「長久手市使用料及び手数料条例等の一部を改正する条例」が否決
12月議会の最終日、議案第53号「長久手市使用料及び手数料条例等の一部を改正する条例」が反対多数で否決されました。(反対12:賛成5)
現在、生産年齢人口が増え続けている長久手市ですが、この先、少子高齢化や不況などの社会情勢の変化で税収が減っても、市民サービスなどの質を維持する事が求められます。
そのためには今から不必要な事業や無駄遣いを減らし、国や県から交付金や補助金を頂けるよう工夫したり、ふるさと納税やネーミングライツのように「市が稼ぐ」という発想で事業を行ったり、お金を生み出す工夫が必要になっているのは皆さまも十分、ご承知の事と思います。長久手市は4月にこれらの考えを「行財政改革指針(改訂版)」にまとめ、経営改革を進めている最中です。
例えば古戦場再整備計画の一部を5年後に延期して、財政に見合った内容に検討し直す期間を設けたり、リニモテラスの建築予算を大幅に減額したり、事業費の縮小や見直しを次々に実行しています。
また、本市は地方交付税の不交付団体なので(2019年7月時点で全国の不交付団体は1,718市町村中86団体)国から地方交付税が配分されません。
基本的な自治体運営を自力で賄えると判断する財政力指数「1」を大幅に超えていれば市民サービスはより手厚く出来るのですが、長久手市は1.07とかろうじて不交付団体になっていますので、国から配分される交付税がないだけでなく、学校の耐震化など国や県から補助金が出る事業でも補助額は交付団体より減額されます。そのため、国が参画を求める先駆的事業に対して積極的に手を挙げ、補助金や交付金を受けられるよう働きかけをしています。
今回の議案について、市民の税の公平性の観点から、速やかに適正な使用料・手数料にする必要があると考え、賛成の立場を取らせて頂きました。
住民票や印鑑証明等を申請する時に窓口で支払う手数料と、市の有料公共施設・・・例えば公民館や杁ヶ池体育館、スポーツの杜等の使用料は、良くも悪くも長年、同じ料金のまま据え置かれてきました。
住民票を窓口で申請する際、長久手市に1回200円の手数料を納めていますが、近隣の名古屋市や尾張旭市、日進市など、多くの自治体は300円です。長年、長久手市が料金の見直しを行っていない事を示しています。
住民票を申請する側からすれば当然「手数料は安い方が助かる」のですが、200円で賄いきれない経費の不足分には、住民票を申請していない市民の税金が充てられています。
今回の見直しは、住民票を申請したご本人(受益者)に適正な料金を支払って頂くために、サービスを利用される方と、使用しない方の税金の負担額を公平化する「受益者負担の原則」を用いた計算式に当てはめて料金を改定しますというものでした。全国の自治体及び近隣市では、この算定式に則り料金が見直されています。(窓口を利用するのは建築関係機関や銀行など、市民以外の民間業者も多数おられますが、手数料不足分には市民の税金が充てられています。)
また、同じくテニスコートなどの公共施設も皆さまの税金で管理・運営されていますが、長年、使用料の見直しが行われていません。しかし土地代、管理費、人件費は年月と共に消費税を含めて確実に上昇しており、上昇する運営経費の多くに、施設を使用していない方々の税金が充てられています。
2019年10月に消費税が10%へと上がった当日、市内のスポーツ施設を長年、利用する市民の方から「近隣市は今日から消費税増税分を施設使用料に反映させているのに、長久手市は何故、徴収しないのか、財政にそれ程余裕があるのか」という厳しいお叱りの電話を頂きました。
こうした事から、速やかに税負担を公平・均衡のとれた状態に近づける必要があったと考えますが、今回否決となった主な理由は、料金の見直しそのものに対する反対ではなく「市民への説明不足」が挙げられました。
特に施設を長年、定期的に利用されている団体や個人の方々に対して、料金改定のお知らせや説明会が行われないまま議案が提出されています。これらの方々の功績によって市の文化・教育・スポーツ振興は発展してきた事は間違いありませんので、事前に市は丁寧な説明をし、4月からの料金改定にご協力を仰ぐ事が必要であったと思います。
また、もうひとつの否決理由に、市から補助金が出ている団体には現在、利用料に減免措置が取られていますが、減免料算出の根拠が整っていない事、減免対象となる判断基準が曖昧である事などがありました。私は、今回の料金見直し後も減免措置は継続し、大幅な値上げにしない配慮がなされる予定でしたので、先ずは市民全体の公平性を優先し、市内・外の利用者の方々から適正に徴収させて頂く筋道を立て、減免算出の根拠については時間をかけて計画する事が望ましいと考えました。
今回、可決された場合は2020年4月から料金改定が施行され、年間約1500万円の歳入が発生する予定でしたので、より必要な市民サービスに活かしたり、次世代の負担を減らすためのしくみ作りに充てるなどを検討出来ると思いました。今後、市民に対する説明が行われる際には、施設維持管理に支払われている税負担についても解りやすくお示し頂きたいと思います。
議案名だけでは市民の皆さまに伝わるものが限られてしまうと考え、長文になってしまいましたが難しくならないように努めて書かせて頂きました。ここまで目を通して下さり感謝申し上げます。ありがとうございました。
人生100年時代に求められる幸福とは?
幸福度の研究の第一人者、アメリカ・ブルッキングス研究所のキャロル・グラハム博士の新聞記事を拝見しました。
博士は、故郷のペルーで貧困の実情を間近に見た経験から、開発経済を専門として活躍されています。
首都・リマの貧困地域で貧困の推移を調査した結果、多くの人が客観的には貧困状態から抜けだしたにも関わらず、半数以上は経済状況が「悪い」「とても悪い」と答えたそうです。また中国でも経済成長の恩恵を最も受けた層が、最も低い幸福度を抱いている事が解りました。
この調査はロシアをはじめ、世界各国で行われましたが結果は全て同じ傾向となったそうです。
それを受けて、イギリス政府が「幸福度」を測定するようになりました。続いてアメリカの政策にも「幸福度」の指標が用いられるようになります。(長久手市は「幸せ実感調査」で市民の幸福度の指標を計っています。)
博士の最新の研究では、アメリカの貧しい人種・民族的少数派の人たちは、同じく貧しい白人に比べて遥かに人生に楽観的で、希望を抱いていたそうです。経済的に恵まれず、不便な生活を送っていても、これらの人々は「困難を乗り越える力(レジリエンス)」を備えている事が大きな要因としています。
一方、白人は働き盛りの多くが孤独で目的を持たず、一日中ゲームをして過ごし、コミュニティが崩壊しており、自殺や薬物による死が急増している状況は悪化の一途を辿っているとのこと。
イギリスで行った調査では、「『直ぐに幸せになれる仮想の薬』を与えられるよりも、その人の持てる力を十分に発揮する能力や機会に恵まれること、たとえ収入が低かろうと、人生経験の機会を得て、自らに決定権が与えられ、やりがいを感じられる仕事を選択するという『自ら幸福を見つける道』を選択する人が多かった」としています。また、前述の白人の多くがそうした機会に恵まれておらず、社会的な繋がりも弱まっているため、「孤独に陥りそうな人々をいかに救い上げるかが重要な鍵」と語られていました。
最後に博士は、人生100年時代を迎えた日本への展望として、「人々が働かない時間が増える社会で、皆が孤独に陥らないよう、関わり合えるコミュニティーを作りだすことが重要」だと示されました。
昨日の不登校生徒を支える教育環境への意見交換とも重なりますが、多様な人生経験の機会を得ること、誰かと支え合い、孤独を回避することで、本来、誰もが備えている「困難を乗り越える力」が開花し、幸福の軌道へと繋がってゆくように感じました。
Twitter@karaokemint様より転載
令和元年度長久手市総合教育会議
この会議の参加者は吉田市長、教育委員会、教育総務課、市長公室総合政策課等でした。
議題は長久手市内の不登校生徒への教育支援をどのように進めてゆくかについて、意見交換が行われました。
市内の長期欠席(不登校)児童数の推移
適応指導教室Nハウスあい 通学児童数の推移
吉田市長の考え→ 「誰かのために何かをする」という発想を育ててはどうか。
就職しても3年の間に人間関係などで悩み、仕事を辞めてしまう若者が多いと聞く。これまで学校では答えがある問いばかりを学んできたが、これからは答えのない問いに対して学ぶ事が大切ではないだろうか。大人でも良く解らない問題は沢山ある。答えの出る問いはパソコンや情報でカバーできる。(1+1の答えは直ぐに出せるが、人の心等はパソコンで答えを出す事が出来ない等)
1000人の18歳の若者たちが、涙しながら「正解」という合唱曲を熱唱する映像を観た。「何にそんなに泣けるのだろう??」と歌詞を聴いていると、現代の若者たちの心を反映しているように感じた。
【18祭】「正解」RADWIMPSと1000人の18歳、感動の歌声
↑(クリックすると合唱曲に飛びます♬)
市内に1000人いる認知症の人、寝たきりの人、不登校児、地域の人などそれぞれが混ざり合えば必ず役割が発生する。そうした場を作り出し、「人間力」をつけることが必要ではないか。
世間では「働く先が無い」との声を聞くが、人々が肉体労働を選択しなくなったためであり、多くのサービス業等は慢性的な人手不足に悩んでいる。こうした課題も共有する必要がある。
教育委員の考え→ 色々な人材に係わってもらいながら、1人1人に寄り添う丁寧な支援が必要ではないか。
適応指導教室は「学校に適応できる」事を目標にしてきたが、「教育支援センター」としての位置づけが求められるようになり、学び方は多種多様で良い。学校に行く事だけが目標の全てではないという価値観へと変化していると感じる。
適応指導教室にも通えていない42名の不登校生徒はそれぞれに事情を抱えている。1人1人に寄り添った支援が必要であり、例えば教員OBなど経験豊かな人材の力を借りてはどうか。
体験活動や対人関係を構築できる社会経験が積める機会を作ったり、家庭訪問などの形で生徒と繋がりを構築する部分は大学生に託してみてはどうか。
2024年には全ての学校に1人1台のパソコンが支給される。それらを使いこなし、協力しあったりと、知恵を育む教育が必要と考える。
昨日は市内の私立幼稚園や私設保育園、障がい者施設を巡回したという吉田市長。授業のICT活用等、技術の力を適切・効果的に導入して頂き、不登校の若者が感じている「生きづらさ」を自由な発想で払拭できる、具体的な環境整備を進めて頂くよう期待したいと思います。
# 長久手市 # 不登校 # 発達障がい # 教育委員会 # 通級 # ICT # RADWIMPS