最終日である24日は、朝早くホテルを出発し、福井市から進出している日華化学を訪問しました。広大な敷地に幾つもの工場が立ち並ぶ工業団地の中にあります。福井本社の江守会長から最初に挨拶をいただいた後、現地工場社長から説明を受け工場内を見学しました。
最後に行ったのが新都心視察です。新しい市役所や国際会議センター、市民センター、図書館、大劇場などが建設されており、壮大な土地に近代化された多くのビルが立ち並び始めています。総工費2〜3兆円の事業で、5年後に完成します。まるで手塚治がアニメで書いた21世紀の未来都市を見ているようで、圧倒され驚きました。「あいた口がふさがらない」、「ここまでやるか」といった人工の大都心です。
企画館では杭州市の外観や新都心が360度映像で見せていただきましたが、すばらしい装置でした。さらに圧巻は新都心を中心とした杭州市の模型が大きなスペースに展開しており、その規模の大きさにまたびっくりです。
中国発展の勢いを見た思いです。たった1時間でしたが、私の意識を大きく替えました。現在の中国は昭和40年代高度成長時代の日本です。「残念ながら日本はやはり中国などの急上昇している国の陰で沈没していくしかないのか。」、「いやこれからの市場は中国にある。」、「日本が成長するには中国とうまく付き合うこと」、「日本だからできることをしっかり取り組みこと」など、本当に考えさせられました。
また環境問題は中国がどうするかが鍵であるとも感じてきました。開発が進む中国、これからは中国が世界を動かす時代が来ます。
結びに、杭州市をはじめ中国との友好をさらに深めていく必要性と、日本の在り方を考えさせられた3日でした。こういった機会を得ることができ、感謝しています。
11月23日、友好都市締結からこの日でちょうど20年の佳節を迎えました。平成4年に着工した福井杭州友好公園で桜の植樹式があり、福井市訪中6団体(市長、市議会議員、ふくい市民国際交流協会、福井市日中友好協会、福井県日中友好協会、福井市中央工業団地協働組合)が終結し、杭州市副市長、人民対外友好協会会長臨席のもと行われました。
その後、篆刻専門の学術団体としての活動を続けながら、貴重な篆刻芸術の数々を保有、公開している西印冷社へ視察に行き、歴史を学んできました。
昼からは、杭州市を離れ、福井市の企業が進出している数馬装飾工芸品有限公司へ企業視察に行き、社長から進出した経緯や現状の説明を受け工場内を見学させていただきました。カーテンを扱う企業ですが、糸から最終製品まですべて行っています。
導入されている機械はすべて中国製であり、品質は高いそうです。中国はソフト製品や知的財産へのコピーは大変厳しくなっていますが、こういったハード製品は、おっぱなしで外国製を分解し精巧にコピーするそうです。日本で購入すれば1500万円の機械が100万円で手に入るそうです。また工場も日本であれば20億円以上建設費がかかるのに対して3億円で建設でき、人件費も職工さんの平均月収は2万円であり、中国で生産することの利点をあげていました。また、2011年までは法人税が免税されており、それ以降も24%と日本に比べて低いことが有利であることも加えて説明されていました。
中国で生産されたものは日本に輸出され、逆に福井工場で作ったものは富裕層向けの高級品として中国に行くそうです。なお、しっかりとした品質を維持していましたが、「食べたものはその場に捨てる」、「タバコはポイ捨て」など社員の育成は大変だったそうです。また、大量生産する安価な製品の方は市場に多く出回るので、社員には「安い製品こそ品質が重要」と指導しています。
外注も行っており、最初はあまりの品質の悪さに閉口したそうですが、文化の違いから、そこで怒ったりすると失敗するそうです。日本の企業が失敗するのはこの対応にもあると社長は言っていました。丁寧に教えていき、自社の品質とまったく変わらない製品を納入させるまでは時間と手間をかけて行う必要があり、外注にも利益を上げさせることが必要と言っていました。
工場内はきれいになっており、作業道が確保されており、若い娘さんが懸命に働いていました。
夜は、メイン行事の杭州市長表敬と式典がありました。式典の前に別室で、福井市長や日中友好に貢献してきた福井市民代表とともに、杭州市長との会談に臨み、お互いの市の友好をさらに深めることと発展を期しました。
記念式典・祝賀会は杭州市来賓と福井市訪中6団体が勢ぞろいし、両市長の挨拶に始まり、日中友好功労者の福井市民表彰式があり、その後意見交換会となりました。私たちのテーブルには杭州新聞の社長が座っており、杭州市には7種の新聞があり、杭州新聞は500万部を発行しているとのことでした。