活路を開くために
本日付けの公明新聞一面のコラム”北斗七星”は、戦国武将 織田信長について書かれています。
戦国時代に織田信長が台頭するきっかけの戦いとなった「桶狭間の戦い」は一か八かの奇襲ではなかったと紹介しております。尾張の東部に侵攻してきた駿河の大名 今川義元軍(戦力 25,000~45,000人)に対し、尾張大名の織田信長軍(戦力 2,000~5,000人)が討ち取り、今川軍を退却させたと伝えられています。信長は周到な情報収集によって、敵の大軍が分散、休息していた一瞬の好機を逃さず、今川義元を討ち取ったとあります。困難な状況を跳ね返す冷静な判断力がもたらした勝利でした。
信長はこの8年後、将軍家 足利義昭を奉じて室町幕府の再興を図る上洛に成功しました。この当時の信長に『破壊者』のイメージはありません。目的は京都周辺の政情を安定させる「天下静謐(てんかせいひつ)」であり、その目標に向かって進めた石垣の築城や兵農分離など独自の先駆的な改革が、後の勢力拡大につながったと言います。
NHK「英雄たちの選択」の中で、従来の中世的な秩序の枠の中で生き残るための戦いを徹底して実行し、結果的に既存の古い秩序や価値観を突き抜けてしまったのが信長の実像ではなかったかと解説しています。
裏を返せば、革新や時代の刷新というものは、それ自体を目指すことでは生まれないのかもしれません。コロナ禍という厳しい状況の中で、活路を開くための懸命の取り組みが、新たな社会を想像する源になると信じたいと結ばれています。コロナと共存した新しい日常を送るために、活路を見出だし、前を向いて進んで行きたいです。

