カテゴリー(ⅴ 主張と論点)

2011.8.16(火)

昨日投稿の補足で。

 

“核抑止論”は蛮性の論理。

人間精神の弱さの産物。

不信の産物。

不毛の論理。

“核兵器は絶対悪”と断ずるのが正常な精神。

 

「一人殺せば殺人。

たくさん殺せば英雄」という、まったくの不条理。

戦争の非情。異常。

“戦争は絶対悪”と断ずる勇気。

 

長い歳月をかけてではあっても、

奴隷制度や人身売買や

人種差別や

こどもの労働や

蛮性の産物である幾つもの制度や慣習を、人類は撤廃・改変してきました。

「核兵器の廃絶は出来る。」

それを必然たらしめる連帯の一人として、決意を固めたいと思います。

 

結びに、現在、中学校の教科書にも載っている石垣りんさんの詩を掲載します。

挨拶 ― 原爆の写真によせて

石垣りん

あ、

この焼けただれた顔は

一九四五年八月六日

その時広島にいた人

二五万の焼けただれのひとつ

 

すでに此の世にないもの

 

とはいえ

友よ

 

向き合った互いの顔を

も一度見直そう

戦火の後もとどめぬ

すこやかな今日の顔

すがすがしい朝の顔を

 

その顔の中に明日の表情をさがすとき

私はりつぜんとするのだ

 

地球が原爆を数百個所持して

生と死のきわどい淵を歩くとき

なぜそんなにも安らかに

あなたは美しいのか

 

しずかに耳を澄ませ

何かが近づいてきはしないか

見きわめなければならないものは目の前に

えり分けなければならないものは

手の中にある

午前八時一五分は

毎朝やってくる

 

一九四五年八月六日の朝

一瞬にして死んだ二五万人の人すべて

いま在る

あなたの如く 私の如く

やすらかに 美しく 油断していた。

(国語 3 光村図書)

2011.7.7(木)

am.庁舎にて会派打ち合わせ。
地域防災に関するアンケート調査について。

本日、七夕クールアースデー
夕.街頭遊説、大塚市議と。雲行きが心配されましたが夕方からは晴れ間が。
松前町役場前では松本ひふみ松前町議と。大観覧車くるりん前の坊ちゃん広場では木村県議と。
以下、遊説の要旨。

1.クールアースデー

7月7日、七夕。 クールアース・デー

2008年洞爺湖サミット。全国の公明党青年党員がクールアース・デー創設を訴え、携帯電話や街頭で署名活動。
福田総理(当時)に申し入れを行い、サミットが行われた7月7日に、七夕の日をクールアース・デーと決定。

公明党は低炭素社会への取り組みとして、クールアース・デー創設以降、街頭遊説を通して7月7日に一斉消灯を呼びかけるなど、青年委員会を中心に、党を挙げて温暖化対策のための運動を積極的に展開。

ライトアップに馴れた日常生活。しばし電気を消し、地球温暖化について、また低炭素社会への転換を考える機会。節電ライトダウン運動へのご理解を賜りますようお願いします。

2.「昼も。夜も。ライトダウン2011」

公明党は、各自治体での省エネノー残業デーなどの取組みを推進。

政府も環境省を中心に毎年、夏至の日と七夕の日に夜8時から10時までの2時間、全国のライトアップ施設などの一斉消灯を呼び掛ける「ライトダウンキャンペーン」を実施。

本年は震災の影響により、各地で節電の取り組み。
本格的な夏を迎えるにあたり、全国的により一層の節電対策が必要。
政府では本年、例年行ってきた七夕の夜間ライトダウンと併せ、特に電力需要がピークとなる昼間も、オフィスや家庭でのライトダウンを呼び掛け。
現在、夏至の日6月22日から8月31日まで「昼も。夜も。ライトダウン2011」を実施中。本日クールアース・デーには2万4千を超える施設が協力。

当然、熱中症への対策、夜間の治安等に配慮は必要。
国民一人一人が、身近な節電・省エネを心掛け、昼間も夜間も不要な電気を消して、電力量カット、また温暖化防止に向け、日常の中でのちょっとした工夫・努力に、ご理解とご協力をお願い致します。

3.支えあう日本

今、政治のリーダーシップが厳しく問われている。
公明党は、東日本大震災の復旧・復興に全力で取り組むとともに、「支えあう日本」をめざして、これからも地元・地域に密着し、あらゆる問題を解決するため、公明党の「ネットワーク力」で住民の皆さまにお応えしてまいります。

今後とも力強いご支援をどうぞよろしくお願いします。

夜.古川で支持者の方々と懇談会。
皆さん、私の参加を喜んでくださる。有難いことですm(__)m
地域の治水に強く関係する、傍示川河川整備の計画等を説明させていただく。

2011.6.11(土)

昨日6/10.6月定例会が開会しました。
野志市長より、現副市長の再任人事案件が提案され、賛成27、反対13で可決。
公明会派は条件付きで同意。

 

6/8.久しぶりに党松山南支部で協議会を持ちました。
今後の党支部活動を真剣に協議。
時事の問題についても説明させていただきました。

公明新聞:2011年6月5日付  井上義久幹事長インタビュー

不信任案は「苦渋の決断」
被災者の思い分からぬ菅政権に復興託せず

Q.公明党が自民党などと不信任案を共同提出した理由は。

A.公明党は、震災発生当初から現地に入り、被災地の議員が現場に踏みとどまって懸命に救援に当たるなど、全力で被災者を支援してきました。また、未曽有の国難だからこそ、与野党を超えてさまざまな協力や提言をしてきました。

しかし、いまだに避難所生活をしている被災者が10万人近くいて、原発事故でも避難を余儀なくされている。本来、被災者救済に当たるべき政府が矢面に立っていない。

対応が遅れに遅れたのは、菅政権の体質に原因があります。現場感覚がない。被災者に寄り添って被災者の立場で責任を持って解決する意欲に欠ける。「政治主導」といって、官僚を含めた政府の仕組みが活用されない。こんな政権に対応を任せていたのでは、大変なことになるとの、やむにやまれぬ思いから不信任案提出という苦渋の決断をしました。

「この時期に不信任案を出すのはどうなのか」という意見があるのは十分承知しています。その上で、被災者のためにスピード感を持った復旧・復興をしなければならないという強い危機感を持って菅政権の退陣を求めたことを、ぜひご理解をいただきたいと思います。

「退陣」表明は延命
目的政治空白つくった責任重大

Q.菅首相は、震災の復興や原発事故の収束に「一定のめど」が付いた段階で辞任する意向を示しました。

A.「一定のめど」とは玉虫色の表現であり、時期が明示されない退陣表明は、退陣表明とは受け止められない。不信任案を否決に導くための、単なる“延命”にすぎません。もし期限を決めて退陣するというのであれば、辞めることが明確な首相が、本当に被災地の復旧・復興を進め、外交・安全保障の面でも外国との信頼関係を築けるのでしょうか。それこそ政治空白をつくることになり、責任は極めて重い。退陣表明したと言うならば、菅首相は直ちに辞めるべきです。

  (中略)

不信任案は否決されましたが、菅首相に対して「辞任はやむなし」(3日付・朝日新聞)、「退陣時期を明確に」(同・毎日新聞)などと、マスコミの論調も「新体制で復興を」との流れに変わり、首相退陣が必要との世論が大きくなってきました。その意味では、不信任案提出に大きな意味があったと思います。

2011.5.19(木)

ようやく、司馬遼太郎著「坂の上の雲」全8巻(文春文庫)を読了しました。

ご存じのとおり、「『坂の上の雲』まちづくり」は物語性のある特色あるまちづくりとして、松山市政の基本的な構想となっています。

物語は、松山出身の正岡子規、秋山好古・真之兄弟の3人の人生を辿りながら「近代国家」の仲間入りをしようとした明治の日本を描いています。司馬遼太郎ファンには「坂雲が一番好き」という方も多いようですが、しかしながら、この作品が書かれたのは昭和40年代、私が誕生したころ。なので、実は私は初めて読みました。市政に携わる者としての必然に迫られて…

読み終えて、気付くことがたくさんありました。

○本作品の多くの部分、特に後半は日露戦争が描かれているが、司馬氏の主張は反戦・非戦にある。

○作品を描きながらも、作者自身、「小説とは何か?」を問い続けている
前半では文人子規の生涯を描き、中盤には乃木大将の文才、終盤では真之の文章と好古のそれについても論究、記述している。
作者は本作品の「あとがき」で、その答えの一端を書き残しています。

小説とは要するに人間と人生につき、印刷するに足るだけの何事かを書くというだけのもので、それ以外の文学理論は私にはない。

○薩摩人の将器を“うどさぁ”と言うらしい。例えば「項羽と劉邦」では、リーダーの資質を「将器≒空っぽの器」として鮮明に描いているが、“人を容れる徳”を書き残すことは多くの作品を通じての一大テーマであったと思われる。

○作中多くの人物が登場しますが、私は、児玉源太郎明石元二郎に関心を持ちました。
以下、作中の児玉の言動。現場主義、人を思う情に共感を持ちました。

 「参謀は、状況把握のために必要とあれば敵の堡塁まで乗りこんでゆけ。机上の空案のために無益の死を遂げる人間のことを考えてみろ」

 (二〇三高地の)山頂の一角をなおも死守している百人足らずの兵の姿が、児玉には感動的であった。かれらは高等司令部から捨てられたようなかたちで、しかもそれを恨まずに死闘をくりかえしている。
「あれを見て、心を動かさぬやつは人間ではない」
 と、児玉は横の福島に言った。参謀なら、心を動かして同時に頭を動かすべきであろう。処置についてのプランが湧くはずであった。頭の良否ではない。心の良否だ、と児玉はおもった。

 

ちなみに、司馬作品で私が一番心に残っているのは「国盗り物語」の次の場面です。

蝮の危機、蝮の悲愴、蝮の末路、それは信長の心を動揺させた。それもある。しかし亡父のほかはたれも理解してくれる者のなかった自分を、隣国の舅だけはふしぎな感覚と論法で理解してくれ、気味のわるいほどに愛してくれた。その老入道が、悲運のはてになって自分に密書を送り、国を譲る、というおそるべき好意をみせたのである。これほどの処遇と愛情を、自分はかつて縁族家来他人から一度でも受けたことがあるか。ない。
 と思った瞬間、
「けーえっ」
 と意味不明な叫びをあげていた。

出陣の号令をくだしたことが生涯に一度もない信長は、「けーえっ」と叫んで自ら一騎飛び出し、蝮こと斎藤道三の救出に駆けます。家臣はいつも慌てて後続したそうです。(以上も司馬史観に依りますφ(..))

2011.4.30(土)

昨日の愛媛県本部議員総会で、愛南町の田口まさる議員から地域活動報告がありました。

私のことを「田口議員」と呼ぶのは役場の人だけ。
みんな、「マーちゃん」
「マーやん」と呼んでくれます。

 

知的障害のある方が施設入所サービスを利用する場合、学校生活の延長で施設職員のことを「○○先生」と呼ぶ方も多いです。
私が福祉業界に入った平成7年当初より、“利用者への呼称はどうあるべき”かということとともに、“職員の呼称はどうあるべきか”という議論があって、私は、

利用者が職員をどう呼ぶかは利用者が決めることで、自由に、どうとでも呼んでもらって構わないのでは。

と主張してきた訳ですが。
業界全体で倫理綱領の制定や支援内容の成文化、マニュアル化が推進される中で、

利用者は職員を先生と呼んではならない

といったマニュアルを見かけたりして、大変に落胆したことを覚えています。
事業所から言えるのは、

利用者が職員を呼ぶ時は、先生を付ける必要はありません

だと思うのですが…

 

その方がしっくりくるのでしょうか、千葉の施設では「ケンちゃんせんせい」と私を呼ぶ利用者の方がいました。
仕事が、立場が変わっても、私の心情は今も同じです。

声をかけやすい呼び方で呼んでいただけたら嬉しいです。

2011.4.29(金・祝)

pm.公明党県本部4月度議員総会

統一選大勝利の愛媛県議会議員3名新居浜市議会議員4名より、御礼と決意の挨拶。

当選議員はじめ全議員に次の指針がありました。

1.顔の見える公明議員
   ~いつも支持者の中へ~

2.地域から信頼され、支持される公明議員
   ~地域課題の解決に「役に立つ」~

3.街角で姿が見える公明議員

また「支えあう日本」を目指す公明党への力強いご期待が寄せられました。

 

夕方、青少年センターにて市民相談1件

 

先日、新聞に次のような投稿がありました。

「心のケア」等が必要な(東日本大震災の)被害の当事者は、「弱い人」なのか?

皆さん、支援する私たちよりすごいのです。電気もこない、水もこない、食べる物もなにもない、そんな中で、4日間、家族を介護していたりする。「強い人」たちなのです。

支援の現場で、そのような方々と出会って驚きの連続です。そういう人たちが、力を失わないように、力を発揮できるようにお手伝いをするのが、私たちがすべきことなのです。

2011.4.28(木)

今年度より、松山市「障福祉課」が「障がい福祉課」に表記変更されました。

「しょうがい」の表記に関しては以前から論議があります。
大江健三郎氏も作中でこのことに触れられ、「障害」の「害」の字には「碍」をあてています。
改めて辞書を引くと、[音]ガイ [訓]さまたげる とありますが、

同氏の著『大いなる緑の木』では、
「碍える(さえる)」「碍えられる」、「碍えられて、そうするしかない」
といった意味で掘り起こしていたと記憶しています。

「市民の意識が変わることが大事」なのは当然のことですが、
漢字は意味を伴った言葉であり、表記が変わることで認識と評価、イメージが変わり、人の態度が変わることにつながると期待したいと思います。

2011.4.21(木)

本日.新居浜5日目。

往路、新加茂川大橋からの眺めは広々として開放感があります。

タイト・スケジュールのスポット遊説に同行。

市議が先日、市民相談を受けた。
「被災地の工場が打撃を受け、甲状腺の難病の薬が不足している。命に関わることで、何とかしてほしい」と。
市政の範疇を超える課題。しかし、「何とかしなければ!」
公明党の山本参議院議員に連絡し、山本議員の秘書と連携
厚労省と話が着き、厚労省としては異例の“輸入処置”で、薬の供給が確保された!!

これが公明党のチーム力公明地方議員の実行力

大島にも新居浜市営の汽船で渡航。
このような、採算性が難しい、しかし、島民にとっては生命線となる航路の確保は非常に大事なことだとも感じました。

2011.4.20(水) ②

震災直後、「ペットは家族。ペットへの配慮はどうなっていますか?」との声が寄せられました。

先日の公明新聞に関連記事が掲載されましたので、紹介します。

2011/04/09-2面 「被災者の心の支えに/公明議員の仲介でペットにも支援物資」

被災者の心支えるペットに届けて――。東京都墨田区に本社があるペットショップの瓜生敏一代表取締役社長から7日、仙台市青葉区のペットショップ宛てにペット用の物資が送り届けられた。公明党の石橋信勝宮城県議と、しまなか貴志仙台市議が受け取りに立ち会い、搬送を手伝った。

瓜生氏は、人と動物が共生できる社会づくりに取り組んできた公明党の高木美智代衆院議員と親交があった。

東日本大震災の後、ペットの救援をしたいと考えていた瓜生氏から高木さんに、「震災の影響で輸送するのが難しい」との相談が寄せられ、高木さんが運搬手段の確保に尽力した。

仙台市にある我妻敬司さんのペットショップには、ドッグフードやトイレシート、ケージ(かご)など4トントラック1台分が届き、被災者のペットに配られる。

我妻さんは「被災地の犬たちの元に物資を届けることができ、本当に感謝しています」と話していた。

 

 

被災地のことが頭から離れない。 多分、みんな。

 

私に、私たちに、今、できること。

これから先、できること。

 

今すぐには、できないこと。

 

申し訳なさと、無力感と焦燥感。

けれど、誰かが、待っている。

だから、強く強く、今、しなければならないことに、取り組んでいきたい。

2011.1.2(日)

1月2日。 快晴。

実は私の家からは、松山城が見えます。

am.新春のご挨拶

昼.1件家庭訪問し懇談。

 

pm.恒例の公明党新春街頭遊説in市駅前「坊ちゃん広場」

笹岡県議
木村県議
 県会候補の挨拶に続き、

山本博司 参議院議員よりご挨拶。
地に足の着いた経済対策、(制度の狭間にある)新しいリスクにも対応する「新しい福祉」ビジョンの実現等について。

本年最大の政治決戦である統一地方選は、全国の公明チーム3000の過半数が改選となります。
声が届く政治」のためには、チーム3000の確保・強化は必須です。
今春の愛媛県議選には新人1名を加えた3名が挑戦の予定。いずれも松山・上浮穴選挙区。
私も全力で戦って参ります!

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松山市 吉冨健一
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