今日は福井市内中学校が一斉に卒業式です。私は校区の進明中学校に出席、150名の生徒が巣立っていきました。この時期の体育館は、冷蔵庫みたいに冷え切っていますが、仰げば尊しや旅立ちの日にの歌を聴いていると、その寒さを忘れてしまいます。
式最後の卒業生による”旅立ちの日に”の歌では大半の女子生徒が涙を流しており、私も目頭が熱くなりました。
夢に向かって大きくはばたき、人のため社会に貢献する人材に育つことを心より祈念します。
その後、昼の13時と15時の会合に出て17時の東部自治会連合会総会に出席するはずでしたが、直前の議会打合せが長くなり1時間遅刻して18時に会場入りしました。
東部自治会連合会は、福井市内東部8地区(日之出、旭、円山、東藤島、岡保、和田、啓蒙、酒生)で構成されており市議会議員、公民館長、自治会連合会長、ブロック連合会長が出席します。
近隣の公民館長や自治会連合会長と意見交換をするのは大変に有意義です。特に、今日は東日本大震災のがれき処理を受け入れるべきだとの強い要請を皆さんからいただきました。
「他の市町村ががれき受け入れをやり始めてから、その時になって手を挙げるのでは遅い。日本全国で助け合うのが本当だ。反対するのもいるみたいだがごく少数だ。」その声に心が熱くなりました。東部はゴミ処理施設であるクリーンセンターを抱える地域です。安全性が確実ながれきについては、私も受け入れるべきだと思っています。
明後日に福井市内一斉で小学校の卒業式がありますが、その日を前に地区各種団体から卒業祝品を授与する式典が日之出小学校体育館でとり行われました。
私は地区社会教育会長として「図書カード」を、PTAは「証書ホルダー」、青少年育成会議は「文具セット」をそれぞれ卒業生にお祝品として贈りました。
代表でステージに並んだ3名の児童は少し緊張気味でしたが、授与後の「ありがとうございます」の一言がとてもさわやかに感じました。
体育館の中は卒業式と同じ並びになっていて6年生67名が前方に、後方には在校生が肌寒い中で礼儀正しく座っていました。「卒業生起立」、「礼」、「着席」の呼びかけとともに、整然と素早く行動する児童に感心しました。
本日の日刊県民福井9面に掲載された出口秀夫さんの記事を紹介します。
ヘリや放水車 原子炉注水「こりゃだめだ」
ポンプ車の使用訴え奔走 出口秀夫さん(66)元プツマイスター日本法人社長
原子炉への注水にはもっとすごい装備が出てくると思っていたんだよ。でも出てくるのはヘリとか、消防車とか、デモ隊を散らす警察の放水車とか、そんなのばっかり。こりゃダメだと思ったよ。
大型コンクリートポンプ車を造るドイツのプツマイスター社の日本法人社長をやってたから、ポンプ車の特徴は分かっている。誰も気付いてないなら、恥をかいてでも、自分が動かなくてはあかんと思つた。
最初に行ったのは東京・築地の朝日新聞本社。マスコミなら何とかしてくれると思ったから。十七日の午前四時半に起きて、始発電車に乗り、埼玉県春日部市の自宅から一時間かけて向かった。守衛に「誰かに会わせて」と頼んだけど「取り次ぐことはできない」と。羽交い締めみたいにされて追い返された。
近くの築地警察署に寄った。ポンプ車の仕様書を見せて「こうすりゃ、大丈夫だから。上の人に伝えてよ」と説明したんだが、警察官は「本官に言われましても…」。ギャンギャン言っているうち、
東京電力の電話番号を教えてくれたから、その場でかけてみた。
出たのはお客さま係。ポンプ車というのは(旧ソ連)チェルノブイリ原発の(全体をコンクリートで覆う)石棺作業でも使われたんだと一生懸命に説明した。向こうでは「当社はチェルノブイリの研究もしておりますから、みんな分かっていると思います」なんて言っていた。体裁良くあしらわれた感じだったな。
その後も、読売新聞に行つたり、国会議員を紹介してもらおうと知人の会社を訪ねたりしたけどダメ。家に戻ったら夕方になっていた。居間で寝転がったら「チキショー!」という気持ちがわいてきて、また外に出た。春日部市内の東電の事務所でも仕様書を見せて説明した。丁寧に応対してくれたけど、「上司に言っておきます」と言うだけ。打つ手がなくなったので、選挙熱心な昔の上司の奥さんに電話して「誰か議員を紹介して」と聞いてみた。それで公明党の野上純子都議を紹介してもらえた。
野上さんに「ヘリとか放水車より、こっち(ポンプ車)の方が断然いい」と言ったわけ。そしたらすぐに動いてくれた。門前払いの連続で不満がたまっていたこともあって、野上さんに「これで分からなければ日本政府も屁だ」と言ってしまった。
間もなく党代表の山口那津男さんから電話があって「あなたの案は(原子力災害)対策本部で採用されました。」と。びっくりしたけど、あきらめずに良かったなと思った。
大型ボンプ車が日本に入ったのは私が手掛けた一九九四年が最初だと思う。海外ではポンプ車がタンカーの重油漏れ事故でも活躍している。日本でも災害用に用意しておけば、もっと対応がうまくいくんじゃないかな。
3.11東日本大震災から1年。お亡くなりになられた方のご冥福を祈念するとともに、被災された皆さんに心からお見舞い申し上げます。
今日は町内奉仕(春の美しくする運動)、党会合、講演会があり、夕方家に帰ってきたら地区の方から電話で「今日は町内一斉清掃だったが、河川土手に不法投棄があり清掃がなされていない。西本さんから言ってほしい。」との相談がありました。すぐに現場の確認に行った後、清掃をおこなっていただきたく要望してきました。
「平気でごみを捨てる」その心がわかりません。私の家のすぐそばを流れる一級河川古川は1年~2年毎に川の中に入って清掃するのですが、ビン、缶、ペットボトル、傘等、びっくりするくらい多くの廃棄物が川底の泥の中に埋まっています。
一昨日の夜、16時10分という中途半端な時間開始の「震災復興とICT」カンファレンスを聴講しに参議院会館講堂に行きました。
阪神淡路大震災や東日本大震災の時に情報ツールを使いどのような支援があったのか。行政と情報の視点で学びに来ました。マイクロソフト主催です。もともと私の前職時代の仕事が行政のICT化ですので専門分野です。とはいえ、進歩が速すぎて、勉強しないとすぐにおいていかれます。
災害が起こった後、被災者を支援するため情報技術や情報プラットホームが大きなファクターになることを改めて強く認識しました。平時にどのような準備が必要かも学びました。議会で提案していきます。
それにしても、参議院会館が新築され立派になったこと。久しぶりにきて驚きました。なお、ちょうど会館内でこども国会プレ・イベント写真展を行っていましたのでじっくり観てきました。
志比口自治会連合会役員会が19時から開催されました。平日の夜なのですが10人の自治会長、体育振興会長、婦人部長、防災会長、民生委員の皆さん全員が出席しました。
この会合は四半期ごとに開催されており、私も市議会議員に当選以来1回も休まず出席させていただき今年で10年目を迎えます。
私の役割は四半期の間に地区内から承ってた要望と対応状況を報告することです(図参照)。この9年間で志比口地区(自治会加入400世帯弱)から頂戴した相談件数は500件以上になるかと思います。その中からプライバシーに抵触するものや公開してはいけない情報は除き自治会長に報告してきました。
また、これらの相談から市政全般にわたる普遍的な課題や要望もあり、議会で訴えることも度々でした。市民の意見を聴くことが議員の第一の仕事です。
重鎮の自治会長の皆さんから比べればまだまだ「ひよっ子」の私ですが、フットワークだけは誰よりも自信があります。これからも地区発展のためにお手伝いできることは一生懸命させていただきます。
政権交代から2年半。民主党政権の数々の迷走やマニフェスト崩壊の実態とともに、国民の期待感は地に落ち、東日本大震災でのスピード感のない救援、復旧・復興への対応ですっかり失望に変わり果てました。今こそ新たな国づくりが必要です。
公明党は日本再建へ、「3つの柱」「3つの提案」を掲げ、全力で取り組んでまいります。
その第1の柱は。
「経済・財政の再建」です。公明党は既に2月3日に総合経済対策の緊急提言を発表し、同8日に政府に申し入れました。具体的には、円高・デフレ脱却へ政府・日銀一体となった金融政策の強化や、震災後の防災意識の高まりを受けて、国民の生命と財産を守るために真に必要な公共事業を集中的に進める「防災・減災ニューディール」などを提唱しています。
経済活性化で税収を増やし、財政再建への道筋を確かなものにしていかないといけません。
第2の柱は。
「新しい福祉社会」の創出です。大震災を機に「絆」の大切さが強調されていますが、公明党は既に2010年12月に発表した「新しい福祉社会ビジョン」の中で、「孤立」から「支え合い」の共助社会を築こう、と提案しています。年金・医療・介護という社会保障の強化や少子化対策の充実とともに、虐待や自殺、うつ病など今日的な問題にも対処する「新しい福祉社会」を確立します。
第3の柱は。
「政治の再建」です。民主党政権の“マニフェスト総崩れ”の公約破りや“増税先行”の政治姿勢、「政治とカネ」をめぐる不祥事で国民の政治不信が高まっています。
それを解消するため、政治とカネの問題の再発防止策を強化するとともに、身を切る改革を進め、国会議員歳費の恒久的な削減をすべきです。また、議員定数の削減も、より民意を反映できる選挙制度に改革する中で実現していきます。
公明新聞3月1日付より



