21,女性フォーラムを開催(2023年9月24日(日)於かるぽーと
古屋範子副代表をお迎えして開催しました。
昨日、党人事があり古屋範子女性委員長から竹谷敏子委員長に交代。古屋範子前委員長は高知県に。竹谷敏子新委員長九州で会合に参加されたことが公明新聞でも報道されました。
20,第21回高知県本部大会が開催されました。
今日は、石田祝稔四国方面本部長と山本博司方面幹事長もご出席いただき、県本部女性議員団
14名と記念撮影をして頂きました。
今年の統一選挙では、愛媛・高知・香川県で女性の県議会議員が誕生し四国公明党の新たな歴史が綴られました。高知県本部の女性議員は総勢14名。各地で頑張って参ります。
19,念願の弥右衛門公園が完成
2020年6月15日に弥右衛門公園がオープンしました。じつに、都市計画決定から45年。公園認可取得から10年を経て公園整備が完了。長かった!いろいろありました。11月23日に開催されたお披露目式では悲喜こもごもの思いを述べさせていただきました。
高木妙の挨拶
ただ今ご紹介頂きました市議会議員の高木妙でございます。本日は、「弥右衛門公園お披露目式ならびに防災イベント」の開催、誠におめでとうございます。
諸先輩方ご列席の中で大変僭越ではございますが、お許しを頂き、来賓という立場よりも、地域住民の一人として、これまで公園整備に関わってきた立場から、一言ご挨拶をさせていただきます。
弥右衛門公園整備は、だんだんお話がございましたように、約10年の年月を要して本年6月15日に開園致しました。
当日は、雨上がりの少し蒸し暑い日でありましたは、私が到着しました夕刻には、小さなお子様連れのご家族や小学生・中学生・また高校生、ご高齢の方々と世代の垣根を超えた人々の笑顔と歓声で賑わい、行き交う人々誰もが、喜びいっぱいの表情で、「いい公園ができたね」「広くて気持ちいいね」とご挨拶を交わす姿があちこちで見受けられました。
そうしたお姿を拝見するにつけ、高揚感の高まりとともに、これまでの出来事が走馬灯のように蘇り、思わず岡﨑市長に感謝と御礼のお電話を入れさせていただいたところでした。
と言いますのも、公園整備につきましては、ご承知のように様々な計画変更が相次いで、地域の皆様の「まだかまだか」のお声の高まりは大きく、厳しさを感じるほど地域住民の一人として忸怩たる思いもございました。
中でも、
区画整理事業から掘り出された1万4000tの産業廃棄物の鉱さい撤去を求め、本日ご臨席の「弥右衛門土地 区画整理事業内町内会と地域住民の会」で、前田長司代表とともに鉱さい撤去を求める3000人の署名簿と請願書を高知市にお届けしたこと。(詳細は実績1のコーナーをご覧ください)
弓道場建設に複雑な思いはぬぐえない地域の方々が、災害時の避難場所となるように施設整備を願ったこと。
雨水貯留管のポンプ場建設については、改良区の皆様のご理解を頂いたこと など
弥右衛門公園整備は、弥右衛門地域の関係者の皆様のご理解とご協力があったればこそ前に進んだものであり、高知市をはじめ、多くの皆様のご苦労に改めまして敬意を表するものでございます。
そのような背景を持つ公園の人気は開園とともにますます高まっています。
早朝のランニングやウオーキング、ペットとのお散歩、学校帰りの学生たちの憩いの場、夜の公園を楽しむ方々と、平日休日を問わず駐車場があふれるほどの賑わいで、広々とした園内を駆け巡り自由な発想で想像力豊かに遊ぶこどもたちの姿に、私自身はらはらドキドキしながら見守っていますし、地元紙夕刊記事で取り上げられましたような迷惑行為は看過できるものではございませんが、モラルを身に着け、豊かな思い出を築いてほしいとその成長に期待を寄せるお声もいただいています。
また、弥右衛門公園は大規模災害時には防災公園としての機能を担う整備がされています。公園内にヘリポートを有する弥右衛門公園で日常的に防災に親しみ、この公園を核として地域のコミュニティーが形成され自助・共助・公助の役割が果たされることを切に望み、地域の皆様に広く親しまれ、子どもたちの思い出に残る公園としてますます発展していくことを願っています。
結びにあたり、ご列席の皆様のご健勝とご多幸をご祈念申し上げまして、お祝いの言葉とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。
*****また、12月からは、ケーブルテレビで放映される「南海地震に備えちょき」の番組で公園の説明をさせて頂きました。
18、2020年11月8日
石田祝稔公明党政務調査会長とともに公明党高知県本部大会が開催されました。
17、平成30年9月16日(日)
公明党女性局長竹谷としこ参議院議員にご出席いただき女性フォーラムを開催しました。
台風の影響でお天気が心配される中、予定どおり高知空港に到着されてほっとしました。また、女性議員との昼食会は、とても有意義なひと時となりました。
多くのご来賓をお迎えしたフォーラムは、竹谷としこ議員のお話で納得・満足・の感動の想い出深いフォーラムとなり、多様性が進む社会の中で、日本の将来を見据えた大切な政治課題について、公明党がどのように取り組んでいるのか、また、私たちは、次の時代のために何をするべきなのか、など、女性ならではの暮らしの現場から地方の未来を拓くご講演をいただきました。
10年振りの訪問となりました。
北見市との物産展など観光行政・友好都市としての交流をさせて頂いています。坂本直寛等先人の築いた北海の原野の開拓がいかに厳しいものであったかとも思いを胸に刻んだところです。
県人会の皆様に心より感謝と御礼を申し上げます。
北見市は、北海道の東部に位置し、平成18年3月5日の市町村合併により、市域はオホーツク海まで及ぶ、北海道で一番大きな都市。人口は約、13万人。
除雪に要する予算は年間約16億円との事です。気候が変わると、こんな予算も必要なのですね。
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高知市と北見市の姉妹提携は、昭和61年4月28日。今年で32周年となりました。★その淵源は・・・
明治三十年。
高知県人によって北光社移民団が組織され、北海道に渡り開拓を始めたことにあります。
100年以上も前に、土佐の先人たちが北海道の厳しい寒さに耐えながら、北海道の原野を開拓し、農場をつくり、男爵イモの栽培し、今日の北見市の礎を築いたことに心打たれます。初めて北光社の跡地にも立ち寄らせて頂きました。
★北光社の先頭に立ったのが、龍馬の長姉・千鶴の子である坂本直寛。
彼は、自由民権運動家でもあり、英語を学び、イギリスの地方自治制度や地方議会制度などを原書で読んでいたようです。
★また、貨物船「高洋丸」での北海道への渡航は一ヶ月あまりもかかり、ハシカの流行で30数名の犠牲者を出すなど、大変厳しい旅だったそうです。
この地に立ち、寒さに耐えながら、屯田兵とともに開拓するすざましい精神力と新天地での生活にかける情熱と生き抜く力を感じました
第113代高知市議会議長に就任させて頂きました。(女性議長として3代目)
議長職は高知市議会だけでなく、県下の議長会や四国・国での様々な当て職もあり、繁忙を極めますが、公務がどんなに忙しくても市民の皆様のもとに、馳せ参じる事が出来る一人の議員でありたいと決意しています。指導御鞭撻をよろしくお願い致します。
*****議長就任あいさつ(議場で)********
ただ今、議員各位のご賛同により、議長に選出を頂きました高木妙でございます。幾重にも、本市の重要な大規模事業が進むこの時に、議長としての大任を仰せつかり、身の引き締まる思いでいっぱいございます。
私の足らざるは、諸先輩方にご指導を仰ぎながら、市民の皆さま、ならびに議員各位のご期待にお応えできるよう、誠心誠意、責務を全うしていく所存でございますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。
私は、平成15年に当選をさせて頂いて以来、
* 高知市の財政再建への取り組みも
* 県都としての役目を果たすために、何かと厳しい選択をしてきたことも
* 議員定数削減など、身を切る議会改革を進めて来たことも、しかと、胸に刻んでおります。

そして、現在本市では、将来にわたって、盤石な高知市を築き上げるための都市整備、人口減少対策も視野に入れた地方創生の諸施策、景気対策、危機感を持った南海地震対策、等々、喫緊の課題に果敢に取り組んでいるところです。
しかし、それらの事業を円滑に遂行し、市民の皆さまの負託に応えられるためには、地方自治の本旨に基づく意思決定機関としての議会の権能と責任を果す闊達な論議が大切であろうと思います。
私たち、34名の政治信条や世代、担っている地域課題など、それぞれに異なる立場の意見を誠実に、また合理的に集約していく作業はたいへん忍耐のいるものでありますが、たとえ如何様に違えども、互いに信頼し合い、市民の幸福を願って熟議を重ねる議会として参りたいと思います。
今般、竹村前議長の後を受けまして、新庁舎完成までに、議会として決めなければならない事項も含め、円滑な議会運営に取り組んでまいりますので,
議員の皆様,市長をはじめ、執行部、職員の皆様のご指導、ご鞭撻をお願い致しまして,議長就任のあいさつとさせて頂きます。どうぞ、宜しくお願いいたします。
高知新聞の紹介記事・・・・苦笑しています。
14、タウン・モビリティステーション「ふくねこ」が誕生
誰もが行き交える街を目指さし、高知市商店街にタウン・モビリティステーション「ふくねこ」がオープンしたのは、2015年4月。
これまで地道に取り組んでこられたNPOの皆さんのご希望に叶うようにと、お手伝いさせて頂きました。
ステーションは、オープン以来、関係者の想定を大きく上まわる利用と分野の広がりを見せ、1周年には、知事も市長も訪問して下さいました。
また、ふくねこオープンイベントでは素敵なメッセージを頂戴しました。

13、2015年11月1日(日)古屋副代表が高知を初訪問
高知市の三翠園で女性フォーラムを開催しました。この会には、谷合正明参議院議員もご出席下さり、パレスチナガザ地区での人道支援について語られました。

12、紆余曲折の取り組みで完成「下知コミュニティセンター」(2013年4月14日) 
平成23年12月29日から、約3億3700万円を投入し、建設された待望久しい
「下知コミュニティセンター」の開館記念式典が開催されました。
この施設の建設は、様々な紆余曲折を乗り越えて完成したもので、建設に関わった一人として感慨深いものがあります。
「今日だけは、その喜びを胸の内にいっぱい、いっぱい広げたい!」そんな気持ちです。
♫♫♫♫♫ 完成までの経緯 ♫♫♫♫♫
(旧)下知市民図書館は、(下知文化センター併設)高知市民図書館の分館として昭和46年7月(1972年)に開設された 鉄筋コンクリート2F(延床 497㎡) 図書室・ホール・和室・小集会所下知の文化とコミュニティーを担う施設でした。その施設が、耐震診断により2階部分が使用禁止となって以来、地域では一日も早い新たな施設の建設が望まれていました。
岡崎市長も海抜0メートル地帯で厳しい浸水想定がされている下知の安全を考え、防災とコミュニティーが担える施設整備が必要だと地域要望に答えるためにも、平成18年度には予算を計上し、検討員会を立ち上げ、地籍調査や境界確定も終え、実施設計も出来上がっていましたが、財政事情により、「凍結」となりました。
そこで、私は、地域の方々からご要望を頂き、どうすれば建設ができるのか、21年6月議会と、22年9月議会で再度、活用期限の迫っていた「地域活性化公共投資基金」を活用し建設できないかと質問し、「地域の総意があり、議会の同意があれば」という、答弁を引き出し一挙に建設に向かって進むことができました。
また、工事着手前に、市民の安全を考えた市長は、3階建てから4階1部5階建てに設計を変更し、さらなる安全確保を行い、地域の特段の要望であった非常時の熱源の確保と飲料水の確保にも努め、県下で初めての直圧式の給水設備や屋上にプロパンガスの設置、女性の視点からの備蓄もされ、防災意識の高い設備整備が行われました。
本会議場で、実施設計予算2600万円が計上され、提案理由説明を伺った時の感動、今日のテープカットの場に地域の皆様のご配慮でたたせて頂いた感動を忘れず、議員としてひたすらその職責を果たして参りたいと新たに決意しています。
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1、
山口那津男代表と高知県女性議員(09年1月議員総会にて)
山口那津男代表が,政調会長として09年1月 高知県本部の議員総会にご出席して下さいました。 皆、新たな決意のもと、衆議院選に向かって出発した事が思い出されます。 そして本年(2010年)3月 代表として再びご来県頂き、明快な公明党の有り様を伺い、勇んで支援の拡大に走っています。
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2、
岡崎誠也市長や、市民の代表の方々と、09年1月 姉妹都市である北海道北見市に、物産展の開催のため議会の代表として参加させていただきました。
白銀の景色を、生まれて初めて見ることが出来、大変な感動でした。 多くの高知県人によって「北光社移民団」が組織され、北海道で開拓を始めたのは、明治30年のこと。
南国の暖かい国から、厳しい寒さに耐えながら、北海道の原野に挑み、北見市の発展の礎を築いて来られた先人の史実を伺い、胸に脈打つものがありました。 坂本直寛は今、龍馬伝でおなじみの、龍馬の長姉・千鶴の子であり、自由民権運動家として、英語を学びイギリスの地方自治制度や地方議会制度などを原書で読んでいたようです。
直寛は北見を離れましたが、澤本楠弥、前田駒次らは大変な苦労をして北光社農場の経営に取り組み、鉄道の敷設など北見発展の足掛かりをつくっています。私達も、今まさに「原野に挑む」のごとく日本を切り開かねばなりません。
「日本を今一度 せんたく いたし申候」 龍馬の残した言葉のように・・・
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3、
2010 高知よさこいシリーズ観戦ツアー」に観光議員連盟の代表として市長をはじめ、市民の方々と参加しました。
この日は、オリックス・バファローズと横浜ベイスターズの試合。オリックスの優勝を掛けての試合だけに、「京セラドーム大阪」は随分盛り上がっています。 生まれて初めて球場にて、プロ野球を観戦し、ファンの熱気に感動しました。また、岡崎市長と一緒に岡田監督と記念撮影をして頂き、思いがけない出会いとなりました。 翌13日は幕末の志士を訪ねて京都霊山資料館へ。小雨降る中、龍馬の墓前で合掌。 この日の試合で、オリックス・バファローズは優勝しました。
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4、2010年、10月11日から17日まで、高知市・蕪湖市友好姉妹都市交流団の一員として行政視察に出かけました。
私にとっては初めての中国。その上初めての海外で、何もかにもが不安だらけでした。 まるで「初めてのお使い」のようにドキドキしながら買い物した事、トイレ事情の違いや、交通マナー、食事、街の賑わいや発展の様子など、何をとっても衝撃的で、「へえーっ」と驚嘆する1週間でした。
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5、2011年5月10日 改選後初の組織議会が開催され、第110代副議長に選任されました。
姉妹都市フレスノ市は、カリフォルニア州の中央部にあり、綿花とブドウの栽培が盛んな人口約49万人の農業を中心とした都市です。 また、フレスノ郡内には約900平方kmのブドウ園があり、レーズンは全米の75%を、ワイン用のブドウは5分の1を生産しているそうで、米国最大のワイン醸造所と世界最大のレーズン包装工場があり、フレスノ郡の産業、文化および交通の中心地となっていまる都市だそうです。
その様な都市と姉妹都市交流を結んだのは1965年のこと。以来45星霜を数え先人の悲喜交々な思いが馳せた、感動的な交流があったことでしょう。
Hallo! my name is Tae Takagi. I am the Kochi city council vice charparsson. Nice to meet you.
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7、2011年11月5日(土) 「まんさいーこうちまんがフェスティバル2011」のオープニングセレモニーに、市議会副議長として参加させて頂きました。
オープニングセレモニーでは、高知県で活躍中のくさか里樹先生を初めとする漫画家の方や、岡崎誠也高知市長と一緒にテープカットや表彰、お菓子投げなどもさせて頂きました。
こうした環境の中から育った「マンガ甲子園」や「4コマ まんがコンテスト」など多彩なマンガ文化のイベントは、マンガ愛好家にとっては一度は出場したい思いに駆られるものであり、日本全国からの来館者で賑わっています。皆様も是非おいでて下さい。
地球33番地の藁倉庫群に、12月23日「藁工ミュージアム」がオープンしました。ここは、日本で2番目に建設された「アール・ブリュット」の美術館です。 「アール・ブリュット」とは、専門の美術教育や、文化潮流の影響を受けていない人々が生み出す作品や表現行為を指し、心の赴くままに表現者として制作活動を行っている「どうしても制作せずにはいられない」人々の作品を中心に、調査・保存・公開する美術館です。
2年振り(2010年3月7日)に、山口那津男代表をお迎えし、高知市と南国市で時局講演会を開催しました。
代表からは、国会での合意形成に奮闘する公明党の取り組みについて明快なお話があり、代表メンバーで議員懇談会に出席しました。
★★★★★11、素晴らしい先輩★★★★★★★
2012年7月17日、飯田市に視察行った時の事。 飯田市のインターを降りると、手を伸ばせばすぐそこに可愛い「リンゴ」が実った街路樹の出迎えがあり感動。「もぎとられそうなのに何故街路樹?」と疑問にも。
また、街を散策してみると、手入れの行き届いたリンゴ並木があり、その付近は「飯田市まちづくりカンパニー」による「横丁整備」が進行中とのこと。 少し色付き初めたリンゴの横で、この可愛い感動をフェイスブックにUPすると、すぐさま、豊橋の伊藤秀昭OB議員よりご連絡をいただき、豊橋の「夏みかん並木」と太田前代表の関わりについてご紹介頂きました。
飯田のりんご並木は、1947年の「飯田の大火」の復興過程で防火帯道路が設置され、飯田市立飯田東中学校の生徒達の提案により植えられたとのこと。 「街の真ん中にリンゴの木を植えたって、たちまちその実を盗みとられるに決まっているじゃないか」との住民の嘲笑にも屈せず、中学生たちは、「街の真ん中にリンゴの熟した実が赤く輝いていて、誰もこっそり盗まないような、そんな美しい都市をつくりたい。」と。
今ではその願いのとおり、「リンゴの木」は、街のシンボルとして中心市街地活性化にも寄与しようとしています。
————–さて、この取組はあちらこちらに広がり、交流を生み、当時(昭和33年)豊橋青陵中学校の生徒会長だった太田昭宏前代表は飯田東中学校生徒会が「りんご並木」を作ったニュースに感動し、「北がリンゴなら南は夏みかんだ!」と、実のなる手のかかる街路樹を植えることで、皆が協力して収穫へこぎつけ、「誰もこっそり盗まないような、そんな社会をつくりたい」と願い、苦労を重ねて実現した夏みかんの並木道。
その取り組みを知った詩人のサトウ・ハチロ-先生は「夏みかん並木に」こんな詩を送っています。
===きいろが きいろが 輝きになる===夏みかんの並木道 思っただけで楽しくなる きいろい でこぼこ坊主の夏みかん ・・・・・・・・ このくわだては愛から出発している 街を愛する心 みどりを愛するきもち すがすがしさを愛するものが 一つになっての並木道づくりになれるのだ ==========
サトウ・ハチロー先生曰く、「このくわだては愛から出発している」・・・
まさにこの企てをしたのは太田昭宏生徒会長で、地域と学校が一体になり、市民協働のまちづくりをこの時代にやってのけ、作物を育てる作業を通して、人と人の関わりや愛しみの心を育てる試みは、まさに教育の原点であると感じます。 私はこの夏、ここ豊橋市を視察し、夜間にも関わらず行政評価の説明をして下さった職員の方や沢田とし子議員、みかん並木や朝市をご案内して頂き「教育と地域の再生に何が必要なのか」を教えて頂いた伊藤OB議員に心から御礼を申し上げます。
そして、ネットワーク公明党の感動的な出会いに感謝しながら、太田前代表の「夏みかん並木」が教える事柄を携え北区を回って来ます。 「立党精神から50年」もすぐそこに迫りました。その原点を改めて確認し、厳しき四国比例区の死守と、「公明党の勝利が日本を救う」との決意のもと、今再びの単座に挑戦し、必ずや師匠にお答えしてまいる決意です。
「リンゴ並木」と「夏みかん並木」については以下参をご残照ください。 http://www.akihiro-ohta.com/profile/story.html 太田昭宏物語 昭和33年 http://www.itouhideaki.com/ 伊藤秀昭 「ひであきレポート」夏みかん並木が教えるもの
12・地域の思いを実現・3億3700万円で建設(ページ先頭に)



















