10月19日から2泊3日の行程で、宮城県石巻市・雄勝・女川・東松島市・名取市を、議員と職員等18名で視察させて頂きました。

お世話になった関係者の皆様は、異口同音に「災害前に出来る事はしっかり取り組んでおくように」と、悔しさを噛みしめ、お忙しい中対応して下さいました。

そのご恩に報いるには、「高知市が最大の対策を講じることだ」と、その取り組みを目に焼き付ける想いで視察をさせて頂きました。この地震・津波災害でお亡くなりになられた方々に心から、ご冥福をお祈りしますとともに、一日も早い復興を願っております。

10月19日(水) 午前11時
 
 

仙台空港ロビーにて

滑走路に津波が押し寄せ、流された家屋や車などで一面残骸の海となり、機能が麻痺した仙台空港では、写真が示すところまで浸水したようです。隣には、皆様の応援メッセージが展示されていました。

今回の視察は、仙台市に次ぐ、宮城県第2の都市石巻市を中心に廻ります。ここは、全国でも有数の港町でしたが、津波の直撃で魚市場や岸壁は壊滅的な被害を受けています。
私達は、まず、大惨事となった、大川小学校へ向いました
 
 この学校では、津波被害で全児童108名のうち、約7割に及ぶ74名が亡くなり行方不明になっているそうで、現地では、まだ、ショベルカーなどで瓦礫撤去が続けられていました。

地震発生時には、避難場所となっていた小学校に、地域住民や児童も体育館に集合し、避難場所の協議を行い、周辺の平地で最も高い新北上大橋の方に移動を開始した直後、大津波に襲われたと伺いました。

大川小学校裏山から学校を望む

大川小学校裏山から周辺を望む

そこには、保護者らしき人影もあり、降り立った瞬間、其の光景に胸が締め付けられる思いがしました。

私は、裏山から全景を眺めましたが、北上川の河口から約5kmも離れた堤防を越えて、津波が押し寄せるとは・・・誰も想像できなかったのでは?この場所では、河口から約50㌔まで津波が遡上した事が確認されています。
 山にも浸水後を示すピンク色のテープが張られていましたが、こんなに広い川幅で水が溢れたら・・・・

北上川河口を望む

この地域に残っている建物は、無残にも破壊された学校だけ。また、この小学校は、浸水想定区域に入っていなかったそうです。

 
   続いて 石巻市雄勝町(2005年石巻市になる)へ
 
 

建物の上にバス。残った△屋根の記念館


津波で流されたバスが建物の上に今も厳然とある現状に、目を疑うばかりでした。津波の威力はすごい!

建物上のバス2

こんな山合いの谷のような場所まで津波が遡上するとは、ただただ脅威です。入り江が狭くなっている地形が影響したようです。

 
 
今日最後は、宮城県牡鹿郡女川町でした。

震災後6ヶ月の報道では、人口が1328人減となり、死者564人、行方不明411人と報じられている女川町は、「さんま」など全国有数の水揚げを誇る漁港が損傷し、水産業が大打撃を受けました。

また、庁舎を初め、周辺のビルや建物が根こそぎ倒されている現状に大津波のすごさを、改めて思い知らされました。

女川体育館では、ダンボールで間切られた空間で生活をされている被災者の方々がおられ、信じられない状況に、この7ヶ月政府は何をしているのかと、憤りを感じました。
一日も早く、安心と安全の生活基盤が築ける見通しの持てる支援を政府は行うべきです。 
 
 

 

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高知市 高木妙
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