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バックナンバー 2025年 8月

本年、戦後80年を迎えました。
今、私たちが平和な日常を当たり前のように生きている陰に、想像を絶するような苦しみと試練を乗り越えてきた方たちがいます。
私の祖父母もそのうちの一人です。
当時、日本は、中国北東部に「満州国」という傀儡国家を建設。日本政府は、農業移民や警察官、官吏、企業関係者など多くの日本人を送り込みました。最盛期には約150万人以上の日本人が満州に在住していたとされています。
当時、警察官だった祖父は満州に赴任し、任務を遂行していました。
しかし、終戦とともに日本への引き揚げが始まり、祖父母は、幼い子こどもを連れて、命がけで帰国の途につきました。
物資は乏しく、寒さや飢え、感染症が蔓延し、命を落とす人も少なくなかったそうです。
祖父母は、引き揚げの過程で、幼子二人を亡くし、生まれたばかりの私の父は、引き揚げ船の中で、母である祖母の母乳が出たことで、一命をとりとめました。周囲の赤ん坊たちは、次々に命を落としていったと、涙ながらに話してくれました。
あの時、祖母の母乳が出ていなかったら、今の私も居なかったと思います。
戦争の悲惨さと、命の尊さ。
私たちは、あの時代を忘れず、次の世代へ語り継ぐ責任があります。
分断と対立を仰ぐ社会ではなく、誰もが共に生きられる平和な社会を築くために、政治に携わる者として、私にできることから一歩一歩始めてまいります。
2025.8.4

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工藤 れいこ