ブログバックナンバー
サイト管理者
福井市 西本恵一
nishimotokei@ybb.ne.jp
バックナンバー 2008年 3月 20日

 大学2年生の夏休み。富山市にキグレ大サーカスがやってきました。バイト募集の案内が大学構内に掲示され、時給が1100円位だったと思いますが、高いバイト代だったのですぐに飛びつきました。

 「まさか出演者で出るわけないし、何をするのかなあ」と思いながら連絡を取り、プレハブでできたサーカス事務所へ行きました。
 
 仕事は、テントの中の観客席最上段に設けられたスポットライトの操作でした。観客席の階段を上がりスポットライトのところまで行きつくと、大きなテントの上の部分に突き当ります。そこに置かれたイスに腰掛けるのですが、背面にあるテントによしかかると、真っ逆さまに地面に落ちてしまう不安定で危険な場所での作業です。
 
 スポットライトは、まるで大砲の筒のようでした。3機設置されており、一人の団員と私を含む2人のバイトがそれぞれ1機づつ受け持って操作するのです。
 この団員の指示に従い、演技を繰り広げているサーカス団員や動物にスポット光を当てていきます。このスポットライトの筒が重くて最初は難儀しました。「こんなの続けられるのかなあ」と思いつつも、お金をもらいながらサーカスを見られるわけですから役得です。


 球状になった檻の中で2台のバイクが走り、
 ピエロが陽気な演技を行い
 何人もの人を乗せた自転車が回り、
 空中ブランコで華麗な空間を演出し、
 時には象がバケツをひっくり返したような小便やうんちをすることもありました。

 
 日が経つにつれて、重かったスポットライトも簡単に操作できるようになり、さらに慣れてくるとバイト2人で3機を操るようになりました。つまりは、団員が突然この場からいなくなったのです。
 
 ある時、大きなブランコの上で空中高く演技するベテラン女性団員に怒られました。「今日のスポットの光はまぶしかったよ。どこを狙っているの・・・」と。命をかけて演技している団員に申し訳ないと反省し、次の舞台からは注意しながらスポット光をあてたことを覚えています。

 土、日はかけ入れ時なので、朝から夕方にかけて3回、4回と催されます。そこで、お昼には団員とともに裏にある簡易テントの中で一緒に食事をとります。食事するテントには仏壇があり、写真が飾られていました。このテント以外にも、他に団員が生活するための小さなテントやコンテナが幾つも並んでいます。

 1カ月の公演の中で、何十回となく同じ演技が繰り広げられるのですが、演技と演技の間には、時間を惜しんで新しい技を練習している団員の姿を見かけました。15,6歳くらいの男女もいます。両親が二人とも団員で子供がいる家族もいます。子どもたちは、日本全国の小学校や中学校を転々とするわけです。

 こういった人生を選択し、懸命に生きている人がいることが、19歳の私にとって衝撃でした。

 さらに、大きな衝撃がこの後、私を襲うことになります。このことが私の学生時代に、どうしても頭から離れないこととなり、悩ませることになりました。

 一緒にスポットライトを操作していた団員がいなくなったことは述べました。いなくなってから少し経ったある時、新しい演技が私の目の前で展開されました。一本の綱が10m以上の高さで張られ、下にはセーフティネットがありません。その綱の上に4本足の木製椅子の2本足だけを乗せて、そこで逆立ちをしたり、椅子をさらに重ねたりして演技するのです。

翔べイカロスの翼

 この演技はそれまで封印されていたものでした。過去に同じ演技でバランスを崩して綱から落下し、亡くなった方がいたからです。食事をしたテントに飾られていた写真はこの人のものだったのです。この物語は、さだまさし主演の『翔べイカロスの翼』で映画化されています。

 実は、私の目の前でこの演技を展開していたのが、私と一緒にスポットライトを操作し指導していただいた団員だったのです。私にとって大きな衝撃でした。

 「過去に死んだ人がいる演技。命をかけて人生を歩んでいる。私にとって命をかけて生きることとは何なのだろう。私は、何のために生きるのか」と。
 
  頭でっかちで、未熟すぎるほどの私にその答えがみつかるはずがありません。

 「何のための人生なのか。何のために生きるのか。」この大きなテーマが私をつかんで離さなくなり、それから何年も私を苦しめることになりました。それからは何かをしなければとずいぶんと焦りました。
 これがきっかけで、様々なことに挑戦しようと決め、とにかく「新しいこと」、「見ていないこと」、「知らないこと」、こういったことに好奇心旺盛に貪欲に食いついていきました。しかし、何をしても満足できません。時には厭世的になり大学さえ行かずに何もしなくなったこともあります。とにかく不安定そのものでした。

 やがて利己である自分に気づき、自分だけの幸せを願うことが、その答えを見えなくさせていることがわかってきたのです。

 小さな自分を乗り越えて、大きくなるためには、人と関わり、人の幸せを祈り、行動するしかないと思います。それには自分との格闘しかありません。そこにしか幸せはないのだと思います。

 何年か前に、福井にもキグレ大サーカスがやってきました。子ども2人と妻と4人で行きました。学生時代と同じ演技もありました。ピストルの音に怯える子供の対応に追われながら、懐かしい思いで観ていました。

 「心こそ大切なれ」

 大きな節目となったあの時。大変に悩むことになったきっかけでしたが、今では大変に感謝しています。さらに一歩成長するために、これらかも懸命に生きていきます。

 それにしても、今年に入ってからほとんど休んでいません。睡眠不足が続く毎日です、朝から夜中まで、勉強したり、本を読んだり、幾つもの原稿を書き、資料を作り、市民相談に駆け回り、何十とある様々な会合に出席し、何人もの新しい人との出会いがありました。

 まだまだ配慮も足りず、失敗もあります。やらなければならないことができていません。勉強不足です。
 完全主義に近い私なので、なかなか自分に満足できないの
ですが、それでも今は、自分に90点以上はあげられると思います。いつも心の中はマラソン状態です。誰が見ていようが見てまいが、結局自分が自分を見ているのです。

 一流の市議会議員を目指します。現場主義に徹し、地をはいずりまわり、政策にも強く、人脈も拡げ、庶民の目線と大きな視点でものが見えるように、人と人の和を重んじつつ、とにかくがむしゃらにがんばっていきます。昨日より今日、今日より明日。

 心こそ大切なれ。