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深川江戸資料館で上映。

この映画は2013年から町と人を撮り続ける深川生まれの写真家・大西みつぐ氏の作品です。

「川のまち」深川を舞台にしてオリジナル劇映画として3年をかけて完成させたものです。

ストーリーとしては、深川の町工場の進は10年ぶりに深川に帰ってきました。仕事を辞めることになり、喪失感を抱きながらも、恋人と別れた悲しい記憶もある故郷の町で両親と暮らすことになりました。

深川の幼馴染や懐かしい人たちと会うも、なかなか前に進むことが出来ずにいましたが、新たに美術家の紀子と出会い、励まし合う中で、一度捨てた深川の町を愛するようになっていくという物語でした。

出演者が常盤町や白河町に住む区民の方々だったり、今の街並みも映し出されました。特に進の両親役が私がいつもお世話になっている常磐町の方々で、そのままの姿が映画の中に自然に溶け込み、役者と言っても普段のままの言い方ですっかり馴染んでいました。感動いたしました。

進が、何かを見つけて進んでいくことが出来たのは深川のすべての人との関わりがあったからこそとこの映画から感じ取れました。

実質クランクインから4年かけたということでした。しかも地元深川で披露できたことは、地元住民にとっても大変な喜びであったと思います。映画は後々まで残っていきます。この映画で深川の良さが次世代まで伝わっていくといいなと思いました。

※第二回め上映会は4月9日(日)19時~江東区古石場文化センターにて開催。チケットは3月10日(金)販売開始予定。詳しくは公式サイトhttp://onagigawa.comをご覧ください。

Tel:03-5620-0224

 木内さんは本年1月6日体調を崩され、墨東病院に検査入院されたそうです。そのことを知らず、公明党江東総支部の私たちは1月23日の「第1回公明党江東総支部賀詞交歓会」の大成功に向けて一致団結し頑張っておりました。

なかなか木内都議会議員にお会いできずにおりましたので心配しておりました。インフルエンザ等も流行っておりもう少しでお会いできるものと思っておりました。しかし、迎えた1月23日の賀詞交歓会にも木内さんは体調不良で入院中のためお見えにならないという事が分かりました。

木内都議会議員が一番心配されていたのが賀詞交歓会の結集でしたが、予想を上回る大成功の報告がおそらく翌日24日に入院先の木内都議会議員に届けられたと思われます。その24日に木内さんは深い眠りに入られたそうです。

診断は大腸がんということのようでしたが、26日ご容体が急変し、多発性脳出血のため、ご家族に見守られる中10時40分に息をひきとられたそうです。享年72歳。衆議院議員を経験され、都議会議員5期20年勤められました。病状においてもこの夏の都議会議員選挙で細田勇の大勝利を祈っておられたそうです。その訃報を私たち区議会議員が聞き、ショックでしたが、全員が力を合わせて賀詞交歓会を大成功を収めることができました。また都議会選挙では木内さんのバトンをしっかりと細田勇が受け取りました。私たち区議会議員は、木内さんに報いられるよう頑張ってまいります。

通夜は1月30日、告別式は1月31日セレモ新小岩ホールで友人葬として行われました。特に告別式においては友人代表として山﨑江東区長が木内さんとの思い出とお悔やみを述べてくださいました。また葬儀委員長として太田昭宏元国土交通省大臣が共に選挙で戦ってきたことをお話くださいました。

通夜、そして告別式と大変お忙しい企業の社長様方々や、江東区長、そして国会議員の皆さまが連日ご弔問してくださり、小池知事も都議会自民党の方々もお越しになられました。木内さんもにこやかなお顔でしたので、ご自身の一生に悔いはなかったと私は確信をいたしました。

今年の正月2日には恒例の街頭演説を東陽町で木内さんと行ったのが最後となりました。その時は、とてもお元気でいらっしゃいましたので、突然の訃報は、やはりショックでした。元旦にも少しの合間があり、木内さんと立ち話ではありましたが今後の事について私が提案させていただいたことが木内さんにとっては嬉しいことであったので、大変に喜ばれ、今後月に一回勉強会をしてくれるという約束をしてくださいました。それだけが悔やまれます。感謝とご冥福を心からお祈り申し上げます。

我が家では愛犬が2匹。パピヨンの男の子パレ(13年目)とチワワの男の子サン(5年目)がいました。

7月に入ってからサンちゃんの食欲が衰え、長時間荒い咳をするので、病院へ連れていきましたが、大きい病院を紹介され、悪性リンパ腫と診断されました。やんちゃで元気な子でしたが、元々体力がない子であることが病院の先生からのお話で分かりました。手術は不可能ということで抗がん剤を頂きました。

入院も1日して点滴も受けましたが吐いてしまうということで自宅に戻り一週間後に全身にがんが転移して7月18日とうとう歩けなくなりました。コールタールのような便や尿を出し、おトイレに行こうとするのですが辿り着けず横たわってしまいました。

夜中になり一瞬元気な顔を見せてくれ、私は思わずカメラのシャッターを押しました。

その後、息が激しくなり、主人が思い出を語り始めたら、サンちゃんはお散歩でかけっこをしたことを思い出したのでしょう。前足を5分もの間動かしていました。最後は嘔吐して息を引き取りました。主人が目を閉じてあげようとしたのですが、閉じませんでした。時刻は深夜の0時10分。

その日の夕方火葬をいたしました。最後まできれいで満足して幸せそうな顔でした。

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亡くなる前に見せてくれた顔。

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逝ってしまいました。

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火葬までこのままの顔でした。

老人クラブ「年輪会」は、私が議員になって初めて紹介していただき、お招きいただいた会です。あれから6年経ちますが、毎年、総会や忘年会、お誕生日会等、お招きいただき伺っております。皆さまとの会話も弾み、年輪会の皆様が変わらずお元気であることを嬉しく思います。今日もお元気な皆さまに会って、議会のことや私が学んだことなどをご報告させていただきました。これからも経験豊富な皆さまからの大事な視点を頂戴して頑張ってまいります。

この1月2月は新年会、3月は議会(平成28年度予算審査特別委員会)や卒業式などがあり、4月には入学式や桜まつり、そして5月は総会など学校、町会や各団体の皆さまからご招待をたくさんいただき、参加をさせていただいたことに心から感謝申し上げます。

今日と明日は運動会たけなわです。明日の八名川小学校開校100周年大運動会に6年生の児童からご招待状をいただいたのですが、朝の9時半から「地域創生に環境教育・ESDをどう活用するか」のテーマで環境自治体会議に9時から芝浦工業大学に行っているので八名川小学校の運動会には行くことが出来ず、お詫び申し上げます。本日、八名川小学校に立ち寄り、校庭の運動会の横断幕を拝見してまいりました。無事故で大成功の運動会になりますように祈ります。

18日・19日、研修のため博多に行きました。研修終了後、博多駅近くにある「みらいクリニック」を訪問。ここの院長である今井先生は「あいうべ体操」を全国に広めて風邪やインフルエンザの予防の実証を示しています。興味があり、直接訪問。ノーアポだったので院長先生はいらっしゃいませんでしたが、受付の方に質問し、いろいろお話を伺うことができました。江東区でも子供たちにこの「あいうべ体操」を広めてインフルエンザ等で学級閉鎖などがないようにしていきたいと思っています。

そのあと博多駅からJRで一駅、竹下駅の近くにヤナギ研究所があり、訪問させていただきました。こちらの会社では「汚いを綺麗に」というテーマで綺麗な川や海を次世代に残すために「自然に人にやさしい洗剤」を研究開発されました。ヤナギさんという方が自然の河川が油で汚染されたのを綺麗にするために30年間研究を続けられ、代表取締役である山方美信氏がヤナギ研究所として会社を22年前に設立されました。

知り合いということもあり、訪問させていただき、思わずTVで放映された「下町ロケット」に似ている会社でとても感動しました。会社の皆さんが研究熱心であることと、社員の皆さんが山方社長と同じ優しさと笑顔をもっていることにも感動しました。お忙しいので奥様も会社に応援に来ておられました。また、愛犬のラメちゃんも高齢のようですが私をやさしく出迎え、見送ってくださいました。本当にありがとうございました。

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認知症の早期受信と治療を啓発するパンフレットに「エンディングノート」のようなものを入れたらどうかと提案し、「私の思い出綴り」として収録され発行されました。

区内でかなり好評をいただいており、今回の掲載になりました。

さっそく全国からお問い合わせをいただきました。

世田谷の区議さんからは「大変に素晴らしい、江東区のHPを開いたが載っていなかった」とお電話でご意見も頂きましたので、さっそく行政の方にHP掲載の依頼をさせていただきました。また、NPO法人の東大阪空家サポート一番の代表理事萩原様からも「思い出綴り」を希望の一助にしたいので欲しいとのお電話を頂戴し、さっそく本区高齢者支援課から15部をお送りさせていただきました。また、徳島県小松島市金磯町の四容祐司様からも高齢者支援課にお電話を頂き、お送りさせていただいたそうです。

市販されているエンディングノートは書くことが非常に多くまた細かいので大変ですが、「私の思い出綴り」は大変に書きやすくなっており、何冊にでも自由に書くことができますのでとても便利です。高齢者の皆様の意識づけと、いざという時のためにお役立てください。

※関根ともこホームページ「実績」の項目を参照してください。

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森下五丁目町会会館2階で第二回「もりごカフェ」が開かれました。

「もりご」というのは森下五丁目「森五」の事かと尋ねたら、「お互いに守る」漢字にすると「守互」という意味だそうです。2階は座敷で、座トレが並べられ、座布団が向かい合わせで置いてありました。お昼でしたのでカレーとコーヒーをお願いしました。カレーは無料で町会の方が作ってくれたそうです。コーヒーはインドコーヒー。町会の副会長の寺尾さんが丁寧に淹れてくださいました。香りも味も立っていて、びっくりするほどおいしいコーヒーでした。このコーヒーについて、集まっていた町会の方々も「まるで砂漠の中で頂いているようなコーヒーだ」と絶賛されていました。

このもりごカフェは地域の方が自主的に開催しています。月に一度の開催ということで、今回は2回目。地域の方々との温かいふれあいができる場として、また地域住民の健康についてのセミナーを行ったりしていくそうです。地域の皆さんがお互いに守りあうためのコミュニケーションの場になっていくことが大いに期待されます。

私もそういう場をつくりたいと思っておりました。「もりごカフェ」をこれからも応援させていただきたいと思います。

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小林さんは町会の老人クラブ「栄和クラブ」の会長として長年にわたりご活躍されておりました。小林さんは私にとって恩人であり、女性として、人間としても尊敬する方でありました。享年86歳。

小林さんは東京大空襲の中を生き抜き、今は多くのお子さんにも恵まれ、「私は幸せな人生に恵まれた」とお話しくださっていました。

日本舞踊も長年やっておられ、毎月踊りのおけいこの後も夜遅くまでお仲間とお楽しみの時間をもたれて中央区までお出かけするなど、毎日お家でゆっくりお過ごしになることなどはありませんでした。私は年に一度小林さんの踊りの発表会を楽しみに中央区の開催会場に行っておりましたが、今年からは行けません。寂しいです。

また、小林さんは江東区北部の老人会では有名な方で、江老連でも重責を担われておりました。今年ティアラこうとうで行われた新年会にお目にかかれると思っておりましたが、お見えでないようで残念に思っておりました。お体でも悪いのかなと心配でした。後日その新年会の前日朝6時に他界されたことを伺い、とてもショックでした。しかしながらご老体に鞭をうち足も痛かったのですが、踊りを続けられたこと、また私に太鼓橋になっている高橋の四隅に休憩いすをご提案してくださり、その年東日本大震災があったのですが桜の咲くころに設置が間に合って小林さんは大変に喜んでくださいました。以後、私をご支援くださり心から感謝の毎日でした。もうお目にかかれませんが、「あんた、頑張れよ!」という声が私にはしっかりと聞こえてきます。

普段から小林会長と呼ばせていただいており、いつも会長から勇気と力をいただいて参りました。地元・清澄三丁目北部町会会館にて「お別れ会」として執り行われ、町会の皆様がご焼香に来られました。町会の方々を小林会長と一緒にお迎えし、「お別れ会」を見守っているように思えました。また、まるで小林会長が町会の方々お一人お一人と改めて引き合わせてくださっているように感じました。

頑張ります!

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2016年あけましておめでとうございます。

昨年は皆様方のご支援により区議会議員として2期めのスタートをさせていただき、頑張る事ができました。心から感謝申し上げます。区民相談件数も昨年は538件で過去最高でした。区民の皆様方がどんな状況下でも安心して暮らしていけるようにさらに本年も皆様に寄り添ってまいる所存でございます。

本年が皆様にとって幸多き年でありますように。そして素晴らしい年になりますよう心からご祈念申し上げます。本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。

主催者である山﨑孝明江東区長と山本かよこ区議会議長から挨拶があり、区長からは区政報告、議長からは議会活動報告が行われ、議員待遇者代表の岩舘衛氏からもお話を頂きました。その後懇談会となり、先輩の区議会議員の皆さまとコミュニケーションを図るよい機会となりました。参加された諸先輩の皆様方はご高齢です、今後ともお元気で江東区政にお力添えを頂ければと思います。

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