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甲府市議会議員  兵道けんじのページ

議会基本条例制定へ向かうべき~被災地の視察を通じて

2014年8月14日

8月6日~8日の東日本大震災被災地の議会の状況視察を通じて、改めて議会の役割や権能、機能について考えるきっかけを与えていただいた。

とりわけ、大規模災害に直面して、行政機能の低下や復興に向けたまちづくりの場面で、議会という「組織」として活動していくことが求められることが明らかとなり、そのための現行制度が抱える課題について整理する必要があることを痛切に感じた。

思いつくままに課題を挙げてみれば次のとおりとなる。

(1)災害が発生した場合に、議会開会中のときは、議案審議その他の議事をどう処理していくか。災害対策本部が当局に設置されたときに、「議会」はどういう行動をとればいいか、例えば議会独自で情報収集や被災者支援にあたるべきか、議員個人の個々の活動に任せるのか、など。

(2)平常時においても、首長とは別に直接選挙で選ばれる議会であり、2元代表制という点からは、議会も一つの組織であり、その組織としての意思決定はあくまでも議会内部での徹底した議論を通じて行われるべきであるが、現行の制度は単に議員個人対当局という構図であり、議会の意思決定である「議決」も、個人の意見の単純な集合に過ぎない。

(3)議案審査も例えば委員会という制度上の場で、各議員個人が当局とのやり取りの中で行う質疑の域を出ず、当局を交えず議会だけでのお互いの議論という制度になっていない。そのため議会という組織の意思決定という形とは程遠い。

(4)市民に対する議会としての情報発信が、「議会だより」といういわば一方通行のものであり、市民からの意見の吸い上げという双方向的な形になっていない。

(5)議会自体に本来立法機能が付与されている点からみれば、組織としての自律的活動をある程度要求されているものと考えられるが、現状では「意見書」の提案ぐらいしかその場面がない。

これらの課題が指摘されるが、いずれも市民の負託に応えられる議会への転換が求められるのであり、その機能の充実の要請である。

少子高齢化という社会構造の急激な変化、しかも2025年問題が眼前に突きつけられ、なおかつ人口減少社会へと向かうこの時点でこれまでの制度が疲労を起こしている可能性は否定できない。全国の自治体で議会基本条例制定の動きが加速しているのも、こうした課題意識から、議会の機能の充実、明確化を図り、真に市民の負託に応え得る議会へ転換していこうというものである。

県都甲府市のわが議会でもこうした問題提起を行い、一つ一つ課題整理をすべき時ではないだろうか。少なくとも組織体としての要請が憲法や地方自治法で要請されている以上は、組織としての機能の充実を真剣に考えていかなければ、その本来の役割である執行機関のチェック機能も覚束なくなるのではないだろうか。

BRTの雄姿

会派行政視察(3)~気仙沼市

2014年8月14日

8月8日、視察最終日の午前9時半から気仙沼市を訪問し、震災後の議会の対応及び議会改革の状況についてお伺いした。

村上副議長の歓迎のご挨拶のあと、震災調査特別委員会村上委員長から震災時の議会の行動について、次いで高橋議会改革特別委員会委員長から議会改革の状況について説明をいただいた。

発災時は予算審査特別委員会中であったが、直ちに委員会を閉会し、各議員の個別の災害対応とした。

定例会は会期を残していたため、連絡がつく議員を召集して何とか議案処理をし、3日後の3月14日にすべての議案を可決して閉会し、なんとか流会を防ぐことができた。

当初、議会基本条例を3月議会提出する予定であったが、震災の影響で同年の6月議会へ提出し、制定したと伺った。

<災害時の議会対応について>

〇気仙沼市議会においても、こうした大規模災害が議会開会中に発生した場合の対応についてとまどいがあったという。特に、一旦延会等の措置をとっても、通信手段が途絶えた場合に議会を再開させようとしても、どのようにして召集連絡するか課題が残るとしている。

〇災害対策本部には、議員がメンバーに入っていないため、議会として災害にどう対応していくべきか、統一的なルールを定める必要がある。特に、地域の必要な情報を議員個人が集約して本部に提供すると、対応がバラバラになる危険があり、また被災していない地域の議員が何をすべきかについて、混乱を招く。

〇議員は市全体の立場で行動すべきであり、個人的な行動より議会という組織体で行動すべきである。

〇被災する職員が多数上る状況の場合、必然的に行政機能の低下が避けられない。その場合に2元代表制の地方議会と当局の関係についてもルールを定めておく必要がある。特に今回のように被害が甚大で、復興に向けた事業が膨大かつ人員不足の状況にある場合、平常時と同様の関係はある程度変更せざるを得ないのではないか。

〇こうしたことを踏まえ、市の防災計画との整合を図りながら、議会の災害対応マニュアルの作成を検討していく。

<議会改革について>

〇気仙沼市と合併する前の旧本吉町は、議会改革のパイオニアとして有名である。議会改革といえば北海道の栗山町が全国に先駆けて基本条例を制定したことで知られているが、旧本吉町ではそれ以前に、議会報告会や議員討議など、現在の議会改革の柱というべき取組をすでに行っている。

〇その中心者が今回説明をしていただいた高橋特別委員長である。氏は前に読んだ河北新報社の「変えよう地方議会」の中にも登場されている方である。

〇議会基本条例の制定に向けた検討は既に平成20年度に始まっており、旧本吉町が編入合併した平成21年度以降議論が本格化した。

〇以後1年余の議論を経て、平成23年3月議会最終日に提案することが決定されたが、大震災の発生により提出を見送り、同年6月議会にて可決成立した経緯がある。同年9月議会では、「震災復興計画」を議決事件に加える条例制定まで行っている。

〇気仙沼市議会では、市民との意見交換の場として、基本条例中に「一般会議」という制度を採用しているが、いわゆる「議会報告会」とは若干性格を異にしている。その大きな特徴は、市内団体からの開催申し出を中心とし、なおかつ開催会場を市役所に限定している点である。

〇内容等を眺めると、こうした団体からの提言をもとに議会として市政上の課題を把握し、政策提案の拡大を図るという狙いがある。あくまでも「議会」という組織としての意見集約である点で、2元代表制のもとでの議会の役割を市民に分かりやすい形で示しているものといえる。

<視察のまとめ>

今回の会派視察では、大規模災害時の議会の果たすべき役割、その権能の明確化などについて非常に参考となった。

本市議会では、こうした議会の役割、権能を明確化した基本条例はいまだ制定されていない。しかし、今後発生が予想される大規模災害への議会としての対応も含めた、客観的なルールづくりは是非とも必要であり、なおかつ2元代表制といわれつつもなお議会の役割や権能については明確な自主的制度がない現状では、議会改革の最優先課題として議会基本条例の制定を急ぐべきである。

次回以降、今回の視察を踏まえた議会改革の在り方について改めて考えてみたい。

こんなに穏やかな気仙沼の海

会派行政視察(2)~陸前高田市

2014年8月11日

行政視察2日目の8月7日は、午前中南三陸町の復興商店街「さんさん商店街」にお邪魔した。

本格的な開店時間前だったので人通りはそれほどなかったが、共同で店舗を開くまでになったと、いち早く土産店を再開した方がしみじみ語っておられた。

復興が軌道にのれば、それぞれの地へ商店主も戻ってゆくので、いつまでここで店を開けるかわからない、と仰っていた。

日常生活を元に戻すうえで店舗の果たす役割は重要である。一日も早く軌道に乗るよう願ってやまない。

午後3時から、陸前高田市で行政視察をさせていただいた。視察希望団体が殺到しているため、この日は、都城市、福井市の各議会と合同の視察実施となった。

陸前高田市は震災前人口が約24,000人、世帯数約8,000世帯、美しいリアス式海岸沿いにカキ、ホタテ、ワカメなどの養殖漁業が盛んな、岩手県南東端に位置する自治体である。

白砂青松の名勝で日本百景の「高田松原」が有名であったこの地を襲った大津波は、わずか6分間に約4,000戸を流失させ、高田松原も「奇跡の一本松」を残して全て流失させる。

約1,800人の尊い命が奪われ、一時10,000人を超える方が避難を余儀なくされた。

震災から3年余が経過し、現在、大規模なベルトコンベアーを設置して、急ピッチで土地の嵩上げ事業(嵩上げ高10m)を進め、同時並行で集団移転事業、災害公営住宅の整備、大規模な土地区画整理など復興に向けて歩みが始まっている。

課題は前日の南三陸町と同様、土地の権利関係の整理などの事務や、膨大な量の復興関連事業執行に携わるマンパワーの不足などがあるという。

今回の視察で、示唆を受けた点が3点ある。

(1)第一に、議会改革の取り組みの中で、21年度にすでに議会基本条例を制定しているが、今回の震災後に議会の議決事項に「復興計画」を入れ込んだ点である。

自治法の改正で、総合計画については議決事項に入れるのが一般的であるが、陸前高田市では、復興計画について議会の関与を明確化した。

2元代表制のもとでの議会の役割を強く意識しており、今後我々が条例化の検討を行う際に一つの参考事例となり得る。

(2)第二に、「まちづくりプラットホーム」の取り組みを始めたことである。

震災後、市内では様々な復興・まちづくりに関する動きが活発化しており、こうした動きに相互に連関を持たせ、つながりをつくることにより、住民主体のまちづくりが円滑に進むよう、話し合いの場としてプラットホームを立ち上げた。

こうした場の提供により、自分たちの手で、という住民意識がより一層高まり、お互いのつながりがまた強まるものと大いに期待される。

担当者の話では、もともとコミュニティが強固に形成されており、例えば、仮設住宅や災害公営住宅などでもスムーズにコミュニティ形成ができているそうである。

(3)最後に、震災時の教訓から、議会としての行動マニュアルを策定したことである。本市でも二月の豪雪災害時に、現場の混乱を招いた一因として、災害時の議会の対応方針が明確ではなかったことがあると私は感じていた。

議員が個々ばらばらに地域要望等に対応しようとする場合、往々にして非常時の情報管理、指揮系統に混乱をもたらす恐れは少なくない。下手をすると議員の情報提供が「ノイズ」となる可能性があり、その対応に災害対策本部が追われてしまっては本末転倒である。今後、本議会でも災害時の議会行動マニュアルについて提案していきたい。

陸前高田市の復興に向けた勇気を鼓舞するシンボル「奇跡の一本松」は、そのDNAを受け継ぐ二世が順調に生育していると聞く。その思いはおそらく全世界の人々の心に届いているだろう。

我々が視察で得た貴重な知識は、必ず甲府市の防災・減災対策に役立てていこうと、そのモニュメント前で改めて心に誓った。

陸前高田市仮庁舎

会派行政視察(1)~南三陸町

2014年8月9日

平成26年8月6日~8日の日程で、東日本大震災被災地の視察を行った。

3.11からおよそ3年半が経過したこの時点で、大規模災害への対応と復興に向けた具体的な作業を教示していただくためである。

初日の6日は、南三陸町にお邪魔した。まだまだ復興に向けて大変な状況の中、快く受け入れていただいたことにただただ深く感謝するばかりである。

南三陸町も3.11の大震災で津波による甚大な被害を蒙った。防災センターで最後の最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員が殉職されたことはいまだに痛ましい記憶である。

人口約18,000人世帯数約6、000のこの町を襲った津波は、被害家屋3,311戸、745名もの方が犠牲になられた。町の職員も1割強の36名の方が殉職された。

わずか数分の間にこれほどの大きな打撃を与えた。防潮堤の高さは5.6mあったが、これを乗り越え津波は襲ってきた。

説明に当たっていただいた議会事務局の係長さんは、防災センターにいて流され、奇跡的に生還したそうである。当事者である係長さんの一字一句はあまりにも重い。

◇避難者・仮設住宅の状況

H26.5末で677世帯、うち県外避難者は137世帯。仮設住宅は2,195戸、うち1,959戸が入居済

◇災害廃棄物

72.3万tの処理をH26.3で終了。主に復興資材として再利用される見通し。

◇災害公営住宅・防災集団移転団地

災害公営住宅は5地区244戸が工事中。防集団地は28団地を整備中。

◇公共インフラ

JR気仙沼線でBRTの運行を一部開始。今後順次拡大予定。

◇復興まちづくり

行政機能を補うものとして、「PMC方式」を導入、また、工事施工に関連してUR都市機構によるCM方式を導入。

◇産業の復興

農業、水産業の復興に向けた関連施設の整備に順次着手。またグループ化補助金を活用した仮設商店街がオープン。

いずれもこれから「発展期」として復興を加速させる予定であるが、区画整理等の事業を行う上で立ちはだかっているのが、土地の権利関係である。地権者探しから相続による交渉相手の確定など、事務量は想像を絶するものがある。

また、復興予算が膨大に上るため、これを処理するだけの人的資源は町だけでは賄いきれない。そのため、全国の自治体の応援を仰ぐ必要があるが、未だ不足気味という。この点は、国のバックアップが今まで以上に必要な点だ。

ただ、救われる点は、依然コミュニティの力が衰えていない点である。お話を伺っていると、ひしひしとその状況が伝わってくる。

帰り際に防災センターへ案内していただいた。海は何事もないかのように穏やかだった。係長さんにはつらい記憶をよみがえらせてしまった。

「今でも一人になると声を出して泣いてしまいます」。ぽつりともらしたその一言に胸が詰まった。同僚を多く失ってしまったことが、未だ心に傷を残している。

「復興を見届けるまで、震災を伝え続けることが係長さんの使命ではないでしょうか。」僭越にもこんな言葉をかけさせていただいた。

どうか力強く未来に向かって歩みを進めて欲しい。そう願いを込めて南三陸町を後にした。

防災センター。

文化がカギを握る

2014年7月25日

23日に東京帝国ホテルで開催された、(社)行財政調査会と時事通信社が主催する行財政研修会東京セミナーを受講する機会をいただいた。

テーマは、「文化の力」である。これまで地区の文化祭や市民文化祭などにお邪魔し、「文化」という言葉には日常何気なく接してきたが、はてその定義となると、正直いって、もやもやとしたイメージしかなかったのが実情である。

当日、東京大学の小林准教授の講演を伺って、目の前の霧が一気に晴れた感がした。とかく文化というと成果物である「芸術」とイコールに捉えられてきた。だから、特別な才能を持った一部の集団だけがその担い手になることができ、我々のような何のとりえのない人間にとっては、文化といっても鑑賞する側にしかなれず、到底その担い手にはなりえない、とずっともやもやしてきたのである。

かつて、30年以上前に読んだ福永武彦氏の名作「草の花」のなかで、もう一人の主人公汐見が詩人である「私」に対して言った言葉が今でも記憶に残っている。

大要は、「僕(汐見)は君のようにいろんなものを見て芸術的に表現する才能はない。ただ、僕はものを見ることによって芸術家になろうと思ってきた。」他者に評価されることは決して望まず、自分の世界だけでの芸術。おそらくそこには決して譲歩できないほどの「価値観の断絶」が横たわっているに違いない。

それ以来、文化といわれるものの中枢に構えている「芸術」に対しては、懐疑的なイメージが強かったのも事実である。「自分だけのための芸術」というあり方も当然あるし、また、特別な才能を持つ者だけの独占物であるならば、「文化」が果たす役割については疑問を挟まざるを得ない。

しかし、こうした伝統的なイメージを払しょくするのが、「社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体」が「文化」であるとする考え方である。

簡単にいえば、今我々が暮らしているこの地域での我々の日々の営み、それ自体も「文化」である、というのである。

例えば、今私が住んでいる新田地区。

地区内にある池田公園をアダプト制度により長い間、清掃管理している。また、子どもたちの登下校を見守るボランティアが活躍している。この地域のボランタリーな文化が形成されているといえるだろう。見事なパラダイムの転換である。

このように考えると、誰でも文化の「担い手」となることができることに気付く。しかも地域づくりの中では極めて重要な概念だ。自分の住んでいる地域を誇りに思う素朴な感情や愛情に裏打ちされた地域活動が生まれることへの期待感。また活動を通じての改めて住んでいる地域への誇りや愛情の芽生え。こうした双方向的な効果が生まれることにつながっていくのではないか。

小林准教授は「地域アイデンティティの覚醒」という表現でとらえている。実に的確な表現である。これを「文化の開放」といっても言い過ぎではないように思われる。ここに、「文化」をキーワードにしたまちづくりという切り口が見えてくる。

地域において、「文化」をきっかけとした人と人との交流やつながりが生まれる。これこそが人口減少に向かう「右肩下がり」的な社会構造の変化を乗り越えるための一つの解決策という思いが強くなっている。経済的価値では決して置き換えることのできない価値を生み出す新たな運動として、わが甲府市でも十分展開可能な考え方だと思う。

セミナーレジュメ

見極めることが重要だ

2014年7月20日

情報通信技術の格段の進歩は、大量の情報を瞬時に提供することが可能となり、一方で洪水のように押し寄せる情報のカオスの中から真実を見極めることをますます困難にさせている。

メディアにより提供される情報は、多くが提供する側のフィルターを通してのものであり、気を付けないと主張や意見が混入された情報が、あたかも「事実」の形を装って提供され、誤った方向へ誘導される危険性が常に付きまとう。

提供される情報の真実性や価値を高めるために使われる最もポピュラーな手法が、「肩書」を持った「著名人」によるコメント付与である。提供される情報の内容が難しいものであればあるほど、受け手側の情報の吟味はこうした「肩書」を持った者が何を言っているかにより依存しがちである。

特に権威主義的なものの考え方が伝統的に根強い日本社会では、こうした傾向がみてとれる。情報の中身より肩書をみる。また大メディアが提供している情報だから事実に違いない。こうした思考方法である。

ある面情報処理の上からは苦労しなくて済む方法であるが、別の側面からは、「自分自身の」判断ではなく、他者の判断をそのまま「借りてくる」だけの極めて空疎な内容に陥る危険性が多分にある。

情報過多の時代にあって重要なことは、自分自身の判断基準を持つことだ。いかに立派な肩書を持っている者の言っていることでも、自分自身のこの基準に照らして、「何か変だ」と直感することが多々ある。情報操作の客体に陥らないためにも、自分の判断基準に照らし、自分の頭で筋道立てて考えていくことが重要だ。

今回の自衛権の問題はまさに格好の事例である。国際法秩序を無視して武力攻撃を仕掛けてくる勢力が出現した場合に、国と国民を守るためにどのような自衛の措置が例外的に認められるか、といった時に、「いつか来た道への危険」といって自衛行為そのものを罪悪視する論調があった。

およそ世界の主権国家で、「自国の安全、国民の保護」のための自衛措置を自ら否定する国はない。自分の国、自分の国の国民を守るというのは、国家として当たり前のことだと捉えられている。

にもかかわらず、一部メディアで執拗にこれまでのカテゴリーに強引に当てはめ、自衛の措置そのものを「悪」と断罪したような情報のまき散らしが行われていた。そこには閣議決定自体を自分のフィルターを通して提供している実態が垣間見えた。

その結果、本来非難されるべきは、武力攻撃を仕掛けた側であるにもかかわらず、自国と自国民を守るためやむを得ず自衛の措置をとる側を断罪するといった、常識的にみて明らかに変だと直感される論調が繰り返された。その際使われたのが「肩書」コメントであることは言うまでもない。

情報リテラシーという言葉を耳にするようになった。情報を読み解く力というのであろうか、正しい判断基準を自分の中に蓄積すべきことがますます重要になってきた。そのためにはより一層「コモンセンス」を磨くことだと実感している。

国権の最高機関にふさわしい議論を

いまさらの感が

2014年7月17日

7月16日付けの毎日新聞社説では、予算委員会での横畠内閣法制局長官の答弁は重いとして次のように主張している。少し長くなるが、該当部分を引用する。

「審議の焦点の一つは、政府が歯止めとする武力行使の3要件のうち「(国民の権利が)根底から覆される明白な危険がある場合」をどう解釈するかだった。

横畠(よこばたけ)裕介内閣法制局長官は、次のように定義した。

他国への武力攻撃が発生し、「国民に、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻・重大な被害が及ぶことが明らかな状況」だと。

その上で、どういう事態が該当するかは「攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、規模、態様、推移」などを総合的に考慮し、「我が国に戦禍が及ぶ蓋然(がいぜん)性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する」と。

つまり、日本自身が武力攻撃を受けたのと変わらないぐらい深刻な場合にのみ、集団的自衛権の行使が許されると言ったのだ。

それならば集団的自衛権の行使を認める必要はなかった。これまでの個別的自衛権で説明できる話だ。「我が国が武力攻撃を受けたのと同様な被害」という長官答弁を重く受け止めたい。」

(下線は筆者)

これを目にしたとき、一体閣議決定を熟読したのか、と強い疑問が沸き起こる。と同時に、国際法上の「集団的自衛権」「個別的自衛権」の定義づけを全く理解していないのではないか、と目を疑いたくなる。

「集団的自衛権」とは、「密接な関係を持つ他国に対する攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、実力で排除する」自衛権である。従って、今回の閣議決定で追加された部分は、「他国に対する攻撃」に関するものであるから、国際法上は「集団的自衛権」に分類されるのであって、社説でいう「個別的自衛権」では説明出来ないものである。

おそらく、この程度の皮相的な理解だったのであろう。当初から、専ら「他国防衛」のためだけの集団的自衛権は、これまでどおり行使することはできず、「形式的に」集団的自衛権に分類されるケースの中にも、「我が国、我が国民を守る」上で自衛のための武力行使が認められるものがある、と説明を繰り返してきたはずである。

この程度は閣議決定を虚心坦懐に熟読すれば、おのずとわかる内容である。それが法制局長官の答弁で初めて知った、というような書き振りではなにをかいわんやである。

いまだに、閣議決定が集団的自衛権行使容認だ、解釈改憲だと騒いでいるのは、「我が国の安全等に重大な影響を及ぼす場合」のみに自衛権行使を認めるという核心部分を意図的に読み落として、難癖を付けているだけに過ぎない。

「他国に対する攻撃」だから「集団的自衛権」じゃないか、とおうむ返しである。もはや憐憫の情さえわいてくる。最も重要な、「我が国の存立を全うし、国民の権利を守る」上で自衛のための武力行使が例外的にどこまで認められるべきか、という議論についてこれず、単なる概念論争に持ち込むことしかできない。

国を守り、国民の安全を守るという視点から議論がなされなければならない。国際政治の現実の前で、不毛な学術論争的な議論は役に立たない。このことが改めて思い起こされる。

あきれているだろう

ふとした疑問

2014年7月12日

7月1日の閣議決定から1週間以上が過ぎ、「歴史的大転換」と一部騒がれた割には世情は落ち着きを見せている。

しかし、依然として今回の閣議決定を「集団的自衛権」行使決定というラベルを貼って、自衛隊の海外派兵を容認した、とか他国の戦争に巻き込まれる道をひらいた、といった、明らかに閣議決定文を読んでいないとしか思えない論調もくすぶっている。

「集団的自衛権」についての国際法上の意義と我が国憲法下における位置付けについて明らかに誤解している主張をそのまま無批判に援用して、短絡的に「戦争へ」 と結論付ける考え方に、率直な疑問がわいてくる。

そもそも、集団的自衛権、個別的自衛権は、国連憲章でどのように位置付けられているか。2度の世界大戦を経験し、実効性ある世界秩序と平和の創出に世界の英知を結集して出来上がった国連である。

そこには、紛争の発生予防とその解決のための仕組みが創られている。すなわち、大前提として、各国に対して他国への武力攻撃をまず禁じている。この戒めを破る国に対しては、よく聞かれる「国連決議」によって武力制裁を含む制裁措置を「世界の総意」として発動させる。当事国同士による解決に丸投げしていない。

しかしながら、「国連決議」発効までにはどうしても時間がかかる。それまでの間の「例外的措置」として先ほどの「自衛権」が武力攻撃を受けた国に認められている。

国連の役割は何と言っても世界平和の実現である。普段からの良好な国際関係の創出がその本来の在り方であることは間違いない。だが、現実の問題としてこうした国際ルールを破る国の出現を「想定」して紛争解決の仕組みを用意している。

それが、究極的にはいわゆる「国連軍」を中心とした「集団的安全保障」というシステムである。未だ国連軍は実現されてはおらず、かつての湾岸戦争の際には「多国籍軍」を組織して対処したことは記憶に新しい。

さて、国連憲章に規定されている、この「集団的自衛権」は我が国憲法下では、これまで見てきたように昭和47年政府見解によって自衛の必要最小限度を超えるとして、その行使は否定されてきた。

当時の世界情勢は現代と明らかに異なっている。東西冷戦のさなかであり、武力紛争も「西側体制」対「東側体制」の争いが想定され、自国防衛という観点よりも両陣営のシステム防衛的な捉え方であったように思える。

しかも現代のようなグローバル化や兵器技術の進歩はまだ進んでおらず、紛争も「局地的」すなわち、他国領土への直接的攻撃が主に想定されていたのではないか。

こうした状況下での政府見解は当然「集団的自衛権」も攻撃を受けた他国領土に行ってその国領土を防御するというイメージだったはずである。こうした、「体制防衛」的な、「他国派遣型」の集団的自衛権行使が否定されたことは、端的にいって平和主義憲法をもつ我が国では、「他国防衛」ではなく、「自国防衛」という観点での自衛権が解釈によって認められてきたということである。

ここで見落としてはならない視点は、自国防衛という概念は、「我が国の存立及び我が国民の生命、自由その他の平和的に生存する権利」に向けられた武力侵害を実力で排除するという点である。

集団的自衛権行使が否定された理由は、当時の国際情勢及び我が国の立場に照らし、他国防衛が、この「我が国の存立及び我が国民の生命、自由その他の平和的に生存する権利」への直接的な侵害を排除するとは認められないために、否定されたものであろう。

この点が見落とされ、「集団的」か「「個別的」という単純なカテゴリー化の議論が一般化し、「集団的」と名のつくものは一切が否定される、というラベル貼的考えが蔓延したものだと考えられる。

今回の閣議決定が、「我が国の存立及び我が国民の生命、自由その他の平和的に生存する権利」への侵害かどうかを要件としているのは、まさにこの点であろう。

そして、さらに重要なことは、政府は、国民のいのちと暮らしを守る重い責務を負っていることである。あの原発事故の際、国民のいのちと暮らしを守るためには、あらゆる事態を「想定」しなければならないとされ、「想定外」ということが国中から大ブーイングを受けたことを忘れてはならない。

今回の閣議決定は、あくまでも万が一の事態を「想定」して必要な備えをしていくという発想である。当然のことながら、あらゆる外交努力を否定するものではない。こうした努力を重ねてもなおかつ現代の国際情勢のもとでの想定される事態への対応であって、これが直ちに、政府は自衛権行使が原則的考えといっているに等しい論調に結び付けるのは、いかがなものかである。

国をそして国民のいのちと暮らしを守るということについて、この時点で深く考える必要があるのではないか。万が一の事態も想定しつつ、なおかつ、こうした自衛権行使が必要なくなる社会へと変えていくことが理想であることは当然だとしても。

自衛権行使の限界についての一考察

2014年7月9日

先日、飼い主の危機を救った犬の話から、今回の閣議決定で明らかとなった自衛権の行使の限界について考察してみた。

今回は同じ話を通して、閣議決定の「密接な関係を有する」者への攻撃に対する自衛権の行使ができる場合とその最小限度の範囲、さらには、国連の集団的安全保障まで拡げて考察を試みたい。

事案を簡単に紹介すると、クマに襲われた飼い主を守るため、自らの危険を顧みずクマに体当たりして退散させ、飼い主への危険を排除した、というものである。

飼い犬の行為を自衛権行使として認められるか否かを、閣議決定の新3要件に照らして分析し、さらに国連を中心とした安全保障の枠組みになぞらえて捉えてみた。

◆「武力」攻撃の発生

襲われた飼い主はクマから一方的に攻撃を受け、生命に対する「急迫不正の侵害」の明白な危険が発生した。飼い主にはこれまでの解釈から「個別的自衛権」の行使が可能となる。

◆犬のクマへの反撃行為

クマの攻撃は飼い主に向けられ、直接犬に向けられたものではない。これまでの考え方だと、他者への攻撃に対するものだから集団的自衛権に該当し、反撃はできない、と解釈される可能性があった。

しかし、犬は反撃した。この行為を憲法違反だと糾弾できるだろうか?

確かに、犬は直接攻撃を受けていない。だが、犬にとって飼い主は、極めて「密接な関係にある」存在であり、仮に飼い主の身に何かあれば、その瞬間から食事を与えてくれる存在がいなくなり、犬にとっては「存立を危うくされ、生命等の権利を根底から覆される」危険な状態に陥る。

閣議決定では、こうした場合にも本来の自衛権の行使の範囲としているのである。国際法上は「集団的自衛権」と形式上分類されるものであるが、あくまで「自国」防衛なのである。この点から、これを集団的自衛権の行使容認だと大騒ぎするのは、自衛権の本質を無視した暴論であることがはっきりする。

◆「必要最小限のやむを得ない措置」

犬は、周りに誰もおらず、助けを呼びに行っている間に飼い主がやられてしまう、ということからとっさにクマに体当たりして、クマを撃退した。これは、他にとるべき手段がない状況下でのやむを得ない措置であるといえる。

さらにいえば、クマが退散したことで当面の「明白な危険」が消滅したことにより、犬はそれ以上の反撃行為を行わなかったこと、これが「必要最小限度」の措置であるということができる。

これ以上に、犬が仲間を多数集めてクマに追撃を加える行為は、「明白な危険」が消滅した以上、「必要最小限度」を超える違法な「武力行使」になるだろう。

◆集団安全保障

さて、人を襲ったクマは再び人を襲う可能性があるため、地元でしかるべき機関に依頼して駆除してもらうのが通例である。被害を受けた個人が直接駆除に行くわけではない。

これは言ってみれば、地域の平和と安全な秩序を回復するために、しかるべき機関に駆除(「武力制裁」)の権限を与えることを意味する。いいかえれば、「安保理決議」に基づく「集団安全保障」である。

以上、稚拙な考察を試みたが、この事例が今回の閣議決定をめぐる安全保障論議の理解の一助となれば、と思っている。

ただ安全を守る目的のみ

閣議決定の対外的メッセージ性

2014年7月9日

自衛権行使の限界を定めた「新3要件」を主要な内容とする閣議決定から1週間が過ぎた。

一部メディアでは執拗に集団的自衛権の行使を認め、自衛隊の海外派兵という「パンドラの箱を開けた」と見当はずれのキャンペーンを繰り返している。

先日の某新聞では、閣議決定の新3要件部分を紹介し、「読者の皆様が議論するうえでわかりやすくするため」と断り書きを入れて、「武力行使」という文言を「戦争」という文言に勝手に置き換えて掲載していた。

その紙面をみて思わず失笑してしまった。まさにここまで落ちてしまったか、である。マスメディアの使命は事実を報道するところにあるはず。閣議決定の文言を捻じ曲げてまで自分の考えを押し付けるためのものであっていいはずがない。

1週間たって閣議決定の趣旨そして、何より当初の「自衛隊の海外派兵の道を開くのではないか」という不安を払しょくする自衛権行使の厳格な歯止めをかけさせた公明党に対する評価が高まっている。

おそらく公明党が連立を離脱していたならば、もっと緩いものになっていたのではないか?出来上がった閣議決定をみれば、これまでの我が国の立場、すなわち我が国及び我が国民を守るためにのみ必要最小限の自衛の措置をとる、という専守防衛を堅持していることが明らかだからである。

国際社会の受け止め方はどうであろうか。おそらく注目の的は「自衛隊を海外の戦闘地域に派遣させるかどうか」であったと思われる。閣議決定及び総理のコメントを見て、これまで通り「自衛隊の海外派兵はない」ということが再確認され、心配が杞憂に終わったことを実感しているのではないか。

閣議決定が持つこの対外的メッセージ性について、万が一の際には自国及び自国民を守るための措置をきちんととりますよ、だから攻撃をしてこないで下さいね、といういわゆる「抑止力」という側面もあるが、一方で、これまで通り、日本は海外の戦闘地域に自衛隊を派遣するようなことをしないから、安心して国際関係を築いていきましょう、という平和主義を改めて発信したものというべきではないだろうか。

これまでの議論の推移をみて現段階で到達した見解であるが、いずれ関係する個別法の整備が必要であり、舞台は国会での審議に移される。公明党には、閣議決定での歯止めの実効性を政権内でしっかり担保していく重要な役割が期待される。それが、国民の命と暮らしを守る政府の一員としての責務であるからだ。

この子に笑われないようにせねば

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