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福井市 西本恵一
nishimotokei@ybb.ne.jp
バックナンバー 2008年 3月 25日

仕事に満足しない

 コンピュータの仕事が嫌いだったわけではない。
 でも、仕事をしていて満足感が得られない。
 
 なぜだろう?たぶん広い意味では、今の仕事も世の中の役に立っているのかも知れないけれども、実感がわかない。
 
 人と接する仕事の方が良い。高校生時代に、教師になりたいと思った自分がふつふつとよみがえってくる。
 
 しかし、残念ながら教員免許はない。

 仕事をして2年。こんな気持ちが心を占めていく。

教員免許取得へ

 小学校の教員免許であれば、通信教育でとれる。4年生大学を卒業していれば、2年で取得できるところがあった。それが創価大学通信教育部。

 それでも教育学部を卒業しようとすると80単位、小学校免許コースだと50単位が必要で先は長い。入学申込みが済むと、早速教材が送られてきた。開封したが、すぐに箱をしめて3・4か月ほっておいた。

 夏には、スクーリングがあり、大学まで行って受講し単位をとらなければならない。

 大きい会社ほど夏季休暇が長い。日立製作所もご多分にもれず、1週間以上の休暇がとれる。8月のお盆休みを1週間前にずらしていただき、その休みの間毎日通った。

 全国から老若男女が集い、懸命に講義を受けていた。80歳くらいの方もいた。こういった前向きな人たちに囲まれて、その環境に感動し、家へ帰るなり教科書が入った箱を開けて全部取り出し、大学に通う電車の中で読み進み、レポートに取り組み始めた。

 始めだすと止まらないのが性分。片っぱしからレポートを書きまくり大学に送った。

 試験は、2カ月に1回。要領のいい私は、前回までの試験範囲や内容を見て、そこから予想される出題を推測し、その部分を重点的に拾い出し、東京で開催される試験会場までの電車の中で暗記した。
 試験も30分で済ませて誰よりも早く会場を出て、次の試験時間までの1時間余りで、また必死になって覚える。昼ごはんの時も、右手に箸をもち、左手に教科書を開いて必死に覚える。申し訳ないのだが、予想通りの問題が出されるので、覚えているうちに必死に書き出す。試験が終わると、ほとんど忘れてしまう。この繰り返しであった。

 夏休みのスクーリングだけでは、全部消化できなかったため、9月に入って毎週日曜日に大学へ通った。小学校教員だから音楽の講義もあり、実習が必要とされた。

 夏のスクーリングがきっかけで、エンジンはかかり、その後は順調に進んだ。

仕事を辞める

 当時、福井県は29歳までしか教員採用試験の受験資格がなかった。その時の私は27歳。28歳と29歳の2回しか挑戦できない。教員試験勉強のためと、さらに教育実習が残っていたため、仕事を辞める必要があった。

 通信教育を初めて1年後、他の社員に迷惑をかけないように仕事に区切りをつけてから辞めた。入社してから3年1ヵ月目。

 辞める前に、1週間有給休暇を取って、東京で見ておくべきところへ行こうと小旅行を計画した。

 上野にある国立博物館、青梅市にある吉川英治記念館、東京タワー、三軒茶屋にある吉田松陰の墓、目黒区にある日本近代文学館、現在はさいたま市に引っ越したが交通博物館など。

 こうやって書いていると、普通の人は行かない所ばかりだと思う。とにかく見聞を広めるものを定めて行った。

 特に、吉田松陰は幕末の明治維新の源であり、高杉晋作や久坂玄瑞の師匠でもある。私の大好きな偉人である。吉田松陰の墓へ行った時には夕方5時を過ぎてしまい、囲いが閉じられていたので、それを乗り越えて墓参したことも懐かしい。


帰郷

 神奈川から福井へ戻り、それからは、ひたすら家に籠って夏の教員試験に向け勉強した。ピアノは小学校4年生まで習っていたのと、中学校時代はブラスバンド部であったので、独学で課題曲を習得した。

 福井県は、小学校、中学校、高校の免許を持っていることが有利となる。だから小学校の先生になりたくても中学校や高校の免許があれば、中学か高校の教科で受験しなければならない。小中高どこへでも転勤できるようにするためだ。

 こういった制度をとっていたのは、福井県と沖縄県だけ。小学校の免許だけでは、なかなか採用されない。大学時代に中高の理科の免許をとっておけばよかった。いまさら後悔しても始まらない。

 そのことを十分に知っていたが、可能性はゼロではない。人生は1回しかないのだから思い切って挑戦することにした。
 
 筆記試験では、教育原理、教育心理、一般教養(中学校の国社数理)とも、いい点数だったと思う。でも皆も勉強しているわけだから差がつかない試験だったと思った。

 教員試験後も、未だ教員免許は取得見込み状態。教員免許を取るためには教育実習が必要とされる。春に母校の森田小学校に連絡を取り、10月の1ヵ月教育実習の申込みは済ませておいた。いよいよ実習だ。