ブログバックナンバー
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福井市 西本恵一
nishimotokei@ybb.ne.jp
バックナンバー 2010年 5月

私にとって大恩ある方の通夜があり、それに先立ち14時から納棺があったので、お宅までお伺いし、安らかに旅立たれたお顔を拝見しながら、ご冥福を祈念してきました。

通夜では、どうしても、とめどもなく涙があふれてきます。特に1期目の選挙では、町内で全く無名の私を全力で支援していただき、事務所をはじめ様々なことでお世話をおかけし、その感謝の思いが身体の奥底からあふれ出てきて、涙が止まらないのです。

通夜会場の入り口には、私が7年前初当選した日に皆さんと一緒に写した写真と、その投票日前日に地元志比口町内を先頭になって一緒に走っていただいた時の写真が飾られていました。

それにしても、一昨日からの大きな虚脱感がぬぐえません。何をしているのかと怒られそうですが、心の中に大きな穴がポッカリあいたようです。

皆さんの心からのご支援をいただいて今の私があります。その方の死は、再度、感謝の念と使命感を私に教えているような気がします。もう一度原点に戻り、何のための議員なのか、そのあるべき行動に徹していきます。

明日から進明中学校は中間試験です。夕食時に、「わからないところはあるか?」と中3の息子に聞いたら、数学でわからない証明式があるということ。

食後に、すぐに教科書を開かせて、一緒に解いていきました。紙に図を書いて式を書き、息子に答えさせながら、すると最後は、「あそっか」といって、わかったようでした。

円の面積と円周公式を用いる証明でしたが、解けてよかったです。現在0時過ぎ、中1の息子も社会を暗記中です。がんばれ。がんばれ。成績の良しあしではなく、努力するかどうかが大事なのです。やるときはやる。頑張ってほしい。

昨日と本日にかけて、八王子市とさいたま市に会派視察へ行ってきました。

視察終了後しばらくして、”私を陰に陽に支えてくださった方が倒れて福井大学医学部に運ばれた”というメールが入ってきました。

すぐに帰りの電車を手配し、新幹線に飛び乗りました。後続のメールが入ってこないことを祈り、回復することを願っていましたが、米原へ着く前に「亡くなった」との電話が入りました。

帰宅後、すぐにお宅に伺い手を合わせてきました。言葉になりません。なかなか信じられず、涙が止まりませんでした。私を支えていただいている大きな、大きな柱をなくしました。

残念でなりません。

区民体育大会の反省会は、各ブロック毎に開催されます。

志比口ブロックも体育振興会、婦人会、自治会、参加選手が集まっての慰労会となり懇親を深めました。楽しい集いになっています。

年々、少しづつメンバーが入れ替わっており、若くなっています。席上、新しい方から、2件の市民相談を承りました。すごく嬉しいことです。しっかり対応してまいります。

澄み切った青空のもと第54回日之出区民体育大会が予定通り開催されました。今日は、志比口地区のテントの外で一日すごしており、顔が真っ赤になりました。

さて、今大会の成績ですが、地区の順位を決める得点競技は7つあります。最後のブロック対抗リレーを残す段階で4つのブロックが1位で並ぶ混戦でした。したがって最後の競技の1位がそのまま優勝者となりました。

残念ながら、志比口ブロックは6位でしたが、同じ目的を持って親睦を持つことができ、大満足、大成功の運動会でした。

特に例年になくプログラムがスムースに進み、撤収完了は15時というスピード感のある大会でした。

明日は日之出地区区民体育大会です。午後から、志比口体育振興会、婦人会の皆さんとともに、自治会長も4名が参加してテントや机の準備作業を行いました。

他の6ブロックも同様に準備作業を行っていたので、各テントを回って挨拶してきました。

数日前の週間天気予報では、明日は曇のち雨でした。大変心配していましたが、晴予報に変わりました。昨年は、雨で開会時間を遅らせて開始し競技数も減らしました。

毎年、私の仕事は雨に備えて運動場の砂場に砂入れを教育委員会に依頼しておくことです。これまで何回となく、この砂を利用してグラウンド上の水たまりを埋めてきました。大事な作業なのです。

日之出小学校を今春離任された先生、新しく赴任された先生方の歓送迎会がPTA主催で行われました。

今年離任された先生は、6年生の担任2名、教諭1名、養護教諭1名の4名です。4名とも長年日之出小学校に勤めてこられた先生ばかりです。中でも8年間お世話になった先生が、丁度私の息子2人の担任であり、丸々お世話になりました。

PTA役員にとっても、子どもを通じて、深い思い出を重ねてきた先生ばかりです。離任されて寂しい気持が大きいのですが、新しい学校でも、良き先生として活躍されることを祈念しています。

それにしても、卒業式の日、私の息子の担任が、涙を流しっぱなしで、嗚咽しながら語っていたその顔が忘れられません。本当にいい先生でした。

某セミナーで、講師が私を指す時に、何回も「お父さん」と呼びました。「お父さんと言われるような年齢ではない。」と、呼ばれる度にムッときていました。

セミナーが終わってから、あらためて自分の年齢を問うてみたら49歳。普通ならそう呼ばれても仕方がない年齢かもしれません。髪の毛と皮膚と身体はちょっとづつ老いてきていますが、いつまでも30代のように思っている「心だけは若い自分」にハタっと気がつきました。

地区の方、2人から相談がありました。

志比口公園と平岡公園の2つの公園で毛虫大発生です。例年より早い発生です。毎年、市民から承る相談内容ですが、いつもより2ヶ月早いのです。

正直、驚いています。異常気象のせいでしょうか。それとも、例年発生していても気がつかなかったのでしょうか。妻に聞くと、私の家の玄関まで毛虫が”うようよ”していたそうです。

ちなみに私の家は志比口公園から歩いて30秒の位置にありますが、私の家まで毛虫が出張してくるのは、とてもまれな現象です。

MSNニュースより 鳩山由紀夫首相の軽さこそわが国の「最大の脅威」ではないか。のコラムが掲載されていました。

その通り。私も、鳩山首相の言動、対応に脅威、恐怖感を覚えています。すべて口先だけなのです。以下のコラム(一部)を読むと納得できます。

鳩山首相の対応を眺めていて感じること。まず、一体何がしたいのか、正直理解できないということだ。

普天間の問題では途中、「腹案」という言葉が話題になったこともあった。落としどころがあるかのような物言いもされた。が、そういう物言いにふさわしい、入念な根回しを鳩山氏は真剣にやっていたのだろうか。私の印象だが、私の記憶する映像は徳之島出身の名士を訪問して、即座に断られていた光景だった。果たしてこれが根回しに値するものかどうか。疑問だった。

普天間問題に限らない。

鳩山首相は「空想」「願望」に基づき「軽い言葉」をもてあそんでいるように思えてならないのである。

求められているのは水準が担保された政策であるべきなのだが、「二酸化炭素25%削減」にせよ「社会全体で子どもを育てる」にせよ「核のない世界」といった甘い言葉と大風呂敷ばかりが目立つ。

肝心なことは実現のために何が必要か、実現したら何が起こるかといった観点であるはずなのに、そうした観点や作業が決定的に欠けている。

用意した政策が現実になったら想定される事態を徹底的に列挙し、齟齬がないか、矛盾はないか、新たな不公正を招くのではないか、といった練り上げる作業がなく、「マニフェストだから」でごり押しする。

政治主導を掲げるということは、今まで官僚が陰で支えてきたそうした部分を政党や政治家が自ら補わなければならないはずだが、ところが、それがない。党内議論もなく、根回しも不十分なままだから、思いばかりの空回りに終わるのである。

最後にもうひとつ。それは、先ほど述べた核の傘の例に象徴されるように

眼前の脅威を脅威だと認識できていない鳩山氏の言動こそが、わが国にとっての真の脅威、最大の脅威であるということだ。

脅威は中国の軍事力増強や北朝鮮の核武装ばかりではないのである。