<日本の活路を開いてきた 公明党の現場主義政治>
さまざまな政治課題が山積する日本政治のなかで、公明党が果たした役割とは何か。
平和安全法制、軽減税率などを通して、評論家の森田実氏が語る。
日中戦争を回避した 公明党の平和外交
平和安全法制を考えるにあたり、私たちは民主党の野田佳彦内閣がやったことを思い起こす必要があります。2012年9月9日、野田首相は中国の胡錦濤国家主席と非公式会談をし、立ち話ではありながら尖閣諸島問題について意見を交換しました。ところがその2日後、野田内閣は尖閣諸島の国有化を発表したのです。
2012年4月に、当時の石原東京都知事が「東京都は尖閣諸島を購入する」と発表し、日中関係は急速に悪化していきました。その関係を修復するどころか、石原都知事と野田首相、玄葉外務大臣がいったいになり、挑発の限りを尽くして中国を本気で怒らせてしまったのです。野田内閣は中国の反日ナショナリズムに火をつけ、日本国内では反中国ナショナリズムを煽り、日本と中国を「半戦争状態」にしてしまいました。
タイミングが悪いことに、あのときは中国のトップである国家主席が交代する時期に当たっています。習近平氏は08年3月に国家副主席に就任し、12年11月には中国共産党中央委員会総書記に就任しました、胡錦濤氏に代わって習近平氏が国家主席に就いたのは13年3月のことです。
権力の移行期は国家の支配力が弱まり、軍の統制が十分機能せず、軍が暴走してしまう事態が起こりえます。野田内閣の挑発により、日中の間で深刻な紛争が起こる可能性は十分ありました。野田内閣がやったことは、まさに平和の破壊行動なのです。
12年12月16日の衆議院総選挙で民主党は大敗し、自公連立内閣が発足しました。第二次安倍政権が誕生した直後、公明党の山口那津男代表は中国を訪問。1月25日、山口代表は総書記に就任したばかりの習近平氏と70分間にわたって会談しました。山口代表は安倍首相の親書を習近平氏に手渡し、「日中間の紛争は話し合いによって解決しましょう」と呼びかけました。この会談をきっかけとし、日中両国の防衛当局が約2年間かけて、緊急事態が起きたときの解決態勢を整備していったのです。
日中関係が大変な緊張状態にあるなか、なぜ山口代表が習近平氏と長時間会談できたのでしょうか。
1968年、池田大作SGI会長が「日中国交正常化提言」を発表しました。創価学会、そして池田SGI会長が創立した公明党の尽力により、72年9月に日中国交正常化が実現します。
創価学会と公明党は、中国にとって日中の平和関係をつくってくれた最高の大恩人です。その恩人を中国の最高首脳である習近平氏が迎え、日中戦争の危機は回避されました。公明党の山口那津男訪中団は日本を救い、アジアを救ったのです。このことについて、私は山口代表にいくら感謝してもし尽くせません。
アジアの安全保障環境を安定的に均衡させ、平和を維持していくための日本の切り札は公明党です。公明党を大事にすることによって、私たちは日本の平和、アジアの平和を確実に守っていけます。
