昨日札幌に移動し、今日は駐札幌大韓民国総領事館へ今年新しく赴任された延 賢植総領事を表敬訪問致しました。
釧路市議会日韓友好促進議員連盟の役員4名での表敬となりました。
延 総領事は前職が大学教授との事。
韓国では珍しくはない人事のようです。
初めての北海道赴任で奥様と一緒に着任され、雪の多さに驚いたとか。
釧路港には韓国からの貨物船が入港していることもあり、経済の交流についてや人口減少問題、北海道の食糧事情、両国の観光での行き来、キムチの味に至るまで会話は終始和やかに幅広く意見交換をさせて頂きました。
秋には釧路にいただきたいと要請したところです。
政府間の様々な事はありますが、民間レベルでは両国民ともにフレンドリーでもあります。
より一層、両国の友好が深まればと思います。
私はまだ韓国には行ったことありませんが・・・ぜひ行ってみたいですね。
もう何をするにもまず防災について考えねばなりませんね。
まちづくりはもちろんですが、日々の行動でもいつどこで何が起こるかわからないですから、日ごろから備えたり考えたりも重要です。
私は時々移動中に「今、大地震が来たらどうする?」と考えたりします。
自分の頭の中でどう行動するかをシミュレーションする訓練です。
意外とこれが役に立つときが来るかもしれません。
さて、今日は釧路市連合防災推進協議会の定期総会が消防本部で行われました。
私は副会長(訓練指導部会長)として、部会の事業報告をさせて頂きました。
総会後は気象台から講師を招いて防災講演会。
日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震に関してのお話をお聞きしました。
これまでの災害時避難所などであまり防災推進協議会のメンバーが動いていた実績はありません。
基本的に避難所は行政が立ち上げていきますので。
ただ、大規模災害になるとそうはいきません。やはり地域の皆さんが協力しあえる環境づくりが大事です。
そのための防災推進協議会ですので、もしもの時のために訓練を重ねていざという時にしっかり動ける組織にしたいと思います。
令和6年度に音別駅の人道こ線橋の架け替え予算が計上されました。
以前から老朽化が議会でも何度も取り上げられており、私も直接担当課と意見交換を行ってきました。
会派の予算要望でも整備について訴えてきたところです。
様々JR側との協議が進み、やっと老朽化した跨線橋が架け替えられる運びとなりました。
大津波警報などが発令された場合の避難経路でもあり、津波以前に地震による倒壊も懸念されていましたから地域にとっては一つ安心要素が増えますね~
また、こちらも老朽化した市営の堤団地。
住んでいるのは数軒になり治安の悪化が以前から気になっていましたが、引っ越し先の川東団地の工事が終了し、今月中には引っ越しできるとの事で喜びの声をいただきました。
冬の温かさも全然違いでしょうから燃油代の節約にもなるでしょう。
音別地区も少しずつですが生活環境が良くなってます。
朝起きると昨日のタイヤ交換の後遺症で両腕が筋肉痛w
肩から先が別人の腕の様です。
さて、今日は他よりは1週間早く町内会の清掃活動を行いました。
30名以上の方が日曜日にも関わらずお集まりいただき、西側水路を重点として植栽マスなどにあるゴミを拾い集めました。
同じ場所にワンカップがたくさんあったり(常習犯がいる)困ったものです。
おそらく、歩きながら飲んでなくなる場所がそのあたりなんでしょうね。
それが終わってから着替えて向かったのが釧路町あいぱーる。
そこではシンキング釧路主催の第2回シンキングセミナーが開催され、認知症について学びました。
社会問題化している認知症については、私も以前から地域活動を通じてその支援の重要性を身をもって感じていたため、議会でもいろいろと質問などしてきたところです。
認知症についての知見も深まり、認知症の人との接し方などこれまで学んできましたが、今日もまたその重要性について認識を深めたところです。
そして、午後一からは顧問を仰せつかっております中鶴野町内会の定期総会に出席させていただきました。
平成19年からこちらの町内会の顧問となっており、私の自分の町内会立ち上げ時には中鶴野町内会の事業や予算組などが大変参考になったいわば親の様な町内会です。
加入世帯数はやはり減少傾向ですが、うまく新陳代謝できていて、イベント時は盛り上がる町内会でもあり、今年度の事業推進も楽しみです。
町内会は先に書きました清掃活動や、認知症対応などでもなくてはならない存在でもあり、今の時代に合った町内会活動の推進が求められていますが、変わってはいけない地域住民の絆を守っていかねばないませんね。
今日も活発な意見が出されたところで、私も顧問として皆さんのお役に立てるよう頑張って参ります。
東北海道の拠点港でもある釧路港。
私が小さい時に西港第1ふ頭から整備が始まり、小学生のころに子ども博覧会が開催され、初めてジェットコースターに乗った思い出があります^^
また、魚釣りが好きだった父に連れられ釣り糸を下げた時、いい型のサバを釣って褒められた記憶もあったり。
就職のため東京に行くときは郵船フェリーでこの地を離れましたが、郵船フェリーでUターン。
釧路で就職したあとは建機レンタル会社の営業として、港湾建設をずっと見てきたひとりです。
第2ふ頭にはほくれん丸は接岸され、生乳の積み込みが行われてました。そのすぐ向かいの第3ふ頭の波除堤にはフローティングドックが接岸されケーソン製作が行われていて、港の活気が感じられました。
ほくれん丸の北上便の有効活用について意見交換もさせて頂き、その際、モータープールの狭さの指摘もありました。
実際見てみると確かに狭い。
ドライバーの働き方改革もあり、もう少し長い時間トレーラーを置いておけるスペースが必要になるかもしれませんね。
港湾計画の見直しなども行われますので、そのあたりも議論になるでしょう。