
今夏の参議院選挙戦、最後の日曜日の4日、朝から一家総出で、埼玉の地へ向かいました。大学時代の友人、以前勤務していた会社の同僚、高校の同級生、妻の従兄弟、妻の会社時代の知人など。
朝霞市、さいたま市中央区、西区、大宮区、川口市、草加市と車を走らせました。会える、会えないはありましたが、執念を持って、西田勝利へ戦うことができました。
行きの外環高速の入口では、古いETCカードを挿入してしましい、ゲートが開かず(はじめての経験)、焦りました。高速走行中は、クーラーの調子が 悪く、蒸し風呂状態。夕方は豪雨。小2の長男、年少の次男は1日中、車の中でぶち切れ状態。いろいろ有りましたが、最後まで回りきりました。
気の毒だった子供達には、ウルトラマンの人形などほしい物を買ってあげ、にこにこ顔がもどりました。いろんな意味で、思い出に残る一日でした。

松戸市世界平和都市宣言25周年記念事業として、22年6月26日から7月11日の期間で、松戸市立博物館で開催されております。
世界平和都市宣言25周年を迎える松戸市は、長崎原爆資料館が所蔵する約50点の資料をお借りして展示。原爆が投下された11 時2分を指して止まっている柱時計や、強烈な熱線で溶けたビン。また、同じく熱線で融解し、瓦の表面がぶつぶつになった瓦を触れるコーナーもあります。
別のコーナーでは、市内から集められた戦時中の品物が展示されている一角もあり、当時の松戸市の戦乱の雰囲気が身近に感じられました。私が見た「千 人力」という布は、1000人の人が「力」の漢字を縫いつけたもので、戦地に赴く兵士が身につけたものです。この方は、どういう思いで戦地に出征したの か、一針、一針、糸を縫いつけた方は、どういう思いだったのだろうか?など、思い浮かびました。
広島、長崎に赴かなくても、この松戸でこのような展示をみることができるすばらしいものでした。関係各位の皆様のご尽力に感謝いたしました。この展 示を少しでも多くの人にご覧いただきたいと思いました。担当者の話ですと、市内、小中学校の児童・生徒は学校単位で来ているとのことでした。
私ども公明党は、一貫して平和実現の為に市内の戦争の爪痕や関連の施設の保存、継承、また平和教育の充実など訴えてまいりました。特に、次世代の子供達に平和の心、戦争の悲惨さを伝えていく努力をしてまいる決意です。

ながさわ広明参議院議員予定候補者が松戸駅西口で街頭演説をおこなう。
6月22日の昼、参議院議員予定候補者のながさわ広明さんが、松戸駅西口前で、松戸での公示前最後の訴えをされました。
「国民不在の政治と決別し、暮らしの現場に政治を引き戻すため、断じて勝ち抜く!」と渾身の訴え。公約も実現できず、突如として消費税増税をぶち上げた民主党政権に対し、「庶民をバカにする政権にノーを突きつけよう!」と力強い演説でした。
私も開会中の松戸市議会の休憩時間に市役所から駆けつけました。
蒸し暑い中、大勢の支援者の方が駆けつけてくださり、感謝に堪えません。ありがとうございました。
いよいよ公示です。私も全力で走り抜いてまいります。

スペースシャトル「ディスカバリー」で国際宇宙ステーションでのミッションを終え、4月20日に地球に帰還した山崎直子宇宙飛行士が、地元の松戸市でパレードが行われました。
スペースシャトル「ディスカバリー」で国際宇宙ステーションでのミッションを終え、4月20日に地球に帰還した山崎直子宇宙飛 行士が、地元の松戸市でパレードが行われました。伊勢丹松戸店から松戸駅に向かって、山崎直子さんがオープンカーでゆっくりと進みながら、沿道の約1万5 千人の市民が手を振りながら声を掛けていました。
私も、妻と2人の息子と山崎さんを人目見せたいと思い、参加しました。目の前を通った時、妻が大きな声で「山崎さん、お帰りなさい!」と声をかける と、山崎さんは笑顔でこちらに手を振ってくれました。今年4月8日の地元の小学校の入学式の来賓あいさつで、「地上遙か上空で、ママさん宇宙飛行士の山崎 宇宙飛行士が国際宇宙ステーションで仕事をされております。山崎さんの夢の原点は小学校時代でした・・」というようなあいさつをしておりましたので、宇宙 から松戸へ帰ってきた山崎さんが身近に感じられ、我が息子にもおおきな夢を持ってもらいたいなーと思うひとときでした。
今後も山崎さんのように、すべての子供達がおおきな夢を叶えられる国、松戸市になるよう頑張ろうと決意したパレードの出会いとなりました。

常盤平団地の入居50周年の祈念モニュメントの除幕式に参加いたしました。昭和35年の入居開始より、今年で50年をの大きな節目を向かえました。
交差点の常盤平支所前の一角に、黒御影石の丸の形のデザインに、「幸せを呼ぶ健康長寿」の文字が刻まれており、高齢者も安心して暮らせる街づくりへの願いが込められているそうです。
入居当時は、高度経済成長期の団地ブームの先駆けの常盤平団地は日本のあこがれの住宅として、時の総理大臣の視察に訪れた場所でもあります。
現在は、時の経過とともに、住民の高齢化が高くなっており、入居者約9000人のうち、65歳以上の高齢者が4割を占めております。今の松戸市の高 齢化率は20%ですが、今後10年、20年後には30%まで高齢化していく予測があります。ある意味、常盤平の団地は、近い将来の松戸市の姿でもありま す。
私の妹の夫(義弟)は、常盤平団地で育ちました。(今は戸建てに住んでます)私の学生時代の後輩でもあり、当時からよく訪問しており、外装、内装と もつぶさに見ておりますが、随所に当時の建築の工夫が見られます。建物は古くはなっては来ていますが、まだまだ現役。そして、昔と今も変わらないのが、入 居者の方々の結びつきではないかと感じます。お互いがお互いを気遣う、仲がよい、助け合う、などの印象があります。
50年の歳月が作り上げてきたすばらしい伝統、経験、コミニティを将来の松戸市に生かしていけるように、学んでいかなければいけないと思います。そ のためにも、今現在の入居されている方々の生活の満足度を上げていく努力が必要だと、序幕式で空に放たれたカラフルな風船を見上げながら感じた式典でし た。
