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甲府市議会議員  兵道けんじのページ

民主主義とは?改めて問う

2015年9月2日

現在参議院で審議中の平和安全法制に反対する抗議活動が、8月30日に国会前で行われたそうである。報道によれば、主催者側発表で12万人、警察発表で3万人強と、数字の開きも話題になったようだ。

また、民主党をはじめとする野党4党の党首も駆けつけ、法案反対を叫んだようであり、また大学教授や著名な音楽家も参加するなど、日曜日の国会前は人々でごった返したようだ。

デモという形で反対の意思を表明すること自体は、公共の福祉に反しない限り、憲法上基本的人権として認められており、その限りにおいては自由である。

しかし、報道されている範囲でこうした人々の発言内容を見る限り、民主主義とは何か改めて素朴な疑問がわいてくる。以下、その疑問について記したい。

ある大学教授は、「安倍は人間じゃない。たたっ斬ってやる。」旨の発言をしたそうである。私は耳を疑った。最高学府たる大学教授の発言とは到底思えない。

言論戦という枠を超えてまるで「暴力」を肯定するかのような発言である。ある識者は「もはや平和運動に値しない」と厳しく批判している。法案の中身はもはやどこかに吹き飛び、安倍総理への個人的「怨念」をぶつけているかのようである。個人的信条だからということではもはや許されない。明らかに基本的人権の内在的制約を超えるものだろう。

著名な音楽家は、「フランス革命に近いことが起きようとしている」と言った。絶対王政への民衆の怒りがバスティーユ監獄の襲撃に至った状況を重ね合わせたのだろう。

しかし、まるで社会状況が違うのである。抑圧に苦しめられた民衆の解放という点からの市民革命とこの抗議活動がどう重なり合うのか。法案は憲法に定められた手続きを経て国会で審議されている。

氏の発言はこうした現状を否定し、力ずくで意見を押し通そうとするに等しい。立憲主義という理念をどう認識しているのか。強い疑念を抱かざるを得ない。

さらに、野党党首の発言にも失望した。

民主党党首は、「国民のみなさんが普通の国民がみんな危機感を持って怒っている。そのことを安倍晋三政権に分からせなきゃダメなんです。これから3週間、さらに力を貸してください。一緒になって法案、廃案にしようじゃありませんか」と述べたようだ。

これではまるで反対する国民だけが「普通の国民」で賛成する国民は「異常な」国民だ、と言っているに等しい。なんという傲慢な態度だろうか。多様な意見がある中で国会で議論によって着地点を見出すのが民主主義である。国会での議論が自分たちの思うようにならないからと言って、こうした多様性を否定するかのような発言はいかがなものか?

さらに共産党党首に至ってはもはや言論の府の一員とは到底思えない発言である。「戦争法案反対、安倍政権を羽交い締めにて、参院で採決させない、衆院で採決させない、必ず廃案に追い込み、安倍政権を打倒しましょう」。

法案の内容の誤認も甚だしいばかりか、「安倍政権を羽交い締めにて、参院で採決させない、衆院で採決させない」とは何事であろうか。国会は言論を戦わせる場であってプロレス場ではない。なおかつ、憲法は意思決定方法として「採決」を規定している。明らかに憲法無視である。

橋本大阪市長はいみじくも「デモで国家意思を決定するようなことがあってはならない」とこうした動きを批判している。

現在法案は参議院で審議中である。成熟した民主主義というのは、憲法で定める「国権の最高機関」である国会での議論を通じた合意形成のプロセスを言うのである。

多様性を認容しつつ、お互いの主張をぶつけあい合意点を探っていく、という尊い作業を経るからその結論に正当性が付与される。

特に外交や防衛という国家の基本的な方向性にかかわる問題については、現状の共通認識から出発し、そこから抽出される課題についてお互いが具体的なプランを提示しあうということがなければ、不毛な中傷合戦に終わってしまう。これはいわゆる「減点主義」的なものの考え方に慣らされ切った我が国の「病理」ともいえる精神風土からくるものではないか。

このところの一連の騒動を見ていると、我が国の民主主義の成熟度が試されているとみるのは私一人であろうか?

常に世の中の動きを見つめている

常に世の中の動きを見つめている

平和安全法制は本当に憲法違反なのか

2015年8月22日

再び参議院で審議されている平和安全法制について検証してみたい。

この法制を巡っては、衆議院での憲法調査会で参考人として意見陳述した3名の憲法学者がこぞって「違憲」との意見表明をして以来、法制に反対する学者の会をはじめ、反対する大学有志の会などが法案の廃案を求めて、ネット上で署名活動を開始するなど、ネット上を賑わしている。

さらに、学生有志の団体が国会前でのデモを行ったり、反対派の動きばかりが報道されている。野党もこうした動きを利用して国会審議のイニシアチブを握ろうと必死となっている。

これまでのこうした動き、そして衆議院での審議経過などを検証してみると、議論がかみ合わない点は次の2点にあるといってよい。

すなわち、1点目は今回の法制で自衛ための武力行使が認められる場合として規定された「密接な関係を有する他国への武力攻撃が我が国の存立を脅かし、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」が、これまでの政府解釈の範囲を逸脱するのではないか、という点である。

2点目は、我が国防衛のため活動している米軍等への後方支援及び、新たに国際社会の平和と安全を守るために活動している外国の部隊への後方支援のため派遣する自衛隊の活動が、自衛隊の「海外派兵」に該当するのではないか、という点である。

いずれも共通するのは、これまで以上に自衛隊の活動範囲を広げ、かえって紛争拡大のリスクや自衛隊員のリスクが高まり、憲法の平和主義の理念にそぐわない、という危惧にあるといえる。

1点目は、反対派の主張によれば、これまで政府解釈で否定されてきた「集団的自衛権」の行使にあたるから憲法9条違反であるという主張であり、極端な立場からは、解釈改憲だという非難である。

果たしてそうであろうか。これまで、「砂川判決」や「1972年見解」による議論の積み上げにより、憲法9条の下での自衛権の行使、すなわち自衛のための武力行使が極めて厳格な要件の下で認められてきた。国際法上も、いやしくも主権国家であれば固有の権利として、「自国を守る権利」を当然各国とも保有することは常識化している。

しかしながら、先の大戦の反省から我が国憲法は9条で戦争の放棄、武力行使の放棄、戦力不保持を対外的に宣言していることから、その整合性に腐心し、幾多の議論を経て先の結論に到達した。もっとも憲法学者の多くは、その結論に対しても反対のようであるが。

およそ他国からの不当な武力行使に対して、国の存立及び国民の権利を守る責任のうえから、これを実力排除することは主権国家として当然のことであり、諸外国から見てもこれを日本発の脅威ととらえる国はないだろう。国が滅んでしまえば、もはや憲法もその生命を終えてしまう。

歴史的に見れば、1972年当時の国際状況は言わずと知れた「東西冷戦」の時代であり、我が国も復興途上だったことから、自国防衛が中心であり、他国にまで行ってその国を防衛するということは、能力外かつ想定外であった。特に他国への自衛隊の派遣は当然諸外国から警戒されたことから、9条の下での自衛権は、「自国防衛」が限度であることは当然の認識として今日まで共有されてきたといえる。

しかしながら、兵器技術も格段の進歩を遂げ、また経済のグローバル化等により我が国や世界を取り巻く安全保障環境は激変し、冷戦終結後の国際関係の流動化による局地的な紛争、大規模テロなどが多発している。

こうした背景から、もはや1国だけでは自国の安全保障もおぼつかないばかりか、国際社会の平和と安全も国際社会が団結して対応していくことが益々求められている。

特に我が国は、9条の下防衛力は厳しく抑えられ、日米安全保障条約により米国の力を借りてようやく自国の安全確保が可能となる状態であった。この米国の力がなければ、たちまちのうちに我が国の防衛は破たんしてしまうだろう。

現に、民主党政権時代、当時の政策の失敗により日米関係に亀裂が生じかけた途端に外圧が連続して我が国を襲ったことは記憶に新しい。

このような米国の力を借りながら我が国防衛を行っている現状で、例えばパートナーの米国艦船が日本近海で不当な武力攻撃を受け、これを放置すれば我が国の存立に重大な危機をもたらすような事例は当然想定される。

この事態に立ち向かう「自衛権の行使」は、確かに国際法上の分類では「集団的自衛権」である。だが我が国防衛という範疇のものでもある。これを集団的自衛権行使だからといって形式的に「9条違反」といって排除するのは、あまりにも観念的な考え方ではないか。

ここに反対派の極めて看過できない感覚のずれを指摘するのである。自説の整合性のみを追求するあまり、現実世界と遊離する結論を導くのは、もはや学問としての有用性に疑いの目を向けざるを得ない。

今回法制で規定された武力行使の「新3要件」は、国際法上の整合を図りつつ、これまでの議論の枠内での根幹部分を受け継ぎながらのものであり、自国防衛の範疇を出ない。この点を意図的に無視することは許されない。

2点目の、自衛隊の海外派遣の拡大の点である。反対派はこれを即自衛隊の「海外派兵」とこじつけ、「戦争ができる国」にする法案だと非難している。

これは、武力行使を禁じた「後方支援」に限定している点を意図的に隠ぺいしている、たちの悪い「プロパガンダ」である。

かってPKO法制定の時も同じような非難があった。しかし、より一層国際社会が共同で紛争解決に汗をかくことが求められている今、こうした汗もかかず、自国の利益だけを追い求めるような国に対して、果たして国際社会はどう評価するだろうか。

たぶん「安全保障のただ乗り(フリーライド)」と一蹴されるだろう。現行憲法の下でも武力行使を伴わない国際協力は当然認められる。反対派が誤解する「集団安全保障」への武力参加ではないのである。米国の戦争に連れまわされるとか、政府の恣意によりいずれ変更されるなどというのは論外である。

今回の法制は、我が国の安全確保を前提に、より一層国際社会の平和と安全に貢献することにより、紛争の未然防止を目指したものであることは疑いの余地がない。武力行使に引き続き厳しい歯止めをかけ、憲法9条の下でのこれまでの日本の立場を改めてアピールするとともに、国際社会の平和と安全の確保にこれまで以上に取り組む姿勢を内外にアピールするものである。

この点を正しく認識し、まっとうな議論をしなければ、「一体日本という国は自国を守る仕組みも作ることができないのか」とか「狭い殻に閉じこもった鎖国状態に逆戻りするのか」と世界から言われかねない。

ボトムアップの地域づくり

2015年8月13日

地方にとって現下の最大の課題は、なんといっても地方創生だろう。

人口減少局面を迎えた日本社会が、今後も持続可能な活力を維持するために、疲弊した地方を再び活性化させることが喫緊の課題ととらえられている。

特に東京一極集中を排し、地方への人の流れをつくることは、東京圏と地方の双方に大きな効果をもたらす。いわゆる増田レポートが「地方消滅」論を提示し、危機意識の共有に大きな影響を与えたこともあり、地方創生に向けた国をあげての取り組みが開始した。

地方消滅論には幾多の批判も寄せられているが、地方が自ら考え、作り上げていくべしという方向性は、遅きに失するという感がするものの、是認されるべきものである。

一つの自治体およびその自治体内部のそれぞれの地域がまず自ら課題解決に挑戦するというあり方。これまでのひも付き補助金政策が地方の依存体質を回復不可能になるまで助長し、その結果、自らの課題について考える能力や意欲を失わせてきたこと。

現在の日本の地方都市の現状をみればわかるとおり、どこに行っても同じ病理を抱えていることがその帰結となっている。

しかも、その現状を打開しようと行政がもがけばもがくほど、課題解決は遠ざかっている。様々な公共投資を行い、何とかまちを再生しようと努力したが、残念ながら現状打破には程遠い結果となっていると言わざるを得ない。ややもすれば「成功事例」の単純な模倣ともいうべき、均質化した都市政策が横行している。

その大きな原因はこれまで主張してきたように、まちづくりにとって重要な視点の見落としにある。いうまでもなく、「担い手」をいかにプレーヤーとして登場させるか、という点がこれまで置き去りにされてきたことにある。「依存体質」を排し、自分たちの地域に誇りを持ち、懸命に自己の地域づくりに汗をかく、このような担い手を育成してきたか。

今、人口減少の荒波を跳ね返し、ヴィヴィッドなまちづくりを進めているところには必ずと言っていいほど、キーパーソンというべきリーダーが存在する。もちろん、鷲田清一氏がいうところの「フォロワー」も不可欠である。

がしかし、自分が何とか現状を打破しようという地域愛に裏打ちされた人材がやはり必要であり、こうした人材のまわりには不思議と「フォロワー」が集まってくる。

諸富徹教授の最近のレポート「エネルギー自治で地域再生」では、長野県飯田市の再生可能エネルギー事業立ち上げの事例を通して、地域の課題を住民全体で考え、解決策を全体で考える作業を通じて、「住民自治」の強化につながっていることを報告している。

飯田市では、「おひさま進歩エネルギー株式会社」という市民共同出資による太陽光発電事業のパイオニア企業がある。大手企業がメガソーラー事業に手を染めるはるか以前から、まちづくり運動として「下から」の事業展開を進めてきた。

その前身となるNPO法人の中心者がそのキーパーソンである。その取り組みは市内の他地域に波及し、ソーシャルビジネスの典型として高い評価を受けている。よく言われる「地域内循環」がまさに実現されているのである。

たとえば、電気を他から「買う」となれば、その地域から現金が流出してしまう。また、地域内で発電する場合でも燃料を他から手当てするのであれば、やはり同様の結果となる。バイオマス発電などで燃料となるペレットを地域から仕入れるのであれば、その分だけ地域から富が流出する。

こうした地域からの富のロスを極小化することによって、例えば1次、2次産業でも地域内での利益率を極大にすることができる。

飯田市ではこうした課題への挑戦を住民組織の徹底した議論を通じて行っている。上から提示されるのではなく、すべて「下から」つまりボトムアップの思想である。

飯田市では古くから公民館を通じた住民活動の伝統があるという。歴史的な風土がそこにあるというべきだろうか。

「地域から甲府を元気に」という主張が10年の歳月を経ていよいよ日の目を見る時がいよいよきたようだ。

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平和安全法制議論をめぐる素朴な疑問

2015年7月30日

平和安全法制の議論の舞台は参議院へ移された。

この法案をめぐっては、ここまでに様々な非難が浴びせられている。

野党は「戦争法案」だとし、いずれ徴兵制まで行き着くと騒ぎ立てた。また憲法学者が9条に違反するといい、これを大々的に取り上げ、世論を誘導する動きもあった。

ここまでは、あたかも政治の主導権争い、端的に言えば「権力闘争」的な様相を呈している。そこには、我が国の存立と未来に向けた対外的な持続可能性をはたしてどこまで意識しているのか疑うような論調に終始している。

残念ながら「内向きな」議論としかいいようがない。戦後70年というものに「慣れきって」しまい、周辺環境に鈍感となり、はたまた未来を想像することができなくなっているのだろうか。

それにしても、「自衛の措置」についてこれほどまでにヒステリックな反応(過剰反応といってもいい)が起こることに素朴な疑問を抱かざるを得ない。

最初から我が国及び我が国民を不当な攻撃からいかにして守るか、これが憲法上「自衛の措置」としてどこまで認められるか、論点は至って明瞭だったはずだ。

国際法上の集団的自衛権として整理されるものであっても、我が国を守るために必要な場合があることは想像に難くない。

「集団的」と名がつくために、他国の戦争に駆り出されると誤解、曲解する者がいる。しかし、法案の中身をみれば、自国防衛そのものと容易に判断できる。だが、政権との対立構図を演じるためにあえて、「戦争法案」とレッテル貼りを行う。

これはどうみても自国の安全、自国民の安全そっちのけで権力争いをしているとしかいいようがない。レッテル貼りこそこれまでの歴史の中で民主主義を破滅させた、一番やってはならない手法である。

自衛権の行使というのは、相手国からの「不当な攻撃」があることを前提とした概念である。これに対して「戦争」とはこちらから攻撃をしかける概念である。前者が「リアクション」であるのに対して後者は「アクション」である。

しかしながら、「リアクション」である自衛権行使自体を「違憲」と決めつける。攻撃する方を問題とせず、防衛側を問題とするのは、どう考えても理解不能である。

攻撃側を糾弾するのではなく、防衛側を糾弾するとは、なんと転倒したモノの考え方だろうか。

ふと犯罪被害者支援のことが頭をよぎる。加害者に比し、あまりに軽んじられてきた被害者の人権。また、いじめ問題にも通じるような気がする。悪いのはどこまでいってもいじめる側だ。いじめられる方は責められる筋合いはない。

彼らの論法はこうした現代社会の病巣と深く関係している気さえする。

国をそして自国民を不当な攻撃から守るにはどうすればいいか。この一点で議論を戦わせるべきだ。

国会議員であれば、それは、「国会の場で」ぜひやるべきだ。そして、憲法で定められた意思決定手続きを順守して結論を出すべきだ。学説論争ではなく、政治家として。それが立憲主義だろう。

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国会情勢概観

2015年7月18日

会期が大幅に延長された今国会での最大の焦点は、いわゆる平和安全法制をめぐる議論が深まっているか否かである。

昨年7月の自衛の措置に関する「新3要件」を盛り込んだ閣議決定から約1年。練り上げた関係法案が今国会に提出され、衆議院で100時間を超える審議を行った後に7月16日に可決され、参議院に送付された。

この間の国会の情勢や報道、あるいは世論調査などをみていると、参考人として意見陳述した憲法学者がそろって法案の違憲性を主張したこともあって、はたして正確な議論がなされているか、不安がよぎる。

法案への反対意見はマスコミでも大きく取り上げられ、これに対して賛成意見は扱いが小さいか、無視されている状況もあり、あたかも法案に重大な欠陥があるかのように誤解する国民も少なくない。

反対意見のほとんどすべてが、法案で規定される「自衛の措置」に対する根本的な誤解、むしろ無理解といってもいいものであり、憲法学者の見解もこの類のものであると感じる。

この誤解の底なし沼から脱却できない大きな原因は、国際法上の概念である「集団的自衛権」と「個別的自衛権」に関する「観念論的な」ステレオタイプ思考にある。

これまでは、確かに、我が国固有の権利として、我が国が攻撃されたときには、我が国及び我が国民を守るための自衛権は認められてきたが、一方で他国が攻撃されたときに発動される「集団的自衛権」は我が国憲法の9条のもとでは否定されてきた。

そこには、「自国防衛」か否かという判断基準が存在していた。だからこそ自国防衛と関係性が薄い集団的自衛権は憲法との整合性のうえから否定的に解釈されてきたのである。

ところが、長い年月の間に、いつの間にか「自国防衛と関連しない」という形容詞が抜け落ち、一般的に「集団的自衛権」は憲法上認められないという、いわば集団的自衛権の独り歩きが始まってしまっている。

この思考方法から、およそ集団的自衛権と名のつくものは、我が国及び国民を守るためのものであっても全て否定されるという、「観念論の陥穽」に陥ってしまった。これこそが現在のかみ合わない議論の大きな原因である。

議論の出発点ですでに認識が誤っているからどこまで行っても共通理解とはならない。しかも憲法学者の意見陳述がこれに拍車をかける。「権威主義的」なものの考え方、すなわち肩書を盲目的に信じてしまう傾向が悲劇を生む。

あの高名な学者がこう言っているから、とかあの新聞がこう言っているから、といった自分自身の判断ができないゆえに「権威」ある意見に委ねてしまう。残念ながら委員会質疑でその光景に出くわしてしまった。

そもそも、今回の議論の出発点における課題意識はいたって簡単明瞭なものであったはずだ。

現下の国際情勢、特に日本周辺の安全保障環境を考えると、冷戦時代とは比較できないほど緊迫している。特に、我が国の防衛はもはや我が国だけではなしえず、そのため日米同盟に依拠せざるを得ない状況にある。

単独で防衛するためにはこれまでの数倍もの防衛予算、人員体制等が必要になるが現実的には無理である。

そこで、同盟国と共同で我が国周辺での防衛にあたらざるを得ない。そして、共同で防衛にあたっている同盟国の艦船等が攻撃されたときに、他国に対する攻撃だから「集団的自衛権」に該当するから、我が国は手出しができない、という誠に不都合な結果が生ずる。

身体を張って我が国の防衛にあたっている同盟国を見捨てていいものか?自分だけ助かればいいのか?そんな国に世界のどの国が手を差し伸べてくれるのか?これが出発点であったはずだ。

だからこそ、これまで欠落してしまった「自国防衛」と関連するか否か、をもう一度思い起こして明確化したのがいわゆる「新3要件」である。

これは、新たな解釈の拡大では決してないことが明らかである。自衛権の論議の中でいつの間にか見落とされてしまった本質的部分を改めて白日の下にさらしただけのことだ。

戦争できる国へ変えた、とか戦争法案だ、とかいう中傷がなされているが、その前に、もう一度、国をそして国民を守るということのために、国会議員は何をすべきか、どう考えるべきか、を厳しく自問すべきではないか。

でなければ、たんなるデマゴークといわれても仕方がないだろう。

この子だって今や立派にわが家を守っている

この子だって今や立派にわが家を守っている

 

また甲府市議会が。。。

2015年7月10日

7月9日付地元紙に「甲府市議逮捕」という見出しが躍った。7月7日の懇談会で飲酒後、代行車が来るまでの間、駐車場に停めてあった自分の車を移動させようとして、誤って駐車場のフェンスに衝突し破損させ、そのまま代行車で帰宅してしまったというものである。

目撃者からの通報で警察が車両から市議を特定し、事情聴取を行ったようだ。7月8日の午前2時半頃から同日の午後2時過ぎまで聴取が行われ、一旦は解放されたようである。

市議から議会事務局を通じて、議長、副議長に経過を報告したい旨の連絡があったことから、急きょ4時半に市役所に副議長の私も参集した。全くの寝耳に水の事態である。

市議からの報告聴取は午後5時前から始まった。市議からは、代行車が到着するまでの間に車を移動させたこと、誤って駐車場のフェンスを破損したこと、次の日に駐車場の所有者に破損についてお詫びするつもりだったこと、警察の調べに対し、あくまで駐車場内での出来事であり、道路交通法違反という認識はないと主張したこと、等の報告があった。

報告を聞く限り、警察と市議との間に認識の食い違いがあることから、道路交通法に抵触するか否かの事実関係の調べの推移もみた方がいいと判断し、この日は散会した。

ところがこの日の深夜、事態が急変した。市議が逮捕され、11時から警察の記者会見が急きょ行われることとなったとの情報が私のもとに入った。直後に議会事務局長からも同様の連絡が入った。

こうなると「議会として」の対処を求められるのは必至である。すぐさま会派代表者会議の召集を局長に要請し、翌9日の10時から急きょ代表者会議が開かれることとなった。その日の朝の新聞に冒頭の見出しが躍ったのである。

9日の代表者会議では、各代表者に経過を説明し、あわせてコンプライアンスの徹底を図った。この時点ではまだ捜査情報の具体的内容が判明していなかったため、捜査の推移を注意深く見守り、しかるべき時期に適切に対応すべきという意見で集約された。

マスコミからは会議終了後に議長に取材が殺到した。当初は会議でどのような意見が出たか、議会としてどう対応するのか、から始まって、最後は議長としてこの事態をどう受け止めるかなど議長個人の見解を求める質問も浴びせられた。

取材が一段落したのちに、今度は市議の所属政党が午後3時半から記者会見を開き党としての対応を発表するとの情報が入った。

その内容を見て初めて、党として議員辞職勧告をし、市議もこれを受諾したこと、及び一転して駐車内での出来事でなく、一旦公道に出てからフェンスに衝突したことを認めたことが明らかとなった。

これが今回の事件の大まかな流れである。

もちろんこの間、議長も私も事務局も早朝から夕方まで、自治法や会議規則、実例などを基にあらゆる対応策を検討協議していたことは言うまでもない。

この一連の経過から、改めて現在の制度上の限界等について考察した。

まず、マスコミ等の関心は一つは「議会としてどういう対応をするか」にある。これは裏を返せば、今回のような不祥事について本人を辞めさせる方途が議会にあるか否かということに帰着する。

この点に関しては残念ながら自治法上は、「除名の懲罰」ぐらいしかない。これは要件が厳しく、議会を開いて、3分の2以上の議員が出席し、しかも出席議員の4分の3以上の同意がなければできない。

一般的に耳にする「辞職勧告決議」は、法的な拘束力がないため、議員を強制的に辞職させることはできない。しかもこの場合も議会を開いてその議決が必要となる。

あとは、議員が議会に辞職を願い出るしかない。

ここで自治法が予定する「議会の姿」が浮かび上がる。議会を招集する権限は議長にはなく、首長が持っている。ということは、基本的に議会は首長の提出する「議案」の審査をする機関であり、今回のような議会内部の事案について議会が自律的に会議を開くことは予定していないということである。

おそらく、法律に規定していないのは、そもそも選挙で選ばれる議員たる者は当然人格識見ともに優れた「選良」という前提に立っている、ということだ。そこには不祥事を起こすはずがないという思想が読み取れる。

このことは我々議員がもう一度肝に銘ずべきことである。

もう一つは、議会の組織としての一体性が極めて弱い制度上の限界があるということである。議長に認められているのはあくまでも「会議」における秩序維持の権限である。首長のような「指揮監督権」は残念ながら議長にはないのである。

だからこそ、議会としての対応といってもはたから見れば歯がゆいものとならざるを得ないのである。

議長がその立場で議員に対して辞職を要請することは制度上無理である。首長に要請して議会を招集してもらい、そのうえで議決をしなければならないという手続きを踏まなければならない。

今回の件は、今後いつ本人から辞職願が提出されるかに焦点が移っている。この場合でも、辞職願を受理した後、許可するにあたって直接本人に最終的な意思確認を行うことが手続き上求められる。

歴史と伝統ある甲府市議会の信用、市民からの信頼が失墜したことは紛れもない事実である。

今後の課題として、市民の負託に真に応えていく議員一人ひとりの自覚、いうまでもなく自治法で予定している「選良」としての矜持を保つこと、また、議会が真に自律能動的な組織体へと脱皮するための制度改革が喫緊のものとして求められることは言うまでもない。断じて肝に銘じていくことを改めて決意した。

議会がこの闇から抜け出せるか?

議会がこの闇から抜け出せるか?

6月定例市議会から

2015年6月21日

甲府市議会は、6月16日から18日までの間本会議を開き、質問戦を行った。副議長として、休憩後の議事進行を担わせていただいた。

議長席から各議員の質問と当局の答弁を聞かせてもらった。今回は新人議員も多く登壇したことにより、ある意味新鮮な空気が議場内を漂った。

改めて感じることであるが、この質問戦、現状の制度では質問議員個人と当局のやりとりだけであり、議会対当局という図式にはなっていない。この点は、「地方議会 その現実と改革の方向」で竹下譲氏が指摘しているとおりである。

いってみれば、1人対市長以下当局であり、他の31人の議員は質問に何の関与もなく、黙って聞いているだけである。広い議場の中で、持ち時間を与えられて自己の主張をぶつける構図だが、たとえその主張に異論のある場合でも他の議員の発言は許されない。

当局の答弁も市長、あるいは担当部長と分担して行われるのが通例であるが、議員個人に対する答弁であっても、それが議場で行われるということに意味がある。

議場での発言は当然のことながら、議員はもちろん当局も拘束する、非常に重い意味がある。このことから、答弁内容も論点が整理され、これまでの当局の対応等との整合性を慎重に吟味され、完結した内容になっているものである。

会議規則上、質問議員には、3回までの質問回数が認められている。再質問、再々質問が認められているということである。

しかしながら、この再質問、再々質問の本来的意義についての認識が次第に薄れているようである。

1回目の質問に対する答弁で完結するのが通例であり、再質問、再々質問はその答弁内容に視点の見落としや過去の答弁との齟齬などといった「欠けている点」がある場合に、これを質して議論を深めるために行うものである。

しかしながら、これまで本来的な意味での再質問、再々質問に出合ったことがほとんどない。その多くは、単に自己の主張が採用されなかったことへの不満の域を出ず、答弁の問題点の掘り下げがない結果、最初の答弁の繰り返しになる例が圧倒的である。

今議会で一部の議員から、「再質問」の答弁者に市長を指名したのに、市長が登壇しなかったことを議会運営委員会で問題視する発言があった。

いずれも私が議長役の時の質問であったが、答弁内容はいずれも質問の提起した課題に対して網羅的に答えており、再質問の余地はないものであったにもかかわらず、あえて市長を指名し答弁を求めたものである。

当然、最初の答弁者が再度同じ答弁を繰り返したが、これがよほど気に入らなかったのか、議会運営委員会にまで持ち込んでしまった。耳を疑うような発言である。

前の市長は何度も指名に応じて再質問に対して答弁に立ったということを引いて、新市長が指名したにもかかわらず答弁に立たないのは、「議会軽視」ではないかという。

はたしてそうであろうか。私が聞いていた限り、答弁漏れはないし、完結した答弁であった。むしろ、再質問の余地はないものであった。にもかかわらず、あえて市長を指名して再質問と称して答弁を求めたものである。

これこそ逆に議会の基本的ルールを無視した「議場の独占行為」ではないか。答弁を求めるだけの質問内容であったか?しかも市長に求めるにふさわしい内容であったか?この点を顧みるべきである。さらに、「答弁」は当局という組織の意思表明であり、誰が答弁するかによって、答弁の効果が変わるものではない。決して個人的に見解を述べているのではないのである。答弁者を指名するなどという行為は本来ありえないものである。また失望してしまった。

あろうことか、地元紙にも「市長答弁せず」という仰々しい見出しで記事が書かれてしまった。5月末の全員協議会の記事といい今回の記事といい、議会の権威を失墜させるような議員の行動に大いに異議を唱えたい。

年々議会のクオリティが低下していると感じているのは、私一人ではあるまい。

この子に笑われないようにせねば

この子に笑われないようにせねば

明日から本会議

2015年6月15日

甲府市議会は先週11日召集され、会期を23日までと定めた。明日16日から3日間は本会議を開いて、各会派による質問を行う予定である。

改選後初の議会であり、新人議員も何人か登壇予定であるときく。どんな展開になるか興味をひくところである。

2月の窓枠落下事故についても取り上げられるかもしれないが、この件について自治法の規定をひきながら、若干考察してみたい。

2月17日早朝に発生した市役所4階窓枠落下事故については、発生直後から当局及び業者による緊急点検、安全確保策、原因究明が進められ、幸いなことに人的、物的両面にわたる被害は発生していない。

3月定例市議会が直後に控えており、議会としても一連の事務処理について調査することが求められるが、状況から見て所管の総務委員会で行うことが妥当であると考えられた。

一部では、自治法100条の調査権を検討する必要があるとする声もあったが、大きな被害が発生していないなか、当局及び業者の取り組み状況から見て、所管の常任委員会の事務調査(自治法109条第2項)で対応することが妥当という結論になった。

前期の総務委員会では私が委員長を務め、本件に関して、最終的に業者を参考人に呼ぶなど計3回の詳細な調査を行った。

その結果、落下個所の腰壁の「クリープ」と呼ばれる「ゆがみ」が想定値を超えたことが直接の要因と考えられること、建物本体への影響はなく、安全性に問題はない、という緊急調査結果が報告された。

最終的な報告書は3月末に出来上がり、委員会の要請もあって、専門家による第3者委員会の検証を4月以降鋭意行うことが当局議会双方で確認された。

この時点ですでに議会としては総務委員会の調査によって、必要な対応は行われ、第3者委員会の検証が完了する時期に再度委員会を開いて、最終的な原因特定、責任の所在の明確化を報告させる運びとなっている。

それまでの間は、必要に応じて閉会中の委員会審査で対応する予定であった。

自治法では、議会の権限として、98条で当局に対して書類の検閲及び報告請求を規定している。これはあくまで「報告」を請求するにとどまることが、100条との対比において明らかである。

100条では、いわゆる市政の根幹にかかわる重大事件、たとえば不祥事などについて、「調査権」を規定している。これは国会の国政調査権と同等のもので、強制力をもつ強力な権限である。いわば「伝家の宝刀」といえる。

この場合は、特定の事件を示して議会の議決により特別委員会を設置して調査を行うのが通例である。これがいわゆる「100条委員会」である。

他に「事務調査」が出来る機関としては先程の109条の常任委員会、特別委員会だけである。

こうしてみると、本件窓枠落下事故について、100条委員会を設置しない以上、所管の常任委員会で調査するしかないことになる。だからこそ、総務委員会が調査の主体とされたのである。

常任委員会は議会が閉会中でも、所管事項について議会の議決を経ることによって審査することができる。

自治法の規定によって議会が活動能力をもつのが「会期中」に限られ、閉会後は次の会期まで活動できないかわりに、常任委員会にその所管事項についての調査活動能力を付与しているのである。

しかしながら、5月29日の「全員協議会」の状況は、こうした自治法の規定からははなはだ疑問という残念な結果となってしまった。

最も重要な点は、5月29日という日は、まだ議会が招集されていないということだ。すなわち「議会」としての活動能力をもたず、従ってその権限を行うことはできないということである。

そもそも、「全員協議会」というのは自治法上はどこにもその名称が出てこない。その依拠するところとしては自治法100条第12項の「協議又は調整の場」ということであろうが、これは議会内部での協議調整の場という意味であり、執行機関に対する調査権限を与えたものではない。

「議会」が自治法101条で首長に召集権が与えられ、102条で「定例会及び臨時会」だけが「議会」とされていることからすれば、「全員協議会」は自治法で様々権限を与えれれている「議会」そのものではない。

こうしたことから、5月29日は当局から窓枠落下に関する経過と対応の情報提供を求めただけで、決して「調査」のために開いたものではないのである。これを「甲府市議会」と捉えることは、自治法の規定からは妥当ではない。冒頭議長から趣旨説明があったのに、いつもの「調査追求モード」になってしまったことは、非常に残念な結果だった。

議会、すなわち「本会議」と「委員会」の関係は全て自治法に規定されているとおりであり、これを意識していないようでは、その資質を大いに疑わなければならない。

あきれているだろう

あきれているだろう

議会人としての自覚はどこに?

2015年6月3日

先月の臨時議会で副議長に選出されて以来、甲府市議会の運営側の一員として今後の議会運営に携わることとなった。いわば議会という組織の「執行部」という立場である。慣例により、各定例会での質問登壇は控えることとなり、また会派代表も交代した。

就任後初めての議会会議として、5月29日に全員協議会を開催することとなった。テーマを2月17日の発生以来、関心を集めている庁舎窓枠落下問題にし、現在第3者委員会で検証が進められていることなどから、主に新人議員を中心に経過と市の対応状況の「情報提供」の目的で開催した。

全員協議会は、本会議や常任委員会などと違い、法的な根拠を持たないもので、情報交換や各種調整の場としてほとんどの自治体議会で設置されている任意的会議である。

従って、議決すべき「議案」はなく、当然のことながら当局に対する調査や審議という概念はそもそもない。

窓枠落下問題は発生当初から地元紙による議会制度を理解していない報道などがあって、おそらくこうした報道を通じてしか情報を入手していない新人議員に正しい情報を提供し、今後の議員活動に役立ててもらおうと、議長の温かい配慮により、「議会」として開催された全員協議会である。

この件については、改選前の総務委員会で審査、審議され、発生後の初動対応から緊急安全確保措置、業者による原因究明、第3者機関による検証開始など、勤務する職員や来庁者の安全を確保しつつ市民の不安解消のための一連の措置を当局からつぶさに説明を受け、徹底した議論を通じて議会側もこれを了承した。

総務委員会は計3回開かれ、第3回目は業者を参考人として呼び、委員による綿密な審査を行った。全て委員長である私があえて場の設定を行い、委員に発言の場を十分すぎるほど与えたものである。

改選までの間、議会の関与は十分行われ、今後の焦点は、原因の特定と第3者機関による検証を経てどのような恒久対策を講じるか、そして責任がどこにあるか、という点で当局議会双方とも共通理解したものである。

こうした経緯を前提として、29日の全員協議会で当局の出席を要請し状況説明、端的に言えば「情報伝達」を行ったものである。

当日の会議の冒頭、座長である議長からわざわざ会議が審査のためでなく「情報提供」の趣旨であることを全議員に示した。これは会議の趣旨を理解せずにスタンドプレーに走る議員が出ないとも限らないため、私の提案で入れてもらったものである。

ところがである。当局の説明終了後の質疑に移った瞬間、前総務委員会の委員であった議員から会議の時間設定について短すぎるとのクレーム発言がでた。これでは十分な質疑が出来ないというのがその理由のようだ。

明らかに全員協議会の場を「審査」の場にすり替えて、当局を追求しようという魂胆が見え見えである。テレビカメラ、新聞記者が多数取材に入ったことを意識したのだろう。

この発言に刺激されたのか、新人議員の一人が発生直後の市の対応について質問した。最初はやり取りを静観していたが、こちらもカメラを意識したのだろう、次第に「追求」モードにスイッチが入ってしまった。元新聞記者という経歴らしいが、ここは議会という基本的なルールの上で議論する場である。議長の冒頭の注意事項を聞いていないか、あるいは故意に無視したものだろうか。

そのあと総務委員会のメンバーであった議員からの発言もいくつかあった。

午前11時15分から12時までの予定時間で設定したが、当局説明とは全く関係のない質問に終始し、貴重な全員協議会の時間をロスさせてしまった。30分間で設定すればよかったと悔やまれる。30分もあれば説明時間としては十分だからだ。

あれほど、審査は総務委員会で所管してしっかりと対応し、議会としての当面の関与は済んでいるといったのにかかわらずこの事態は如何なものか。発言した新人議員もさることながら、総務委員会で十分議論したはずの当時の委員が会議の趣旨を無視して野放図な質疑をするとはである。

特に怒りを禁じえないのは、初動対応とかその後の対応について総務委員会で徹底的に審査しているのに、初動対応にかかる新人議員の質疑に対して、「それは総務委員会で審査済み」という発言がどのメンバーからも出なかったことである。

かの新人議員の発言内容をよく考えれば、それは当局に向けられたものであると同時に、当時の総務委員会に向けられたものであることになぜ気付かないのか?ここに「議会人」としての「自覚」をあえて指摘するのである。

案の定翌日の地元紙には、発生直後の市の対応を批判する記事が掲載されてしまった。2次被害が発生していないにもかかわらず当時の市の対応に手落ちがあったかのような事実無根の内容である。それはとりもなおさず、「議会は何をしていたのか」ということにもつながりかねない。

こうした事態を目の当たりにしたとき、現行の制度のほころびを改めて感じる。議員の発言に対して、当局からの「反問権」、端的にいえば「口答えする権利」がないこと、また他の議員に対して直接反対意見を述べるための「議員間討議」のシステムが欠落していることから、議員の単独プレーが横行するのである。

これでは、一体、議会は「組織」といえるのか?単に議員の集合体であり、本会議とかはこうした議員個人に「場」を提供するだけに過ぎないものとなっていないか?だから議会に対する不要論とか批判が出てくるのではないか?

議会人として、私は来る総務委員会でこの記事をとりあげて、徹底して投げかけをする予定である。それが副議長就任時のあいさつのとおり、「真に市民の負託に応えうる議会」へと変えるための戦いの第一歩だからだ。

議会がこの闇から抜け出せるか?

議会がこの闇から抜け出せるか?

副議長就任にあたって

2015年5月21日

20日召集の甲府市議会臨時会において、第107代の副議長に推挙された。いわば議会という組織の執行部であり、議長のサポート役として今後の議会運営にあたることとなったものである。

これに伴い、当面代表質問や一般質問には登壇しないこととなり、心中は正直複雑である。というのも第一義的に本会議での質問活動を議員の生命線として捉えていたため、質問に登壇できないことは、牙を抜かれたような感じだからである。

就任のあいさつでは、あえて「2元代表制の地方制度のもと、これまで以上に市民の負託に応えることのできる議会を目指す」と申し上げた。

その意図するところは、言論の府、立法の府という議会本来の機能をより強化するということであり、議論を通じた合意形成という民主主義本来の在り方を甲府市議会に打ち立てるため戦うという「宣戦布告」である。

これまでこのブログで一貫して主張してきたように、現在の議会の状況は、徹底した議論を経たうえでの意思決定(議決)とはほど遠い。合議制であるべき議会が、議員間の討論の仕組みもなければ、「表決」行動について個々の議員の説明責任を果たす場が仕組みとして用意されていない。

議会の役割が執行部の行財政運営のチェック及び政策提言にあるとするならば、そして執行部に対する機関概念としての「議会」であるとするならば、その議決行為は個々の議員の表決行動の集積ではなく、「議会」という組織体の「意思決定」という形をとらなければならないことは自明である。

構成員である個々の議員が様々な党派、支持勢力を背景に多様な考え方をもつのは当然であり、議会が意思決定を行うためには、こうした議員同士の十分な議論、討議を通じて「着地点」を見出し、調整を行い、最終的に合意点に達するというプロセスが不可欠である。

残念ながら、現状の制度はこうした本来の機能を実現するためには十分とは言い難い。市民の負託に真に応えうる議会へと脱皮するためには、どうしても制度改革が必要である。

はからずも副議長という要職をいただいた。質問活動を手放す代わりに、いよいよ議会改革を仕掛けるその時が来たようである。

新しい甲府の夜明けとなるか

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