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甲府市議会議員  兵道けんじのページ

会派視察~韮崎市子育て支援センター・佐久市読書通帳~

2014年11月12日

11月11日に、会派で韮崎市子育て支援センターと佐久市立中央図書館の視察を行った。

午前9時半からは韮崎駅前の市民交流センター「ニコリ」3階にある韮崎市子育て支援センターで、同施設が担当している子育て支援事業を視察した。

「ニコリ」は、旧イトーヨーカドーの建物を改修し、公民館や図書館、市民活動スペースなどを整備した文化的な施設としてリニューアルしたものである。先日総務委員会で視察した「前橋プラザ元気21」と性格が似通っている。

その3階に整備された子育て支援センターは、韮崎市の子育て支援の拠点施設として、NPO法人子育て支援センターちびっこはうすが指定管理者として事業運営にあたっている。

同センターは、子ども・子育て支援法に定める子育て支援事業のうち、地域子育て支援拠点事業とファミリーサポート事業を担っており、正スタッフ4名と数名の補助スタッフが配置されている。

平成23年9月開設以来、充実した施設内容と支援事業の質の高さから、市内だけでなく他市からも電車等でわざわざやってくる利用者もいるほど人気が高い。

担当者からの説明でその人気の秘密を垣間見た感がする。現場の職員の皆さんの情熱もさることながら、人口減社会に向かう今の時世でやはり何を重点に置き予算配分するかが行政サイドでも明確になっている点である。

大型店が撤退した後の建物を依然商業施設として利活用する道をとらず、文化施設に転換した点、そのなかで、子育て拠点施設に多くのスペースを割いていること、図書館の設置、市民活動のスペースと、市民が「使う」という視点から整備をした点に大いに先進性を感じる。

以前この建物を訪れた時にも感じたことだが、高校生などの若い世代も多く利用し、明るく活気のある空間という印象を強く受ける。

子育て支援センターも、多くの子育て世代でにぎわっている。子どもを中心に保護者同士の交流も新たに生まれ、また子育て相談なども専門スタッフによる相談だけでなく、親同士のいわば「ピア・サポート」的な子育て体験の共有などもあり、利用しやすさが大きな魅力と考えられる。

ここまでして初めて子育て支援といえるという質の高さに圧倒された1時間の視察であった。

支援センター内部

午後からは、佐久市立中央図書館で読書通帳について研修した。

佐久市には市立図書館が5館ある。さすがに文教都市長野県だ、と改めて感服する。人口は約10万人、甲府市の約半分であるが、図書館数は5倍。なにをかいわんやである。

読書通帳はこの7月に、長野県では初めて、全国でも8番目として取り組みが始まった。

1冊300円、佐久市内の中学生以下は無料と気軽に作ることができ、借りた本の名前と借りた年月日が「記帳」され、最高で216冊分まで記録できるという。

通帳を専用の機械に通すと、あのATMのように記帳されるもので、自分の読書歴を後々まで保存できるという利点がある。いわば自分自身の「知的財産」である。

読書を重ねることによって自身の「拡大」が実現されると考えるが、残念ながらどの時期にどのような本を読んだか、について記録することは少ないのではないだろうか。買った本であれば、本棚に並べること自体が記録となり得るが、借りた本については、記録を残せない。

マメな性格の人であれば別だが、図書館で借りた本についておそらく記録する人は少ないと思われる。読書通帳はこうしたことから生まれたものだろう。

特に子どもたちの読書活動をより進めるうえでは、通帳は有用なアイテムだ。借りることに張り合いが出てくる。益々読書の習慣が身に付くのではないか。大人になって振り返った時に大きな財産になるだろう。

わが市でも子ども読書活動をより進めるために推進計画がつくられている。やってみる価値は大いにあると思うのだが。

記帳機械

総務委員会行政視察(3)~前橋市~

2014年11月1日

視察最終日の10月30日は、群馬県前橋市を訪れ、中心市街地活性化の取り組みの状況について視察した。

前橋市は群馬県の県庁所在市であり、人口34万人の中核市である。よく新幹線の停車駅がある隣の高崎市と比較されがちであるが、世界遺産に登録された富岡製糸場に象徴される県の中心産業であった絹の出荷基地として、前橋駅は倉庫街が拡がる重要な拠点駅であったようだ。

こうした歴史的な背景もあり、県庁所在市としての役割を担ってきたが、ここでも中心市街地の衰退という共通の課題があった。前橋駅周辺は旧倉庫街の名残からか商業施設はほとんど見られない。高崎駅と比べるとオフィス街的な様相である。

中心市街地は、駅から北にやや離れたところに形成されている。自動車保有率が高いことから、ここでも郊外のロードサイド店舗へと顧客の流出があり、相対的に中心街のプレゼンスの低下がみられる。あえて中心街に出向く理由が次第に薄れてきたというのである。

結果として、空き店舗の増加に拍車がかかり、他都市同様中心市街地の活性化計画を策定し各種のまちづくりの事業を展開している。平成23年から計画期間を28年までの5年間として策定した計画であるが、本市のように国の認定をとっていない。

周辺県の中心都市でも国の認定を受けないところが多いという。そこにはそれぞれの市が抱える固有の事情があるようだ。おそらく中心街の再整備だけでなく郊外の計画的整備なども視野に入れているからと推察される。

前橋市の中心市街地活性化計画に大きな影響を与えた要因の一つとして、西武系のデパートの撤退があると考えられる。その跡地の活用策の検討から、一旦策定した基本計画の一部改定を本年3月に行っている。

前橋市は、この大型商業施設の跡地を「前橋プラザ元気21」及び「アーツ前橋」という文化教育施設へと転換した。通常は別の経営主体による商業施設の継続を考えるところであるが、あえてそのような方策をとらないところに、中心街と郊外の商業というレベルでの役割分担の現状と将来をしっかり踏まえていると感じる。

車社会における利便性という点ではるかに優る郊外型店舗に対して同じレベルでの競争を仕掛けても結果は見えている。そのため、前橋市は中心市街地の活性化の基本的方向性をこれまでの「商業オンリー」である「中心市街地を一つのショッピングモールと捉える」から「中心市街地の歴史・文化や固有の強みを守りながら、人と人とが交流する拠点として」と重要な転換を図っている。

商業による活性化から、商業+商業外による活性化へとシフトさせている。今後のまちづくりにとって何が重要かに気が付いたからではないか。まさに「わが意を得たり」と感激した所である。

これを受けて、重点的取り組み事項も、これまでのハード整備中心の考え方からアーツ前橋を核とした芸術文化活動の推進や街なか居住の促進といったソフト事業重視の方向へと舵をきっている。

拠点施設となる「前橋プラザ元気21」はH19年12月にオープンした。施設は地下に地元スーパーが入居し、上階には群馬医療福祉大学、中階に公民館、地域交流プラザ、2階に子ども図書館、1階にイベント広場、コミュニティFM、喫茶店など、バラエティに富んだ施設内容となっている。

特に注目したいのは子ども図書館である。広い空間に多種多様な児童書などが収納されている。むろん、読み聞かせのスペースも確保されている。次の世代を強く意識した取り組みであり、大変参考になる。

空中通路でつながっている隣の建物に「アーツ前橋」と立体駐車場が整備されている。アーツ前橋は、一般の美術館のように所蔵品を鑑賞させるだけのいわば「受動的な」施設を目指すのではなく、むしろ地域へのアートの場の提供と捉えている。従って、特定の芸術家や一部の関係者だけではなく、「誰でも」活用でき、多様な人が集うことによる交流の場の創出を目指しているといえる。

商業以外の面で活性化を促進する方策として前橋市は、まちなかでの市民活動支援の仕組みづくりを進めている。イベントへの市有地の低廉での貸し出しや物品の無償貸出しなどを行うほか、まちなかの活力創出につながるイベントへの補助、情報誌のこまめな発行などに取り組んでいる。

また、市民レベルでの空き店舗利活用の動きも生まれている。面白いのは、「前橋〇〇部」という部活のノリでまちなかを起点とした活動を展開しているグループである。発起人は30代半ばの青年。FBでつながる仲間が集まり、まちなかの空き店舗の一室を「部室」にして活動を開始し、そのゆるやかさが受けて今では50団体を超す〇〇部が誕生し、昨年には日経新聞やフジTVなどにも取り上げられ、ブームとなっているという。

特に決まった活動を行うのではなく、また行政の補助等は一切受けていないという。それぞれの思いを持った様々な人々が自然と集まっており、まさにまちなか活性の原点を見るような思いである。

このほか、空き店舗をリフォームして学生向けのシェアハウスを提供している「シェアフラット馬場川」などの取り組みも誕生している。また、行政でも従来型の中心街の空き店舗を活用した開店への支援や起業への支援なども行っている。

このような仕掛けを効果的に展開する行政の拠点として、前橋市は昨年4月に中心市街地に「まちなか再生室」をオープンし、6人体制で活性化に向けた様々な取り組みを展開している。

仕掛けは徐々に功を奏しつつある。その根底にあるのは、やはり、「人」に焦点をあてた基本コンセプトの転換であると思われる。「交流」というキーワードに早い時期に気付いた結果だと考える。この点をわが市でも大いに宣揚していくべきではないか。

元気21館内案内パネル

子ども図書館内部

総務委員会行政視察(2)~魚沼市~

2014年10月31日

視察2日目の10月29日は、魚沼市の空き家対策について調査した。

魚沼市は、平成16年11月1日に北魚沼6か町村(堀之内町・小出町・湯之谷村・広神村・守門村・入広瀬村)が合併して誕生した人口39,000人強の市である。10年前の新潟中越地震の際は、この地域も大きな被害に見舞われたという。

俳優の渡辺謙さんはここ魚沼出身で、市制10周年の11月1日に名誉市民になられるそうである。

魚沼市は、いわずとしれた、「魚沼産こしひかり」の産地であり、この日の昼食で食べたこしひかりは、まさに絶品。思わずおかわりをするほど美味であった。もちろんお土産でこしひかりを買い、早速宅急便で自宅に送ったのはいうまでもない。

冬は降雪が半端ではなく、毎年のように3メートルもの積雪量を記録すると伺った。特に平成23年から3年連続で豪雪に見舞われ、市民、自治会からの苦情・相談を受け、市が緊急に職員、業者による除雪を実施してきたが、空き家に関して様々課題が浮かび上がった。

本市でも空き家が周辺環境にもたらす悪影響が次第に問題化しつつある。が通常は建物の劣化のスピードはそれほど速くない。

しかし、豪雪地帯では降雪により瞬時に建物倒壊の危険が顕現することが多い。特に魚沼市一帯に降る雪は水分が多く、要するに「重い」のである。屋根が崩落する危険もさることながら、庇雪の落雪による人的被害の危険も大きいという。

所有者が明らかな場合は、連絡して善処を要請することも可能であるが、問題の多い空き家は、所有者が所在不明、相続放棄による所有者の不在というケースが圧倒的に多い。

行政が所有者に代わって緊急に対策を取ろうとしても、個人の財産にどこまで手が出せるかという問題、また個人の財産に税金をむやみに投入できないという問題がある。民法第697条の「事務管理」規定を適用することも一案であるが、限界がある。

建築基準法や消防法など関係しそうな法律もはたして空き家に対してどこまで適用できるのか。行政内部でもどこが窓口になるのか。など、これまでの除雪作業を通じて、抜本的な対策の必要性を痛感し、秋田県大仙市などの空き家条例のような条例制定を検討するに至ったそうである。

こうして、平成24年10月に「魚沼市空き家等の適正管理及び有効活用に関する条例」が制定された。

この条例では、所有者への適正管理の指導・助言・勧告の措置、及び命令、氏名等の公表といった不利益措置のほか、代執行権を行政に付与しており、ここまでは空き家が周辺に対して及ぼす危険を除去するための必要な制度を規定するものであり、空き家条例では一般的に規定されるものである。

このほかに、こうした危険状態に陥る前に、都会からの移住者に空き家を提供する「空き家バンク」的な有効活用の途も規定している。

条例制定の効果は少なからずあったようだ。条例に基づく「助言・指導書」を送付することにより、それまで音信不通だった所有者から連絡が寄せられたり、自主的な解体・撤去につながった例もある。

また、所有者特定のための個人情報の入手も可能となり、対策が取りやすくなったことも挙げられる。これも法的根拠が明確化したことによる効果だ。

しかし、問題が全て解決したわけではない。相続放棄による所有者不在の空き家や所在不明の空き家は依然残っている。また、今後の高齢化の進行により管理不全の空き家の増加や、解体費用がねん出できず、経済面や税制面の負担から放置される空き家の増加が懸念されるという。

市では、やはり法律の整備や空き家対策に要する自治体負担を軽減するための交付税などの財政措置の創設を要望したいとしている。個人の財産権と公共の危険除去との間の調整、これから派生する「税金」を個人の財産に投入することの是非。一自治体だけではもはや解決が困難な状況に至っている。

魚沼市では、豪雪による空き家発の危険性の除去という喫緊の課題を解決するための一つのツールとしての条例制定であった。本市でも2月の歴史的な豪雪を経験して、空き家の問題を体感した。

そこには課題が共通する。それは、本来建物所有者の責務として適正な管理があるにもかかわらず、解体費用の点や再び住む予定もない家屋に維持費用を支出する例が少ないこと。近隣との人間関係の希薄化から周囲に迷惑をかけてはならないという意識の希薄化。

また、仮に代執行ケースが増えた場合に、これ幸いと空き家を放置する風潮を助長しかねないという行政の苦悩。条例制定によってもなお根本的な空き家問題の解決にならない可能性も依然存在する。

現在、国でもこうした空き家対策に係る法整備を検討しているようであるが、管理不全に陥る前に有効活用を図る仕組みの整備も含め、早急に対策を講じてほしい。

特に、都市への若者の流出や人口減に苦悩する地方の立場からは、空き家問題は地方創生の最重要課題といえるのではないだろうか。

魚沼市役所広神庁舎

総務委員会行政視察(1)~三条市~

2014年10月31日

10月28日~30日の3日間、甲府市議会総務委員会の行政視察で、新潟県三条市、同魚沼市、群馬県前橋市の3自治体を訪問した。

今回のテーマは、三条市の「デマンド交通ひめさゆり」、魚沼市の「空き家等の適正管理条例の施行状況」、前橋市の「中心市街地活性化計画の状況」である。

初日の28日は新潟県三条市にお邪魔した。甲府駅から9時10分発のスーパーあずさに乗り、新宿から大宮経由で上越新幹線燕三条駅に着いたのが午後1時過ぎである。

ちょうど駅前にある宿泊先に荷物を預けて、三条市の送迎車で駅から車で約10分の三条市役所に2時前に到着。早速「デマンド交通ひめさゆり」について担当者から説明していただいた。

デマンド交通は、その名の通り要望に応じて車両を運行させる交通方式で、決められたルートを決められた時間に運行させる従来のバス方式では必ずしも住民の要望に応えきれないことから生まれたものである。

特に、高齢者や子どもなどのいわゆる移動手段が限られている層にとって、公共交通機関としての電車やバスは必要不可欠の移動手段であるにもかかわらず、その使い勝手の点から乗車率は低下傾向にあり、必然的に自家用車に頼らざるを得ない地方都市が圧倒的に多い。

乗客数が減少すれば赤字が増え、やがては路線廃止となることは必然であり、路線維持のための公的な補助や自治体運営のコミュニティバスなどにより、市民の足の確保に多大なコストをかけているのが現状である。

高齢化の急速な進行により、近年、買い物難民や通院難民といった大きな課題に直面している地方都市も増えている。本市でもバス路線の廃止が高齢者の日常生活に大きな影響を及ぼしている地域がある。

こうした課題に応えるべく「デマンド交通」という新しい交通体系の模索が始まっている。本市でもかつて相川地区でその社会実験が行われたことは記憶に新しい。が、結果は芳しくなかったのが事実である。登録と実際の利用の間の大きなギャップがあったようだ。

しかしながら、今後の高齢化の進行を考えると、本市でもデマンド交通を始めとする新たな公共交通体系の構築が急がれる。今回の視察は、こうした課題意識から、先進都市としてモデルケースとなっている三条市のデマンド交通の状況を視察したものである。

三条市は人口約10万人、面積430k㎡強と、人口で本市の約半分、面積は約倍であり、高齢化率は28.2%と、本市と同様全国平均を上回るスピードで高齢化が進行している。

平成の大合併で旧三条市、栄町、下田村の3市町村が合併し、現在の三条市となっている。もともとものづくりで栄えた地域で、刃物など極めて高い技術をもつ伝統産業が今も息づいている。

8年前に、当時全国最年少で当選した現市長の公約として、このデマンド交通を始めとする公共交通体系の検討がスタートし、翌年国土交通省の地域公共交通総合連携計画策定調査事業の全国初の認定を受けた。

その背景には、交通機関の発達した東京生まれの市長が三条市の公共交通機関の現状を危惧し、何としても公共交通の再生を図ろう、という強い思いがあったと伺った。改革を遂行するうえで不可欠なリーダーの「強き一念」である。

同市の公共交通が抱える課題として挙げられたのは、(1)公共交通負のスパイラル、すなわち、利用者数の減少が不採算路線のサービス低下をもたらし、これがもとで更なる利用者の減少をもたらしている現状、(2)マイカー依存が高齢運転者の事故の多発や家族送迎の負担の増大をもたらしている現状、(3)コミュニティバスの利用率の低下による行政コストの増大、などがある。これは多くの地方都市が抱える共通の課題である。

三条市では、全市的な三条市デマンド交通(通称ひめさゆり)、高校生の通学に特化した「高校生通学ライナーバス」、コミュニティの結びつきが強い井栗地区のコミュニティバスの、それぞれの特性に応じた「社会実験」を3期行い、本格実施に移している。

いずれも、実験の結果を検証し、新たに生じた課題の克服を繰り返して、本格実施しており、これは事業実施の基本的なあり方である、PDCAサイクルそのものといえる。

このうち、デマンド交通の実施プロセスが面白い。デマンド方式のうち、利用者の居宅から目的地まで車を運行させる「ドア・トウ・ドア」方式を採用せず、停留所を設置して、停留所間を運行する方式を採用した。

当初はバス会社に運行を委託したが、細い路地には入れず、小回りが利かないバスによる運行であったため、思うような成果が上がらず、バス会社は撤退した。

かわりに登場したのがタクシーである。これなら狭い道路でもOKであり、利用者のニーズにこたえることが容易になった。しかも、運行時間を夕方の時間までとすることにより、タクシー本来の営業と両立させることが可能となった。

しかも停留所は598か所ときめ細かく配置し、利用者登録不要とすることによって、利用しやすくなった。料金もバス並みに低廉だ。担当者の言葉を借りると、バスとタクシーの中間みたいな交通システムである。

社会実験による試行錯誤を繰り返しながら、常に「利用者のため」を考えながら事業展開している点は脱帽である。「公」にありがちな「出来ない理由を探す」という姿勢ではなく、「どうしたら出来るか」を考える姿勢である。

業界からの「民業圧迫」といった声は聞かれないそうである。特にバス会社はデマンド交通を委託されながらうまくいかなかったという負い目があるし、タクシー業界も昼間の時間帯はほとんど利用客がいないこともあり、むしろ歓迎しているそうだ。

こうした挑戦する姿勢があればこそ公共交通システムの調査研究といったら国交省でも真っ先に三条市に打診するという。これもトップの何が何でも、という強いリーダーシップの賜物だと思わずにはいられない。

広域行政事務組合議会の県外研修

2014年10月3日

10月2日、3日の日程で、甲府地区広域行政事務組合議会の先進地視察が行われた。今年度、同議会の議会運営委員会委員長を拝命したこともあり、消防実務について少しでも学びたいという思いもあった。

2日は、焼津市と藤枝市の一部事務組合「志太広域事務組合」の消防本部を訪問した。

同組合は、ごみ処理施設の広域事務処理からスタートし、以後、斎場、し尿処理、看護専門学校と共同事務の範囲を広げ、平成25年3月に消防救急事務が追加され、志太消防本部が誕生した。

2市は、合計で約285,000人の人口を有し、甲府地区の広域事務組合の構成人口と同規模である。

当日は、主に、消防本部内の「消防救急デジタル無線システム」の中枢となる、高機能消防指令センターの運用状況を見せていただいた。消防救急を広域化し、デジタルシステムを導入したおかげで消防車、救急車の現場到着時間がはるかに短縮されたそうである。

3日は、静岡県立の地域防災センターを視察した。

昭和51年に、東海地震が高い確率で発生するという東海地震説が発表されて以来、地震対策を最重要課題として県を挙げて取り組みを進めてきた静岡県。

この間、阪神淡路大震災、東日本大震災という2つの巨大地震が発生した。前者は、内陸部断層のずれによる直下型地震、後者は海底部のプレートのゆがみによる地震。前者は、建物倒壊と火災発生による被害、後者は大部分が津波による被害という。

静岡県に想定される東海地震は両者の性質を併せ持つという。海岸部は50kmにも及び、津波対策には大きな負担が伴う。そのうえ、建物倒壊まで想定すると、気の遠くなるような対策が必要だという。

防災センターは、県民の意識を「自助」に向かわせるために設置され、ここを拠点に自主防災組織の育成等を進めている。

行政による対策の限界が意識されるところから、県民一人ひとりのとるべき対策として、建物の耐震化及び室内家具の転倒防止を進めるべきとする。センターの話では、被害を最小限に食い止めるためには、建物や家具の下敷きになることによる「重傷者」を出さないことだという。

そして、高台への避難路の確保。自助意識への転換をいかに進めるか。政府が発表した3連動地震の被害想定をいかに最小限に食い止めるかに向けて懸命な努力が続く。

会派行政視察(3)~気仙沼市

2014年8月14日

8月8日、視察最終日の午前9時半から気仙沼市を訪問し、震災後の議会の対応及び議会改革の状況についてお伺いした。

村上副議長の歓迎のご挨拶のあと、震災調査特別委員会村上委員長から震災時の議会の行動について、次いで高橋議会改革特別委員会委員長から議会改革の状況について説明をいただいた。

発災時は予算審査特別委員会中であったが、直ちに委員会を閉会し、各議員の個別の災害対応とした。

定例会は会期を残していたため、連絡がつく議員を召集して何とか議案処理をし、3日後の3月14日にすべての議案を可決して閉会し、なんとか流会を防ぐことができた。

当初、議会基本条例を3月議会提出する予定であったが、震災の影響で同年の6月議会へ提出し、制定したと伺った。

<災害時の議会対応について>

〇気仙沼市議会においても、こうした大規模災害が議会開会中に発生した場合の対応についてとまどいがあったという。特に、一旦延会等の措置をとっても、通信手段が途絶えた場合に議会を再開させようとしても、どのようにして召集連絡するか課題が残るとしている。

〇災害対策本部には、議員がメンバーに入っていないため、議会として災害にどう対応していくべきか、統一的なルールを定める必要がある。特に、地域の必要な情報を議員個人が集約して本部に提供すると、対応がバラバラになる危険があり、また被災していない地域の議員が何をすべきかについて、混乱を招く。

〇議員は市全体の立場で行動すべきであり、個人的な行動より議会という組織体で行動すべきである。

〇被災する職員が多数上る状況の場合、必然的に行政機能の低下が避けられない。その場合に2元代表制の地方議会と当局の関係についてもルールを定めておく必要がある。特に今回のように被害が甚大で、復興に向けた事業が膨大かつ人員不足の状況にある場合、平常時と同様の関係はある程度変更せざるを得ないのではないか。

〇こうしたことを踏まえ、市の防災計画との整合を図りながら、議会の災害対応マニュアルの作成を検討していく。

<議会改革について>

〇気仙沼市と合併する前の旧本吉町は、議会改革のパイオニアとして有名である。議会改革といえば北海道の栗山町が全国に先駆けて基本条例を制定したことで知られているが、旧本吉町ではそれ以前に、議会報告会や議員討議など、現在の議会改革の柱というべき取組をすでに行っている。

〇その中心者が今回説明をしていただいた高橋特別委員長である。氏は前に読んだ河北新報社の「変えよう地方議会」の中にも登場されている方である。

〇議会基本条例の制定に向けた検討は既に平成20年度に始まっており、旧本吉町が編入合併した平成21年度以降議論が本格化した。

〇以後1年余の議論を経て、平成23年3月議会最終日に提案することが決定されたが、大震災の発生により提出を見送り、同年6月議会にて可決成立した経緯がある。同年9月議会では、「震災復興計画」を議決事件に加える条例制定まで行っている。

〇気仙沼市議会では、市民との意見交換の場として、基本条例中に「一般会議」という制度を採用しているが、いわゆる「議会報告会」とは若干性格を異にしている。その大きな特徴は、市内団体からの開催申し出を中心とし、なおかつ開催会場を市役所に限定している点である。

〇内容等を眺めると、こうした団体からの提言をもとに議会として市政上の課題を把握し、政策提案の拡大を図るという狙いがある。あくまでも「議会」という組織としての意見集約である点で、2元代表制のもとでの議会の役割を市民に分かりやすい形で示しているものといえる。

<視察のまとめ>

今回の会派視察では、大規模災害時の議会の果たすべき役割、その権能の明確化などについて非常に参考となった。

本市議会では、こうした議会の役割、権能を明確化した基本条例はいまだ制定されていない。しかし、今後発生が予想される大規模災害への議会としての対応も含めた、客観的なルールづくりは是非とも必要であり、なおかつ2元代表制といわれつつもなお議会の役割や権能については明確な自主的制度がない現状では、議会改革の最優先課題として議会基本条例の制定を急ぐべきである。

次回以降、今回の視察を踏まえた議会改革の在り方について改めて考えてみたい。

こんなに穏やかな気仙沼の海

会派行政視察(2)~陸前高田市

2014年8月11日

行政視察2日目の8月7日は、午前中南三陸町の復興商店街「さんさん商店街」にお邪魔した。

本格的な開店時間前だったので人通りはそれほどなかったが、共同で店舗を開くまでになったと、いち早く土産店を再開した方がしみじみ語っておられた。

復興が軌道にのれば、それぞれの地へ商店主も戻ってゆくので、いつまでここで店を開けるかわからない、と仰っていた。

日常生活を元に戻すうえで店舗の果たす役割は重要である。一日も早く軌道に乗るよう願ってやまない。

午後3時から、陸前高田市で行政視察をさせていただいた。視察希望団体が殺到しているため、この日は、都城市、福井市の各議会と合同の視察実施となった。

陸前高田市は震災前人口が約24,000人、世帯数約8,000世帯、美しいリアス式海岸沿いにカキ、ホタテ、ワカメなどの養殖漁業が盛んな、岩手県南東端に位置する自治体である。

白砂青松の名勝で日本百景の「高田松原」が有名であったこの地を襲った大津波は、わずか6分間に約4,000戸を流失させ、高田松原も「奇跡の一本松」を残して全て流失させる。

約1,800人の尊い命が奪われ、一時10,000人を超える方が避難を余儀なくされた。

震災から3年余が経過し、現在、大規模なベルトコンベアーを設置して、急ピッチで土地の嵩上げ事業(嵩上げ高10m)を進め、同時並行で集団移転事業、災害公営住宅の整備、大規模な土地区画整理など復興に向けて歩みが始まっている。

課題は前日の南三陸町と同様、土地の権利関係の整理などの事務や、膨大な量の復興関連事業執行に携わるマンパワーの不足などがあるという。

今回の視察で、示唆を受けた点が3点ある。

(1)第一に、議会改革の取り組みの中で、21年度にすでに議会基本条例を制定しているが、今回の震災後に議会の議決事項に「復興計画」を入れ込んだ点である。

自治法の改正で、総合計画については議決事項に入れるのが一般的であるが、陸前高田市では、復興計画について議会の関与を明確化した。

2元代表制のもとでの議会の役割を強く意識しており、今後我々が条例化の検討を行う際に一つの参考事例となり得る。

(2)第二に、「まちづくりプラットホーム」の取り組みを始めたことである。

震災後、市内では様々な復興・まちづくりに関する動きが活発化しており、こうした動きに相互に連関を持たせ、つながりをつくることにより、住民主体のまちづくりが円滑に進むよう、話し合いの場としてプラットホームを立ち上げた。

こうした場の提供により、自分たちの手で、という住民意識がより一層高まり、お互いのつながりがまた強まるものと大いに期待される。

担当者の話では、もともとコミュニティが強固に形成されており、例えば、仮設住宅や災害公営住宅などでもスムーズにコミュニティ形成ができているそうである。

(3)最後に、震災時の教訓から、議会としての行動マニュアルを策定したことである。本市でも二月の豪雪災害時に、現場の混乱を招いた一因として、災害時の議会の対応方針が明確ではなかったことがあると私は感じていた。

議員が個々ばらばらに地域要望等に対応しようとする場合、往々にして非常時の情報管理、指揮系統に混乱をもたらす恐れは少なくない。下手をすると議員の情報提供が「ノイズ」となる可能性があり、その対応に災害対策本部が追われてしまっては本末転倒である。今後、本議会でも災害時の議会行動マニュアルについて提案していきたい。

陸前高田市の復興に向けた勇気を鼓舞するシンボル「奇跡の一本松」は、そのDNAを受け継ぐ二世が順調に生育していると聞く。その思いはおそらく全世界の人々の心に届いているだろう。

我々が視察で得た貴重な知識は、必ず甲府市の防災・減災対策に役立てていこうと、そのモニュメント前で改めて心に誓った。

陸前高田市仮庁舎

会派行政視察(1)~南三陸町

2014年8月9日

平成26年8月6日~8日の日程で、東日本大震災被災地の視察を行った。

3.11からおよそ3年半が経過したこの時点で、大規模災害への対応と復興に向けた具体的な作業を教示していただくためである。

初日の6日は、南三陸町にお邪魔した。まだまだ復興に向けて大変な状況の中、快く受け入れていただいたことにただただ深く感謝するばかりである。

南三陸町も3.11の大震災で津波による甚大な被害を蒙った。防災センターで最後の最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員が殉職されたことはいまだに痛ましい記憶である。

人口約18,000人世帯数約6、000のこの町を襲った津波は、被害家屋3,311戸、745名もの方が犠牲になられた。町の職員も1割強の36名の方が殉職された。

わずか数分の間にこれほどの大きな打撃を与えた。防潮堤の高さは5.6mあったが、これを乗り越え津波は襲ってきた。

説明に当たっていただいた議会事務局の係長さんは、防災センターにいて流され、奇跡的に生還したそうである。当事者である係長さんの一字一句はあまりにも重い。

◇避難者・仮設住宅の状況

H26.5末で677世帯、うち県外避難者は137世帯。仮設住宅は2,195戸、うち1,959戸が入居済

◇災害廃棄物

72.3万tの処理をH26.3で終了。主に復興資材として再利用される見通し。

◇災害公営住宅・防災集団移転団地

災害公営住宅は5地区244戸が工事中。防集団地は28団地を整備中。

◇公共インフラ

JR気仙沼線でBRTの運行を一部開始。今後順次拡大予定。

◇復興まちづくり

行政機能を補うものとして、「PMC方式」を導入、また、工事施工に関連してUR都市機構によるCM方式を導入。

◇産業の復興

農業、水産業の復興に向けた関連施設の整備に順次着手。またグループ化補助金を活用した仮設商店街がオープン。

いずれもこれから「発展期」として復興を加速させる予定であるが、区画整理等の事業を行う上で立ちはだかっているのが、土地の権利関係である。地権者探しから相続による交渉相手の確定など、事務量は想像を絶するものがある。

また、復興予算が膨大に上るため、これを処理するだけの人的資源は町だけでは賄いきれない。そのため、全国の自治体の応援を仰ぐ必要があるが、未だ不足気味という。この点は、国のバックアップが今まで以上に必要な点だ。

ただ、救われる点は、依然コミュニティの力が衰えていない点である。お話を伺っていると、ひしひしとその状況が伝わってくる。

帰り際に防災センターへ案内していただいた。海は何事もないかのように穏やかだった。係長さんにはつらい記憶をよみがえらせてしまった。

「今でも一人になると声を出して泣いてしまいます」。ぽつりともらしたその一言に胸が詰まった。同僚を多く失ってしまったことが、未だ心に傷を残している。

「復興を見届けるまで、震災を伝え続けることが係長さんの使命ではないでしょうか。」僭越にもこんな言葉をかけさせていただいた。

どうか力強く未来に向かって歩みを進めて欲しい。そう願いを込めて南三陸町を後にした。

防災センター。

会派視察(4)~水俣市~

2014年3月28日

 視察3日目、最終日の2月14日は、水俣市の「日本一の読書のまちづくり」について研修した。

 水俣市は、言わずと知れた4大公害病のひとつ、水俣病の発祥の地であり、その原因企業とされるチッソ株式会社とともに発展してきた街である。現在も患者認定の問題など、水俣病の対応は続いている。

 企業城下町として栄えてきたゆえの現場の苦悩は計り知れないものがあるが、現在はこれをバネに、「日本一の環境都市」を目指したまちづくりに懸命に取り組んでいる。長い間公害病に苦しんできた自治体だけに、発信している「環境」というキーワードには非常な重みがある。

 さて、今回の視察項目は、「日本一の読書のまちづくり」である。その中心的な役割を担っている水俣市立図書館の担当者から、お話を伺った。

 水俣市立図書館の沿革をひもとくと、昭和4年5月に、明治・大正・昭和の3代にわたり活躍した徳富蘇峰の寄付金をもとにして設立した「町立淇水文庫」がその前身である。

 徳富蘇峰は、当時の日本の代表的なジャーナリストであり、思想家、歴史家、評論家である。その父淇水の熱烈な郷土愛をしのび、町に贈った壱万円が文庫開館の大きな原動力となった。

 昭和57年4月に、現在地に移転し、水俣市公民館・水俣市立図書館の複合施設として生まれ変わった。読書のまちづくりは、こうした偉大な思想家が郷土のために遺した貴重な「文化遺産」とこれを脈々と受け継ぎ伝えてきた水俣市民の思いがそのルーツにあるといってよい。

 平成19年11月10日に水俣市は「日本一の読書のまちづくり」宣言を行った。そこには、「読書活動は言葉・感性・表現力・創造力を豊かにし、人生をより深く生きる力を身につけていくうえで、欠くことのできないものであり、私たちの生活をより豊かに潤いのあるものにしてくれます。」と、読書の効用を鋭く指摘している。

 ここから、「すべての市民が読書に親しみ、人生をよりよく深く見つめ、生命(いのち)安らぐまちの実現をめざして」日本一の読書のまちづくりを宣言している。

 甲府市でも「子どもの」読書活動を推進する計画が策定されているが、水俣市では子どものみならず、市民すべてが読書活動を進めていくことをうたっている。これが徳富蘇峰を生んだ風土のひとつの結晶ではないか、と担当者の説明を伺っていてふと思った。

 近年のインターネットなどの電子メディアの急速な普及が進む中で、活字離れ、読書離れが指摘されている。ある識者は、視覚メディアがもたらす刹那的、感情的な行動様式の弊害を指摘し、これを克服すべく活字文化の復興を訴え、大きな注目を集めたことは記憶に新しい。

 水俣市は市立図書館を核として、いかにして市民に「本」に親しんでもらうかをいろいろと模索している。むろん、予算が多くはかけられない。ここで担当者のアイディアがほとばしる。

 公民館などの人が多く集まる場所に設置した「まちかど図書コーナー」、商店街にある洋菓子店や調剤薬局の協力を得て店舗内の図書館の蔵書を置く「本よみ場(BAR)」、また、市役所やコンビニに24時間返却OKの「館外ブックポスト」を設置するなど、日常生活の営みの一部として「本との出会い」を組み込む努力をしている。

 また、秋の「読書週間」にあわせて、利用者への感謝と新規利用者の獲得のため、様々なイベントを企画し、これには市役所の若手を残らず動員し、自主的に運営させるなど、予算をかけずに最大の効果を、と奮闘している。もちろん熊本県の部長「くまもん」も協力したことは言うまでもない。

 冒頭、水俣市は公害病をバネに日本一の環境都市を目指していると紹介した。読書のまちづくりにも「環境」を取り入れた取り組みを行っている。それが、みなまた環境絵本大賞である。

 「環境」をテーマとした絵本の原文を募集し、大賞作品に作画を加えて出版しているものである。現在、第1回大賞作品「ひょっこりじぞう」(23年3月出版)、第2回大賞作品「古どうぐ~るぐる」(25年3月出版)が世に出ている。もちろん、用意周到の担当者から、喜んで購入させていただいた。

 徳富蘇峰という偉大な思想家をルーツとし、その文化遺産を脈々と受け継ぎ、更なる文化の大輪を咲かせようとする水俣市の「日本一の読書のまちづくり」。公害病という現代文明の負の部分を背負いながら反転攻勢をかけるその姿勢に学ぶ点は極めて多い。

表面

裏面

会派行政視察(3)~人吉市~

2014年3月27日

  行政視察2日目の2月13日、午後から人吉市の子育て支援事業「つどいの広場九ちゃんクラブ」を事業の現地である「ほっとステーション九ちゃんクラブ」で視察した。

 「九ちゃんクラブ」の前身は、人吉市保健センターを活動拠点としていた子育てサークル「てくてくクラブ」である。保健センター職員の努力により、平成16年度までは何とか活動を維持していたものの、センターの業務増等の事情で自然解散の状況に追い込まれた。

 そこに現れたのが中心商店街の皆さんだったそうである。活動拠点を商店街におき、一緒に商店街のまちづくりをしませんか?と誘いを受け、空きスーパーの3Fフロアを借りて、平成17年7月から「ふれあい街づくり事業」としてリスタートした。翌平成18年4月からは、事業名を「人吉市つどいの広場事業」と定め、現在の運営主体の前身である、保育サポーター「陽だまりの会」が事業受託して運営にあたった。

 運営のサポートは、商店街と子育てサークル九ちゃんクラブが構成員となっている「ふれあい広場実行委員会」があたっている。中心商店街とのコラボレーションは、子育て中の保護者にとっては、「気軽に自由に集える場の確保」と「地域に子育て支援の輪を拡げていく試み」という側面があり、商店街にとっては、「商店街が持つ力による子育て支援での商店街の活性化」という側面がある。お互いの目指すところが、「子育て」という一点を介してうまく結びついている。

 平成22年8月から現在地のほっとステーション九ちゃんクラブに移転し、隣には商店街のおかみさん方が手作りの民芸品を販売したり、不用になった「雛人形」のあっせん販売を行ったりする交流スペースがある。23年4月には、陽だまりの会がNPO法人格を取得し、運営の基盤が一段と固まってきた。

 ここでの活動内容は、①子育て親子の交流、仲間づくり。特に転勤で引っ越してきた方々には大変公表である。②子育てアドバイザーによる子育て相談、援助。週1回、家庭児童相談員、女性福祉相談員による相談の機会があり、また常駐2名の陽だまりの会メンバーにより随時相談を受け付けている。③子育て情報の提供、講習の実施。④ボランティアによる紙芝居、絵本の読み聞かせとなっている。

 また特別事業として、街角ウォッチング、商店街スタンプラリーなど商店街との交流事業を行ったり、他地区の公民館へ出張して事業を行う「お出かけ九ちゃん」、また「イクメン講座」も開いている。

 利用者も陽だまりの会がNPO法人となった23年度からは年間約6千人と、増加傾向にある。

 ここでも、前日の山鹿市と同様、子育て応援の店制度があり、ミルク用のお湯の提供、おむつ交換の場の提供、子供向けサービスの提供など、子育て支援の各種サービスを行っている。

 九ちゃんクラブの隣の商店街のおかみさん方の交流スペースで話を伺ったが、もはや子育てへの「協力」という次元を超えて、「街全体で子育てを行っている」という印象を強く受けた。

 中心商店街にこうした交流拠点があるということは、「ほっと」一息つける場があるということであり、子育てにかける「ほっと」な思いが伝わってくる。九ちゃんクラブが「ほっと」ステーションと命名されているのは、この意味ではないだろうか。

 人吉市の担当課長(女性)さんからも運営主体の陽だまりの会の中心者からも何とか少子化を食い止めたいという、情熱が伝わってくる。予算規模は決して大きくないこの自治体にあって、合計特殊出生率が2.07という驚きの数字をはじき出しているのは、こうした方々の熱意と行動力、そして知恵を出し合うチームワークの良さがその大きな要因ではないだろうか。

 九ちゃんクラブの周辺には温かい空気が流れている。また立ち止まって一息つける空間が街の至る所にいつでもドアを開けて待っている。そんな感覚を訪れる人に与えてくれるかのようである。

 これも一つのまちづくりであることは疑いない。しかも中心商店街のまちづくりの側面もある。そこには巨額の投資はない。シンボルとなる大規模構造物もない。しかし、明らかに子育てという理念を共有している「人の営み」がある。中心商店街の空き店舗を活用して、街の活性化に一役買っているプレーヤーがいて、また同じレベルに立つサポーターがいる。こういうところにこそ、また来てみたいと思う「リピーター」が出現するのではないだろうか。

九ちゃんクラブ紹介パンフ(表面)

 

九ちゃんクラブ紹介パンフ(裏面)

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