森田実 世界研究室通信 131」
マスコミ、ことにテレビ局に猛省を求む!
小池知事がマスコミに好かれる原因と背景
「遠慮なければ近憂あり」(孔子)
私が初めてテレビに出演したのは1970年代末のことでした。それから出演回数が徐々に増え、1980年代から2000年代なかばまでの約20年間、すべてのテレビ局から出演依頼を受けるようになりました。最近は時々しか出演しませんが、約40年間テレビ局と付き合ってきました。いま振り返ってテレビ局の文化・風習・行動様式にはある独特の特徴があると感じています。
第一に、テレビ局には一般社会の常識とは違う独特の文化があります。それは非常識、いいかえれば一種の狂気性です。軽い狂気性と言った方が正確かもしれません。NHKは一般の常識とあまり変わりませんが、民放各社には非常識性がありました。
第二に、各局とも視聴率絶対主義という極端な考えに取りつかれていることです。驚くべきことですが、ワイドショーやニュース番組は、秒刻みの視聴率を記録していたこともありました。私の出演回数は私のコーナーの視聴率に比例しました。視聴率が落ちると降板が検討されますが、視聴率が上がると継続になりました。メインキャスター(MC)のなかには視聴率に神経をすり減らしている者もいました。
小池氏がテレビ局から好かれるのは、小池氏が好かれるように仕向けているだけでなく、高い視聴率が取りやすいという点もあると思います。
第三に、政治報道のにあたるテレビ局のスタッフは「改革派」が好きです。「改革」ばかり叫んでいる政治家が好きです。テレビ局員たちは常に変化を求めているのです。1970年代には、最初は田中角栄氏が好かれました。つづいて新自由クラブの河野洋平氏がマスコミの寵児になりました。1990年代に入ると改革派の小沢一郎氏と細川護煕氏が人気を得ました。2000年代は小泉純一郎氏でした。彼らは口を開けば「改革」を叫んでいました。今は小池百合子氏です。
第四に、テレビ局は政権交代のチャンスがくると異常に張り切ります。テレビ局員の意識の底には「反自民」感情がありますが、それ以上にテレビ局に政権交代になると燃える一種の体質というか「文化」があるのです。テレビ局は政権交代が好きなのです。テレビ局が政権交代の時に挑戦者を応援し、現職の首相を、手を変え品を変えてけなし、足を引っ張るのはこのためです。自民党はこの点を理解しておく必要があります。
第五に、テレビ居は組織が嫌いです。未組織の方が好きなのです。組織政党は自民党、公明党、共産党ですが、拒否感情が一番低いのは共産党です。私は公明党は良い政党だと思っていますが、テレビ局では好かれていません。残念なことです。
第六に、テレビ局の体質が、改革派のパフォーマンス政治家の価値観と似ていることです。テレビ局の文化は「今だけ、視聴率だけ、自分だけ」です。改革派のパフォーマンス政治家は「今だけ、票だけ、自分だけ」です。非常に似ています。
第七に、テレビ局は一種のニヒリズムに支配されています。改革派のポピュリズム政治家の思想の底にはニヒリズムがあります。ニヒリズムは人間尊重主義の対極にある思想です。ニヒリズムは破壊主義に通じています。根本にあるのは無責任です。
最近テレビ局の中に反省の動きがあることを耳にしています。ニヒリズムから脱皮してほしいと思います。ニヒリズムは人間尊重主義を真っ向から否定する負の思想です。
来るべき10月22日の総選挙までのマスコミの政治報道は、選挙に大きな影響をもたらします。ぜひとも公平に心がけてほしいと思います。一方だけをほめ、他方をけなすだけの報道は慎んでほしいと思います。
1993年の政権交代時のマスコミ報道は歪んでいました。2009年の政権交代時のマスコミ報道も公平とはいえませんでした。今回は公平な報道を願いたいと思います。
とくに、マスコミ人にお願いしたいのは長期的視野に立った報道をすることです。目の前のことしか考えないマスコミは、国民から見捨てられるでしょう。「国民のためのマスコミ」になって下さい。