳、91歳。もしかしたらもう死んでいるかもしれません。
しかし新成人の皆さんは60歳、70歳で恐らくはまだお元気に暮らしているのではないでしょうか。医学の進歩は目覚ましいですから、そのころには癌も克服されていて今よりももっと長寿になっているかもしれませんね。
ですから、その40年、50年後の未来を皆さんに託したいのです。
皆さんにしか託せないのです。
私が20歳になったころ(新成人の皆さんは生まれたばかりですね)、日本経済はバブルの真っただ中にありました。
日本中が好景気に沸きかえり、今では信じられないことですが就職活動は一人が5社、10社の内定をもらうのは当たり前の時代でした。
振り返って見れば、日本は戦後の復興期を経て、高度成長時代と数度にわたるベビーブームに象徴される人口増加の中で世界第2位の経済大国に成長しました。
それに伴って税収は増え続け、ある意味で日本の社会は、特に行政は何不自由のない仕事ができてきたといえないでしょうか。
税収の増加に合わせて社会資本は整備され、いわゆる箱モノもたくさん建てられました。
その他の行政サービスも充実し、福祉も拡大されました。
これはこれでよかった時代だったかもしれません。
しかし、現在は少子高齢化社会となり、人口が減少する一方で高齢者が増えています。
当然ながら高齢者にかかる医療費や福祉費用は年々増加しています。
経済は度重なるXXショック等のおかげで不況が重なり低迷を続けています。
生活保護世帯が急増し、そのための扶助費が増えています。
成熟社会などと呼ばれ、もうかつてのような経済成長はないのではないかとの悲観論も出ています。
そんな状態にある日本そして名古屋の皆さんの生活を振り返ってみてください。
10年前と比べて行政サービスが目に見えて低下していることって何かありますか?
身近な所から見れば、区役所に行けば少々待たされますが住民票は今まで通り300円でもらえます。
図書館では無料で本が借りられますし、スポーツセンターなどの施設利用料は少しは上がったかもしれませんが民間施設に比べれば格安で利用できます。
地下鉄やバスも料金の値上げはこの間ありません。
子どもが病気になれば名古屋なら小学校6年生まで通院費が無料です。
私の最初の子どものときはもっと低学年までが無料だったように記憶しています。つまりその後、拡充されているのです。
これだけ見ても、この10年、20年間で行政サービスは低下するどころか向上しています。
しかし、2007年から日本は人口減少化に入りました。税収もここ数年間で大きく落ち込んでいます。
つまり、税収=市の収入が大幅に減っているのに市民が受ける福祉やサービスはそんなに低下していないのです。
これっておかしくないですか?
例えば、両親と子ども2人の世帯があるとします。毎月お母さんは、お父さんにも子どもにもお小遣いを渡しています。
あるとき会社の業績が悪くなり、お父さんのお給料が10万円減ることになりました。それがもう数年も続いています。それなのに子どもに与えるお小遣いも、お父さんのお小遣いも一向に変わらないとします。
明らかに変ですよね。よく調べてみれば、実は始めはお母さんのヘソクリから出したり、貯金を取り崩したりしていた。それが尽きたら今度は借金をして減ったお給料の10万円を毎月補てんしていた。当然利子が付きますから借りる額はだんだんと10万円プラス利息分、そしてまたその利息分…と多くなっていきます。
こんな生活が正しいでしょうか?そして長く続くのでしょうか?
今の名古屋市はこの一家と同じ状態にあります。
減った税収の補てんとして臨時財政対策債(臨財債)という国が許した便利な借金をしています。
毎年、税収が減った分だけこの臨財債を発行しています。
だから名古屋市の行政サービスは目に見えて低下しないのです。
でも、借りた借金は返さなければなりません。
市の借金(市債)は最長で30年で返済しますから、今借りている借金は30年後まで返済しなければなりません。
今の名古屋市の財政は借金を返すために借金をしているような状態にあります。
「どこの自治体も同じだから問題ない」という人がいますが果たしてそうでしょうか?
横浜市は将来の世代の借金を減らそうと考え数年間で1兆円もの借金を減らしました。
東京都の杉並区は約10年間で区の借金をほぼ無くしました。
借金をしていいかどうか、減らしたほうがいいかどうかはひとえにその自治体の考え方の問題で「他都市も借金を増やしているから問題ない」かどうかを決めるのは政治であり、政治家を決める市民が判断するべきものです。
少し話がそれましたが、私が新成人の皆さんと分かち合い、託したいことというのはまさにこのことなのです。
収入(税収)が明らかに減っているのに、借金をしてまで、もう二度と来ないバブル期のような行政サービスを維持しているこの社会をどうするのか。それどころか市の財政は、少子高齢化と経済の成熟化でますます厳しくなるのです。
今のままのやり方を続ければ、必ず将来の世代の負担は目に見えない部分でも増えていきます。
ここをどう乗り切るのか?
これを財政の健全化といいます。
具体的にどうするかはいろんな選択肢があります。
増税するのか、減税するのか、税収とは別の歳入(公的収入)を増やすのか。
どこかの予算を削って、どこかに充てるのか。
どれかを手厚くする必要があるので、何かをやめるのか。
その結論を出すのは私たちの世代であり、新成人の皆さんなのです。
人間とは不思議なものでなかなか自分がいなくなった先までのことは考えにくいようです。
だからこそ、30年後、40年後(ここまでは私も命があると思います)、50年後にまだこの世に存在するであろう皆さんと一緒に考えなければならないことだと思うのです。
「それがあなたの仕事でしょう!」と言われる向きもあるかもしれません。
しかし、そうではないのです。
もちろん行政にかかわることは政治家である市会議員の仕事です。
ですが、その政治家が代表する市民の判断が何よりも重要なのです。
最初の方に日本の経済成長の時代やバブル期の話を書きました。
経済がものすごい勢いで成長しているとき、市民も行政も満ち足りた中で活動しているため余り心配をしません。
議会が何をしていようと、行政が何をしようと、大きな間違いや不正、損失を出しさえしなければ注目しなくても不都合はなかったのでしょう。
だんだんと行政を見る目、議会を見る目が緩くなっていったのではないでしょうか。
一方で行政や議会側も、失敗をしないようにし、市民の注目を集める努力、説明をする努力も段々しなくなったのではないでしょうか。
しかし、好景気を背景にしてきた時代は終わったのです。
時代が段々と変化することに、人の意識も段々と変わらなければならなかったのに、人の意識だけは相変わらずで来てしまったのです。
ここに今の国政、市政への不満や混乱があると思います。
市民と議会はともに語り合い、協力し合って物事を進めることが必要です。
議員は市民に分かりやすく状況を伝え、的確な提案を行い、市民の意見を集約して議決を行う。
この当たり前の作業を当たり前にする時代が来たのです。
だから「政治はあなたの仕事だからしっかりやって」では済まされないと思うのです。
それに政治で決定することは生活の大まかな方針であったり、ごく一部だったりします。
例えば教育について政治が方針や施策を決めても、それを一生懸命効果あるように進めるのは教師の役目です。また親御さんのご協力も必要です。
政治家が号令をかけてもすまないことがあまりに多いのです。
だから「分かち合いたい」のであり、この作業は何年にもわたって続けなければならず「託したい」のです。
将来の世代=子供たちに過度な負担を残さない。
そして新成人の皆さんが成長し家庭を築き、幸せに暮らしていくために今から取り組まなければならないことがあるのです。
私はそれを自分のライフワークにすることにしました。
どうか皆さんも一緒に考えて行動していただきたいのです。
そのために語り合いたいのです。
そして、それが次の市会議員選挙の大事な視点でなければならないと訴えたいのです。
これが私の新成人の皆さんへのお願いであり、託したいことです。
ぜひ、皆さんのご意見をお聞かせください。
宜しくお願いします。
最後に、新成人の皆さまの前途が洋々と開けていきますようにと心より祈念申し上げます。
