リンゴと人形の街」で知られる飯田市には、「りんご並木」があります。インターを降りて、街路樹として植えられている「リンゴの木」に可愛い実がなっているのを見たときには、胸がときめきました。

の「リンゴ並木」は、かつての「飯田の大火」の復興過程で当時の飯田市立飯田東中学校の生徒達の提案により生まれ、今日まで営々と町のシンボルとして、中学生によって育てられてきたそうで、
並木通りは、大火の教訓から町の防火帯としても機能するように考慮されているそうです。

「朝日新聞」昭和29年1月28日号によると・・・・
長野県の飯田市が、大火で市街の大半を焼失したのは、昭和22年のことだが、それから6年間かかって、やっとほぼ復旧した。(中略)

言いたいのはこのリンゴの木のことだ。リンゴの苗木を緑地帯に植えたのは、中学生たちである。植えるときには、これを笑う市民が多かった。街の真ん中にリンゴの木を植えたって、たちまちその実を盗みとられるに決まっているじゃないか、というわけである。

この市民の冷笑に対して、中学生たちは別の立場を持っていた。

街の真ん中にリンゴの熟した実が赤く輝いていて、誰もこっそり盗まないような、そんな美しい都市をつくりたい。そのためにこそ、リンゴの木を植えるのだ、というのが中学生の答えだった。・・・・・
このきっかけを作ったのは東中学の校長先生。そしてこの運動は、全国に波及し、あちらこちらでリンゴ並木やミカン並木が誕生したそうな・・・
   
   :::::: 追  伸 :::::: 
 
 

 

今では豊橋の名所となっている夏みかん並木を誕生させたのは、青陵中学校3年生で、生徒会長であった太田昭宏(前公明党代表)であったとのこと。この夏みかん並木を中学生が世話し、毎年1月末には色づいた夏みかんを収穫して市内の福祉施設などに贈呈されているそうです。 
今こそ、教育現場に、このような取り組みが求めらるのでは?
http://www.akihiro-ohta.com/profile/story.html (昭和33年4月をクリック)

 

 

  

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高知市 高木妙
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