「アート、万歳!!」連載2回目にして番外編(>_<) 申し訳ありません…
お会いして取材したい方はたくさんいらっしゃるのですが、しばしご猶予を…
先日9/26.9:30~14:00、“まち全体がアートになる”群馬県の「中之条ビエンナーレ」を視てきました。

1.中之条町のまちづくりとアート振興施策について
・町は温泉があり、風光明媚な自然豊かな風土。山林が7割を占める。
・人口は減少の一途で、六合村と合併後の平成22年で18,214人。高齢化30~35%。
・若い人の働く場がない。かつては養蚕も栄えたが、現在は産業もなく、地理的に企業誘致も難しい。温泉客も都心よりの草津が多く、中之条までは来ない。
Q.なぜ、アートなのか?
・吾妻美学校出身者・関係者が主体的に運動を起こし、平成19年(2007)中之条ビエンナーレが開催。
・町を活性化させる、従来のもの以外の何かが必要だった。
・廃屋などを活用しての創作。町の再発見にもつながる。
Q.アーティストにとって、中之条とは?
・都会では限られた空間しか持てず、思い切り空間を活用できるのは大変喜ばれている。
・作品はビエンナーレが終わると撤去・廃棄されてしまう。何か、残るものを作ってもらってもいい。
2.中之条ビエンナーレについて
Q.その内容は?
・2年に1度、多くの温泉郷を有する群馬県中之条町に、国内外から多くのアーティストが集い、木造校舎や商店街など町全体を美術館に変える大規模アートイベント。アーティスト自ら場所を選び、風土に触れ、住民と交流して展示空間を作り上げる。
Q.発端・経緯は?
・平成7年(1995)、伊参スタジオを撮影拠点に群馬県民200万人記念映画「眠る男」製作。監督 小栗康平(群馬出身)。絵画美術 平松礼二。
・平成10年(1998)、平松礼二が美大生等を対象に吾妻美学校(ゼミ)を開校。しかし、5期生で6人まで減少。
・吾妻美学校出身者・関係者が発起人となり、平成19年(2007)中之条ビエンナーレ開催。
開 催 年 会 場 数 来 場 者 数 予算(千円) 第1回 平成19年(2007) 11会場 48,000人 3,200 第2回 平成21年(2009) 29会場 166,000人 5,000 第3回 平成23年(2011) 43会場 現在約20万人(目標30万) 25,000 Q.現状と課題は?
・ビエンナーレ予算は一般会計。企業から数10万の寄付と県からの補助があるものの特定の交付金等がある訳ではない。
・経済効果は測定し難いが、旅館・飲食業において手応えは著明。
・ワールドビジネスサテライト等によりTV放映。女性誌「オズマガジン」で掲載され、効果は大きかったと思う。
Q.ネットワークの広がりは?
・ビエンナーレ各会場の受付等は地域ボランティア。
・市町村・都道府県を越えてネットワークは広がっている。
・文化庁長官も視察に来町し、町村では初めて文化庁長官表彰「文化芸術創造都市部門」を受賞。
続いて、施設見学。
1.つむじ

ここは町の中心部ですが、廃屋となっていました。そこで、賑わいの拠点として「つむじ」を設置。
「つむじ」は頭の真ん中、つまり町の中心の意味も込めてのネーミング。
構想のイメージは「縁側」だそうで、誰もが気軽に立ち寄れる場所に、との思いを込めて。町の直営となっています。
○訪問時は地元住民とも観光客とも思われる沢山の老若男女で賑わっていました。
○アート展示、複数の飲食店、郷土品やアート雑貨の販売展示、芝生の庭と多機能な大変ユニークな施設。ここにしかない雰囲気を醸し出しています。
2.ミュゼ

築120年の擬洋風建築・旧吾妻第三小学校校舎を活用した歴史民俗資料館。
○中学生が学習に来館していました。
○豊富な資料。テーマごとの部屋に体系立てて展示されていて分かりやすい。
○資料一点一点に存在感があり、関心を引きます。
そして、時間の許す限り、「中之条ビエンナーレ」の各会場を視察。
①近藤公園

②つむじ

③キリンホール

④旧廣盛酒造


⑤かねんて倉庫

⑥中田木材

⑦伊勢町民家

⑧通運ビル/倉庫


○各会場を回るためには、とにかく歩く。そうやって歩く中で町を知ることができ、人情の機微に触れる機会がたくさんあります。
○平日にもかかわらず、若い男女とたくさん行き交いました。ご夫婦や年配のご婦人の団体客も。
○各会場の受付ボランティアは地元のご高齢の方々。訪れる若い人たちと交流が、見ていても喜ばしかったです。
ビエンナーレは2年に1回の催しということで、何とか駆け込みで視てきました。
今回視てきたのは6つあるエリアの内の1つ「中之条伊勢崎エリア」のみ。全会場を回るには3日ぐらい要りそうです(+o+)
山木屋旅館さんには遅がけに、大変お世話になりましたm(__)m
2011.9.30(金)
昨日9/29.愛媛県市議会観光振興議員連盟 広域観光推進研修会in愛媛県歴史文化博物館他に参加。
最初に西予市からの講演2題。
1.地質遺産を活かした取り組み(ジオパーク構想)
・黒瀬川構造帯断層がある三瓶・須崎海岸、四国カルスト・大野ヶ原、宇和盆地、海岸近くのだん畑、リアス式海岸での養殖業等など。西予市には独自の“ジオ”と文化がある。
・“ジオ”とは「地球」「大地」「地形」「地質」の意味。ジオは最も基本的な地域資源
・“ジオツーリズム”とは地形・地質を中心として、動植物などの生態系や地域の歴史・文化・伝統を対象とした観光
・“ジオパーク”とはジオに関わる遺産、ジオとつながる文化遺産を整備し、教育活動やジオツーリズムに活用できる場。その理念は大地を中心に、①保全 ②教育・普及 ③ジオパークの3点。
・西予市は日本ジオパークネットワーク、そして世界ジオパークネットワークの認定ジオパークを目指す。ジオパークへの取り組みで地域住民の意識が変わる、誇りが芽生える。
「山や川はあるけど何もないところ」⇒「山や川に素晴らしいものがある」
2.遺跡を活かした里づくり(古代ロマンの里構想)
・“遺跡”とは、過去の人間の活動した痕跡
・“文化”はこれまで「保護」が専らであったが、今後は「活用」することが大事。
・構想の3つの柱は、①歴史文化(遺跡)と自然(里山) ②遺跡をつなぐ(⇒発見の小道) ③地域住民と行政と大学
・笠置峠古墳と笠置街道を整備し、利活用を図った。遺跡は「見出す」だけでなくブラッシュアップ(磨くこと)が大事。
午後からは卯之町「宇和文化の里」現地研修。
1.町並み見学

かつては大層栄えた町のようで、白壁の伝統的な町並みがとてもきれいです。由緒ある老舗が並んでいます。
2.宇和先哲記念館

ここでは、シーボルとの弟子・二宮敬作ら18名の郷土人が紹介されています。人が人を、そして町を育んできたことが偲ばれます。
同じシーボルト門下の高野長英が幕府に追われた時、敬作を頼り、この町に匿われていたそうです。
3.開明学校

明治15年に建てられた西日本最古の擬洋風建築の小学校。
昔の授業を体験しました。
唱歌「ちょうちょ」は4番まであると、知ってましたか?!
1番は「ちょうちょ」、2番は「すずめ」、3番は「とんぼ」、4番は「つばめ」なんです。
元気に歌いました(^^♪
学び舎の基は町の有志によって設けられました。いち早く教育に力を入れた町だったようです。
4.民具館

かつては町に「栄座」という興業施設があったそうで、その模型が展示されています。
生活道具や昔の町の賑わいを思わせる看板や商売道具など、5,000点以上が収蔵展示されています。まるで蔵のようです。
2011.8.22(月)
昨日.今治ジャズタウンに出演のため来県していた大学の先輩、スーパーベーシストの土井さんにお会いしてきました。

土井さんとは学生時代に1年だけ昭島で二人暮らしをしてました(借り暮らし(*_*)!?)。20年前とは言え破格の家賃2万円!その代わりそれなりのお家でしたぁ……。
そのころは、土井さんはウッドベースを抱えて横浜のジャズレストランへ稼ぎに。
私は家で読書三昧の日々(^^)
最近の土井さんは、島谷ひとみさん、石井竜也さんとも活動をされているそうです。
再会は、5年ほど前に歌姫♪島田歌穂さんのライブで来県されて以来。
吉冨.改めて。土井さんがベースを始めたきっかけは?
土井.高校は体育会系の高校で、バスケットボールばかりやっていたのですが、3年になり大会が終わってしまうと、やることがなくなって。
家もいろいろ大変で、大学進学も厳しかった。
夢がなかった。
人生がおもしろくなかった。
3年の文化祭で急にバンドをやることになって。
体育会系の習志野高校にバンドはなかったから、
「土井ちゃん、ベースだから」って言われて「いいよ」って。「で、ベースって何?」って(笑)
吉冨.文化祭では何をやったんですか?
土井.永ちゃん(矢沢永吉)2曲と中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」。それと「六本木心中」。
それで、音楽おもしろいなって思って。バンドの一人がジャズのテープを貸してくれて。
デヴィッド・サンボーン(DAVID SANBORN)の「Smile」。物凄く感動して。「これだ!!」と思って。「もう、プロになって、やるしかない!!」って。音楽できるんだったら何でもしよう。絶対大学行って、ジャズやろうって、決めた。
吉冨.土井さんにとってジャズとは?
土井.一言でいうのは難しいですが、
ジャズは僕の心の琴線に触れ、僕をこの世界に誘ってくれた大事な音楽です。
吉冨.音楽の力とは?
土井.また一言では言えない難しい質問ですが(笑)、
たとえばスポーツの力の一つは、サッカーの日本代表の試合の応援とかを見ると、スポーツには
一度に何万という人を同じ方向に向けさせたり、テンションを上げたりできる力があると思うんです。
音楽にはそこまで瞬発力はないかもしれませんが、
一人の人間を静かに、確実に立ち上がらせるような力を持っているような気がします。
あと、悲しみを和らげたり、楽しさを増幅させたりする力もあるように思います。
吉冨.土井さんにとって、師匠の存在は?
土井.師匠がすべてですよ、僕の場合は。
ミュージシャンになりたくて、何にも知らない状態で師匠のとこに行った。
いい師匠に巡り合えた。
師匠から『0から』教えていただきました。
今の自分があるのは、全部師匠のおかげ。これは本当にそうなんです。
吉冨.これから、めざすものは?
土井.これまで、めざしたものは全部、願った以上の結果で叶ってきた。
今の目標は、“自分発信”的に音楽に取り組み、表現していけるようになりたい。
吉冨.ところで、今の政治、どう思いますか?
土井.もうね、最悪ですよ。今の政権はリーダーの資質がない。リーダーの概念がない、訓練を受けていないのではないか。公明党に、何とかしてほしい。どう考えても公明党しかない。
吉冨.公明党に期待するものは?
土井.人材というか、政治家としての「実力」。
自分もそうだけど、いったんステージに上がった以上は言い訳はできないし負けは許されない。力をつけるべき。我々庶民はリーダーシップのある、力ある政治家を求めているのではないか。
公明党は理念ある政党として、一本筋が通っている。
期待しています!
(プロフィール)

土井孝幸
○ベーシスト
○創価大学入学後の二十歳よりベースを始める。河上修氏に師事
○現在、ジャズをはじめ幅広いジャンルで活躍。最近は島谷ひとみ、石井竜也のサポートベーシストとしても知られている。
○東京在住
(おまけ)ジャズ界の「豊悦」あるいは、ダイエットに失敗した豊川悦司としても注目を集めている(^^)
2011.8.13(金)
昨夕.「松山まつり」に松山市議会観光振興議員連盟で出演。
暑い熱い松山の踊りのイベントも、今回で46回目となります。
会期は一昨日から本日まで!
http://www.m-festa.jp/

大街道から千舟町の通りを野球拳で踊り歩きました~ヽ(^。^)ノヽ(^o^)丿
2011.8.8(月)
「市政としても道後温泉は観光の目玉であるのに、配慮がないのではないか?」
とご指摘された事柄があり、朝6:00道後温泉へ。

道後温泉。言わずとも知れた「日本最古の温泉」ですが、
本館は、ジブリ作品「千と千尋の神隠し」の舞台である「油屋」のモデルとも言われています。
早朝から次々と、観光客が入泉にいらっしゃいます。

お隣に腰かけたご年配が、
「今はいろいろ変わっちゃうけど、ここの看板だけは変わらなくて。いいねぇ」
とおっしゃって。
本館玄関から出てきたお孫さんたちと帰って行きました。
期間限定で道後温泉市駐車場「無料」となっていましたので、
「無料」の二字に惹かれて停めたのですが…かなりの高台にあって、
坂の下り上りがきつかったです(>_<) (←最近この顔文字が多く、スミマセン…)

駐車場に隣接して「平和記念広場」があって「松山市戦争犠牲者平和祈念碑」が建っていました。
ここまで上って来ないと気付かないので、良かったです。
ガンジーの言葉が記されていました。
松山市地域交流センター・三津浜児童クラブ開所式に参列in三津浜支所。

建物は1階は支所と児童クラブ(別室)、2階は地域交流センターの複合型施設となります。
じきに撤去される隣接する建物に、以前、ガスショップの展示会で来所したことがあります。
清新な地域拠点の開所、三津浜の皆様、おめでとうございます。

オープニングは高浜小学校の水軍太鼓!(^^)!
アトラクションでは、獅子舞ならぬ「虎舞」の披露(^^♪
なんでも、朝鮮出兵において、三津浜出身の兵が秀吉に虎を献上し、秀吉は大変喜んだそうで。
そんな伝統芸能を受け継ぐ「古三津こども虎舞保存会」も現在会員は10名。
年々会員数は減少しているようで、継承が課題となっているそうです。

「三津浜自慢ランキング」では、三津浜小の児童が三津浜自慢トップテンを発表。
第1位は、三津浜花火大会!!でした。花火大会は今晩より。
未来を担う子どもたちの登壇・発表は、何より嬉しく、頼もしいですよね。

配慮が行き届いたトイレ。
私は3月定例会で「市関係施設においては、男性育児者も使いやすいおむつ交換スペースの設置を」と提案しましたが、ここでは一定の配慮がなされています。

新しい施設での児童クラブ。
学校施設をお借りしているところも多い中、うらやましいですね(^^)
2011.8.4(木)
一昨日8/2.AM.地域主権検討特別委員会WG(広域的課題・市民参加型)。
PM.市民相談。 松山にまつわる、ある史実を顕彰したい、と。
松山を盛り上げよう、松山の偉人を顕彰しようと懸命に活動されている方々から、幾つかの相談をお受けしています。
昭和7年2月、森盲天外氏に招かれ、新渡戸稲造氏が来松、
愛媛県公会堂での講演が軍政批判として非難され、やむなく渡米することとなります。(松山事件)
翌年、渡った先のアメリカで新渡戸氏は亡くなります。
○松山での“平和のための言論”がきっかけとなり、新渡戸氏は渡米。
○招へいしたのは子規の門弟でもあった森盲天外
○盲天外は議員、道後町長として、郷土の振興に尽力。
いくつかの刊行物でも記録されてはいますが、しっかりと残し伝えていかなければならない松山の歴史です。
<年 表>
| 森 盲天外 | 年号等 | 新渡戸稲造 |
| 道後湯之町町会議員となる。 | 昭和5年 | |
| 県会議員に当選。 | 昭和6年 | |
| 2月、新渡戸稲造を松山に招へい。
10月、道後町長となり、道後町財政立て直しにあたる。 |
昭和7年 | 2月、盲天外に招かれ来松。
2月4日、旅館「ふなや」泊。 2月5日、県公会堂(現子規記念館所在地)で講演。軍部の強い反発を受ける。(松山事件) |
| 5月、町長辞任。 | 昭和8年 | アメリカにて没。 |
| 4月7日、死去。 | 昭和9年 |
森 盲天外 (1864~1934)
・現松山市出身の地方政治家・運動家。
・若くして県議会議員として活躍するが、両目を失明。失意の中で、一粒の米を手にして心眼を開く。著『一粒米』あり。
・余土村村長・道後湯之町町長を歴任。
・青年教育のため道後に「天心園」を開園。
・私立松山盲唖学校設立。
・正岡子規に師事し「天外」の号を受け、「盲天外」と称した。
・子規添削の句稿もかなりあったとされる。
2011.5.19(木)
ようやく、司馬遼太郎著「坂の上の雲」全8巻(文春文庫)を読了しました。

ご存じのとおり、「『坂の上の雲』まちづくり」は物語性のある特色あるまちづくりとして、松山市政の基本的な構想となっています。
物語は、松山出身の正岡子規、秋山好古・真之兄弟の3人の人生を辿りながら「近代国家」の仲間入りをしようとした明治の日本を描いています。司馬遼太郎ファンには「坂雲が一番好き」という方も多いようですが、しかしながら、この作品が書かれたのは昭和40年代、私が誕生したころ。なので、実は私は初めて読みました。市政に携わる者としての必然に迫られて…
読み終えて、気付くことがたくさんありました。
○本作品の多くの部分、特に後半は日露戦争が描かれているが、司馬氏の主張は反戦・非戦にある。
○作品を描きながらも、作者自身、「小説とは何か?」を問い続けている。
前半では文人子規の生涯を描き、中盤には乃木大将の文才、終盤では真之の文章と好古のそれについても論究、記述している。
作者は本作品の「あとがき」で、その答えの一端を書き残しています。
小説とは要するに人間と人生につき、印刷するに足るだけの何事かを書くというだけのもので、それ以外の文学理論は私にはない。
○薩摩人の将器を“うどさぁ”と言うらしい。例えば「項羽と劉邦」では、リーダーの資質を「将器≒空っぽの器」として鮮明に描いているが、“人を容れる徳”を書き残すことは多くの作品を通じての一大テーマであったと思われる。
○作中多くの人物が登場しますが、私は、児玉源太郎と明石元二郎に関心を持ちました。
以下、作中の児玉の言動。現場主義、人を思う情に共感を持ちました。
「参謀は、状況把握のために必要とあれば敵の堡塁まで乗りこんでゆけ。机上の空案のために無益の死を遂げる人間のことを考えてみろ」
(二〇三高地の)山頂の一角をなおも死守している百人足らずの兵の姿が、児玉には感動的であった。かれらは高等司令部から捨てられたようなかたちで、しかもそれを恨まずに死闘をくりかえしている。
「あれを見て、心を動かさぬやつは人間ではない」
と、児玉は横の福島に言った。参謀なら、心を動かして同時に頭を動かすべきであろう。処置についてのプランが湧くはずであった。頭の良否ではない。心の良否だ、と児玉はおもった。
ちなみに、司馬作品で私が一番心に残っているのは「国盗り物語」の次の場面です。
蝮の危機、蝮の悲愴、蝮の末路、それは信長の心を動揺させた。それもある。しかし亡父のほかはたれも理解してくれる者のなかった自分を、隣国の舅だけはふしぎな感覚と論法で理解してくれ、気味のわるいほどに愛してくれた。その老入道が、悲運のはてになって自分に密書を送り、国を譲る、というおそるべき好意をみせたのである。これほどの処遇と愛情を、自分はかつて縁族家来他人から一度でも受けたことがあるか。ない。
と思った瞬間、
「けーえっ」
と意味不明な叫びをあげていた。
出陣の号令をくだしたことが生涯に一度もない信長は、「けーえっ」と叫んで自ら一騎飛び出し、蝮こと斎藤道三の救出に駆けます。家臣はいつも慌てて後続したそうです。(以上も司馬史観に依りますφ(..))


