Twitter
サイト管理者
Blog & Homepage
8月6日(月) 高知市では、市政100周年を記念し、平成元年3月27日に「高知市平和の日」が制定されました。また、これに先立ち、高知市では、昭和59年7月高知市非核平和都市宣言を議決しています。
今日はそれらの歴史に思いを馳せ、ご挨拶に立たせて頂きました。
******
高知市議会議長の髙木 妙でございます。
「高知市平和の日」記念事業のオープニングにあたり、市議会を代表しまして、一言ご挨拶を申し上げます。
ご挨拶の前に、この度の西日本豪雨災害、大雨特別警報が発せられ最も被害が集中していた時間から、本日で一か月が経ちました。お亡くなりになられました方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被害を受けられました皆様に心より、お見舞いを申し上げますとともに、一日も早く生活再建が果たせますよう心より、お祈り申し上げます。
それでは、ご挨拶をさせて頂きます。
1945年8月6日。人類史上初の原子爆弾が広島に投下され、一瞬のうちに14万人が亡くなられ、3日後には、長崎でも、7万人以上が犠牲となられました。
被爆後、73年となります本日、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊に対し、衷心より哀悼の誠を捧げます。そして、今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心からお見舞いを申し上げます。
今から30年前の平成元年3月、高知市議会は、市制100周年という節目の年に、核廃絶と世界の恒久平和を願い、広島原爆記念日の8月6日を「高知市平和の日」と定める決議を行い、市民の皆様とともに、未来に向けて平和思想を継承していくことを、固く誓いました。そして、この決議を契機に、平和の大切さを市民の皆様とともに考え学ぶ事業として、「高知市平和の日」記念事業が実施され、今年で30周年の節目を迎えます。
あらためまして、毎年の「平和記念事業」の企画・運営にご尽力いただきました「実行委員会」の皆様に感謝を申し上げますとともに、この行事を支えていただいております多くの市民の皆様に、心からお礼を申し上げます。
30周年となる今年の「平和の日」記念事業では、「いま核と被曝(ひばく)を考える」をテーマとし、核兵器や放射能による健康被害、環境汚染など、「核」に関する様々な問題について、共に考えると共に、400名を超える尊い命が犠牲となった高知空襲についての展示、小・中学生による「平和への思い」作品展などの企画展が開催されるとお伺いしています。
さらには、8日、被爆者から直接受け継いだ体験を語り継ぐ『伝承者』による伝承講話も開催されるなど、10日間の行事を通して、戦争の悲惨さや、命の尊さ、平和の大切さを、改めて考える事の出来る機会にと、願ってやみません。
戦後73年。戦後に生まれた世代が多くを占めるようになり、戦争の記憶、被爆の記憶が、失われつつありますが、昨日より開会されました、甲子園での高校野球 第100回大会開会式で、近江高等学校中尾優斗主将は堂々とした口調で、「甲子園は勇気と希望を与え、日本を平和にしてきた証です。」と選手宣誓を行いました。
本来であれば、今年の大会は、104回を数えるそうでありますが、戦争のため、野球大会が一時中断したことにより、今年が100回大会となったとの事です。この事一つをとっても、如何に普段の生活が当たり前にできる世の中大切であるかが、伺い知れるものです。世界には、核兵器として使用できる核弾頭が1万4千発以上、存在すると言われており、核の恐怖は未だ消えておりません。私は、個人として、人間を置き去りにする科学の暴走を阻み、「人道性に基づく平和哲学の確立」が急務であると考えています。
市議会としましても、歴史の教訓を次の世代に継承していくとともに、憲法の平和主義の理念のもと、唯一の被爆国として、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現に向けた歩みを着実に前に進めるため、改めて『高知市平和の日』制定の決議を心に刻み、専心努力してまいります。
結びに、開催にあたりご尽力いただきました皆様に、重ねてお礼を申し上げますとともに、ご参加の皆様のご健勝を心から祈念いたしまして、オープニングにあたりましてのご挨拶とさせていただきます。