ナイチンゲールの功績
1820年5月12日 『白衣の天使』と称されるナイチンゲールは、英国の大富豪の家に生まれ、今年 生誕200年を迎えます。本日付の公明新聞五面に、その功績を紹介しております。
父の教育でギリシア語やラテン語が出来たと言います。20歳の時 ヨーロッパの家族旅行中に集めた資料の統計処理がやりたくて「数学がしたい」と言い、更に、25歳の時は「看護師になりたい」と打ち明けました。その時の願いは叶わず、30歳を過ぎて家出同然にドイツの看護師訓練学校に入り、帰国後はロンドンで医療施設長になりました。その2ヶ月後にクリミア戦争が勃発。翌年英国政府派遣の看護師団団長として戦地に赴き大活躍した事は有名です。しかし、ナイチンゲールの重要な仕事はクリミア戦争の後にありました。
戦地で負傷した多くの兵士は戦闘の負傷で亡くなるよりも、戦地の陸軍病院の不衛生(院内感染)で亡くなる方がはるかに多かったのです。彼女は衛生改革の必要性をヴィクトリア女王に訴え特別委員会を設置してもらい、衛生改革のための活動を開始します。
陸軍の失敗を客観的に明らかにするべく、死亡率を持って原因を分析し、衛生の不備で亡くなった兵士が圧倒的だった事を誰もが直感的に理解できるよう、世界で初めてカラーの円グラフを考案しました。そして彼女が最も重視した対策が換気で、その次は密集度でした。兵士達が一般の人々よりもいかに高密集の状態で生活しているか一目でわかる図を作り、一人当たり面積と、人と人との距離がわかるようにもしました。対策は換気と密集に絞り具体案を示しました。この時代、まだ細菌は発見されてません。ナイチンゲールが今、生きていたら、未知の感染症に苦しむ私たちに、この上ない対処策を示し、戦いへの手を差し伸べてくれたかも知れません。











