Archive for 2014年 7月 16日

 

♬7月20日(日)13時30分からの

公明党松阪支部の国政報告会をうけ、

当日、党員の方々にお渡しする

「公明ニュースNo.5」が

出来上がりました!

先日の松阪市議会本会議の内容、

山本節議員と私…松岡の一般質問の内容、

法律相談のご案内…etc

当日、ご期待下さい(*^▽^*)

☆夜には、「チーム公明・松阪徳和」の

打合せでした。皆さま、お忙しいところ、

ありがとうございました。

「Smile」の発行、訪問対話、

ミニ語る会等について、

種々決めさせて頂きました。

本日の公明新聞に、

「チーム公明・尾鷲」の

党勢拡大の記事が掲載されておりました。

しっかり「チーム公明・松阪徳和」も

負けないよう頑張って参ります(*^▽^*)

聖教新聞7月16日(水)号より転載…

きょう16日は、日蓮大聖人が時の権力者・北条時頼に「立正安国論」を提出された日である(1260年=文応元年)。

 立正安国論の提出にあたり、大聖人が人里離れた寺にこもり、「じっくり経典の閲覧と思索に没頭していたというイメージがあるとすれば、それは明らかに誤りである」(『日蓮』ミネルヴァ書房)――東北大学大学院の佐藤弘夫教授は、こう指摘する。

 1257年(正嘉元年)には正嘉の大地震が発生。それから3年にわたって、東日本を大飢饉や疫病が襲った。

 「牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり」(御書17ページ)という悲惨な情景を、大聖人は鎌倉で目の当たりにされた。そして、死の瀬戸際に追い込まれた庶民の声に耳を傾け、災害の元凶を打ち砕くために奔走したのである。

 つまり、大聖人は、静かな書斎にこもって執筆に専念したのではなく、信仰者としての全存在をかけた活動に身を投じられつつ、立正安国論を書き上げられたのだ。

 嘆き苦しむ民衆を放っておけない――その良心の発露が、大聖人の命をかけた言論闘争の原動力となった。

 佐藤教授は「『立正安国論』はそこに一貫する底辺の民衆からの視座と、その根底にある人間を見つめその生をいとおしむ眼差しの深みにおいて、時代を超えた普遍性を獲得している」(『日蓮「立正安国論」全訳注』講談社学術文庫)と結論付ける。日蓮仏法が「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれるゆえんであろう。

 「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐(=世界平和)をいのらん者か」(御書31ページ)。この御金言を拝しつつ、池田名誉会長は綴った。

 「『一身の安堵』に執着するエゴイズムを打ち破り、いうなれば『他人の不幸のうえに自分の幸福を築くことはしない』との誓いを共有することだ。本気で『自他共の幸福』を祈る自身へと変革することだ。そして、自分の身の回りから、『自他共の幸福』のために行動する人びとの連帯を、粘り強く広げることである」と(「随筆 我らの勝利の大道」)。

 安逸な人生をなげうち、庶民の中に分け入って対話を広げたのが、蓮祖の“行動の生涯”であった。悩める友の声を、どこまでも誠実に聴き続ける。その姿勢に立つ慈愛の対話こそが、世界を変革する正義の連帯を構築していく。一人一人が「自他共の幸福」に向けて行動する一日を飾りたい。

公明党広報
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