ブログバックナンバー
サイト管理者
福井市 西本恵一
nishimotokei@ybb.ne.jp
バックナンバー 2011年 7月

勝山市議会議員選挙が告示され、公明党から3期目に挑戦する北川あきこ候補が出陣しました。10時30分から行われたサンプラザ前の街頭演説では、私も応援弁士としてかけつけました。

勝山市議会は定数16、それに対して朝9時の時点で立候補は16名でした。夕方5時に立候補〆切です。噂のあった方が出馬する若干の可能性はありましたが、結果的にそれ以上の出馬はなく無投票当選となりました。

勝山は有権者2万人強の小さな市ですが、県内でも高齢化率が高く、雇用も厳しい環境にさらされています。どんどん沈みゆく市勢と厳しい財政問題、今踏ん張る必要があります。したがって、市政を担うため多くの立候補者が出ることを期待していました。

結果的に、いい議員でも、悪い議員でも、何もしない議員でも、頑張る議員でも、手をあげた者全員が勝つことになりました。一番身近な選挙にも関わらず、市民の皆さんにとって関心のない選挙になってしまいました。何が原因なのでしょう。議会に期待しない有権者が増えたのでしょうか。国政に対する政治不信が地方にまで伝染しているのでしょうか。それとも議員に魅力がないのでしょうか。諦めの境地でしょうか。

まずは、議員が市民の皆さんから期待される議会に変えていかなければなりません。それは、決して対岸の火事ではありません。

オフサイトセンターって知っていますか。別名「緊急事態応急対策拠点施設」といい、オフは(外)サイトは(原子力発電所)を示しています。

原子力発電所の外部に設置されたセンターで、原子力災害発生時に、国・地方自治体・原子力事業者・専門家が一体となって対応する施設です。全国に21の施設があり、福井県には原子力発電所が立地する4つ市町(敦賀市、美浜町、おおい町、高浜町)にあります。

センターの中は、災害時に対応するために、広い空間の中に、パソコンを載せた多くの机が並び、正面に大画面パネル2つ設置されています。そのほか仮眠室や運営支援室、資機材倉庫があり災害対策本部としていつでも機能できる体制が整っていました。

敦賀市には、経済産業省 原子力安全・保安院から7名がこのオフサイトセンター着任しており、平生は敦賀原子力発電所で安全チェックを行っているそうです。ただ、これまでの東日本大震災対応のまずさや、一昨日のやらせ問題など原子力安全・保安院の信用は失墜しており、説明を受けても残念ながら白々しさが漂ってきました。

福島にも第一原子力発電所と第二発電所の中間地にあったのですが、この施設も津波により使用できず、用をなさない施設となってしまったようです。こういった施設があることを皆さんご存知でしたでしょうか。

 
 
 

敦賀原子力発電所1号機 原子炉建屋前

7月27日広島市、28日大津市、29日敦賀原子力発電所と視察に行ってきました。広島市と大津市の視察報告は後日にして、今日は敦賀市原子力発電所の視察報告をします。

敦賀原子力発電所は「日本原子力発電株式会社(略称 にほんげんでん)」が運営しており、1号機は日本初の沸とう水型軽水炉で1970年3月14日に営業運転を開始し、現在は本年1月から来年2月まで定期点検中です。運転開始から41年も経ており高経年化の課題が指摘されています。なお、福島第一原子力発電所と同じ型の原子力発電所です。

また2号機は、日本初の国産改良標準型軽水炉(加圧水型軽水炉)で1987年2月17日に営業開始しています。本年5月、1次冷却水の放射能濃度が高くなったため運転を停止してずっと調査中です。9月には予定通り定期点検に入る予定です。

なお、発電した電気は、関西電力・中部電力・北陸電力に一定の割合で売電しているとのことでした。また、隣接地に新たな3号機、4号機の建設準備が進められていますが、今回の福島第一原子力発電所事故の影響で、今後の見通しがつかない状況になっています。

今日は、隣接する原子力館で今回の事故を踏まえた敦賀発電所の安全性向上対策について説明を受けた後、発電所内に入って可能な場所まで視察してきました。

日本原電は、今回の事故について、巨大地震による津波によって以下の要因が事故を拡大させ災害規模を大きくしたと捉えています。
①外部電源喪失や緊急時の電源確保ができなかった。
②原子炉の熱冷却機能、熱を最終的に系外に放出する海水系施設機能が喪失
③使用済燃料貯蔵地の冷却や冷却水の供給ができなかった。

その安全対策について、炉心損傷や使用済燃料損傷を防止し、放射性物質の放出を制御しつつ冷却機能の回復を実現するために、以下の対策を策定しているとのことです。
①電源の確保
  電源喪失時必要な電源が確保できる代替電源の確保と体制整備
②炉心冷却機能の確保
  冷却機能喪失時に必要な冷却機能を復旧させる設備の確保と体制整備
③使用済燃料貯蔵池冷却機能の確保
  冷却機能喪失時に冷却水を供給する設備の確保と体制整備

具体的には、電源車の配置や非常用発電機代替設備設置、海水供給可搬式ポンプの設置、電源系強化、消防車の配置など、緊急、応急、追加対策の3つに分けて順次整備しているとのことです。

なお、1、2号機から250m離れた地盤には活断層浦底断層があり耐震の問題が指摘されていますが、マグニチュード7.8まで耐えられる設計になっているとのことでした? また、1号機は海抜3m、2号機は海抜7mであり、これまでは津波高2.1mを想定していたそうですが、福島では想定より9.5m上回ったことから、敦賀も今後は2.1mに9.5mを加えた11.6mを考慮して、浸水対策を講じることとしています。

ともあれ原子力発電所は、地震、津波、高経年化、テロなどあらゆる脅威に対して、徹底した安全対策が求められます。もう想定外とは言わせられません。

最後に、静脈指認証とパスカードの厳しい入場チェックの後、1号機の外観、2号機はタービン建屋内を視察して回りました(写真参照)。明日は、敦賀市内にあるオフサイトセンターについて報告します。

7月24日正午、東北3県を除き全国一斉にテレビ電波がデジタル化されました。私の家も1ヶ月前にデジタル対応のケーブルテレビに変えて、さらに新しいテレビを1台買い換えました。3年ほど前に買ったもう1台のテレビは32型で20万円もしたのに、今回買ったテレビは同じ32型で約5万円です。当然ながら、今のテレビの方が機能もいいのに値段は圧倒的に安い。電気店は薄利多売であまり儲けがないと思います。

さて、アナログのまま放置してしまったテレビが1台あります。車搭載のテレビです。別にテレビが無くてもなんとかなるものだからデジタル化をまだしていません。ただし、災害時に停電があった場合に、家庭では放送を受信できなくなりますが、車搭載のテレビはガソリンがある限り見ることができます。その意味では、非常時対応のため車搭載のテレビもデジタル放送を受信できるようにしておかなければならないのですが、これに関してだけは数万円も出して対応することに少し反発があります。車搭載テレビのデジタル化メリットがほとんどないからです。

別に画像がはっきり見える必要もなく、車の中でデータを送受信するわけでもありません。私もコンピュータ業界に20年いましたが、少なくとも現在は、車搭載のテレビデジタル化による恩恵はほとんどないように思います。

9年目の車ですが、買い替える時まで辛抱するか、それともデジタル化するか。

発達障害シンポジウムより

全国LD(学習障害)親の会福井たんぽぽの会から、発達障害児の学歴と就業の関係について報告がありました。

発達障害をお持ちのお子さんが大学に行くと当然ながら保護者は安心することと思います。それが普通だと思いますが、しかし高学歴だから就労できるとは限らないようです。むしろ高学歴だから就職できないこともあるとのこと。したがって、子どもさんの大学進学で安心する気持ちはわかりますが、決してそれだけで安心してはいけないようです。

LD(学習障害)の方で高学歴者(大学卒業)の就労状況は、2009年度調査(全国LD親の会)で、就労一般で29.4%、障害者として就労が25.5%、パートが5.9%等で、23.5% つまり約1/4の方が就労できていません。

また、発達障害者の場合は基礎年金がもらえず、約1/3の方が1ヶ月平均賃金8万円であり、それでは自立できないとの報告もありました。高学歴でも決して高い賃金をもらえるわけではないのです(障害者として就労のうち55.4%は10万円~15万円の給与)。2009年度調査(全国LD親の会)より。

教育から就労への断層とは、
・就学期にほとんど普通教室で、健常者と変わらずに過ごす発達障害児は、個別支援計画対象外になる。
・卒業後に就労困難または早期解雇される。これで発達障害が発見される場合がある。
・相談に行くと障害者就労を勧められる。
・自己受容ができないため2次障害になるものもいる。
・障害者就労では、一般就労の半分の給与しか得られない。
・精神手帳が受けられても障害者基礎年金が受けられるものは少ない。
・自立した生活ができず、結果的に生活保護になる場合もある。

教育から就労への断層を乗り越えるには、

保護者と本人は
①学校に過度に期待しない
②高学歴が自立につながるわけではない
③自己受容・自己分析が必要
④高校大学進学で安心しない。

学校は
①体験不足による落ちこぼれを作るな(低学年でできることがその時にできていない。したがって高学年になったときに低学年で行うことを実施させ体験させることが必要)
②学校でできないことを親に伝える
③できること、できないことを親に伝える
④診断済み児への個別支援が必要

行政・支援団体は、
①支援者ネットワークと庁内連絡会
②支援拠点づくり(情報一元化)
③発達支援ファイル活用
④労働:発達障碍に向いた職場の確保・開拓
⑤労働:就労状況の情報公開→保護者・学校

と訴えていました。

昨日アオッサでJDDネット福井主催の発達障害シンポジウムがありました。私も毎年参加しているセミナーです。今年のテーマは「教育から就労への断層をどう乗り越えるか」でした。

発達障害の方も、当然ながら学校生活から社会へ移行しなければなりませんが、就労には大きな壁が存在します。それを支援する福井県発達障害児者支援センター、若者サポートステーション福井、障害者職業センター、福井東養護学校の皆さんから事例紹介がありました。

特に障害者職業センターは厚生労働省所管の独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構が設置運営している施設で全都道府県にあります。障害をお持ちの方または障害の判定はありませんが働く上でなんらかのハンディがある方に対して支援しています。若者サポートステーションや県社会福祉協議会などが入っている福井県社会福祉センターの隣にあります。

当センターでは障害者の就労を支援するために、2ヶ月間疑似会社体験を実施しながら職業準備支援を行ったり、障害をお持ちの方が働いている会社へ直接出向き、仕事を進めるための援助を行っています。平成22年度では全利用者327人のうち221人が就労、発達障碍の方は40人のうち24人が就労できたそうです。

事例紹介をお聞きしましたが、なかなか企業になじめず離職される方もおり、大変苦労されていることがわかりました。このセンターを知らない方もいらっしゃるということなので、就労にハンディのある方は是非ご利用ください。

日之出夏まつり開会式

日之出夏まつりが公民館前の四ツ井公園で開催されました。今年は、例年より人出が多く、私が市会議員になってから最高の参加人数でなかったかと思います。

終了後、公民館主事と話をしていて、夏まつりと秋のふれあいまつりの違いに気がつきました。夏まつりは開催時間が17時からなので、乳幼児や児童、生徒と保護者の参加が多く高齢者は少ないのです。一方で、文化行事がメインである秋のふれあいまつりは午前中から開催されることと、かつ抽選などもあるので、高齢者が多く見られます。

今日は、本当に子供が多く見られました。そのせいか、各テントの食べ物(黒ゴマラーメン、カレー、焼きそば、フランクフルト、焼き鳥など)は早いうちに完売になりました。

多くの地区民が集まってのコミュニケーションを深める祭りです。お天気にも恵まれ素晴らしい大成功の祭りとなりました。

私は、いつもながらのことですが、午前9時にテントづくりなど準備のお手伝いをした後、17時の開会式から後片付けまでいました。甚平・浴衣コンテストの審査員や表彰式の司会、プログラム最後の盆踊りやYOSAKOIにと皆さんと一緒に楽しみました。

また、今日も地区住民から7件の相談がありました。要望内容を忘れないように何度も頭の中で思い返しながら帰ってきました。

昨日から子どもたちは夏休みに入りました。下の子ども(中学生)は毎日部活動です。

私は中学時代、ブラスバンドでホルンを吹いていましたが、顧問の先生が熱心な方で、県下で常に上位に入る中学校でしたから、夏休みといっても日曜日を入れて休みが5日間しかなかったことを思い出します。毎日いつもどおりに学校へ行き、午前中は教室で各々が宿題をして、その後練習開始です。

文化系クラブなのに、腹筋や腕立て、足上げなど体育会系のような練習もありました。時には、外に出てロングトーン(ずっと同じ音を長く吹き続けること)をしていたことも今では懐かしく思います。

おかげで、中学1年生の時はFBCコンクール最優秀賞(県1位)、2年は同奨励賞、3年の時も同最優秀賞で全日本吹奏楽コンクール県予選も金賞でした。素晴らしい中学校生活を送らせていただいた顧問の中山芳淳先生(今春亡くなられました)に感謝しています。

先週の15日~17日に松本市で行われた第32回北信越国民体育大会ボウリング大会で、成人女子が見事1位となり山口国体に行くことが決まりました。久々の快挙です。成人男子は残念ながら5県中5位と最下位になり国体へ行くことはかないませんでした。来年は福井県で開催されますので、なんとしてもリベンジしていただきたいと願っています。

ボウリングは、レーン環境(油など)により随分左右されます。したがって、選手がレーンの具合に合わせながら技術を駆使して調整しながら投げていきます。メンタル(精神的)な競技でもあり、結果的に自分との闘いとなります。

成人女子の皆さん、国体での上位入賞を祈ります。

土曜日から少しづつ歯が痛みだし、時間を経つにつれ、その痛みが激しくなってきました。ところが昨日は海の日。土・日・月と痛み出してから3日間歯医者に行けない状態でした。休日急患歯科診療所があるのは知っていますが、やはりいつも行っている歯医者が安心なのです。

歯医者が嫌いな私ですが痛みに耐えられず、さっそく午前中に行ってきました。診察が終わるとほっとしました。これだけ行く前と帰る時の気分に差が出るのもありません。

とにかく歯が痛いと、何に対してもやる気がそがれるので困ります。