空席となっていた副市長選任のための2月度臨時市議会が開催されました。
東村市長を支える副市長として、吹矢清和氏を、退席した共産党2人を除いた5会派34人の賛同により、選任されました。
吹矢副市長は現在60歳。昭和45年に職員採用され、その後平成15年に財務部長になり、企画政策部長、総務部長を歴任、しばらくは現職の総務部長を兼務します。
吹矢副市長は、議会や委員会において、議員からの様々な要望や意見に低姿勢ながらも芯強く、ある意味卒なく答弁し安定感・安心感があり、卓越した力量を備えている方、と評価しています。いずれ市政の重要なポストを担い副市長にまでなってくるだろうとは予想していましたが、東村市長船出のタイミングで女房役として就任されました。
副市長は昔で言えば城代家老。その任としては吹矢副市長は最適任です。しかし今は、城を守ることが重要ではありません。むしろ城の体制を変革することが求められます。
財政が厳しい折ですが、市民の立場にたった目線で、東村市長に随順するのではなく、しっかりと献言しながら補佐していただきたいと願うものです。
今、福井市にとって、経済活性化(雇用促進・企業誘致など)、観光人口の増加、中心市街地活性化、交通体制の確立など、外交戦に強い交渉力が求められます。
先日、東村市長に、このことについて話をした時に、「まずは私が先頭になって(外交に)出ていきます。」と語っておられましたが、厳しい景気の中で生き残りをかけ、顧客満足度や営業・拡販を重視する民間に比べれば、税金で賄われ支えられている役所は、その面で体制や人材が万全とは言えません。
現場へ、外へ、市民の中へ、おおいに飛び込みながら、離れて市役所の在り方を見ることも重要です。また、地方分権を推進するために、中央に依存しない体制確立が求めらますが、5年後、10年後に地方行政がどうなっているべきかを見定めながら、これからの一歩を進めていただきたいと思います。
1月23日に授産施設意見交換会で伺った要望を書面に仕立て、本日、与党障害者自立支援に関するプロジェクトチームの一員である公明党衆議院議員高木美智代氏に、知的障害者を取り巻く切実な声を、下畑議員、島川議員とともに届けてまいりました。
高木議員の事務所は国会議事堂横の衆議院第2会館6階にあり、9:30にアポイントを取っていましたが、20分前に着いて受付を済ませました。階段を登ると金属探知器があり、携帯電話や鍵などの金属類をトレイにおいて通ります。今まで何回も通ってきましたが、初めて”ピーッ”と鳴って警備員に止められました。タバコの中の銀紙に反応したそうです。
部屋に着いてしばらくすると、高木議員が朝の用事から帰って来られました。「障害者のことについては短時間では終わらないから」といいながら終了予定時間を超過して応対していただきました。
私が、要望書を1点1点お願いしていく中で、その都度、資料を出していただき丁寧に返答していただきました。
公明党では、
昨年10月23日に、連立政権合意に盛り込まれた「障害者自立支援法について抜本的な見直しを検討するとともに障害者福祉基盤の充実を図る」ことに関して、「与党障害者自立支援に関するPT」を発足させました。
以来、計11回協議を重ね12月7日に最終とりまとめに合意し、同月12日に町村官房長官に申し入れを行っています。
この申し入れは、一昨年4月の障害者自立支援法施行後、障害者福祉委員会において毎月のように諸団体のヒアリングや視察を行い、いただいた様々な要望をもとに、坂口力党副代表、福島豊党社会保障制度調査会長、高木議員が中心となって党内論議を重ね、公明党案が骨子となって合意に至ったものです。
今回の私たちの要望の中には、こういった障害者団体からの要望と重なった内容のものも多くあり、与党PTで申し入れた内容として反映されていました。また、今回の要望ではじめて聞く内容については、「しっかりと調査し、これからさらに良くなるようにがんばります」との返答をいただきました。(写真:高木衆議院議員に要望書を提出)
衆議院会館を後にして、次に、虎ノ門にあるNPO法人スペシャルオリンピックス日本事務局を訪れました。
この団体は、知的障害者にスポーツを通じて生き甲斐を持たせていく機会を提供しています。
この件については、ぜひ皆さんに知っていただきたいものなので、後日の活動報告で詳細に紹介します。
P.S. 「離れられない」下畑議員のちょっとした笑い話。
虎ノ門に向かうタクシーに乗車してすぐに、下畑議員が「傘を忘れた」と。Uターン禁止なので、国会議事堂を一周して衆議院第2会館に戻りました。
続いて、昼食をとった店で、下畑議員が入口にある傘差しに傘を入れたのを見た私は「置いていくかもしれないなあ」と思いながらも、店を出る時にはそのことを忘れていました。100m行ったところでまたしても下畑議員は「傘を忘れた」と言って途中で引き返しました。風が強かったので、島川議員と私はビル前に避難して待っていました。下畑議員は何もなかったかのように赤紫の傘を携えていそいそと戻ってきました。
最後に福井駅に着く直前、デッキで列車が止まるのを待っていたところ、私はハッと思い「傘は大丈夫ですか」と下畑議員に問いかけたところ、三たび「忘れた」と言って座席まで戻りました。
今日は東京が晴れていたため傘を忘れやすかったのですが、赤紫の傘は無事下畑議員と一緒に自宅に戻りました。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり、ひとたび生を享け滅せぬ者の有るべきか。」
これは、織田信長が好んで舞った幸若舞「敦盛」の一句です。
一般にこの句にある「人間五十年」とは平均寿命を指していると思われがちですが、そうではないのです。この句の出典になっているのは仏典の倶舎論「人間
まるで、アインシュタインの一般相対性理論のような、もっと簡単にいえば浦島(太郎)効果(猿の惑星でもいいです)といっていいのですが、状態(住む世界)によって時間の流れが違うことを意味しています。
この「敦盛」ですが、私の勝手な解釈をすれば、
「人生は長いといっても、下天の世界から見れば(人間の時間である)50年はたった1日という一瞬のものであり、夢幻のようなものである。生を受けたならば死なないものはいない。
だから、
人の不幸の上に自分の幸福を築いたり、
誰々より上とか下とかちっぽけな比較をせずに、
厭世的・刹那的・快楽(欲望の赴くまま)主義に陥らずに、
無為な人生にならないよう
昨日より今日、今日より明日の自分の成長を目指しながら
(もし比較するとしたら過去の自分と現在の自分、現在の自分と未来の自分)、
自分の生き方を定め、
自分の決めた道を、
人と人の心の交流の輪を拡げながら、
これから先、どんな障害があろうとも、
堂々と歩め」
となるのでしょうか。
学生の時に、何年もの間「何のために生きるのか」を考え続けました。この問いは誰でも自分に発したことのあるテーマだと思います。また、時が経るにしたがい、だんだん問わなくなってくるものだとも思います。
ある時、自分の中でわかったことがありました。それは、自分(の心)が「小さい」と、この答えはなかなか見つからないということです。
換言すれば、目先の幸せや、お金、地位、名誉、権力、快楽を求め、常に他人と比較し、自身の安楽な生活を目指すだけの生き方の中からは、答えは見つからないのです。
しかしながら、私はこの生き方のすべてを否定しているのではありません。この生き方が(人生の目的の)中心になると、自分が真に納得する生き方が見えなくなるのではないか、ということなのです。
「何のために生きるのか」という難しい問題はさて置き、誰でも「幸せになりたい」と願っています。ここで、新たな質問をします。では「幸せとは何なのでしょうか」。また、「幸せになるにはどうしたらよいのでしょうか」。
(少し話が飛ぶかもしれませんが、
食物連鎖、弱肉強食は自然界の道理です。常に競争しなければならないところに、私たちの生活があります。
陣地取り、権力取り・・・限られた物を奪い合い、取ったものが勝利者で、残された者が敗者という歴史をこれまで繰り返してきました。
生きている限り「争うこと」(言い換えれば「勝負」)は宿命づけられています。こういった土台の上で、他と比較をし、自分を勝手に評価して、幸か不幸かを判断している側面があると思います。)
「どれだけ自分を育むことができるか」「(言い方が悪いかもしれませんが)どれだけ自分をコントロールできるか」が、幸・不幸のキーになっているように思います。
しかし、心を育むことは難事です。とはいっても、私の短い人生でもこれまでに、心の大きな人、人のために尽くす人は少なからずいました。
それでは、どうすれば心の大きな、心の強い自分を作れるのでしょうか。
今も交流のある先輩ですが、27年前学生時代に教えていただいたことがあります。
「幸せになりたいなら、今から言う4つのものがあると必ずなれる。」と。
1つ。同世代で、何でも話せる友人を作りなさい。時にはライバルであり、時に
は支えあう。そういった友人を。
2つ。何でも相談できる先輩を見つけなさい。自分の隠したいことでもすべて話
しができる信頼できる先輩を。
3つ。後輩を育てなさい。自分以上に成長させることだ。そうすれば、自然と包
容力・指導力がつき、自分にないところを発見でき、さらには自分を振り
返ることができる。結果的に後輩によって自分が大きくなるよ。
そして最後に一番重要なのが、人生の師を持つことだ。迷った時、何かあった
時に、常に羅針盤となり原点となる師匠を持て。
幸せへの条件は、すべて人でした。
(人との接点の中で育まれる人間力はあればあるほど、様々な場面や局面で、どんなに状況が悪くなったように見えても乗り越えていくことができます。結果的に社会に必要とされる自分になっていきます。)
その時は頭ではわかったつもりでも、芯からはわかりませんでした。今でもまだわかっていないと思いますが、少なくとも「自分の力で生きている」「自分は優っている」と慢心のあるうちは、ちっともわからないものでした。
きっと、いろいろな人の支えを受けて生きているということに気づいていけば、
変わってきます。
自分の目の前の課題と真剣に向き合い、懸命に努力する中で、さらに苦しい
ことから逃げずに立ち向かう中で変わっていきます。
また、その途上の中で、いろいろな人から受けた「優しさ」や支えによって変
わっていきます。
そして、少しでもいいから「人のために」行動していく中で育まれていきます。
今は「何のために生きるのか」という問いから「どう生きていくのか」に変わりました。
争う相手は他人ではありません。戦う相手は、自分の弱さです。本当に偉大な人は「謙虚」です。そしていつも「感謝」を忘れない人です。
これまで、いいかげんな自分のために多くの方に迷惑をかけてきました。前述の先輩が27年前に私に言いました。「おまえはマイナス100だ。これから10年かけて人並みになれ」と。
自分を振り返ると「まだまだ」、「まだまだ」、そう言わざるをえません。まだまだ小さいのです。まだまだ安定していません。
それでも、つまづきながらも、前へ前へと進んでいることは間違いありません。
物理的な時間の刻みは、誰にでも等しく与えられています。しかし、感じる時の流れは人によって全く違ってきます。有意義な人生は(幸せな人生は)、有意義な時間を過ごすこと(自分との格闘にある)、結局は今日一日をどう生きるかに帰着していきます。
幸せとは、きっとその中にあると思います。
幸せとは自分の虚飾をすべてはぎ取った「心」にあるものであり、少なくとも財産や地位、名誉などで量られるものではありません。(と勝手に結論づけてしまいました。)
そう思うと、またしても「まだ、まだ」の私になってきます。
死んで行くときに、心から満足して「ニッコリ」笑えるように、この一瞬の人生に挑戦していきます。
福井市前市長の坂川優氏が亡くなりました。
県会議員を6期務めて、一昨年3月に市長になりましたが、すぐに肝腫瘍を患いその病と闘いながら、命がけで福井市発展のために尽くして来られた方でした。
坂川氏は、市中央部を地盤としていたことから、私の住む日之出地区の諸会合には必ず出席されており、私も市会議員になってから親しくさせていただいていました。
特に、私が市会議員になってしばらく経ってからだったと思いますが、AOSSAが建設前の時に、そのコンセプトと青写真について地区の代表者とともに協議した席で、「今の計画では1階〜3階の商業施設はうまくいかない。中でも飲食店は最上階に持っていくべきだ」と力説され、私も同意見だったことから、その後、事あるごとに、私の話を支持してくれた議員は「西本議員だけや」と地区の皆さんに話されていました。
案の定、AOSSA商業施設は暗礁に乗っています。(ようやくテナントが詰まったそうですが、テナント契約条件は相当緩められたことと思います)
坂川氏が市長になってからの評価として、私は一貫して市民やマスコミに対して
「私は、坂川市長を評価しています。ただし、何でも自分でやろうとするので、もう少し人に任せたらいいのにと思っています」
と話してきました。『何でも知らないと気が済まない』『何でも自分が現場にいないと気が済まない』勉強熱心で行動派の坂川氏を象徴しています。
昨年は、私の子供が所属する少年野球「日之出レッドスコーピオンズ」が主催する日之出リーグに来賓として挨拶をお願いしたところ、他の行事の間隙を縫って、永平寺町のゆめパークまでお越しくださり、「松坂」や「桑田」の話を通して豆っこ球児たちにエールを送ってくださいました。体が万全でなかったにも係わらず、市民と接することに徹せられた姿に、尊敬と感謝の思いでいっぱいです。
残念な人を亡くしました。ご冥福を心より祈ります。
昨日の昼、日之出公民館で地区内3つの壮年会で構成される地区壮年連絡協議会総会がありました。
事業報告、会計報告の後、協議会の在り方について、「コミュニケーションを図ることが第一」と再確認がなされました。
私も構成する3つのうちの1つの会に所属しており、毎月会員が輪番で講師となって談話をします。経営者の立場で世の中を語る人もいれば、趣味をく掘り下げて説明する人、元校長先生が教育の話をするなど多彩なテーマで賑わいます。講師の話の後は、参加者も感想を述べ合ったり、関連する発言をし、話は拡がり深まっていきます。
昨年は、忙しさにかまけて新年会と忘年会にしか参加できなかった私ですが、様々な立場で、いろいろな角度で論議される有意義な時間ですので、なるべく参加するように心がけていきます。(実は今週もあるのですが、その日は他の会合が入っているので、終わり頃には参加できるかどうか?)
「我以外皆我師」とは作家の吉川英治が好んで使った言葉ですが、『すべての人から学ぶことができる』という意味だと思います。私も皆さんの知恵と知識に触れながら、勉強していきます。
あるところに、年金で生活をしている老夫婦がいます。最近原油高騰の影響で物価が高くなり、社会保障費も大きくなる中で、少し生活が苦しくなってきました。そこで現役時代に積み立てていた貯金をちょとづつ切り崩して、生活費を補てんしています。
この老夫婦には、娘が一人いてOLをしています。娘はエステ通いをし、高額の化粧品やブランド品などを買うために、カードローンで借金を重ねています。親は娘と離れて暮らしているので、娘の生活状況を知りません
ある日、父親が娘に「年老いてきて足腰も弱くなってきたので、家をバリアフリー化して、ついでに少し模様替えをしたい。もし余裕があるなら少しお金を出してくれないか。将来はお前の財産になるし」
親思いの娘は、全く余裕のない借金生活でしたが「来年はもっと給料が上がるのよ。わかったわ。」と楽観的に返答しました。
勤める会社は業績が悪くなってきて今年は赤字でした。給料はダウンすることがあっても、アップする見込みはありません。しかし、親思いの娘はさらに借金をしてお金を捻出しました。借金はもう、自分の力では返せない金額に膨らんでいます。
この娘の状態を知った友人が、「あなたの生活を改めなさい。エステ通いをやめなさい。化粧品もこんな高額の高級品でなくてもいいはずよ、また違う会社のカードローンに手を出したって。これで親が喜ぶと思っているの」と涙ながらに諌めました。
娘は、自分を振り返り、エステもやめ、高額な買い物もやめましたがもう手遅れです。月々の借金返済額が給料を大きく超えています。この借金を返すためにさらに新たなカードローンに手を出してしまう始末です。
見かねた友人は老夫婦を訪ね、娘さんの状態を告げました。
しかし、老夫婦は、友人の話を途中でさえぎって「うちの娘に限ってそんなことはない。あんたは何もんや。帰ってくれ」と追い返し、全く耳をかそうとしません。
とはいうものの、ちょっと心配になって娘にこのことを伝えました。娘は友人の告げ口にムッとしながらも「大丈夫よ。心配しないで。あの友人は誰からも嫌われているの。私がうまくいっているのをやっかむのよ」と、忠告してくれた親切な友人への申し訳なさと、勝手なことをしてくれたという腹立ちが入り混じった気持ちで、親を安心させるためにその場をつくろいました。
老夫婦は、娘からのお金と自分たちの貯金で、家を改築しました。新しくなった家に住みながら「いい娘をもったもんだ」と喜び、しばらくは平穏な生活を送っていました。
半年後、娘は自己破産することになりました。なんと、娘は勝手に親の実印を持ち出して、父親名義で保証人にしていたことが発覚しました。
その時、老夫婦は初めて娘の友人の言っていたことが本当だとわかりました。娘の言葉を鵜呑みにして、娘の生活状況をしっかり確認しなかった自分に腹が立ってしょうがありません。一人娘のあきれた行動に手をあげたくなるほどでしたが、振り上げた拳は空をうつばかり。自分を責める日々です。
家も少しだけバリアフリーにすれば済んだところ、余計なところまで手を加えたため金額は嵩み、加えて娘の借金返済も、おかげで懸命に積み立ててきた貯金は残高ゼロに。
さらに、せっかく改築した家も手放さなければならない。老後の余生をゆっくりと思っていたのに。もっと早く手を打っておけば・・・後の祭りです。(これは、私が作ったフィクションです)
借金時計って知っていますか。
日本がどれくらい借金があるかをリアルタイムで表示しています。
最近まで、財務省自らホームページで公表していたのですが、アクセス増によりホームページが重くなるとの理由で、現在は凍結されていますが、財部誠一オフィシャルページ(http://www.takarabe-hrj.co.jp/clock.htm)で紹介されています。
今も、この時計は借金増の金額を刻んでいます。現在、▲772兆円の借金です。これだけある借金。どうやって返すのでしょうか。しかし、返済していかなければならないのです。
昨年夕張市が財政再建団体に指定され、現在重い借金のために、市民サービスが極端に低下しました。少なくともこれから18年間は借金を返すために厳しい財政の中でやりくりをしなければなりません。
その夕張市よりもっと状態が悪いのが国なのです。無駄を徹底的に省き、借金を減らし、歳入もしっかり確保していかなければならない状況下で、それでもバラマキをしようとする民主党。
基礎年金は全額税方式とし、消費税をすべてつぎ込む。
1人2万6000円の「子ども手当」を創設する。
高校教育の無償化も進める。
農家を直接支援するため「戸別所得補償制度」を創設する。
高速道路は一部大都市を除き無料化する。
そして道路特定財源暫定税率は廃止する。
すべて民主党の公約です。やがて、国民は気がつきます。「甘言を振りまき、国民の心を揺さぶってはいるが、結果的にそのツケは自分たちに回ってくることを」
冒頭で紹介した老夫婦の話は、フィクション(作り話)ですが、実際にあった話を元にして、大げさに脚色したものです。少し強引な筋書きですが、何かを感じ取っていただければ幸いです。
余談
なお、フィクションの中にあった「親が知らない間に保証人にさせられた場合」は、司法書士か弁護士に相談してください。また、娘さんが成人であれば、保証人でない限り両親は肩代わりして借金を支払う義務はありません。ただし、娘可愛さに(自己破産という傷がつかないように)、穴埋めをする場合もありますが。
また、未成年であった場合は、借り入れの時に法定代理人として親の同意が必要ですので、この同意がなければ親は支払う義務はありません。ただし、請求された時に子供が借金したことを認めると支払義務が発生します。また、本人が成人と偽って借り入れたり、また既婚者であれば成人としての扱いになります。
ついでにもう一言。多重債務者に共通することとして、月々自分がどれだけ返済しなければならないのか、いくら借金があるのかを正確に把握していないことが多いのです。
「正確に、どれくらい借金がありますか」と問いかけると、曖昧な「つかみ」で返答してくることがほとんどです。後日、もっと借金があったということは珍しくありません。驚くことですが実態です。
昨日、民主会派参議院議員9名から民主党直嶋政策調査会長に対して、道路特定財源に関する質問状が出された。
その質問の主題は、
『暫定税率の廃止に見合う代替財源を示してほしい。』
また、質問状では、
『現状では、暫定税率の廃止は、国・地方財政に深刻な影響を与え住民サービスが低下する。説得ある代替財源を明示しないままの減税は、将来世代につけをまわす危険性が高く、責任ある対応とはいえない。
地方主権を標榜する民主党が、厳しい財政状況下で地方自治体の税源を一方的に削減するのは問題ではないか』と。
このことでもわかるように、民主党の国会議員でさえも、暫定税率廃止による財源をどうするのかについて党執行部に尋ねており、納得していないことがわかります。
「必要のない道路を作らないこと」「経費を安くするための努力をすること」「無駄を省くこと」は最優先ですが、「無駄を省けば財源は生み出される」だけの、充てもない合唱だけでは2兆6千億円もの財源を生み出すことはできません。暫定税率を廃止すれば確実に地方は混乱します。
しかし、民主党は政権を奪取することが目的です。詰まる所、地方が混乱しようが、どうでもいいのです。その実像がだんだん透過度を増して見えてくるのです。
福井県(北川、西本、石橋、福祉保健部長) 福井市(下畑、島川、西本、東村市長)
石橋壮一郎公明党福井県代表、北川晶子県女性局長とともに福井県に対して、今全国で問題となっている中国製冷凍餃子の健康被害に関して書面を渡し(写真)「県民の食の安全」を要望しました。
対応した福祉保健部長の報告によりますと、
「先月30日に発覚後、直ちに対応を開始し、本日も関係所管9課を集めて対策を協議しました。福井県内では、19店舗において問題のあった餃子を計3480袋回収しています。まだ、家庭の冷蔵庫にあるもしれないため、引き続き注意を喚起しているところです。
また、学校給食で問題がないかを県内市町村で調査したところ、鯖江市で2つの中学校が冷凍餃子を使っていたことが判明しました。さらに県立病院や老人ホーム、保育園や幼稚園などにも注意を促しています。
これまでの県内における健康被害は1件。この方は1月4日に冷凍餃子を食して、数時間後に下痢になったとのこと。農薬成分である「メタミドホス」は食してから30分〜1時間で体に異常が現れるため、中毒の可能性は低いとしていますが、現在因果関係を調査しています。(1袋20個入りで10個を食して残りがあるため、2、3日で検査するとしています)。
県民の相談体制としては、
食品安全衛生課(20−0354)や福井健康福祉センター(36−1118)をはじめ県内6つの健康福祉センターで受け付けており、本日16:00現在、82件の相談がありました。
また、食の安全を守るために、県では毎年食品検査計画を立てて1000件を実施していますが、輸入品のウエイトが低かったため、これから強化します」との話でした。
続いて、福井市においても、下畑、島川議員とともに東村市長(写真)に要望しました。
福井市では、学校給食での利用を調査したところ、使用していないとのことです。東村市長からは、「市でできることを考えながら、国・県と連携して、食の安全を図りたい」とのコメントがありました。
「申し入れ書」の内容を以下にお示しします。
今般、中国製「冷凍餃子」が原因と疑われる重大な健康被害事例が発生し、検査の結果、農薬成分である「メタミドホス」が検出されたとの報道がありました。しかも、この「メタミドホス」は、中国においては昨年1月以降、中国国内での使用・販売が全面的に禁止されているにも係わらず、日本の市場に広範に流通しており、極めて遺憾な事態となっています。このことにより、県民の間には中国産輸入食品をはじめとして、食品の安全性について不安が高まっております。
つきましては、県民の不安を早急に解消するため、下記の事項の実施を強く申し入れます。
1. 国の関係機関と連携を強め、福井県における食の安全について、改めて総点検し対処すること。
2. 被害拡大防止のため、問題となる製品(商品)や回収状況等について県民への迅速な情報提供や適切な相談体制を整備すること。
3. 学校給食の食材に、中国製「冷凍餃子」などが用いられていることが予測されるが、県下の状況調査を早急に実施し公表すること。
4. 食品スーパーなど、流通における実態調査と業界への指導を行うこと。
5. 輸入食品全般に対する監視体制の強化を国に要望すること。