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甲府市議会議員  兵道けんじのページ

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(3)

2019年11月27日

11月21日最終日は今治市のサイクルシティ構想について伺った。

今治市と広島県尾道市を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」は全長59.4㎞の西瀬戸自動車道であるが、最大の特徴は「自転車や歩いてでも渡れることができる」よう整備されている点であり、サイクリングロードは、今治市サイクリングターミナル「サンライズ糸山」から尾道港まで約70㎞が整備されている。

瀬戸内に浮かぶ風光明媚な島々の景観を眺めながら走るサイクリングロードは近年世界中からサイクリストを集め、現在30万人を優に超える状況となっている。

今やサイクリストの聖地とまで言われる瀬戸内しまなみ海道の歩みをみると、平成11年度の開通から10年間は試行錯誤の時代とされている。

開通と同時に沿線市町村にレンタサイクル事業が立ち上がり、翌12年度に愛媛県、広島県両県の相互乗り捨ての基本協定が締結され、サイクリングロードの活用を模索していた。

ただし、観光という面での施策展開はまだこれからの状態で、島をつなぐ海道が完成したことによる「別の意味からの」課題に直面し、まさに試行錯誤の状況にあったようだ。

その課題とは、レンタサイクルがほとんど「ママチャリ」であり、「サイクリング」には程遠かったこと、しまなみ海道という大資源を生かし切れていないこと、島が橋でつながったことによる廃止航路の続出と自動車で通過されてしまい、滞留が生まれにくくなったこと、尾道に比べ今治は産業都市で観光という土壌がなかったこと、などしまなみ海道が「観光」という側面で脚光を浴びるところまでは至っていない。

この状況が劇的に急転するのは、開通10周年記念事業をきっかけに「サイクリング」が着目され、翌年愛媛県知事に就任した現中村知事が台湾の世界的自転車メーカーGIANT社のトップとの交流から、知事、今治市長が率先してロードバイク生活を開始したことからである。

平成24年度には、Green World On Wheels ~自転車で世界をつなぐ~「日台交流 瀬戸内しまなみ海道サイクリング」事業が開催され、以後しまなみ海道を使った国際サイクリング大会の開催、愛媛マルゴト自転車道作戦と称しての行政職員、議員等によるしまなみサイクリングの実施、守山市、名護市との自転車を通じたまちづくり交流協定の締結など、しまなみ海道をサイクリングの象徴として活用する多彩な取り組みを行ってきた。

こうした取り組みの進行はやはり愛媛県の力が大きい。愛媛県が「自転車新文化」として「サイクリングが人に健康と生きがいと友情を与える」理念を前面に打ち出し、そこにしまなみ海道が持つ「資源力」を最大限に引き出したこと、そして地元にその魅力の「気づき」を与えたことが大きな要因ととらえられる。

地元の大きな財産というべきしまなみ海道の真の魅力を引き出したそのアプローチは大いに参考となる。重要なことはこれはまちづくりに共通することだが、資源を正しくその魅力を輝かせるのは接する人々の情熱、パッションではないかと改めて思うところである。そして折角の宝が地域にあるのにその価値に気づかないことは最大の不幸である。おそらく「若者 ばか者 よそ者」は地域資源の価値を発見するうえで重要なファクターとなるものを象徴的に表現したものだろう。特に「よそ者」は地元にはない視点から資源にアプローチすることの必要性を端的に表している。

来年のオリンピックでは本県も自転車競技のルートに当たっている。今回の視察を通じて自転車に対する認識が新になった。日常生活に密着したツールがそのまま、まちづくりの一つの資源になりうることに改めてまちづくりが「人の営み」としての奥の深さを示していることを実感させられる。

国土交通省の自転車活用推進本部が日本を代表し、世界に誇ることのできるサイクリングルート(ナショナルサイクルルート)として本年11月に、「つくば霞ケ浦りんりんロード(茨城県)」「ビワイチ(滋賀県大津市)」とともに「しまなみ海道サイクリングロード」を指定したことは、サイクリングが健康と生きがいと友情を生み出すという自転車新文化という考えを今後の方向として位置付けたものではないだろうか。

先般健康都市宣言を行った本市でも具体的な取り組みとして自転車に目を向けてみるのも一法であると思われる。

(資料については「報告・資料」のページに収録してあります。)

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(2)

2019年11月25日

11月20日視察2日目は四国中央市のデマンドタクシーの取組みについての研修である。

四国中央市は愛媛県の最東部、香川県、徳島県、高知県と境を接し、面積は甲府市のおよそ2倍の420㎢で、人口は甲府市の約半分の約87,000人である。高齢化率はH27国勢調査で30.1%である。

平成16年4月に2市1町1村が合併し発足した歴史がある。「製紙、紙加工業において日本屈指の生産量を誇り、紙製品の工業製造品出荷額が全国一位。プラスチック製品などその他製品を含めると工業製造品出荷額は約6,000億円余りとなります」(市HPより)とあるとおり、市内に入って最初に目についたのが製紙工場の煙突である。議長さんの歓迎のごあいさつの中に、紙おむつの無償配布の取組みの紹介があり、さすがは紙のまち、と感嘆した。

市内にはJR予讃線6駅があり、うち2駅が特急停車駅である。路線バスは現在4路線うち1路線が広域路線である。タクシーは6社、保有台数は約100台。市福祉バスは新宮地域で7路線、1回300円の市町村運営有償運送となっている。

デマンドタクシーの運行経緯であるが、新市誕生の際の合併協議会で主要な課題としてコミュニティバス等の新しい交通手段の導入が検討され、合併後の平成18年に公共交通プロジェクトチームを設置、アンケート調査を経て平成19年10月に開催された地域公共交通会議でデマンドタクシー試験運行案が了承されたことにより、翌平成20年1月から試験運行が開始された。

その後平成22年4月から平成24年3月までの2年間、対象地域を拡大して実証運行を実施、24年4月から「地域公共交通確保維持改善事業」(国補助)に移行した。

デマンドタクシーは、現在登録者の予約方式をとっており、オペレーター室はタクシー会社の事務所の一角を借りて4人で運用している。運行台数は午前9台、午後7台で、利用料金1回400円でエリア内での運行となっている。

登録者は本年3月末で7,058人、利用者は1日あたり80人~90人、年間延べ20,323人(H30年度実績)、実利用人数は年間700人程度と分析されている。

何よりの利点は、自宅まで車が来てくれる点であり、予約者それぞれの自宅を回っての乗り合いとなりある程度の待ち時間が生ずるものの高齢者にすこぶる好評である。

運行経費は平成30年度実績で約52,000千円、うち利用料金収入と国庫補助金で12,500千円が財源として充当されている。

高齢者の交通手段確保のための支援策としてはタクシー券配布があげられるが、配布枚数の上限設定などの点から効果は限定的の懸念がよく指摘されるところである。これに対して交通システムを構築して低額の利用料金を設定する方式では、必要な時にいつでも外出できる点から持続可能なものとして大いに期待されるところである。

タクシー会社の協力を仰ぐこととなり、タクシー本来の営業との調整の課題も考えられるが、病院や買い物など頻繁に必ず生ずる定例的な外出ニーズへの対応にデマンドシステムを使い、そのほかエリア外への外出などへは通常のタクシー営業を使うなどの使い分けによって十分成り立つのではないかと考えられる。

いずれにしても今後益々加速する高齢化とこれに伴って増加が予測される免許返納という現代の大きな課題の解決策としてこうしたデマンドシステムも真摯に検討しなければならない時期に来ているのではないか。

※資料については「報告・資料」のページに収録してありますので参照してください。

 

会派視察~愛媛県松山市、四国中央市、今治市~(1)

2019年11月25日

11月19~21日の日程で、標記の自治体の会派視察を行った。テーマは、松山市の「歩いて暮らせるまちづくり」、四国中央市の「デマンドタクシー」、今治市の「サイクルシティ構想」である。

いずれも、人口減少、少子高齢化が進行する本市にあって参考となる事例である。

19日は松山市にて「歩いて暮らせるまちづくり」についてヒアリングさせていただいた。

松山市は、明治22年に愛媛県初の市として発足、当時は松山城を中心とする現在の都心部のみで人口も33,000人弱であった。その後昭和に入って周辺市町村との合併を繰り返し、空港や港などの整備を通じて近代都市へと発展、平成の大合併で四国初の50万都市となった。

最初に現状と課題の説明があり、市街地の拡散と都市機能の流出、中心市街地の活力低下など地方都市に共通する現状が見られるとともに、高齢化の進行、自然環境や都市の個性の喪失も指摘されている。

こうした現状から抽出される課題として、都市部の機能強化、多様な生活ニーズへの対応、自然環境や地球環境の保全、地域資源の保全・活用による地域づくり、の4点があげられた。

その問題意識から、今までと異なるまちづくりを考える必要性を指摘している。その結果、まちづくりをコンパクトで質の高い都市へと方向転換することを決定した。そのメルクマールは、集約型のまちづくりと「遅い交通の」みちづくりである。

歩いて暮らせるまちづくりの取組みはこうして生まれ、推進要綱をみると、①生活の諸機能がコンパクトに集合した暮らしやすい街づくり、②安全・快適で歩いて楽しいバリアフリーの街づくり、③街中に誰もが住める街づくり、④住民との協働作業による永続性のある街づくり、の4つの方向性からまちづくりを進めるとしている。

「遅い交通」という考え方は、「スローライフ」にも通じ、まちづくりの場面ではその価値を再認識する必要があるのではないか。今後の高齢化の進展とまちの魅力を最大限引き出すうえでは、自動車優先から「歩くこと」や自転車交通など遅い交通を重視した道路の整備が重要になってくると考えられる。

こうした「遅い交通」実現のための道路整備はこれまでの自動車優先の考え方を根本的に転換し、より「歩く人」重視の「道路空間再配分」であり、歩いてじっくりまちを堪能するための「まちの魅力づくり」を目指したファサード整備とセットで進められる。(この点はかって本市でもタウンレビューの議論があったことが思い出される)

事例が3つ紹介された。1つ目はロープウェイ通りの整備である。言わずと知れた松山城へのロープウェイを核としたもので、道路整備やファサード整備とあわせて、平成15年にトランジットモールの社会実験を経て整備が実現されている。実際歩いてみると一般車両よりも路面電車、また歩行が中心となって猥雑感がほとんど感じられない。

路面電車は富山市や宇都宮市などの事例を引くまでもなく、コンパクトなまちづくりにとって非常に有用であることが改めて実感される。

その路面電車で道後温泉に向かうと2例目の道後地区の歩行者空間整備がある。

ここでも、観光の中枢資源としての道後温泉本館前を「広場化」し、自動車をシャットアウトして広大な歩行空間を創出した。入り口部分のからくり時計がある道後温泉駅前も時計前を完全に歩行者空間として整備したことにより人の流れが多く生まれている。

これまでの車道に歩道が付属する構造だと、ひとの流れが「線的」で窮屈なイメージだが、車道の導線を大幅に縮小制限し、歩行空間を広場状にすることで、ひとの滞留など「面的」な流れが生まれ、賑わいの創出が可能となっている。この点は、甲府駅南口の広場整備を思い出すが、道後地区は観光資源「道後温泉」の資源力を最大限引き出すための歩行空間整備が強く感じられる。

3つ目の事例は花園町通りの歩行空間整備である。

花園町通りは松山城と松山市駅をつなぐ幹線道路であり、沿線には店舗やオフィスが多数立ち並ぶ。ここも車道を縮小し、イベント開催も可能な歩行空間を拡大する一方で、荷物の積み下ろしスペースもところどころ整備することにより、商業活動との調整を図っている。

計画段階で市民やステークホルダーである商店主などによるワークショップを重ねてきたようであり、市民との協働作業という要綱の要請に忠実に従って、丁寧な合意形成作業を行ってきたようである。

車社会で車道よりも歩道をという主張は多くの場合反発が生まれることは想像に難くない。特に公共交通機関が衰退し移動手段を自家用車に頼らざるを得ない地域ではなおさらである。

そこに、「スローライフ」というパラダイムの転換を進めることが今後益々要請される。特に高齢化進行のスピードが世界でも類を見ない我が国ではこれまでの右肩上がりのシステムをダウンサイズして今後の人口減少社会に見合ったものに変えていかなければシステムが崩壊する恐れがある。

様々な社会資源、観光資源がありながら「滞留」させるための仕掛けをしてこなかったとしたら、まちづくりとしては決して成功とはいえない。人の営みこそがまちづくりの核としたら、立ち止まってじっくり眺めてもらうことはまちの新たな魅力発見につながるのではないか。

車で通り過ぎるだけではその価値を見ることはできない。いかに立ち止まらせるか。それはまちの魅力をみせることであり、そのための歩行空間の創出である。

歩いて暮らせるまちづくりは、高齢化社会での時代に即した生活空間の再構築であり、一方でまちの魅力を「立ち止まって」堪能するための仕掛けである。

(資料については「報告・資料」のページに収録)

市民と議会との交流会開催

2019年11月14日

11月11日、12日の両日、甲府市議会史上初めてとなる「市民と議会との交流会」が開催された。

改選後の議長選、副議長選に事実上の立候補制を導入したことを契機に、議会の意見集約機能(世論形成機能)、政策提言機能充実への第一歩として準備を進めてきたが、心配された大きな混乱もなく、多くの方々に甲府の未来を語っていただくことが出来た。

参加者からご指摘いただいたとおり、「議会報告」から「意見交換」へとシフトしたほうがいい、と当初から思っていたところだが、議会内の和を優先し議会報告にも時間を割いた。

ワークショップ形式でテーマを「未来の甲府に望むこと」に絞って、意見が出しやすくなるよう雰囲気づくりを心掛けたつもりだが、中には戸惑いを感じた参加者もいたようだ。年齢層も2日目は若い世代の参加もみられ、まずまずだったと思う。

こうした会合でよくある形式は、スクール形式、すなわち説明側と聞く側とが対面で座る形式が一般的だったように思う。例えば住民説明会などは、行政側が幹部職員を前に並ばせ、相対する形で住民が座る形式である。

こうした形式では言いたいことがあってもなかなか発言する勇気がないケースや、声の大きな人だけが発言し、しまいには「糾弾」的な状況、よくいう「炎上」状態に陥ることがたまにある。

その恐れを抱いてこうした会合への参加に消極的になる議員もいたかもしれない。

こうした「会合ジャック」を回避し、参加者がフラットな状態で自由に意見を述べ合うことができるワークショップ方式は当初からこれしかないと私も思っていたところである。出来る限り小グループでの「対話」は我々は日ごろから行っており、またどんな意見もいったん受け止めることを心掛けてきたため、心配することはほとんどなかった。

当初考えられていたように議会報告のみでは、おそらくスクール形式となったと思われる。あえて「意見交換会」という名称を付加したのは、こうした議員が市民と「一緒に」「同じ目線で」対話するということが、実は真の狙いだったことを表している。この点はどんな異論が出ようとも絶対に譲れない点であった。

議会報告会をやろう、と当初言い出した時、まだ多くの議員がスクール形式の一方的な説明会をイメージしたに違いない。しかし、単なる報告会ならば、議会だよりもあるし、本会議の動画のアーカイブや議事録などで情報は入手できるため、あまりやる意味がない。

全国の先進議会が議会の意見集約機能、政策提言機能に住民自治の観点からの議会の存在価値を見出し、そのきっかけとなる住民からの意見聴取を自由な対話から政策ヒントを見出すワークショップ形式を中心とした意見交換会により実現しようとしている時、中核市に移行したわが甲府市が何の進化もない形をどうしてとれようか。

さて、意見交換会は決してゴールではない。そこでの様々な声を分類整理し、どのように対処していくかをこれから議会内で議論していかなければならない。と同時に次年度以降の意見交換会をどのように制度化していくかを決定していかなければならない。これは私の4期目の重点政策でもある。

https://www.facebook.com/pg/%E7%94%B2%E5%BA%9C%E5%B8%82%E8%AD%B0%E4%BC%9A-1384389298496950/posts/?ref=page_internal

甲府市議会初の議会報告会に向けて

2019年10月18日

10月17日、甲府市は市制施行130周年の佳節を迎え、総合市民会館で記念の式典が行われた。

第1部は午前9時半から市政功労表彰をはじめとする各種表彰、また市政進展に多大の貢献をしていただいた団体に対する感謝状贈呈などが行われ、午後は1時15分から富竹中学校の吹奏楽演奏を皮切りに、市長の基調講演のあと健康都市宣言が策定委員、市民ワークショップメンバーの皆さんが列席する中、高らかに宣言された。

中核市移行元年、令和元年という佳節にもあたり、いよいよ次の時代に向かってその一歩が力強く踏み出された。

市議会も現在11月11日、12日の市議会初の議会報告会(市民との意見交換会)に向けて作業を進めている。ワーキンググループのリーダーを承っている立場として、様々多忙を極めるなかで、細部の詰めを現在行っているところである。

昨日も夕方からワーキンググループを開催し、当日のパワーポイント資料、のぼり旗、業務説明資料、レイアウトなどの素案を検討し、おおむねの形を仕上げた。来週24日午後に議会運営委員会を開いて当日の役割等について諮り、29日に再度委員会を開いて最終決定したのち、全員協議会にて全議員に説明する手はずとなった。

ようやくここまでこぎつけた。甲府市議会の改革の第一歩である。議会改革とは、これまでの制度が時代の変化により制度疲労を起こしているとの現状認識から、人口減少、右肩下がりの時代に即応した議会制度を再構築する作業である。

これは言い換えれば、議会自身の「目覚め」ということが出来る。議会機能をゼロベースから見つめ直して、政策提言機能を発見したことであり、住民福祉増進のためという目的観の再確認から導き出されたものである。

地方制度は首長と議会の2元代表制であるが、これまで政治が国政中心に動いてきたことの影響からか、議院内閣制的な考えが蔓延し、正しく制度の本旨を理解する状況に残念ながらなかった。だから地方でも与党、野党など、首長(行政)を起点とした議員、議会の立ち位置を論ずる風潮が無批判に横行してきた。

こうした誤った制度理解に対して、地方制度における議会と首長の機能上の区別とその目指す目的観を厳密化するのが2元代表制における議会からの政策サイクルの考えである。

首長は行政執行権(予算編成権)を持つが執行に当たっては議会の議決が必須となる。議会が首を縦に振らなければ、行財政が執行できないのである。この点で議会が議決機能を持つ議事機関であることは、執行権に対する対等性を主張するのであり、議会の優位性を示すといったら言い過ぎだろうか。

この重要な機能に議会自体が自覚していなかった気がする。この議決機能を背景に、極端な言い方をすれば議決機能を担保に、議会発議の政策提言を実現させることに今ようやく気が付き始めている。

当然のことながら、議決機能を持つといっても住民福祉の増進といった目的観が欠如しては逆に有害なものとなる。「議決」はその前提として首長からの提案を正しく理解し評価できることが絶対条件である。

この「議決機能」を今一度しっかりと機能させ、そのうえで議会からの政策サイクルを行っていくことが必要である。意地悪な言い方をすれば、首長提案に対して課題整理、意思決定が正しくできないのであれば、「議決機能も果たせないくせに政策サイクルなど100年早い」と言われかねない。議決した理由を問われて一人ひとりが説明できない議会では、政策サイクル導入も、単に流行りものに飛びつくだけで早晩どうサイクルを回したらいいか行き詰ることは必至である。

甲府市議会が初めて取り組む議会報告会(意見交換会)は、これを基に政策サイクルの起点としようというものである。報告会でいただいた声から政策の芽に「気付き」、課題を抽出し、解決策を政策という形に構築して「提言」していく。決算で整理した課題と併せて予算への反映を行っていく。これこそ住民自治そのものではないだろうか。

実は我々がやろうとしている議会報告会はすなわち住民自治そのものであることを全ての市民に気づいてもらおうという狙いを持っている。その意味で中核市移行元年は市議会からの住民自治再構築の幕開けという意義を併せ持っている。

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今一度議会の基本的な議論を

2019年10月14日

先日、日本生産性本部が主導する「地方議会改革プロジェクト」第1回会合に参加した。

この会合は、前期から引き続き参加させていただいており、全国の議会改革をリードする先進議会の議長経験者、事務局職員がメンバーに名を連ね、早稲田大学の北川先生、山梨学院大学の江藤先生を中心に、2元代表制のもとでの議会のあり方を深堀していく、本市のようにこれからステージに上がろうという自治体議会にとって有益な会合である。

現在議会改革は、議会基本条例の制定を中心とした形式整備の「第1ステージ」から進んで、議会の政策提言機能を見出した「第2ステージ」に入っていると言われている。

議会改革というと議会基本条例が浮かび、北海道栗山町が初めて制定して以来、「流行」的な形で全国の自治体に広がった。いわば議会が「自分たちのことを自分たちで」定める独立宣言的な側面があったものと私は捉えている。

10年余が経過した現在、もちろんその必要性は否定するものではないが、注意したいのは、議会基本条例は議会の「機関性」を明確にし、議会が住民福祉の増進のために活動するための「ツール」としてのものであり、それ自体が目的ではないことである。

この「ツール」である点を忘れ、その本来の目的を見失うと、言い方は悪いが基本条例を制定したことにより議会改革が達成されたと満足して足が止まってしまうこととなりかねない。

重要な点は、議会が「機関」として住民福祉の増進のためにいかに役立つものとなるか、そして、住民の側から「議会も住民のために役に立っている」と評価されること、そのための仕組みを制度化した形式が基本条例であるという点である。

生産性本部の会合に私が期待して参加させていただいているのは、こうした議会が機関として脱皮するための方途と、議会が住民から「役に立っている」と言われるための機能の再構築についての示唆を期待してのことである。

現在、議会改革の「第2ステージ」といわれる「議会からの政策サイクル」について、議会の議決機能を背景として、住民意見の集約機能とその進化形としての世論形成機能、住民意見から抽出した政策形成、提言機能を議会の本来的機能として捉える方向性についてはそのとおりだと思う。

そのうえで、もう一度原点に立ち返って、政策サイクルを回すことが住民福祉にどれだけのメリットないしベネフィットをもたらしているか、をどう「量って」いけばいいかを明らかにしたい。

住民側からはこうしたことが自分たちにとって有益かどうか、シビアな目が向けられることが必至であり、特に全国的に政務活動費の不正があったり資質を疑うような事例が相次いで、そもそも議員に対する不信が根強くあり、これが極端になると議会不要論が台頭してくる。議会の「自己満足」と言われないためにも、議会からの政策サイクルが住民福祉の増進に「これだけ」役に立っていると明快に説明できることが必要である。

端的に言うと、議会が提言する「政策」が住民にどれだけ役に立っているかという「評価」をどういう形で行うかの問題であり、これは首長が執行する政策に対する「評価」も同じことが言える。「評価」を分かりやすく「定量化」できないか、であり、こうした定量的評価が可能であれば住民に対する説明もより容易になる。これを生産性本部の会合に期待したい。

この「評価」を含めて、先日行われた決算審査特別委員会から、委員長としてかねてから感じていた議会についての現行制度の課題を改めて実感した。

一つは、決算審査と名がつくもののその内容は「審査」という名に値するか、という点である。

審査という以上、議決予算が議決目的どおりに使われていたか、そして住民福祉向上にどれだけの成果が上がっていたか、を検証することが求められる。住民側からは自分たちが納めた税金が役に立つ使われ方をしたか、が興味の中心であり、仮にこの点についての説得力ある説明がなければ、その納税意欲をそぐ結果につながりかねない。しかしながら、現実の決算審査ではこうした視点での質疑はほとんどない。これでは「どういう理由で」決算を認定したかについての説明がはたしてうまくできるか、疑問が残る。

二つ目には、議会が最終的に本会議で採決により決算を「認定」するという「意思決定」をするが、はたして「機関としての」意思決定といえるかどうか、という点である。

機関としての意思決定と言えるためには、機関内部でお互いの考えを述べあい、こうした議論を通じて最終的に調整して意思決定を行う、というプロセスが必要である。

しかし、現状は議会の構成員である「議員」がお互いに議論し合うという制度は取られていない。現状は各議員が当局に対して「質疑」と称して自分の意見を表明し、受け入れられなければ「要望」という形で「言い逃げ」しているにすぎず、そこには他の議員が直接意見を差しはさむことはできない。

現行制度がさらに錯覚を呼び起こしているのが、「討論」制度である。これは各議員の単なる一方的な意見表明にすぎず、双方向的な「討議」では決してない。その究極が「採決」である。これなどはもはや個々の議員の賛否の「単純集計」とも言うべきものに過ぎない。

こうしたことをもたらしているのは、意思決定に至るプロセスでの「議員同士の討議」がないことに起因する。そこに議会の「機関性」の欠如の大きな原因がある。

三つめは、議会からの政策サイクルといった場合、既に多くの先進議会が指摘しているように、決算を起点にすることが重要であり、決算審査で浮かび上がった課題を議会として吟味し、これを「政策」として予算に反映させるべく提言することである。そして予算審査で提言が反映されているか審査し、決算審査ではこれが的確に執行されているかを審査する。これが政策サイクルである。

ここで強調すべきことは、例えば決算委員会でそれぞれの委員が「要望」を当局にぶつけることがしばしばあるが、そもそも決算審査は過年度の行財政執行が「妥当か否か」という判断だけであり、「要望」など本来ありえない話であるうえ、議会が承認していない個人的な要望をそもそも当局がとりあげるはずはないことを気づくべきである。

こうしたところにも「機関性」の意識がまだまだ浸透していないことが現れている。

今後の生産性本部の議論には大いに期待するとして、いま強く思うのは、もう一度議会の「審査機能」を再構築すること、そこに機関性を強く主張すること、ここから自らが提言する政策が十分説明可能な程度に住民福祉への貢献度を量れること、こうした課題を解決する時に議会改革は新たなステージに突入すると確信する。それを甲府市議会で何としても実現したいと密かに闘志を燃やしている。

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吹田市のガンバ大阪スタジアム

9月定例会閉幕

2019年10月7日

10月2日、甲府市議会は本会議を開き、平成30年度の各決算について認定すべきものとし、閉会した。

今回は中核市移行、また令和になって初めて登壇した議会であり、意義深いものとなった。

既に重点的に取り組むべき政策について昨年12月に公表し、今後の議会質問の方向性を明示して質問に臨んだ。6点の質問・提言すべてに積極的な答弁があり、改めて、現状認識→課題抽出→課題解決に向けた自身の思い→解決策提案、という一連のストーリーを理路整然と組み立て主張することが議会質問の基本であることを再認識した。

主張をコンパクトにまとめるのは議員にとって最低限のスキルである。これは様々な書籍を精読したり、思索したりすることを日々行うことにより誰でも習得できる。問題はこうした努力を惜しむか否かである。

中には自身の研究成果を全て披瀝して文章を構築する人もいるが、冗長になりすぎて聞いていて飽きてしまうことが多い。要はいかに当局の心をつかむかだ。反論の余地のないほどの組み立てをすることだ。

そして、常に政策の芽を感じ取るための「気付き」の感性を研ぎ澄ませることだ。小さな声を聴きとることが出来ても、そこにどんな政策課題が隠されているのか、これに気づくことが出来なければ、政策が生まれる余地はなく、まったく役に立たない聴く力となってしまう。

今回のがん検診の申し込み方法の「オプトアウト方式」への提言は、発想の転換をすることによって受診率向上が期待できるとして、市長から是認され、恐らく次年度からは実施に移されるものと思われる。何より納得が得られるような政策提言であったのは、ちょうど健康都市宣言を行おうという時に符合したものであり、早期発見ができれば疾病も克服できるというこれまで繰り返されてきた主張に角度を変えた論拠を示したことによるものだ。

健康都市宣言は共産党の反対により全会一致とはならなかったが、この宣言を中核市スタートの甲府市の歴史に残る宣言にしようと敢然と賛成討論に立った。

主張内容は既報のとおりであるが、議場は静まり返った。この感覚はあの特定秘密保護法廃止の請願への反対討論に立った時以上のものとなった。反対論を完膚なきまでに論破した、と多くの議員、また当局からも大喝采を送られた。

議会は言論の府である。構成員である議員は選挙で選ばれ、多様な民意を背負って登場してくる。いろいろな考え方を持つ事自体は決して否定しない。だが、こうした多様性を容認しつつも、最終的には「決めて」いかなければならない。

時間無制限に議論を続けていっていいわけがない。議論をし、最終的にはお互いが譲歩し「妥協点」を見出す努力をしなければならない。この意味で言論の府である議会は「議決機関」である。この点を無視して「少数意見の尊重」を持ち出す勢力が一部にあるが、少数意見の尊重は少数意見の「丸のみ」では決してない。この多様性の時代、自分の意見だけが100%通るはずがなく、何らかの譲歩は必ず生ずる。明らかに主張が誤りである場合は別であるが。

今定例会の結果は、議会だよりやHPで広報されるとともに、来月初めて開催される議会報告会でも市民に報告されるだろう。市民に対する説明責任は一人ひとりの議員が負っている。気を引き締めなければ。

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決算審査特別委員会もあと一日

2019年9月27日

9月20日からスタートした甲府市議会決算審査特別委員会も残すところ30日のみとなった。

ここまで一般会計、特別会計、公営企業会計の平成30年度各決算について審議してきたが、委員長席からはこれが審査なのだろうか、という疑問が日増しに強くなっている。以下疑問点を思いつくままにあげてみる。

第一に、決算「審査」の意味である。

決算は地方自治法第233条に規定しているとおり、監査委員の意見を付けて議会の認定に付することとなっており、甲府市議会では毎年9月定例会で決算審査特別委員会を設置して審査することとしている。

執行機関は予算案を議会に提出してその議決を得て行政執行するが、議会の側から見ると議決した予算が議決目的どおりに適正に執行されているか、チェックするシステムが決算審査である。

議会は住民の代表として、住民から頂いた税金が適正に使われているか、そして、住民福祉の向上のために最小のコストで成果が上がっているかを審査する。

だから、「審査」は、①予算執行が適正であること、②効率的な執行であること、③住民福祉の向上に成果が上がっていること、を執行機関への質疑を通じて明らかにすることを内容とする。

しかし、これまで決算審査といっても、決算書と主要な事業の成果と執行実績書をみて、事業内容等を質問し、議員個人の感想を述べるにとどまっている印象である。

事業に要する経費は予算審査で議会は了承しており、執行機関が執行してみて、果たして最小の経費で最大の効果をあげたかどうか、またその事業を執行したことにより住民福祉の向上にどれだけの成果ないし利益をもたらしたか、これを判断するのが決算審査である。しかしながら、この観点からの質疑は残念ながら全く不十分である。

議会が認定する議決をする場合、「どういう理由で認定したか」は今後議会報告会などが定例化してくれば、当然問われるし、議会や議員も説明責任が問われる。

お寒い状況であるが、恐らく決算審査の意味についての無理解がこうした事態をもたらしているのではないか?

第二に、決算審査の目的である。

決算審査は、議会が自ら議決して行政執行の正当性を与えた予算が議決した目的どおりに執行されたか検証し、課題や改善点があれば当局に対して指摘し次の予算編成に反映させることを目的としている。

前年度予算の決算審査を通じて、翌年度の予算に反映させるゆえ、タイムラグがある。委員会審議を通じてしばしば出会うのが、「この決算を踏まえて今後どのように対応していくか」という委員個人の質問である。酷いのは「この決算を踏まえて現年度の対応はどうか」という質問である。

前者は予算論議の段階の話であり、しかも議会の認定議決前に委員個人の質問に対して当局が具体的な対応を答えるはずがなく、「調査研究します」というけむに巻く答えをもらって多くの議員が満足して決算審査を行ったと錯覚している。

後者も決算審査が終わっていない段階で、決算を踏まえた現年度の対応を質問する方がどうかしていると言わざるを得ない。

こうした状況が依然続いているのは、予算にしろ決算にしろ、審査を行うのが「議会」という組織体であることを理解していない結果である。そして、税の使われ方や成果を検証するという目的の無理解が大きな要因である。

現状の審査のあり方では、成果検証は到底不可能である。目事業で構成されている決算書を見て、また実績書だけを見て検証は不可能である。外部評価などで活用している評価シートなどのツールで、成果指標等を使って判定していく、といったシステムに変更していく必要性を痛感する。

これまでの審査システムではもはやもたないのではないか、ということを痛感する。

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9月定例会決算審査特別委員会開幕

2019年9月21日

9月定例会は19日、決算関係の議案を除く議案について本会議で原案通り可決された。

そのうち、議案第67号「健康都市宣言」については先日お知らせしたとおり、委員会で反対意見が出たため、本会議では賛成、反対討論ののち採決され、圧倒的多数で賛成可決された。

反対討論は共産党のみ、賛成討論は政友クラブ、創政こうふ、そして、最後公明党の私が登壇した。

私の賛成討論は先日の内容で「演説」させていただいた。特に、健康づくりの「主体」宣言の部分について、「マグナカルタ」としての意義の強調、ダイバーシティ、ソーシャルインクルージョンの考え方を引用し、いかに反対論者のとらえ方が偏頗なものかを声を大にして訴えた。

皆さんから圧倒的に賛同の声をいただき、開府500年、中核市移行元年、市制130周年、そして令和元年のこの時に、住民自治の発露の市民の宣言としての意義を留めることが出来た。

昨日20日はいよいよ決算審査特別委員会が始まった。特別委員会の委員長を拝するのは今回が初めてであり、先日の役員互選の際あいさつさせていただいたが、議決予算がその目的どおりに執行されているか、より効率的に執行されているか、また成果を上げているか、を審査する重要な特別委員会である。

初日は、当局による総括説明の後、各会派による総括質問が行われ、6名が30分の持ち時間で質疑を行った。

総括質問をこれまでずっと見てきたが、登壇者の力量が一目でわかってしまう。それぞれが同等の条件であるが、30分の中でしっかりと組み立てを行う議員、明らかに時間内では収まり切れないのに欲張ってあれもこれもやろうとして、案の定途中で時間切れ宣告される議員、自己の主張や説明が長すぎて、質問の趣旨が不明確になる議員、これまで何人も見てきた。

委員長の立場からあえて申し上げると、決められた時間内で終われないのは論外である。全員が同じ条件で、しかも持ち時間内で的確に論点を指摘し、課題を明らかにするのが総括質問であり、これが出来ないのであれば、しかるべき練習をしてから登壇していただきたい、ということである。委員長から時間切れ宣告されることは議員として「恥」に等しい。

こうした場面を市民がどう受け取るかである。ましてや今年は、「議会報告会」を初めて実施しようとしている甲府市議会である。

議会は「言論の場」である。言論で相手を納得させたり、共感させたりする厳粛な場である。令和新時代、中核市元年の本年、議会ももう一度この自覚に立つべきではないか。

健康都市宣言の賛成討論へ

2019年9月18日

9月19日本会議で付託された議案の審議が行われ、採決されることとなっている。

今回、健康都市宣言が議案第67号として上程され、民生文教委員会で委員会審議が行われた。が、残念ながら全会一致とはならず、共産党の反対によって議論を尽くした後、起立採決が行われ賛成多数で可決すべきものとされた。

19日の本会議では、委員長報告の後、討論が行われ採決される運びとなっている。

今回の健康都市宣言は、昨年策定された健康都市こうふ基本構想を踏まえて、市民の決意と誓いの宣言として決定するもので、よもや一部から異論が出るとは思わなかったところである。

宣言案は昨年8月以降、策定委員会と市民ワークショップの議論の結晶として出来上がり、今年7月のパブリックコメントを経て今議会に提案された。決して「官製」の宣言ではない。

異論が出た部分は本文の第1の「自分の健康は自分で守り、日頃から心と体の健康管理に努めます。」が、健康を自分で守れない人もいるなかでこういう突き放した言い方は、健康の責任を個人へ押し付けるもので、行政の責任放棄ではないか、というものである。

これは完全に主語を取り違えており、市民自らの崇高な決意と誓いの言葉が行政の言葉にすり替えられている。明らかに文法上の誤りであり、市民が等しく健康づくりの主体であるべきところ、健康を守れない人はこれから排除される結果となっている。こういう方々に寄り添うふりをして結果として「排除」していることに気づかないのだろうか?

明日の賛成討論ではこの点を指摘し、歴史的な市民宣言であることを明らかにする予定である。以下全文を掲載する。

 

議案第67号「健康都市宣言」について賛成する立場から討論を行います。

開府500年の歴史的な佳節を迎えた本年、甲府市は中核市に移行し、分権時代にふさわしい一層自律的な自治体へと新たな一歩を踏み出しました。

折しも平成から令和へと、時代も新たなスタートを切り、次の500年に向けて市民一人ひとりが主役として生涯活躍することが期待されます。

一方で我が国は、2025年問題、2040年問題という言葉に象徴されるように、かつて世界のどの国も経験したことのない少子高齢化という大きな課題に直面し、これを乗り越えるため様々取り組みがされています。

本市においても、齢を重ねてもいつまでも住み慣れた地域で幸福に暮らしていくための地域包括ケアシステムの構築が進められています。

人生100年時代といわれる現在、こうした社会の仕組みの再構築が行われる中でも、幸福な生涯を送るための最も重要な条件は、どこまでいっても一人ひとりの健康にあり、さらに健康を自分事として捉える機運の醸成がより一層求められるのではないでしょうか。

こうした中、本市は昨年、健康都市こうふ基本構想を策定し、「人」「地域」「まち」が相互に連関し合い、健康の好循環を創りだすことによって、「みんなが健康で 笑顔の絶えない 元気Cityこうふ」を目指して取り組みを進めるとされました。

今回の健康都市宣言は、この基本構想を踏まえ、私たち市民が自らを健康づくりの主体として高らかに宣言するものであり、これを支える「地域」「まち」の役割やあり方を分かりやすく明示したものです。

次の500年へのスタートを切ったふるさと甲府の担い手である誇り高き市民が、自らの決意と誓いを込めた「市民の 市民による 市民のための」宣言であり、住民自治そのものです。決して「行政の 行政による 行政のための」宣言ではない、と私はあえて申し上げたい。

このことは、昨年8月以来幾多の議論を積み重ね、宣言案を策定していただいた、策定委員会及び市民ワークショップの皆様のご労苦から見て、また、前文を通じて、主語が「甲府市役所」ではなく、「私たち」となっていることから見ても明白です。

私は今回の宣言案を初めて拝見させていただいた時、思わず感嘆の声をあげました。

最初の「自分の健康は自分で守り、」の部分に、健康づくりという場面ではあるものの、市民が「主体者」である、という崇高な理念を直感しました。

健康づくりは、市民誰もが生まれながらにして等しく有する「権利」であり、市民はその主体であるととらえるとき、人類史上誇り高きあの「マグナカルタ」やフランスの人権宣言を彷彿とさせます。

いってみれば本宣言は、令和新時代の中核市甲府の健康づくりのマグナカルタともいうべき歴史的な宣言だと私は思います。

こう考えると、最初の部分を個人への責任転嫁論ととらえることが、いかに的外れであるか、論を俟たないところでしょう。

しかし残念なことに、自分で健康を守れない人がいるから、こういう突き放した言い方は行政の責任放棄だ、という趣旨の主張があるようです。が、全く賛成できません。

防犯や防災における「自助」、また食生活改善推進員会のスローガンを思い起こしていただきたい。

いずれも、まず自分自身が、と言っています。これを行政の責任放棄だという声を私は未だかつて聞いたことがありません。

さらに、健康を守れない、と一方的に決めつけるのは、そういう人たちを結局排除することになりませんか?繰り返しますが、これは市民の自らの決意と誓いの言葉であり、行政当局の言葉ではありません。

分かりやすく言えば、行政が市民に対して「自分たちの健康は自分たちで守るように」と上から目線で言っているわけではありません。「主語」を取り違えるととんでもない結果となります。

誰でも等しく健康づくりの主体であるということは、ダイバーシティ、多様性の尊重という観点から、またソーシャルインクルージョンすなわち社会的包摂性という観点からは当然の帰結です。

宣言である以上、説明口調ではなく、力強く歯切れのいい文言になるのは当然です。そのことによって健康づくりを自分事として捉える意識の醸成につながると私は確信しています。

以上のとおり、本宣言の歴史的意義そして次の500年への普遍的な市民宣言であるということを、甲府市民の一人として強くお訴えし、全議員の皆様のご賛同を心から期待して、賛成討論とします。

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