日本の安全保障環境は大きく変わってきましたが、

先週木曜日の5月15日に、安倍首相が私的諮問機関(安保法制懇)の報告を踏まえて記者会見を開き、そして20日より与党(自民・公明)の協議がスタートしました。

 

お問い合わせも頂いたので、私が理解していることを申し上げ、その後に、5月16日からの協議スタートした新聞記事(公明・毎日・読売・東京)をアップさせていただきます。

 

まず、わが国の「自衛権」と「戦力」についてですが、

素朴な考え方として、戦後の日本のスタートは、治安の維持のための警察力を持っていても、戦力は持っていませんでした。

 

これは日本国憲法に依っています。

 

憲法第9条には 『①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』と明記されています。

 

第9条だけではなく、前文では『・・・われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。・・・』となっています。

 

そして第13条では、『すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』と記されています。

 

この様に、

「第9条/戦争放棄」、「前文/日本国民の平和的生存権」、「第13条/国民の生命、自由及び幸福追求権」が明記されています。

これを総合すると、“国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる事態に対処をして、これを守るのは国の責務・権限”であることになります。

 

治安の維持のために有している「警察力」と、外敵からの防衛のために有していない「戦力」との二つの間に、自衛力(自衛のための必要最小限度の実力)を保持することになっており現在までに至っています。

この自衛力が自衛権(個別的)です。

 

個別的自衛権は、

『自国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利(政府答弁書・平成15年7月15日)』ですが、発動には三つの要件があります。

それは(憲法第9条の下において認められる自衛権の発動としての武力の行使については)、

『①我が国に対する急迫不正の侵害があること。②これを排除するために他の適当な手段がないこと。③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。』という三要件に該当する場合に限られると解しています。(政府答弁書・昭和60年9月27日)

 

この個別的自衛権=“自国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利”は、

例えば、外国からの飛来物が日本にきて、被害が生じてから発生する権利ではありません。これが飛来することを察知、把握、確認(※正確な言葉ではないかもしれませんが)した時に、日本に被害を生じさせないために我が国が有する権利です。

このこれまでの憲法解釈は、平和主義の歯止めを守り抜くための役割を担ってきました。

 

一方、集団的自衛権は『自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(政府答弁書・昭和56年5月29日)』となっています。

 

平和主義を守り抜くための歯止めの役割を担ってきた憲法です。相対的なことではなく、この普遍的、絶対的な価値基準は確保しなければならないと思います。

ですから限定的であれ、これまでの憲法解釈を変えて、集団的自衛権を容認するならば、安全保障上の必要性が本当にあるのか、具体的で現実的な議論と協議が、真摯に展開されなければならないと考えています。

 

以下の新聞記事をご参考にご覧下さい。

 

 (5月18日 公明新聞)

 

 (5月16日 公明新聞 山口代表)

 

(5月17日 公明新聞・北側副代表)

 

(5月19日 公明新聞・井上幹事長)

 

(5月21日 毎日新聞・社説)

 

(5月21日 読売新聞・東京新聞 社説)

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