2010.10.13.
AMは地元住民の方からのご指摘を確認に、松山中央公園へ。
PMは市役所にて関係部局と面談、要望等種々を具申。
夕からは、明日の市民福祉委員会21年度決算特別委員会に備えて資料を通読しました。厚。

私は市民福祉委員会に所属していますが、委員会研究テーマには「虐待防止に関する取り組みについて」を提案しました。委員会テーマに採用されなくても、これにはしっかり取り組んでいきます。
子ども相談、子育て支援、母子支援、警察、地域、児相などなど、種々の関係機関がある中で、児童等虐待防止のためには、児相の強化やセンター的な機関が必要。 賛同です。
一枚一枚の網がバラバラであってはすり抜けてしまうケースも多いが、一枚一枚が連結していたら、それだけですくえる(救える)事例も多いと思うのです。
大事なのは、よく連携をとること。そのための機会を作ることだと思います。
もちろん、一番大変な“扇の要”も強化・補充しないと、つぶれてバラバラになってしまいます。
市役所からの夕暮れです。
2010.10.12.
本日、HP公開となりました。
10:30より、郷土の偉人顕彰について、面談。私も昨日実地調査した状況を踏まえて。
埋もれても汚れても、「金は金」。しかしながら、掘り出す人がなければ、その輝きは知られないまま。私に何がお手伝いできるか、考えます。
道後の商店街入り口にある盲天外の碑。
森 盲天外 (1864~1934)
現松山市出身の地方政治家・運動家。
若くして県議会議員として活躍するが、両目を失明。失意の中で、一粒の米を手にして心眼を開く。著『一粒米』あり。
余土村村長・道後湯之町町長を歴任。
青年教育のため道後に「天心園」を開園。
私立松山盲唖学校設立。
正岡子規に師事し「天外」の号を受け、「盲天外」と称した。
こうなるとどこにあるのか分かりませんが、自分の処遇などお構いなしで、盲天外はほほ笑んでいるかもしれません。
昼。ご子息が松山在住の方から相談を受けた倉敷市議より電話連絡。後日連携予定。team3000発動!
夜。電話にて生活相談受け。
2010.10.5.
一人を大切に! 一人に全力を!
政治信条に止まらず、私の信条は結局、これに尽きます。
「助かったぁ!」
「これでなんとか生きていけるっ!」
「ちょっとだけ、糸口が見つかった…」
「聴いてもらってよかったです」
「自分も、がんばります!」
“誠”は一方通行なもの……かもしれませんが、相談された方の喜びや安堵の声が原動力になります。
時にふるえながら、手足砕ける思いしながらでも、一歩でも、わずかでも、前に進んでいきたい、と決意しています。
ひとたび決めたならば必ず行く
たとえ我が身を損ずるとも
ひとたび約したことは必ず果たす真剣には 真剣で
誠実には 大誠実で応えるそれが私の信念
我が師が身をもって教えてくださった
人間王者の道なのだ


