
平成23年5月2日夜に仙台入りし、5月3日仙台市内周辺を視察して参りました。
途中、名取市役所に立ち寄りましたが、1Fホールに掲示板に足が止まりました。
無事を知らせるメモや父を火葬するとの知らせ、未だ行方不明の生後9か月の幼子の写真を添付し、情報提供を願うメモなど無数に掲示されており、いたたまれない気持ちで市役所を後にしました。
仙台空港や仙台港、仙台市内の中でも、特に被害が甚大であった若林区を視察しましたが、創造を絶する状況に言葉が出ませんでした。
浜松市においては南区や西区が、この若林区と同様の環境下にあり特に津波対策に優先的に取り組まなければならないと改めて痛感したところであります。
未だ、多くの皆様が行方不明となっていますが一日も早くご家族のもとに戻られることを願い、被災されている多くの皆様にお見舞いを申し上げ視察報告といたします。

久しぶりの投稿です。
今回、私の選挙区の浜松市南区は、前回の投票率より約13%以上も下がり、約51%で市内で最低でした。
当然、各候補者、前回よりも得票を落としたわけですが、私も、落とし7191票(前回は7764票)でしたが、得票率は逆に17%と前回よりも2%もアップいたしました。これも、一重に、党員支持者、地元地域の皆さんのご支援の賜物であります。
今回の選挙戦は自粛をした関係で、遊説カーも回さずに、自転車遊説を中心に取り組んだものですから、政策の訴えや名前の浸透は街頭演説や辻立ち等がメインで計101回実施いたしました。
特に、災害対策、中でも津波対策の重要性を訴え続けました。
有権者の関心も高く、皆さん真剣な面持ちで私の話に耳を傾けて下さいました。
次の4年も市民の皆様のために働きますので、これからも南区は黒田ゆたかを何卒、よろしくお願いいたします。
浜松市議会議員
黒田ゆたか

日々、寒さが厳しくなっています。お互い健康管理を怠らず、快適な毎日を送りたいですね。
さて先月、11月27日(土)浜松市営球場において河合楽器硬式野球OBとヤマハ硬式野球OBとの交流試合が開催されました。
これは、ヤマハ硬式野球OB会発足10周年企画で開催されたものです。
当日は、雲ひとつない素晴らしい天候で800人ほどの観客も詰めかけ大変盛り上がりました。
私も、17年ぶりにKAWAIのユニフォームを着ることができ感無量でありました。
また、スタンドには双方のブラスバンド部OBの方々が試合に華を添えて頂き、「河合楽器応援歌」「チャンス節」など懐かしい音楽も披露して下さいました。
河合楽器硬式野球部が休部となり10年ほどが過ぎましたが、復活を待望する市民も少なくありません。
私も現役当時、ヤマハとの毎回の凌ぎをけずる戦いには胸が躍りスタンドのファンと一体となり戦ったものです。
景気低迷で浜松市も元気がありませんがOB戦は市民に明るい話題を提供しました。
さらに「河合楽器硬式野球部復活!」などのニュースが飛び込んできたらどれほど市民に活気を与えるか、そう強く感じたOB戦でもありました。
昨日も、ある市民から河合野球部復活を待望する方からお話がありました。
青少年に夢を与える河合楽器硬式野球部復活!
実現をしたいものです。
*黒獅士旗を持っているのが私です。

12月4日(日)地元米津町において防災訓練が挙行され参加しました。
早朝から自治会、自主防災隊はじめ各種団体、地域住民が300人近く集いました。中でも、中高生が50人以上参加し、地域の一員との自覚が育まれていることに嬉しく感じました。
東海大地震は阪神淡路大震災の断層型地震と違い、海洋プレート型と呼ばれ広い地域に甚大な被害がもたらされることが予想されています。阪神淡路大震災では約6000人が亡くなられましたが、反面、多くの人が瓦礫の中から救出されたと聞いています。
そして、その約7割は、家族や近隣の方々の手によって救出されたようです。
その意味で中高生はその際の大きな戦力として期待されており、多くの中高生が参加したことに心から感謝の意を表しました。いつ発生してもおかしくない東海大地震。
日頃からの備えが大切ですね。
浜松市議会副議長
黒田ゆたか

昨日は、外国人集住都市会議が東京都内で開催され参加いたしました。
10年前、前浜松市長の呼びかけで13市町が浜松に集結し始まった会議ですが、今回の参加市町は28市町となり大きく発展し開催されました。
今回の目玉は、内閣府から末松副大臣、厚生労働省から小宮山副大臣、文部省から笹木副大臣と鈴木浜松市長、清水太田市長、牧野飯田市長との討論会でした。
テーマは昨年提言された、おおた宣言の、「外国人受け入れの基本方針」を定める、「外国人庁の設置」「外国人の子どもを受け入れる公立学校への十分な人的・財政的措置を行う一方、外国人学校の法的位置づけの明確化」の3点に絞られ議論が進みました。議論が深まらないので、議論が進みましたという表現になりましたが、お世辞にもよかったとは言えない、お粗末な副大臣の面々でした。
バネラーの鈴木浜松市長、清水太田市長、浅野飯田市長の現場からの具体的な提言に対して、ただ、お茶を濁すだけの発言に終始した彼らを見て、現場では待ったなしの外国人問題であるのに対し、彼らには、単なる、「国の中の一つの課題」にしか映っていないことが明らかでした。
外国人庁の設置への提言に対しての小宮山厚生労働副大臣の答弁に「あと2期8年民主党政権を支えてくれれば、省庁再編の中で進める」との発言に、場内がざわめきました。政務三役といっても、彼らは、まがりなりにも国会議員であります。この外国人集住都市会議の10年の歴史の重みを全く分かっていない彼らに、終始、官僚のような曖昧な発言を続ける彼に、「到底、民主党にはこの国を任せることが出来ない」ことを参加者の多くが感じたのではないかと思いました。
いちいち、出来ない理由を並べる、副大臣には「一度でいいから、地方の声を尊重し施策の展開を図ったらいかがか」と申し上げたい。
改めて、民主党の厳しさを感じました。

昨日、鈴木浜松市長に、平成23年度予算及び政策要望を行いました。
政令市移行から4年、12市町村合併から5年以上経過した本市にとっても、来年度は、大胆な政策の方向転換ならびに組織改革に取り組み、次なる10年後をも見据えた施策と予算編成を試みるべきであるとの考えのもと、今回の要望となりました。
市議会公明党として、明年の市制100周年を機に、政令市という枠にとどまらず、基礎自治体としての新たな地域主権を掲げながら、浜松独自の自治を展開する緒につくべきであると考え、政策要望に重点を置き、分野別の要望項目については、的を絞ったものに集約しました。
重要政策提言及び要望
1.本市の経済成長戦略ビジョンを策定
○年間の経済成長の目標を明確に示し、具体的施策を分野別に展開
・商工部/農林水産部/環境部を統括し、産業経済局(部)とするか、もしくは横断的な推進体制として、経済戦略推進室を設置する。
○医療・介護関連のシルバーイノベーション(高齢社会に対応した技術革新・開発)革命
2.都市間外交の積極的な推進
○アジアを中心とした都市間外を推進
・庁内(国際課)に、外交官セクション(外務省・民間登用)を設置し、中国、韓国、インド、東南アジアとの経済・観光・文化(ユネスコ)交流の積極外交を展開する。
○浜松医大・静岡大学・静岡文芸大学などの学術・文化交流の促進と留学生の支援、学術提携支援
3.市制100周年を機に「ひとつの浜松」の新しい都市理念を築く
○住民自治基本条例を制定し、区制(政)のあり方、市民協働の推進など、国土縮図型といわれる本市の住民自治について、全国モデルの発信
・12市町村の大きな合併と政令市移行を、行財政改革の視点と地域主権の視点を織り交ぜ、政治、経済、文化の功罪をエポックメーキングとする。
○市制100周年を全員参加(オール浜松)でのシティプロモーション
・「アーカイブスはままつ」100年誌電子データ版の作成
・「はままつ市民大音楽祭」「世界音楽祭」の開催
・「世界こどもサミット」の開催
・「はままつウルトラマラソン」の開催
・「100万本植樹計画」-次代へ継ぐ生命のDNA-

感動の講演!
昨日から、第3回国際ユニバーサルデザイン会議2010inはままつスタートしました。11月3日までの日程で、アクトシティ浜松を会場として開催されます。
先週のUCLG ASPAC(都市・自治体連合アジア太平洋支部コングレス)に引き続いての国際会議であります。
昨日は、当組織委員会総裁でもあらせられます寛仁親王殿下ご臨席のもと開会式が行われた後、川勝県知事、山元加津子氏の基調講演がありました。
特に、山元加津子氏の講演は、感動を覚えました。
石川県特別支援学校教師でもある氏は、3つの事例をもとに講演をされましたが、中でも、中学生になっても言葉が出ない女の子の事例。
中学生になっても言葉が出ない娘。一度でいいから「ママ」と言ってほしい。しかしお母さんはあきらめてはいた。しかし、女の子は、加津子先生を大好きになり、先生の癖をまねていく中、「ア~}とか「イ~」というような言葉を発するようになる。生まれて初めて「ママ」と言われ感動に震える母の姿。
また、お世話になった知人(愛称:宮っぷ)が、脳幹出血で植物状態になった事例。
蘇生を信じる彼女は、宮っぷに話しかけたり希望を持って接していく中、宮っぷが初めに瞼で返事をするようになり、やがて指先で、今では、意思伝達装置で日常的に会話ができるようになる。
これらの事例は、命の偉大さを覚え感動に包まれました。
山元氏がこのような講演を終えるたびに、自宅に寝た切りのご家族を抱える方が相談にこられ、9年ぶりに、20年ぶりに、家族と意思の伝達ができたというような報告が寄せられているということでした。
人は、たとえ植物状態といえども、意思の伝達は可能であり、そのことを医師や家族がだめだと諦めていることが大きな問題であるということと、このような意思伝達装置の存在が、あまりにも知られていないことが大きな課題であることを実感した講演でありました。
私も私の立場で、伝えていかなくてはならない事例でありました。

10月15日(金) 堺市
○認定こども園について
平成22年4月1日現在の堺市の待機児童数は290人で、前年度比55人減で平成25年4月の待機児童数ゼロを目指して、保育所整備を中心とした取り組みを進めており、本年度は、保育所分園や認証保育所の公募と開設で590人の定員増を行ったということでした。
このような中、堺市内の認定こども園は3園あり、民間2園、市立1園。百舌鳥こども園はもともと11園ある市立幼稚園の1つで、幼稚園部分は公設・公営、保育所部分は公設・委託(社会福祉法人)です。保育所は0~3歳児で定員43人、幼稚園は4、5歳児で定員140人でそのうち、短時間利用児が110人、長時間利用児(保育に欠ける)が30人となっています。保育時間は、幼稚園が主に午前9時から午後2時、幼稚園の長時間利用児は預かり保育として午前7時30分から午前9時、午後2時から午後7時、保育所は午前7時30分から午後6時30分です。
保育所部分は新たに整備し、認定こども園に必要なその他の整備と合わせた費用は1億2300万円。
運営上の問題としては、保育所部分は民間に委託しているため、委託期間満了後は委託先を再選定することになり運営の安定性や継続性といった部分に不安がある。また、会計的に幼稚園部分は学校法人会計、保育所部分は社会福祉法人会計と分けなければならないわずらわしさがあります。行事なども、幼稚園と保育所合同で行うときは、市と委託先が詳細に打ち合わせをすることが必要であるということでありますた。
認定こども園(幼保連携型)の形態も、百舌鳥こども園のように年齢で保育所と幼稚園に振り分けるところと、幼稚園(3~5歳)と保育所(0~5歳)の機能で振り分けているところがあり、いずれにしても、表面上は「認定こども園」と一つであっても内部は幼稚園と保育園がある状況であります。そのため、幼稚園でも、午前9時までと午後2時以降は預かり保育となることや、弁当持参ではあるが、預かり保育(長時間)利用児は給食を選択できることなど、運営が非常に複雑となっていますた。
利用者にとっても、一つの施設の中で保育所、幼稚園と考えることなく利用できることが必要ですが、これには国が、省庁再編を含めた新たな次世代育成支援のための一元的なシステム構築が必要で、早急に対応が迫られるということを感じました。

