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甲府市議会議員  兵道けんじのページ

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(3)

2019年11月27日

11月21日最終日は今治市のサイクルシティ構想について伺った。

今治市と広島県尾道市を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」は全長59.4㎞の西瀬戸自動車道であるが、最大の特徴は「自転車や歩いてでも渡れることができる」よう整備されている点であり、サイクリングロードは、今治市サイクリングターミナル「サンライズ糸山」から尾道港まで約70㎞が整備されている。

瀬戸内に浮かぶ風光明媚な島々の景観を眺めながら走るサイクリングロードは近年世界中からサイクリストを集め、現在30万人を優に超える状況となっている。

今やサイクリストの聖地とまで言われる瀬戸内しまなみ海道の歩みをみると、平成11年度の開通から10年間は試行錯誤の時代とされている。

開通と同時に沿線市町村にレンタサイクル事業が立ち上がり、翌12年度に愛媛県、広島県両県の相互乗り捨ての基本協定が締結され、サイクリングロードの活用を模索していた。

ただし、観光という面での施策展開はまだこれからの状態で、島をつなぐ海道が完成したことによる「別の意味からの」課題に直面し、まさに試行錯誤の状況にあったようだ。

その課題とは、レンタサイクルがほとんど「ママチャリ」であり、「サイクリング」には程遠かったこと、しまなみ海道という大資源を生かし切れていないこと、島が橋でつながったことによる廃止航路の続出と自動車で通過されてしまい、滞留が生まれにくくなったこと、尾道に比べ今治は産業都市で観光という土壌がなかったこと、などしまなみ海道が「観光」という側面で脚光を浴びるところまでは至っていない。

この状況が劇的に急転するのは、開通10周年記念事業をきっかけに「サイクリング」が着目され、翌年愛媛県知事に就任した現中村知事が台湾の世界的自転車メーカーGIANT社のトップとの交流から、知事、今治市長が率先してロードバイク生活を開始したことからである。

平成24年度には、Green World On Wheels ~自転車で世界をつなぐ~「日台交流 瀬戸内しまなみ海道サイクリング」事業が開催され、以後しまなみ海道を使った国際サイクリング大会の開催、愛媛マルゴト自転車道作戦と称しての行政職員、議員等によるしまなみサイクリングの実施、守山市、名護市との自転車を通じたまちづくり交流協定の締結など、しまなみ海道をサイクリングの象徴として活用する多彩な取り組みを行ってきた。

こうした取り組みの進行はやはり愛媛県の力が大きい。愛媛県が「自転車新文化」として「サイクリングが人に健康と生きがいと友情を与える」理念を前面に打ち出し、そこにしまなみ海道が持つ「資源力」を最大限に引き出したこと、そして地元にその魅力の「気づき」を与えたことが大きな要因ととらえられる。

地元の大きな財産というべきしまなみ海道の真の魅力を引き出したそのアプローチは大いに参考となる。重要なことはこれはまちづくりに共通することだが、資源を正しくその魅力を輝かせるのは接する人々の情熱、パッションではないかと改めて思うところである。そして折角の宝が地域にあるのにその価値に気づかないことは最大の不幸である。おそらく「若者 ばか者 よそ者」は地域資源の価値を発見するうえで重要なファクターとなるものを象徴的に表現したものだろう。特に「よそ者」は地元にはない視点から資源にアプローチすることの必要性を端的に表している。

来年のオリンピックでは本県も自転車競技のルートに当たっている。今回の視察を通じて自転車に対する認識が新になった。日常生活に密着したツールがそのまま、まちづくりの一つの資源になりうることに改めてまちづくりが「人の営み」としての奥の深さを示していることを実感させられる。

国土交通省の自転車活用推進本部が日本を代表し、世界に誇ることのできるサイクリングルート(ナショナルサイクルルート)として本年11月に、「つくば霞ケ浦りんりんロード(茨城県)」「ビワイチ(滋賀県大津市)」とともに「しまなみ海道サイクリングロード」を指定したことは、サイクリングが健康と生きがいと友情を生み出すという自転車新文化という考えを今後の方向として位置付けたものではないだろうか。

先般健康都市宣言を行った本市でも具体的な取り組みとして自転車に目を向けてみるのも一法であると思われる。

(資料については「報告・資料」のページに収録してあります。)

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(2)

2019年11月25日

11月20日視察2日目は四国中央市のデマンドタクシーの取組みについての研修である。

四国中央市は愛媛県の最東部、香川県、徳島県、高知県と境を接し、面積は甲府市のおよそ2倍の420㎢で、人口は甲府市の約半分の約87,000人である。高齢化率はH27国勢調査で30.1%である。

平成16年4月に2市1町1村が合併し発足した歴史がある。「製紙、紙加工業において日本屈指の生産量を誇り、紙製品の工業製造品出荷額が全国一位。プラスチック製品などその他製品を含めると工業製造品出荷額は約6,000億円余りとなります」(市HPより)とあるとおり、市内に入って最初に目についたのが製紙工場の煙突である。議長さんの歓迎のごあいさつの中に、紙おむつの無償配布の取組みの紹介があり、さすがは紙のまち、と感嘆した。

市内にはJR予讃線6駅があり、うち2駅が特急停車駅である。路線バスは現在4路線うち1路線が広域路線である。タクシーは6社、保有台数は約100台。市福祉バスは新宮地域で7路線、1回300円の市町村運営有償運送となっている。

デマンドタクシーの運行経緯であるが、新市誕生の際の合併協議会で主要な課題としてコミュニティバス等の新しい交通手段の導入が検討され、合併後の平成18年に公共交通プロジェクトチームを設置、アンケート調査を経て平成19年10月に開催された地域公共交通会議でデマンドタクシー試験運行案が了承されたことにより、翌平成20年1月から試験運行が開始された。

その後平成22年4月から平成24年3月までの2年間、対象地域を拡大して実証運行を実施、24年4月から「地域公共交通確保維持改善事業」(国補助)に移行した。

デマンドタクシーは、現在登録者の予約方式をとっており、オペレーター室はタクシー会社の事務所の一角を借りて4人で運用している。運行台数は午前9台、午後7台で、利用料金1回400円でエリア内での運行となっている。

登録者は本年3月末で7,058人、利用者は1日あたり80人~90人、年間延べ20,323人(H30年度実績)、実利用人数は年間700人程度と分析されている。

何よりの利点は、自宅まで車が来てくれる点であり、予約者それぞれの自宅を回っての乗り合いとなりある程度の待ち時間が生ずるものの高齢者にすこぶる好評である。

運行経費は平成30年度実績で約52,000千円、うち利用料金収入と国庫補助金で12,500千円が財源として充当されている。

高齢者の交通手段確保のための支援策としてはタクシー券配布があげられるが、配布枚数の上限設定などの点から効果は限定的の懸念がよく指摘されるところである。これに対して交通システムを構築して低額の利用料金を設定する方式では、必要な時にいつでも外出できる点から持続可能なものとして大いに期待されるところである。

タクシー会社の協力を仰ぐこととなり、タクシー本来の営業との調整の課題も考えられるが、病院や買い物など頻繁に必ず生ずる定例的な外出ニーズへの対応にデマンドシステムを使い、そのほかエリア外への外出などへは通常のタクシー営業を使うなどの使い分けによって十分成り立つのではないかと考えられる。

いずれにしても今後益々加速する高齢化とこれに伴って増加が予測される免許返納という現代の大きな課題の解決策としてこうしたデマンドシステムも真摯に検討しなければならない時期に来ているのではないか。

※資料については「報告・資料」のページに収録してありますので参照してください。

 

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(1)

2019年11月25日

11月19~21日の日程で、標記の自治体の会派視察を行った。テーマは、松山市の「歩いて暮らせるまちづくり」、四国中央市の「デマンドタクシー」、今治市の「サイクルシティ構想」である。

いずれも、人口減少、少子高齢化が進行する本市にあって参考となる事例である。

19日は松山市にて「歩いて暮らせるまちづくり」についてヒアリングさせていただいた。

松山市は、明治22年に愛媛県初の市として発足、当時は松山城を中心とする現在の都心部のみで人口も33,000人弱であった。その後昭和に入って周辺市町村との合併を繰り返し、空港や港などの整備を通じて近代都市へと発展、平成の大合併で四国初の50万都市となった。

最初に現状と課題の説明があり、市街地の拡散と都市機能の流出、中心市街地の活力低下など地方都市に共通する現状が見られるとともに、高齢化の進行、自然環境や都市の個性の喪失も指摘されている。

こうした現状から抽出される課題として、都市部の機能強化、多様な生活ニーズへの対応、自然環境や地球環境の保全、地域資源の保全・活用による地域づくり、の4点があげられた。

その問題意識から、今までと異なるまちづくりを考える必要性を指摘している。その結果、まちづくりをコンパクトで質の高い都市へと方向転換することを決定した。そのメルクマールは、集約型のまちづくりと「遅い交通の」みちづくりである。

歩いて暮らせるまちづくりの取組みはこうして生まれ、推進要綱をみると、①生活の諸機能がコンパクトに集合した暮らしやすい街づくり、②安全・快適で歩いて楽しいバリアフリーの街づくり、③街中に誰もが住める街づくり、④住民との協働作業による永続性のある街づくり、の4つの方向性からまちづくりを進めるとしている。

「遅い交通」という考え方は、「スローライフ」にも通じ、まちづくりの場面ではその価値を再認識する必要があるのではないか。今後の高齢化の進展とまちの魅力を最大限引き出すうえでは、自動車優先から「歩くこと」や自転車交通など遅い交通を重視した道路の整備が重要になってくると考えられる。

こうした「遅い交通」実現のための道路整備はこれまでの自動車優先の考え方を根本的に転換し、より「歩く人」重視の「道路空間再配分」であり、歩いてじっくりまちを堪能するための「まちの魅力づくり」を目指したファサード整備とセットで進められる。(この点はかって本市でもタウンレビューの議論があったことが思い出される)

事例が3つ紹介された。1つ目はロープウェイ通りの整備である。言わずと知れた松山城へのロープウェイを核としたもので、道路整備やファサード整備とあわせて、平成15年にトランジットモールの社会実験を経て整備が実現されている。実際歩いてみると一般車両よりも路面電車、また歩行が中心となって猥雑感がほとんど感じられない。

路面電車は富山市や宇都宮市などの事例を引くまでもなく、コンパクトなまちづくりにとって非常に有用であることが改めて実感される。

その路面電車で道後温泉に向かうと2例目の道後地区の歩行者空間整備がある。

ここでも、観光の中枢資源としての道後温泉本館前を「広場化」し、自動車をシャットアウトして広大な歩行空間を創出した。入り口部分のからくり時計がある道後温泉駅前も時計前を完全に歩行者空間として整備したことにより人の流れが多く生まれている。

これまでの車道に歩道が付属する構造だと、ひとの流れが「線的」で窮屈なイメージだが、車道の導線を大幅に縮小制限し、歩行空間を広場状にすることで、ひとの滞留など「面的」な流れが生まれ、賑わいの創出が可能となっている。この点は、甲府駅南口の広場整備を思い出すが、道後地区は観光資源「道後温泉」の資源力を最大限引き出すための歩行空間整備が強く感じられる。

3つ目の事例は花園町通りの歩行空間整備である。

花園町通りは松山城と松山市駅をつなぐ幹線道路であり、沿線には店舗やオフィスが多数立ち並ぶ。ここも車道を縮小し、イベント開催も可能な歩行空間を拡大する一方で、荷物の積み下ろしスペースもところどころ整備することにより、商業活動との調整を図っている。

計画段階で市民やステークホルダーである商店主などによるワークショップを重ねてきたようであり、市民との協働作業という要綱の要請に忠実に従って、丁寧な合意形成作業を行ってきたようである。

車社会で車道よりも歩道をという主張は多くの場合反発が生まれることは想像に難くない。特に公共交通機関が衰退し移動手段を自家用車に頼らざるを得ない地域ではなおさらである。

そこに、「スローライフ」というパラダイムの転換を進めることが今後益々要請される。特に高齢化進行のスピードが世界でも類を見ない我が国ではこれまでの右肩上がりのシステムをダウンサイズして今後の人口減少社会に見合ったものに変えていかなければシステムが崩壊する恐れがある。

様々な社会資源、観光資源がありながら「滞留」させるための仕掛けをしてこなかったとしたら、まちづくりとしては決して成功とはいえない。人の営みこそがまちづくりの核としたら、立ち止まってじっくり眺めてもらうことはまちの新たな魅力発見につながるのではないか。

車で通り過ぎるだけではその価値を見ることはできない。いかに立ち止まらせるか。それはまちの魅力をみせることであり、そのための歩行空間の創出である。

歩いて暮らせるまちづくりは、高齢化社会での時代に即した生活空間の再構築であり、一方でまちの魅力を「立ち止まって」堪能するための仕掛けである。

(資料については「報告・資料」のページに収録)

今一度議会の基本的な議論を

2019年10月14日

先日、日本生産性本部が主導する「地方議会改革プロジェクト」第1回会合に参加した。

この会合は、前期から引き続き参加させていただいており、全国の議会改革をリードする先進議会の議長経験者、事務局職員がメンバーに名を連ね、早稲田大学の北川先生、山梨学院大学の江藤先生を中心に、2元代表制のもとでの議会のあり方を深堀していく、本市のようにこれからステージに上がろうという自治体議会にとって有益な会合である。

現在議会改革は、議会基本条例の制定を中心とした形式整備の「第1ステージ」から進んで、議会の政策提言機能を見出した「第2ステージ」に入っていると言われている。

議会改革というと議会基本条例が浮かび、北海道栗山町が初めて制定して以来、「流行」的な形で全国の自治体に広がった。いわば議会が「自分たちのことを自分たちで」定める独立宣言的な側面があったものと私は捉えている。

10年余が経過した現在、もちろんその必要性は否定するものではないが、注意したいのは、議会基本条例は議会の「機関性」を明確にし、議会が住民福祉の増進のために活動するための「ツール」としてのものであり、それ自体が目的ではないことである。

この「ツール」である点を忘れ、その本来の目的を見失うと、言い方は悪いが基本条例を制定したことにより議会改革が達成されたと満足して足が止まってしまうこととなりかねない。

重要な点は、議会が「機関」として住民福祉の増進のためにいかに役立つものとなるか、そして、住民の側から「議会も住民のために役に立っている」と評価されること、そのための仕組みを制度化した形式が基本条例であるという点である。

生産性本部の会合に私が期待して参加させていただいているのは、こうした議会が機関として脱皮するための方途と、議会が住民から「役に立っている」と言われるための機能の再構築についての示唆を期待してのことである。

現在、議会改革の「第2ステージ」といわれる「議会からの政策サイクル」について、議会の議決機能を背景として、住民意見の集約機能とその進化形としての世論形成機能、住民意見から抽出した政策形成、提言機能を議会の本来的機能として捉える方向性についてはそのとおりだと思う。

そのうえで、もう一度原点に立ち返って、政策サイクルを回すことが住民福祉にどれだけのメリットないしベネフィットをもたらしているか、をどう「量って」いけばいいかを明らかにしたい。

住民側からはこうしたことが自分たちにとって有益かどうか、シビアな目が向けられることが必至であり、特に全国的に政務活動費の不正があったり資質を疑うような事例が相次いで、そもそも議員に対する不信が根強くあり、これが極端になると議会不要論が台頭してくる。議会の「自己満足」と言われないためにも、議会からの政策サイクルが住民福祉の増進に「これだけ」役に立っていると明快に説明できることが必要である。

端的に言うと、議会が提言する「政策」が住民にどれだけ役に立っているかという「評価」をどういう形で行うかの問題であり、これは首長が執行する政策に対する「評価」も同じことが言える。「評価」を分かりやすく「定量化」できないか、であり、こうした定量的評価が可能であれば住民に対する説明もより容易になる。これを生産性本部の会合に期待したい。

この「評価」を含めて、先日行われた決算審査特別委員会から、委員長としてかねてから感じていた議会についての現行制度の課題を改めて実感した。

一つは、決算審査と名がつくもののその内容は「審査」という名に値するか、という点である。

審査という以上、議決予算が議決目的どおりに使われていたか、そして住民福祉向上にどれだけの成果が上がっていたか、を検証することが求められる。住民側からは自分たちが納めた税金が役に立つ使われ方をしたか、が興味の中心であり、仮にこの点についての説得力ある説明がなければ、その納税意欲をそぐ結果につながりかねない。しかしながら、現実の決算審査ではこうした視点での質疑はほとんどない。これでは「どういう理由で」決算を認定したかについての説明がはたしてうまくできるか、疑問が残る。

二つ目には、議会が最終的に本会議で採決により決算を「認定」するという「意思決定」をするが、はたして「機関としての」意思決定といえるかどうか、という点である。

機関としての意思決定と言えるためには、機関内部でお互いの考えを述べあい、こうした議論を通じて最終的に調整して意思決定を行う、というプロセスが必要である。

しかし、現状は議会の構成員である「議員」がお互いに議論し合うという制度は取られていない。現状は各議員が当局に対して「質疑」と称して自分の意見を表明し、受け入れられなければ「要望」という形で「言い逃げ」しているにすぎず、そこには他の議員が直接意見を差しはさむことはできない。

現行制度がさらに錯覚を呼び起こしているのが、「討論」制度である。これは各議員の単なる一方的な意見表明にすぎず、双方向的な「討議」では決してない。その究極が「採決」である。これなどはもはや個々の議員の賛否の「単純集計」とも言うべきものに過ぎない。

こうしたことをもたらしているのは、意思決定に至るプロセスでの「議員同士の討議」がないことに起因する。そこに議会の「機関性」の欠如の大きな原因がある。

三つめは、議会からの政策サイクルといった場合、既に多くの先進議会が指摘しているように、決算を起点にすることが重要であり、決算審査で浮かび上がった課題を議会として吟味し、これを「政策」として予算に反映させるべく提言することである。そして予算審査で提言が反映されているか審査し、決算審査ではこれが的確に執行されているかを審査する。これが政策サイクルである。

ここで強調すべきことは、例えば決算委員会でそれぞれの委員が「要望」を当局にぶつけることがしばしばあるが、そもそも決算審査は過年度の行財政執行が「妥当か否か」という判断だけであり、「要望」など本来ありえない話であるうえ、議会が承認していない個人的な要望をそもそも当局がとりあげるはずはないことを気づくべきである。

こうしたところにも「機関性」の意識がまだまだ浸透していないことが現れている。

今後の生産性本部の議論には大いに期待するとして、いま強く思うのは、もう一度議会の「審査機能」を再構築すること、そこに機関性を強く主張すること、ここから自らが提言する政策が十分説明可能な程度に住民福祉への貢献度を量れること、こうした課題を解決する時に議会改革は新たなステージに突入すると確信する。それを甲府市議会で何としても実現したいと密かに闘志を燃やしている。

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吹田市のガンバ大阪スタジアム

市議会議長会研修会にて

2019年8月8日

8月7日14時からアピオにて市議会議長会議員合同研修(前期)が開かれた。講師は、議会改革で知られた長野県飯綱町前議長の寺島渉氏である。

改めて当事者からお話を伺うと、我々以上に追い込まれた状況からの議会改革への立ち上がりであったことが伝わってくる。

平成17年に旧牟礼村と三水村が合併して飯綱町が誕生した直後、旧牟礼村の第三セクター「飯綱リゾート開発(株)」が突然経営破綻。金融機関と旧牟礼村が損失補償契約を結んでいたために、金融機関に町は裁判を起こされ、全面敗訴。約8億円(他の金融機関含め)を支払うことになった。住民から厳しい批判、議会のチェック機能は果たされていたのか。議決責任と説明責任が問われた(講演資料より引用)。

これを議会改革のチャンスととらえ、まず、全住民を対象にアンケート調査を実施した。その結果、実に75%もの住民が議会・議員に対して厳しい評価を下した現実に衝撃を受け、この現実から改革に向けて出発した。

平成20年1月から半年間で、30数回の学習会と自由討議を重ね、目指す議会像と8項目の改革課題を整理した。

目指す議会像とは次の6項目である。

①住民に開かれた議会 ②町長と切磋琢磨する議会 ③活発な討論が展開される議会 ④住民の声を行政に反映する努力を貫ける議会 ⑤飯綱町の住民自治発展の推進力となれる議会 ⑥政策提言のできる議会。

10年以上前にすでに我々が目指そうとしているところを整理していることに脱帽する。

この後直ちに、町民に信頼される議会をめざし、8項目の議会改革を宣言、平成20年9月議会から実践を開始した。

①一般質問に一間一答方式を導入、町長には反間権を認める ②町民に対して議会の議決責任と説明責任を果たす ③議会への住民参加を広げる ④議会の情報公開をさらに進める ⑤議員の資質向上に努め議員同士の自由討議を活発に行う ⑥議員の政策立案能力を高め、政策提言、条例制定などに取り組む ⑦行政への批判と監視機能を一層強化する ⑧政務調査費(当時)を条例化し、政策研究、町民への広報活動等に活用する。

そして、平成20年8月に議会だより特別号を発行し、こうした議会改革を町民に宣言し、飯綱町の議会改革がスタートした。

その後、4年余の議会改革の実践の成果も踏まえ、平成24年9月定例会で「議会基本条例」を制定、さらに新しい地方議会創りをめざした。

飯綱町の優れている点は、基本条例制定でゴールとするのではなく、「ツール」として位置づけ、時代の変化にあわせて将来の改正を考慮した点にある。

実際、平成27年6月に基本条例を一部改正し、議会広報モニター、議会の災害への対応、全国の先進議会への視察、交流等を積極的に取り組むことを追加した。

また毎年4月に「議会基本条例」に基づいて年間活動計画を作成し、確実に実行している。

飯綱町の実践は大いに参考となる。特に、寺島前議長が強調していた「議員の自由討議」と徹底的な学習は議会が「機関」であることを明確化するうえで重要な視点である。

議会改革が第1ステージから第2ステージへとステップアップしているといわれる中で、我が甲府市議会も統一地方選による改選後のスタートに初めて、議長選に事実上の「立候補制」を導入し、「公約」を聞いて投票する、というごく当たり前の制度をスタートさせた。

その結果、今年度中に「議会報告会」を実施するという公約を掲げた現議長が当選し、現在私も実施の企画運営の中心的役割を仰せつかって、11月の議会報告会の実現に向けて作業を急いでいる。

この時点での寺島氏の講演は非常にタイムリーであり、これを聞いた議員が改革マインドを改めて共有していただければと期待している。いよいよ甲府もステージに登場する日が近づいている。

(→ 20190807講演資料)

2019会派視察(2)~千葉県柏市~

2019年7月29日

7月26日、視察2日目は柏市にてフレイル予防の取り組みと動物愛護センターの取り組みについて研修を受けた。

フレイル予防に関する柏市の取り組みはあまりにも有名である。フレイルとは、年齢に伴って筋力や心身の活力が低下した状態(身体、精神心理、社会性の虚弱)のこととされ、多くの高齢者が健康状態から、フレイルという中間的段階を経て、要介護状態になるという高齢者の状態像として捉えられている。

年齢を重ねても健康で幸福な人生を送るために、早めに自分の状態に気づき、意識変容、行動変容に繋げ、フレイル状態に陥ることを防ぐことが出来れば、健康寿命の延伸もより可能となる。

その沿革をたどると、平成24年度の東京大学の大規模長期縦断追跡調査(いわゆる柏スタディ)をもとに、平成27年度からフレイルチェックを柏市の事業として開始したことに始まる。

東大の調査結果の分析を通じて、フレイルを予防して健康長寿を実現するために大切な3つのポイント、すなわち栄養、運動、社会参加が明らかとなり、特に、社会参加の機会が低下すると、フレイルの最初の入り口になりやすいことが指摘されている。

このことは我々の地域生活を考えてみると実感できる。高齢単独世帯で地域との繋がりが希薄になった時、一気に日常生活の機能が低下していくケースを何度も見た。

こうした課題意識を基に柏市では、フレイルチェック講座、フレイル予防サポーターの養成、フレイル予防活動の普及・啓発という形で市民一人ひとりが「自分事」としてフレイル予防を捉えるよう後押しをする、そしてこうした市民がサポーターとしてフレイルチェックの普及等の社会活動を行っていく、という循環を創っている。

中心的な狙いはやはりフレイルサポーターとなって社会参加を後押しする点にあるといえる。今いきいきサロン等で高齢者の居場所づくりを行い、引きこもり防止につなげようという試みが定着しているが、このフレイル予防の取り組みは一歩進んで「客」としてではなく、プレーヤーとして活動の中心的役割を担ってもらう点で、能動的なイメージがあると同時に、介護状態と健康状態の中間にあるフレイルに陥ることを防ごうという点でより取り組み目標が具体的でわかりやすい。優れた取り組みと評価できる。

(→2019柏市フレイル予防説明資料 2019柏市フレイル予防リーフ)

次の研修項目は柏市動物愛護ふれあいセンターの取り組みについてである。

これまで本会議で2度殺処分ゼロの取り組みを提言してきたが、甲府市は動物愛護センターの業務を県のセンターに委託して、4月に中核市スタート、保健所スタートとなった。

柏市では平成20年に中核市となって以降平成26年にセンターが開所した。今回の視察の中心的なテーマはいかにして殺処分数の減少に向けた取り組みを行っているか、である。

犬猫については、やむを得ず引き取る業務とその中で新しい飼い主への譲渡業務を行っており、動物愛護思想の普及啓発や飼い主がいない猫の不妊去勢手術助成制度などの普及等もあり、殺処分数は減少の傾向にある。

犬については狂犬病予防の取り組みや放し飼い禁止などが定着し野犬も劇的に減少していることなどから、センターへの収容頭数も減少し、殺処分も激減している。

問題は猫である。現在室内飼いの指導に力を注いでいるが、不妊去勢手術もしないまま自由に屋外に出かけて妊娠して帰ってくるとか野良猫と交わって一層野良猫が増えるという個体数の限界を超えた増加が問題となっている。

最近、TNRの取り組みが脚光を浴びているが、これは公園等に住み着いている飼い主のいない猫について、これ以上個体を増やさないために、いったん捕獲して不妊去勢手術を施し、終了後元居た場所に戻す、という取り組みである。

地域の理解と協力を得て、エサやりの管理とフン尿の処理を行い、地域との共生を目指す取り組みであり、いわゆる地域猫と呼ばれる取り組みである。柏市では3世帯以上集まればこうした地域猫のボランティア団体として登録でき、不妊去勢手術の申請資格が与えられる。現在70団体ほど登録されているそうである。

動物愛護管理法がこれまで何回も改正され、飼い主の終生飼養の義務付け、保健所等での引き取り拒否など、動物であっても生命の重さは変わりない、というメッセージが発信され続けてきた。

直近の改正でも、動物虐待の厳罰化、マイクロチップ装着の義務付け、生後56日未満の動物の販売禁止などが行われたが、すべてが動物であっても故無く生命が奪われることがあってはならない、という生命尊厳の思想に裏打ちされたものだ。

目を覆いたくなる殺処分方法を考えた時に、そのむごさに声も出ない。生命尊重の思想の広まりが虐待防止やいじめ防止につながるものと信じている。だからこそ何としても動物の殺処分の根絶を単に「目指す」のではなく、必ず「やる」という断固とした姿勢を中核市甲府が持ってもらいたい。その期待を込めての2度の本会議での質問だった。

9月にはもう一度、具体的な政策を取り上げて質問に立とうと考えている。譲渡会やTNR、ボランティアの育成やプラットフォームの構築、愛護思想の普及啓発など切り口を変えて取り上げる予定である。

今一度「生命尊厳」の哲理のうえから問いかけてみたい。

(→2019柏市動物ふれあいセンターレジュメ 2019柏市殺処分ゼロ関連)

2019会派視察(1)~千葉県我孫子市~

2019年7月28日

令和に入り、改選後初となる会派視察を7月25日~26日の日程で実施した。

初日の25日は、千葉県我孫子市の子ども発達支援計画と保育園待機児童ゼロの取り組みについて研修した。

まず子ども発達支援計画である。我孫子市では子ども・子育て支援法に基づく子ども総合計画の部門計画として、平成27年度に発達に支援が必要な子どもに対し、ライフステージに応じた支援体制の構築を目的とした同計画をすでに策定していた。

この間児童福祉法改正による障害児福祉計画の策定の義務付けがあったため、その内容を加味して平成30年度から32年度までを計画期間とする、改訂版子ども発達支援計画を策定した。

同市の特筆すべき点は、国からの義務付け以前に、子どもに関する課題の抽出・整理が行われ、その解決のための道筋がすでに計画として示され、取り組まれている点である。

近年新たな「障がい類型」として、発達障害が挙げられるようになった。かって県の障害福祉課に在籍した時代(平成10年から13年)には、その間福祉の基礎構造改革が行われ、「措置から契約へ」というパラダイムの転換が行われた歴史的な時期であったが、障害類型と言えば依然「3類型」であった。

学習障害や自閉症スペクトラム、ADHDなどが新たに意識されるようになってからまだ日も浅い。特に児童の段階ではグレーゾーンの子どももいること、保護者にとって「障がい」を受容しがたいこと、などから支援が必要な子どもに適切な支援が届かないといった課題がある。

我孫子市では、診断名がつく児童に限らず、グレーゾーンに属する児童を含めて「発達に支援が必要な子ども」ととらえ、「すべての子どもが健やかに、安心して育つことができるために」という基本理念を掲げて計画を策定している。

その理念を実現するため4つの視点で取り組みの方向性を示している。すなわち、①子どものライフステージに応じた一貫した療育・教育支援、②子どもの将来と自立に向けた発達支援、③家族を含めたトータルな支援、④子どもと家族にとって身近な地域における支援、である。

そして5つの取り組みの目標を定め、具体的な施策を展開している。その5つとは、①早期発見の促進、②療育支援の拡充、③家族支援の充実、④地域支援の構築、⑤教育支援の拡充である。

特に子どもの成長にしたがって、療育から教育へと一貫した支援を実現するために、療育・教育システム連絡会を立ち上げ、専門職を多く配置することで一人も「見逃さない」という体制を構築している。

健診の機会をとらえ専門家がアドバイスし、支援に繋げていく、また保護者の気づきに適切に対処する専門性も保持する。子ども発達センターを中心とした我孫子市の取り組みは、何よりも子どもを中心にとらえて子どもの幸福の実現のためにという一点で施策を有機的に展開している。本市でこれまで提言してきた「子どもを主役に」という思想と相通じるものがある。

(→ 我孫子市発達支援計画レジュメ)

次に保育園待機児童ゼロの取り組みについて伺った。

我孫子市の人口は13万2千人強、首都圏のベッドタウンとしてマンション開発等も進んでおり、要保育児童数も平成11年度に再び1,000人を突破して以来増加の一途をたどり、現在は2千人を超える状況となっている。

大都市圏での待機児童問題を横目に、我孫子市では昭和61年度から現在に至るまで待機児童ゼロを堅持している。希望する保育園にほぼ全員が入園できる状況が続き、また産休・育休明けにスムーズに入園できるように「予約制度」も整備し、子育て世帯に大きなバックアップとなっている。

保育園整備についても注目すべき取り組みを行っている。昭和51年から開発行為指導要綱中に開発区域計画戸数が300戸(現在500戸)を超える場合は保育園用地を確保して市に無償譲渡させ、または建設について事業者の負担で市が施行する、という条項を設けて、大規模なマンション開発の際に保育園を確保近接地に確保するシステムを構築している。

当初は要綱ということもあり指導に苦慮した点もあったようであるが、現在は条例化し、制度として定着している。こうした点は、景観保全のための条例整備などの歴史を見ても同市のまちづくりに関する強い意志を感じ取ることが出来る。

要保育児童数の増加は子育て世帯の絶対数の増加とともに、景気好転による就業機会の拡大なども一因としてある一方で、育休明けの入園も予約制度により事実上確保されているため、育児休業の延長も考える家庭も増えてきているようだ。

そのため、定員割れを生じる園も出始め、赤字が懸念される法人もあるとのこと。また保育士不足や処遇改善などの課題も明らかになっているようである。

いずれにしても、一億総活躍社会の実現を国がうたい、特に人口減少局面にある我が国において女性の労働市場への登場は積極的に推進する必要性が叫ばれる中で、保育園の待機児童の問題は大きな社会的課題としてその解決に頭を悩ませる自治体が多い。

我孫子市は早くからその対応に的確に動いており、先の発達支援児童の取り組みなどとともに、この市における子どもを中心においた施策の展開が現代において大いに先進性を発揮している。

(→ 我孫子市保育レジュメ)

甲府地区広域行政事務組合議会行政視察(2)

2018年11月22日

11月20日視察2日目は、新潟県旧山古志村(現在は長岡市に合併)の復興状況について研修した。

2004年10月23日午後5時56分、新潟中越地震が発生、マグニチュード6.8、震源地の川口地域は最大震度7、旧山古志村は震度6強という巨大地震。

美しい棚田、棚池。錦鯉発祥の地として、日本の原風景と言うべきふるさと山古志村は壊滅的な打撃を受けた。川がせき止められて出来たダムに水没する集落の姿、外部との連絡が遮断され孤立した村から全村民が避難する姿。今なお胸を締め付けられる映像を鮮明に記憶している。

多くの錦鯉が被害を受け、全国から錦鯉の一時預かりの支援の輪が広がったこと、また、ヘリコプターで救出される牛たちの姿に、全国から山古志頑張れという声援が寄せられた。

村が全滅の危機に瀕し、生業としていた養殖錦鯉が壊滅的被害を蒙って、この先どうして生きていこうか、と心が折れそうになったことだろうことは想像に難くない。

しかし、山古志の人達は不屈の魂でこれを乗り越え、3年で村に帰還したという。全村避難して、なおかつコミュニティが繋がりを失わずに帰村までこぎつけたことは、実に注目すべきことである。

復興交流館「おらたる」で説明を受け、当時の村長さんの実に適切な避難誘導に疑問が氷解した。阪神淡路大震災等で、コミュニティを全く度外視してばらばらに仮設住宅に「追いやる」ようなやり方では、結局入居者は孤立し、ただでさえ被災して精神的なダメージを受けているのに輪をかけてダメージを与えることにつながりかねない。

だから、避難する際も集落単位で、という配慮が「いつか村に帰る」というモチベーションを保ち続けさせた大きな要因となったことは間違いない。

「人間は関係性の生き物」と私は捉える。この関係性を切断されたとき、絶望が襲う。逆に関係性を保ち続け、支え合うとき大きな困難も乗り越えられる。かって東日本大震災直後の議会でこう取り上げた。

災害を乗り越えることができる「コミュニティの力」を以来ずっと訴え続けてきた。その一つの答えが山古志村にあった。

過去幾度も大きな災害に見舞われ、土砂崩落などで田畑や住居も粗大打撃を受け、そのたびに、崩れたところを整地して棚田を開発し、崩れなかったところに住居を移し災害を乗り越えてきた。

過去長い間の積み重ねが、山越の人々に不屈のDNAとなって連綿と受け継がれてきた。今回もその山古志魂というべきふるさとへの情熱的な思いが帰村への大きな原動力になったと思われる。

山古志のオフィシャルサイトを覗いてみると、「帰ろう 大好きな山古志村へ帰ろう 時間がどんなにかかっても帰ろう 皆んなで力を合わせて帰ろう がんばれ!!」という看板の写真が載っている。(→山古志オフィシャルサイト)

川がせき止められてできたダム湖に水没した地域の方のエピソードを聞くことができた。水がひいてかって住んでいた住居が浮かび上がり、最初はつらい思いが蘇るから、早く撤去して欲しい、といっていた方々が、これを後世に伝えるために保存してほしいと帰村してからはそう思うようになったという。

その水没した集落である木籠集落に残された2軒の家屋がメモリアルパークとして保存され、その家屋を遠望できる位置に交流施設の「郷見庵」があり、地元の方が作った農産物や手芸品などが並べられている。そこでひらたけ、なめこ、かぼちゃ、フキみそなどを購入し、自宅に帰っていまその美味を味わっているところである。

山古志にはその不屈の魂を彷彿させる「中山隧道」という昭和初期に20数年かけて掘った手掘りのトンネルがある。全長877mで当時魚沼方面への生活道路として国道管理されていたという。こうした山古志村の伝統がそこに住む人々の誇りとなって受け継がれ、何があっても愛するふるさと山古志へ帰ろうという衝動となったと推察される。

14年経過して改めて山古志の歴史に触れた時、これこそがこれからの大きな困難を乗り越える一つの解決の糸口であることを強く確信した。

当時村長として指揮をとられた長島忠美氏はその後衆議院議員として活躍され、復興大臣を歴任されたが、残念ながら昨年ご逝去された。心から哀悼の祈りをささげたい。いろいろなことを学ばせていただいたことに感謝の思いで一杯である。

(やまこしガイドブマップ→山古志「おらたる」)

 

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甲府地区広域行政事務組合議会行政視察(1)

2018年11月21日

11月19日~20日の日程で甲府地区広域行政事務組合議会の行政視察研修に参加した。今回の視察地は、新潟県糸魚川市及び同県長岡市山古志地区で災害からの復興についてご教示を受けた。

初日は糸魚川市の駅北大火の記録とその後の復興まちづくり計画の概要についてである。

糸魚川駅北の大火は平成28年12月22日午前10時20分頃発生し、鎮圧が10時間半後、翌日の16時30分にようやく鎮火したものの、焼損棟数147棟、焼失面積4haと、師走のまちを襲った大規模な火災となった。

死者はなく、一般人2人、消防団員15人の計17人が負傷した。団員の多くは勤め人で、職場等から現場に直行した結果、装備が間に合わず、普通の長靴が飛び散ったガラスの破片でやられてけがをした等の状況もあったという。

出動した消防車両等は235台、出動人員は1,887人、このほか北陸地方整備局、糸魚川警察署、陸上自衛隊、富山県防災ヘリなどの行政機関の協力をはじめ、建設業、製造業、給油所関係の多くの民間事業者の協力があった。

住民への避難勧告も363世帯744人に対して発令し、翌々日に解除されたが、避難所は翌年1月5日まで開設された。

市では発災直後の12月22日13時に駅北大火対策本部を設置して情報の収集等にあたり、以後翌年6月29日に復興まちづくり本部が設置されるまで継続して対応にあたった。

支援適用法令は12月22日に災害救助法、12月30日に被災者生活再建支援法を適用し、被災者の生活再建への支援等に尽力した。

こうした思いもよらない大火となった大きな要因として、この日に限って南からの強風、最大で秒速27mの強風が吹き荒れ、その影響で火の粉が300mも離れた地点にまで「飛び火」し、以後連鎖反応のように飛び火により燃え広がったという。

出火原因は大型コンロの消し忘れというちょっとした不注意からだという。火がついたままその場を離れてしまい、気が付いた時は手遅れの状態だったようだ。

私も地元の出初式等では必ず、我々市民が出来ることは、戸締りや火の始末をしっかりすること、ちょっと気をつければ「人災」は防ぐことができ、その結果消防団の手を煩わせなくて済むという話をする。

市民一人一人が注意し合うことで防ぐことのできる災害もあるということを今回の研修で改めて実感した。

大火からもうすぐ2年が経過するが、現地では復興のまちづくりが急ピッチで進んでいる。

「カタイ絆でよみがえる笑顔の街道 糸魚川」という目標のもと、平成29年度から33年度までの5か年を計画期間とした糸魚川駅北復興まちづくり計画を策定している。

この目標を達成するために①災害に強いまち、②にぎわいのあるまち、③住み続けられるまち、という3つの方針が掲げられ、6つの重点プロジェクトの実施により復興まちづくりを推進している。

大きな災害に見舞われた事をきっかけとして、地域が衰退することも可能性としてある。現在、制度上は災害からの「復旧」すなわち被災前の現状に復帰させることに主眼が置かれているが、災害はハード面だけでなく、被災地域の住民に精神的なダメージを与え、希望も奪い取る。

復旧から復興へ、という一歩進める考え方が今後強く求められるに違いない。こうした希望の灯をともすことが、大災害を乗り越えるための大きな追い風になることは間違いない。

(→糸魚川大火の記録)

(→糸魚川復興計画)

総務委員会行政視察(3)~長野市~

2018年10月18日

総務委員会行政視察最終日の10月12日、長野市の連携中枢都市圏の取り組みについて担当者からヒアリングした。

長野県では平成12年から、県内を10地域に分け広域処理が適当な事務を処理するため、特別地方公共団体である長野広域連合を設立し、広域連合を核とした地域ごとの連携を深めてきた。

この間平成の大合併を経て、国が進めてきた地方の広域連携のあり方として、「定住自立圏構想」の検討がなされ、平成26年からは新たな広域連携として「連携中枢都市圏構想」が推進されている。

長野市を中心とする長野広域連合は、定住自立圏の検討も進めた経緯があるが、兵庫県姫路市の取り組みをモデルとした連携中枢都市圏構想が発表されると、定住自立圏より広域的な連携を内容とすることから、連携中枢都市圏の形成に向けた具体的な検討に入った。

既に広域連合の取り組みを通じて顔の見える親しい関係を築いてきた経緯もあり、広域連合の構成そのままで連携中枢都市圏の形成へとスムーズに事務は進んだ。

その結果、平成27年度末の平成28年2月に長野市が連携中枢都市宣言を行い、3月末に連携協約締結、ビジョンの公表と進んだ。

その推進体制として、構成自治体の首長をメンバーとする長野地域連携推進協議会を設立(平成27年7月)し、そのワーキンググループとして、各企画担当課長をメンバーとする幹事会を設置している。

一方、圏域の事業計画とも言うべき連携中枢都市圏ビジョンに関する意見具申機関として、産学官金の各分野の代表を構成員とする懇談会を設け、事業の適切な実行及び検証を担保している。

この懇談会と推進協議会が相互に連携して機能を発揮し、PDCAサイクルを適切に回すことにより、常に成果の検証をしながら、よりよい事業の構築等に意を用いている。

平成30年度においては、連携事業数は次のとおりとなっている。

(1)圏域全体の経済成長のけん引 これは、圏域内の多様な資源・企業・人材を動員し、連携中枢都市が成長のエンジンとなり、産学金官民が連携して地方の経済をけん引することを目指すもので、14の事業を予定している。

(2)高次の都市機能の集積・強化 これは、圏域全体に対する高度・専門的なサービスを提供し、グローバルな人材が集まってくる環境を整備するもので、5事業を予定している。

(3)圏域全体の生活関連機能サービスの向上 圏域全体の利便性を向上し、近隣市町村の住民のニーズにも対応するもので31事業を予定している。

長野圏域でも、本市と同様、人口減少特に若年層の転出超過が大きな課題とされ、圏域内の企業と若者のマッチングをより進める就職情報サイトの立ち上げや、特産物の販路拡大のための合同プロモーションや展示会など、生活構築の根幹となる「職」の切り口での取り組みについて参考となる。

総務委員会でここ2,3年、姫路市や盛岡市などの連携中枢都市圏構想について視察を実施してきたが、本市が来年中核市に移行した場合、次なる課題がこの連携中枢都市圏であることから、こうした視察成果を基に議会としても様々な角度から課題を整理し、しかるべき提言を行っていく事が必要である。

(視察資料 →2018総務委員会長野)

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