カテゴリー(私はこう思う)

 

現在、すみだ北斎美術館の建築現場の仮囲いには、区内の保育園の園児が描いた北斎に係わるアート作品が紹介されています。担当者から話を伺うと、園児たちが目を輝かせて共同で作品を作り上げた様子が目に浮かんできます。また、区内の小中学校の先生から、子どもたちが北斎を墨田が生んだ世界の偉人として誇りに思い始めている、といった報告も聞かれるようになりました。

北斎美術館の完成前ですが、子どもたちに対する教育的な効果が出始めていることを感じるようになりました

行政・教育委員会は、プライバシーに配慮したうえで、紹介できるエピソードをまとめておくべきであろうと思います。

ここ2~3年、子どもたちに対し北斎について学ぶ機会を数多く持ってきた成果が少しずつ表れてきています。学芸員の方も含め、区の取り組みに感謝しています。

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長年にわたり美術の振興と地域の活性化に尽くされてきたカリスマ館長・蓑豊氏が、最も成果を上げ、世界的な評価を得ている「金沢21世紀美術館」の館長就任にあたり、コンセプトに掲げたのは「子どもたちとともに成長する美術館」でありました。つまり、子どもたちの感性を磨き、創造力を育むことを最大のミッションとしたのです。具体的な取組は略しますが、こうした教育的な効果が、来館者増につながり、結果として地域経済の底上げにも寄与したことは周知の事実となりました。

教育効果をはじめ、文化的な貢献度を数値化することは難しいといえますが、かといってこうした効果を否定もできないと思います。

 

以上、申し上げたことを踏まえれば、「経済効果VS文化振興」の二項対立をそろそろ越えねばならないと考えています。

「地域経済への効果が見えない限り賛成できない」「文化芸術の振興は行政にとって重要な仕事のひとつ。赤字もやむを得ない」といった議論は卒業しましょうということです。行政としての「自己満足」「お飾り」と揶揄されてもやむを得ない施設が全国に散見されることは否定しませんが、これからの美術館は、直接、間接の経済効果をもたらす経済活性化の「核」にしなければなりません。

こうした主張を述べるにあたり、最近私は、ニューヨークの再生事例を紹介しながら説明しています。

 

以下、わかりやすく説明するために、慶応義塾大学総合政策学部の上山信一教授の論文から趣旨を引用させていただきます。

  


 

アメリカは、日本よりはるか以前に経済発展し、拡大再生産型の資本主義を形成。ニューヨークは巨大企業の本社が摩天楼と呼ばれる高層ビル群を林立させるなど、世界経済の中心地であった。いわば大企業が大木のように林立して経済を支えていた「大木経済」である。

ところが、その後日本などの新興国の進出により、1970年代にはそれらのビルは次々に売り出され、大企業の本社の多くは地方都市に移っていき、ニューヨークは荒廃した。

だが、次第に大木である摩天楼の代わりに雑木林の群生を生み出した。その活力の源が芸術・文化、メディアなどの産業であったというのである。

博物館、美術館、劇場、コンサートホール、そして大学、図書館などそれ以前からあったものを含め、2千を超える文化施設が雑木林を構成する施設だったのである。これら雑木林の周辺には新たな生態系が広がった。つまり、ミュージアム周辺の宿泊、飲食、みやげ物などの門前町的な産業に加え、出版、広告、放送、ファッション、デザイン、ソフト産業などベンチャー系も含め、雑木林を構成した企業は、文化・芸術、その他のサービス業だったのである。

さらには、こうした雑木林の周辺には専門技術・能力を持った人材が移住してきた。

このような雑木林の隆盛は、大木(大企業)の老化も防いだ。1990年代には大企業の流出も止まり、財政も好転し、ニューヨークは再生した。

  


 

「大木経済」から「雑木林経済」への転換に成功したニューヨークの事例を紹介すると、かなりの方が理解を示して下さります。当然、ニューヨークと墨田区を同じ尺度で比較することはできませんが、考え方はかなり参考になると思います。

日本全体が規格大量生産型の大木経済から文化・芸術、観光、教育やそれに連なる雑木林経済へと転換を図りつつある中で、ミュージアムがその核になりうるということを理解していただけると思います。

 

現実に、「すみだクリエイターズクラブ」ができ、有能な人材がすみだを舞台に様々なイベントを企画し、まちを変えようと活動されていますし、北斎美術館の近くには、オンリーワンの結婚式を企画する、全国的に注目されている企業がつい最近本社を移されました。また、ホテルの進出もいくつか予定されています。

これらは、スカイツリーのほか、郵政博物館、たばこと塩の博物館、江戸東京博物館、そしてすみだ北斎美術館、さらには2017年度に開館予定の刀剣博物館、3Mの一環である小さな博物館、また相撲文化など、すべてが相乗効果となって墨田区の価値を高めていることが背景にあります。これからは、都心や山の手ではなく、城東地域、特にすみだだと、注目されている証左です。

 

これからの公共施設は、文化施設だけではなく、教育、福祉、コミュニティ施設も含め例外なくコストパフォーマンスを問われます。区政全般のマネージメントの中で、それぞれの施設のあり方や価値を常に考えていく時代です。北斎美術館に関しては、積極的に推進してきた立場として、区民の理解を進めることとコスト意識を持ち続けることについて、これまで以上に自らに厳しく課していく決意です。

そして、東京オリンピック・パラリンピックの開催も追い風にして、墨田区の可能性をさらに高めるよう、建設的な提言をしてまいります。

 

  

 

(1)  はじめに

 昨年7月の入札不調、その後の再入札の中止に端を発した、北斎美術館新築工事。

予算特別委員会終盤の現在も先行き不透明です。3月12日の採決前まで、残されたわずかな時間の議論で、議会がどのような結論を出すか、今の段階では分かりません。私は予算委員ではないので、委員会で発言はできませんが、最後は議会制民主主義の王道を踏み外さず、公の議会の場で充分な審議のうえ、結論を出すべきであると思います。

昨年9月27日のブログに、説明責任を果たす意味で自身の見解を述べたのですが、僅か4~5日でまとめたので、校正もせず掲載してしまいました。一部修正し、改めて私の見解を述べ、賢明な区民の皆様のご意見をいただきたいと存じます。

 

(2)  経緯

 昨年9月の第3回定例会における山﨑区長の所信表明が簡潔で分かりやすいので引用させていただきます。

『このプロジェクトは本所割下水、現在の亀沢辺りに生まれ、90年余に亘る生涯の大半を“すみだ”で過ごし、多くの版画や肉筆画を世に送り出し、世界的な評価が高い葛飾北斎を、区民の誇りとして顕彰し、後世にその偉業を伝承するとともに、両国・亀沢地区の地域活性化の拠点とすることを目的に、平成元年に墨田区基本計画にその構想が掲げられ、現在に至っているものでございます。
 そして今日まで四半世紀に亘って、その構想実現に向けて、まずは北斎美術館に展示する資料の収集から始めることとし、当時の竹下内閣が提唱したふるさと創生資金を原資に、平成元年に北斎館資料取得基金を設置して対応してきたところでございます。そして、この建設構想にご賛同をいただいた世界的な北斎資料のコレクターのピーター・モース氏のご遺族から、多くの所蔵資料を譲り受けたほか、日本の北斎研究の第一人者である楢崎宗重氏からも貴重な資料をご寄贈いただき、現在、区の保有する北斎資料は約1,400点となっております。
 さらに、平成5年に亀沢二丁目に建設用地の取得も行ってまいりました。
 一方この間には、区財政の状況悪化による事業の一時凍結や建設場所を亀沢二丁目から北斎通りに面した緑町公園内に変更したほか、東日本大震災の発生に伴い防災性向上のための見直しによる事業の延期等もありましたが、建設財源の確保等の目途も立ったことから、本年度その実現に向けて大きく歩みを進めさせていただくこととしたところでございます』(平成25年9月3日)

 25年前といえばバブル景気の真っ最中。墨田区にも美術館の一つもあってよいのではないか、といった発想がなかったとはいえないと思います。実際、区役所や国際ファッションセンター、トリフォニーホールを中心とした錦糸町駅北口の再開発などをみても(当時他の自治体も同様ですが)バブル期の発想があったことは否めないと思います。

 バブル崩壊後、財政再建後に実施する事業として一時凍結されていた北斎館構想が、東京スカイツリー誘致決定後の平成18年に策定した現基本計画で復活し、スカイツリー関連事業に位置付けられました。その直後の平成19年3月に北斎館施設整備方針が策定された頃より、区議会においても賛否両論、様々な議論が行われてきたところです。

 そうした中、行政の説明をうのみにするのではなく中立の立場で、墨田区民にとって最善の道は何なのか、結論を出すために自分なりに調査・研究してまいりました。美術の専門家でもありませんし、建築の専門家でもありません。まだまだ、勉強しなければなりませんが、これまでの成果を整理しておきたいと思います。

 

(3)  美術館の役割について

 北斎美術館について述べる前に、そもそも美術館の役割とは?を考えたいと思います。

 皆様は美術館にどのようなイメージをお持ちでしょうか?

 実は、日本は世界でもまれに見るミュージアム大国です。2004年度時点で国内に5614館あり、そのうち美術館は1087館、都道府県立77館と市区町村立428館を合わせた公立美術館数は505館となっております。数だけに限って言えば、ヨーローッパの先進国と比べ、ドイツを除けばイギリス、フランスなどを大きく凌駕しております。『「これからの公立美術館のあり方についての調査・研究」(財団法人地域創造・平成21年3月)』

 これほど多くの美術館が存在しているにもかかわらず、日常的に美術館を身近な存在として訪れる方がどの程度いるのでしょう?私の経験から申し上げると、子どもが小さい頃、家族で旅行した際、旅のついでに絵本関係の美術館を訪れたことはありますが、公立美術館となると、高尚で敷居が高いイメージがあってあまり行った記憶はありません。しかも、あくまで静かに作品を見る場所であって、小さな子どもを連れていくなど、周りに迷惑をかけるのではないかという意識が働いて、家族で行く場所ではないと思っていました。しかし、欧米ではかなり違うようです。私がカリスマ館長として尊敬する金沢21世紀美術館初代館長の蓑豊氏の言によれば、『欧米では美術館はカジュアルで親しみやすく、いつでも気軽に立ち寄れる場所だ。人間が人間らしく生きる上で欠かせない「表現」と出会い、恋人や友人、家族と語り合うための話題を見つけられる場所なのだ。美術館とは、そこに行けばいつも新しい出会いが待っている、ワクワクするような場なのである』(超〈美術館〉革命 平成24年4月)

 これからは、従来の固定観念から離れた新しいイメージの美術館が求められるのではないでしょうか。厳しい財政状況の中で公立美術館のあり方が見直されることは当然であり、存在感を出さなければ生き残れない時代です。そうした状況の中で新しい美術館を整備することは本来多くの区民からの盛り上がりがなければなりません。

いまだ反対の声が強いことを行政に責任転嫁するつもりはありません。これからの美術館は、欧米型の美術館を志向したうえで、その求められる役割を明確にしなければならないと考えます。

そこで、私が考える美術館の定義を、芸術文化によるまちづくりに資する美術館と位置づけ、具体的には、①人が人らしく生きる力を引き出すもので、教育、福祉などの分野と結びつく「人づくり」と、②都市を再生し地域に活力を与えるもので、観光・産業などの分野と結びつく「まちづくり」の二つの側面を併せ持つ「まちづくり」に貢献するもの、と定めました。(簡潔にまとめるため、アートサポートふくおか代表の「芸術文化がまちをつくるⅡ」の表現を参考にさせていただきました)

 わかりづらい表現になってしまいましたが、端的に申し上げれば、欧米のように気軽に立ち寄れる敷居の低い美術館。フレンドリーで和やかな雰囲気の美術館。かつ、本物に触れ新しい発見のある美術館。知的好奇心を満足する学びの場でもある美術館。そういったイメージになるでしょうが、理想に近づける最も重要な近道は、“子ども”にあると考えています。子どもの感性を磨き、想像力をはぐくむ拠点とすることができるかどうかに成否のカギがあるといっても過言ではありません。そして、そのためには学芸員の存在が重要です。単なる研究者といった従来のイメージを脱却し欧米のキュレーターのように経営感覚も持ち合わせながら、館内においても地域にあってもフレンドリーな存在であってほしいものです。子どもの成長を育むこと。学芸員のスキルに執着すること。この二つがうまくいけば、(企画展の内容にもよりますが)結果として集客力アップにつながると考えています。

 逆に、できなければ、一部地方都市にみられるように、統廃合、つまり淘汰の対象になることもあり得るでしょう。

 

(4)  北斎美術館について

 私が考えるこれからの美術館のイメージを長々と述べてまいりましたが、では、墨田区が北斎を顕彰する美術館をつくることに、どれだけの意義があるのか?について考察したいと思います。

 公立・私立を問わず全国には歴史上の人物を顕彰、もしくは特定の画家・作家の作品を展示する博物館・美術館が多数存在します。当然ですが、その人物にゆかりのある地域に整備されているものがほとんどです。そういう意味では、世界的に評価の高い葛飾北斎をゆかりのある墨田区が顕彰することに反対する方は多くありません。事実、反対派の方も北斎を顕彰することや文化振興に反対するというよりも、30数億かけて箱モノを作る必要はない、との主張ですから、北斎の偉業とその顕彰を墨田区が行うことに関して問題があるわけではありません。

問題はどのような形で顕彰するかということで見解が分かれていることにあると思われます。私は、コストについて、市場原理主義に基づく費用対効果に着目し、赤字になることをことさら強調して反対することはいかがなものか、と考えています。ただ、平成18年にスカイツリー関連事業として北斎美術館構想が復活した頃は、すぐそばの江戸博を活用すればいいのではないかと思っていました。こうしたことから、適切な決断を求められる立場として、賛成するにしろ反対するにしろ、自分で納得できるまで研究しようと考えるに至りました。

 まず、それだけのコスト(平成元年から完成までに総額50億円以上の投資になると思われます)をかけても顕彰するに値する人物なのかどうか、知っているようで知らない葛飾北斎の人物像を理解する必要性を感じ、北斎に関する様々な本を読んできました。

 富嶽三十六景や北斎漫画など代表的な北斎作品は一般に広く知られております。富士山が世界遺産になった背景に、北斎の存在があるとも言われています。また、北斎作品が欧米の画家や音楽家に影響を与えていることなどを総合的にみていくと、評価が高いのは北斎作品であって、北斎の生涯や、性格も含めた人物像は重要視されていません。私は、北斎の人物像そのものが理解されなければ、区民の理解も得られないと考えました。一般的には、生涯に名前を30回も変えたとか、93回も引っ越したなどという事実から、ちょっと変わった人物か、絵に執着するあまり世事にあまり関心がないというようなイメージが浮かんできます。しかし、学んでいくほど北斎の奥行きの深さがわかってきました。素人ですからお許しいただきたいと思いますが、私なりに勉強したところでもいくつか興味深い点があります。たとえば、

①  勝川派を破門された(もしくは飛び出した?)あと1年ほどほとんど作品を出していない空白期間があること。その間に写楽として活動していたのではないかという写楽=北斎説があること(主張する識者は多くはありませんが、写楽=北斎となるとロマンを感じます)

②  シーボルトをはじめオランダ人と交際していること。(なぜ交際していたかを突き詰めていくと進取の気性に富んだ人物だったことが分かります)

③  小布施の屋台絵になぜかエンゼル(天使)を書き込んでいること(鎖国の時代に考えられない)

④ 晩年の庇護者・ 高井鴻山は大塩平八郎や、佐久間象山と交流があり、開明的な人物であった。高井鴻山を通じ佐久間象山と交流があった形跡があること

⑤長年の親友・柳亭種彦が、天保の改革で捕らえられ、獄死したこと(ろうから出た後病死したとの説もあり)

⑤  北斎最後の弟子・本間北曜が北斎死後、大阪の勝海舟の塾の講師となり、その後長崎で英語を学び、さらに、ジョン万次郎とともに薩摩の開成所で英語教師となって、西郷隆盛など幕末の志士と交流があったこと

 はっきり説明できることと推測でしか言えないこととがありますが、興味深い人物であることが多少でも伝われば幸いです。ただ、確実に言えることは、よき文化人の一面に加え、当時の社会状況などを的確に判断し、自分で考え行動していることです。田沼時代から寛政の改革、その後の文化の華開いた文化・文政時代、蛮社の獄や天保の改革など、幕末前とはいえ、激動ともいえる社会の変化が、北斎の画業に影響を及ぼしているような気がしてなりません。重要なことは、その都度自分で道を切り開いてきたと思われることです。北斎美術館開館後はぜひ研究を進めていただき、私が申し上げたことの背景を解明していただきたいし、北斎そのものの魅力を今以上に見出し、情報を発信することを望むものです。

 以上のように拙い知識ですが、北斎の生涯そのものが、魅力的でドラマに満ちているなと感じます。そうしたことから、かつて議会の中でも、北斎の魅力を多くの人に知ってもらうためにはNHKの大河ドラマとまではいかないまでも、ドラマ化できないかテレビ局にロビー活動してみては、と提案したことがあります。それだけの価値があると自分では判断しました。

 坂本龍馬記念館は、赤字ですが地元からクレームなどおきません。誰もが龍馬を愛し、施設そのものは赤字でも観光客の誘致など地域経済の活性化になくてはならない存在と考えているからです。施設そのものの赤字を埋め合わせるだけの効果があると地元の方が確信しているからです。北斎美術館もそうしなければなりません。北斎の作品だけではなく北斎の人物像を広めていくことでその道は開けてくると思います。

 ただ、坂本龍馬の人気が出たのは、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」が発行され、その後大河ドラマで取り上げられてからだそうですから、何か起爆剤がなければ、北斎を区民の誇りとして感じるかといえば、ありえないと思いますし、行政から押し付けることではありません。長期的な視点に立って情報発信に取り組んでいけばよいことです。

 先ほど、学芸員の存在が重要と述べましたが、10年以上区政に携わっている私でさえ、学芸員の方の講演は聞いたことがあっても、親しく会話を交わしたことはありません。本来はもっとまちの中に出て、食事などをしながら、時には酒を酌み交わし、北斎の魅力を熱く語ってほしいものです。

北斎の魅力について述べてきましたが、これだけで、38億もの建設コストをかけ、かつその後毎年1億円以上の赤字が出ることに対し納得できない方々の理解を得られるとは思っていません。そこで、次にコストについて考察しましょう。

  

(5)  コストの考え方について

 北斎美術館に関しては、昨年3月に行われた予算特別委員会において、慎重に審議したうえで、「管理運営費の更なる圧縮を図るとともに、収入の増加に全力で取り組むこと。さらには文化振興の面のみならず、観光やまちづくりにおける効果を最大限に発揮できるように努められたい。とりわけ区民の理解を得るため、全庁挙げてなお一層努力すること」との厳しい附帯決議をつけ予算案を認めました。したがって、再積算における当初予算と7億3千万余の乖離が出たことは、厳しく批判されることは当然であります。

 26年度の予算案においては、設計者の協力のもと、資材の質を落とすことで減額を試みましたが、資材価格と労務費の急騰の影響及び消費税のアップと地中埋設物の撤去費用が加わったために、昨秋の幻の再積算よりもコストアップとなってしまいました。

予算特別委員会においては、コストについての議論が中心になると思われますが、私は、これまでの議論の成果をゼロに戻すかのような論調には与することはできません。そもそもこれからの公共施設は、「公共施設マネジメント」の導入を強く主張してきたとおり、福祉・教育施設などニーズの高い施設も含めすべてにわたり強いコスト意識を持たねばなりません。今後、固定資産台帳の整備や会計制度改革により、ライフサイクルコストの算出も容易になります。必要な公共施設について、建物の長寿命化を目指しながらライフサイクルコストの圧縮に努めるべきという主張が本来のあり方でしょう。今の議論は初期投資のイニシャルコストと単年度の管理運営費用であるランニングコストに偏りすぎている感があります。

 ただし、区民のみが利用する施設と違い、文化施設は、産業や観光の振興に寄与し経済効果を最大限に発揮することが求められることは当然です。雇用増や直接的な経済効果だけではなく、周辺の商店街振興や区内事業者への間接的な経済波及効果を実感できなければ意味がありません。そういう意味で、北斎の冠がついたイベントが最近増えていることは、区民側から地域の活性化に活かしていこうとの意思が感じられ、これまでとの変化を感じます。

 経済的効果を一般的に定量的な効果と言っていますが、文化施設に期待されるもう一つの効果としての定性的効果、あるいは文化的価値をどのように認識するかということが、最終的な判断基準になるような気がします。

 この点については、文化経済学の立場から検証するべきであると考えます。

 あらためて申し上げるまでもなく、戦後の日本は、限られた資源を効率的、合理的に使った規格大量生産で経済発展を遂げ、国民の生活レベルをあげてきました。こうした長い年月をかけ体系化した経済学の理論の中核をなしているのが市場メカニズムであるといえますが、人間が直面する諸課題をすべて解決できるわけではありません。グローバル化の進展で経済が停滞してくると、格差の拡大などといった問題に加え、満足度・幸福度の追求という尺度が注目されだしました。国際社会の中で日本人が幸福と感じる度合いが相対的に低いことから、文化・芸術、スポーツなど、個人の主観に属する面に着目する動きが出てきたわけです。このたびの2020年東京オリンピック招致決定は、理屈抜きに多くの国民の喜びとなりました。商売が儲かるとか、給料が上がるなどといった経済的な発想抜きに、大きな歓喜となったのです。文化やスポーツの価値が高く評価された結果といえましょう。高度経済成長時代の日本では、文化やスポーツなど個人の心すなわち主観の問題は科学や経済学に必要な合理的な要件を満たさないものとして、経済学や社会科学の対象ではありませんでしたが、無視できない要素となってきました。こうした背景のもと欧米より遅れましたが、日本においては1990年代以降文化経済学が体系づけられてきています。端的に申し上げると、文化経済学とは、文化芸術財における生産、流通、消費等の経済学的パラダイムの中で効率化を追求し、より一層の経済効果を高めることは当然として、経済的価値では計れない文化的富をどのように評価し、最大にしていくかを体系づける学問の分野です。文化的富とは、経済指標で数値化できないもの、たとえば、地域コミュニティの活性化、芸術分野の人材育成、子どもへの教育的効果や文化芸術が有する国際性による国際交流の促進(抽象的で申し訳ありません)など、教育政策、社会政策などより広い分野をも包摂し、政策目標を達成しうる価値創造と位置付けられると考えられます。そういう観点から、区の他の施策・事業との連携も想定して、どのような成果を上げるかについて更なる議論を進めることを前提に推進の立場をとってきました。

 しかし、文化的価値の評価基準の指標化は、困難ですから、現実には、集客力に表れてくると考えられます。すなわち、文化的価値と、直接・間接の経済効果とは正の相関関係にあります。そういう意味で、収入の多寡に直接影響する集客数の増減に敏感であるべきです。企画展の内容によって大きな差が出るでしょうが、コスト削減を区民の負担の縮減ととらえるならば、建設費や管理運営費のコストダウンだけではなく収入増についてもっと着目する必要があると思います。そこで、経済と文化両面の成果指標として、人件費や光熱費などの固定費と展覧会の会計を区別し、展覧会ごとに収支を出すこととしたらよいのではないかと考えています。すみやかにまた的確に検証可能となり、議会のチェック機能を適切に発揮すれば、集客増へつなげることも可能になりますので、今後議会でも提案していきたいと考えています。美術館全体では赤字でも(赤字額を減らす努力は当然必要ですが)、せめて個々の展覧会(事業)では黒字となるよう企画してもらいたいものです。美術館の中には、管理運営全体では赤字となっても、展覧会ごとの収支では黒字となるケースもあるそうですので、区民理解を得るためにも重要な視点です。

 さらに、コスト増への批判が予想以上に強いことを考えれば、北斎美術館会計を一般会計の中で処理するにしても、特別会計や公営企業会計のように、その部分だけ切り出し別枠で公開することで見える化を進めることも必要でしょう。

 寄付金の活用など、税外収入の確保についても、すでに区側から提案されていますが、ファンドレイジングの様々な手法を活用し、幅広く企業、個人からの寄付を募るとともに、大手企業のメセナ活動との連携も求められます。

   

(6)  建築デザインについて

 そこで、そもそも論になるかもしれませんが、美術館の建築デザインについて考えてみたいと思います。

 欧米で美術館が次々と建造された19世紀のデザインは、ギリシャ神殿風の建物でした。その後、美の象徴ともいえるデザインに大きな変革が起きたのは第2次世界大戦後の1950年代。ニューヨークのグッゲンハイム美術館がそれまでの古典主義的なデザインを排し、シンプルなラインが特徴のモダンデザインの建物として登場しました。設立当初は斬新すぎて住民からも美術界からも奇抜すぎるなどと評判は良くなかったそうです。しかし、やがて時代とともに美術館の個性として受け入れられ、ニューヨークが20世紀後半の美術界の中心として栄えていくきっかけとなったそうです。以来、美術館のデザインがその街を変え、ブランド力を高める可能性を持つものとして刺激的な表現であることが世界の潮流になっていきます。

 こうした美術館のデザインの変遷を通し、先ほども引用した蓑豊氏は、美術館の建築デザインについて『美術館は芸術作品を見せる場所である。その場所も魅力的であることが好ましい。美術館における建築は単なる「容れ物」ではなく、美術館の思想を表現する一つの「空間」である。建築家にとって美術館がしばしば代表作に挙げられるのは、それだけ表現というレベルで高い挑戦のしがいがあるからだろう』(超〈美術館〉革命 平成24年4月)と述べていますが、私もこの考え方に同感です。

区も同様の考えから建築デザインを重視し、平成21年に公募型プロポーザルを実施しました。選定された妹島和世氏の設計が斬新的、挑戦的であるがゆえに賛否両論あるのはやむを得ないことでしょうが、176者の応募から1次審査、2次審査の公開プレゼンテーションを経て決定されたものです。正規な手続きを経て決定したことを、コスト削減のためだからと言って設計を変更するなどと今になって主張することはあってはなりません。

 参考までに、妹島和世氏の設計に対する審査員の公表を掲載しておきます。

折り紙のように見えると指摘した審査委員がいたが、見る場所や角度によって様々な表情を見せる幾つかの小さな建物が合体したような特徴的な形態の建物は、下町市街地のスケール感とも調和しつつも、街の新しいシンボルとなることが期待できる、従来の公共建築にない新しさ、可能性を感じる建物である。

 建物の壁面は、建物周辺の公園の緑や街の風景を優しく映し込むことで、街の風景に溶け込むことが意図されている。建物を小さな単位に分割するように立体的に設けられた幾(いく)かの楔(くさび)状のスリットからは、美術館という特殊な内部空間にコントロールされた光を取り入れるとともに、建物内と外部の視覚的な繋がりを実現している。また、公園に向けて1階部分に配置されたエントランス周辺には、人々が気楽に施設に立ち寄りまた滞留できる工夫があり、施設の街への開き方が絶妙なバランスで提案されている。建築の形態だけで強くその存在を主張するのではなく、低層階での人々のアクティビティを生む設(しつら)えや、外壁の金属パネルによる周辺の風景の映し込みや建築内のアクティビティを楔状のスリットを通して表出させることで街とのつながりを持たせようとする、この場所の在り方を体現した公共建築へのアプローチを高く評価し、本プロポーザルの最優秀者とする。

 展示室について、スリット状の開口部や不整形の平面により、展示がし難いのではないかという指摘もあったが、今後展示のサブシステムを検討する中で、建物の形状を活かしつつ十分に解決できる提案者であると判断した」

 むろん公共施設ですから、税金をいくらでも投入してよいということにはなりません。慎重な審議を経て議決した予算を大幅に上回ることとなった今回の事態は遺憾であり、今後の議論の中で原因と責任を明らかにしていかなければならないことは当然です。その上で適切な価格で落札されることを期待するものです。

  

(7)  管理運営について

 北斎美術館の建設が不透明になった段階ですので、管理運営について述べるのは適切でないかもしれませんが、私の考えを整理する意味でまとめておきたいと思います。

 区ではコストをできるだけ抑えたいとの考えから指定管理者制度を活用するといっていますが、私は、美術館に指定管理者制度を導入することに不安と疑問を持っています。そもそも、指定管理者制度は民間の能力を活かし、効率的に施設の管理運営を民間企業やNPO法人などに委託する制度です。公立美術館においても指定管理者制度の導入が全国的に進んでいますが、美術館に関して言えば、その成果について評価できる段階にはないといえます。

 問題点はいくつかありますが、

①    引き受けた企業は利益を出さなければならない、または赤字を最小限に抑えなければならないとの意識が働き、人件費を減らし、企画展などの予算規模を縮小する可能性がある

②    展覧会の中には、企画から実施まで10年がかりのものもあるが、指定期間は5年程度が主なので、長期的な計画が立てられない(最近は指定期間を長くする傾向があるようですが)

③    指定期間中の評価が低ければ、新たな指定管理者を公募しなければならないが、引き受け手がいない可能性が高い

などの点があげられます。

 企画部門は直営で、施設の維持管理だけを指定業者に任せるといった、役割分担を明確にした管理運営も可能ですが、今の墨田区役所に美術館運営のノウハウを持った職員がいるとも思えないので、最終的には指定管理者制度の活用に賛成はするつもりです。ただし、厳しい条件は付けようと考えています。具体的には、館長と学芸員の人選についてです。館長については、経営感覚と幅広い人脈を持ち、美術館のトップセールスマンとして集客力の面においてものちに述べるファンドレイジングの面でも存分に力を発揮できる人材が求められます。また、学芸員については、北斎の研究者としての資質に加え、先ほども触れましたが館の内外においてフレンドリーであること。来館者と常にふれあい、また地域の中にも溶け込む存在でなければなりません。さらに言えば、北斎の研究者という側面だけでなく近現代の美術やその他の分野も詳しいといった幅広い知識と視野を持った人材が求められます。また、他の美術館や美術業界、大学などともつながりを持っていることも重要です。簡潔にまとめると、「知のネットワーク」と「人のネットワーク」を持ち、それを活かせる人材といえるでしょうか。

 館長と学芸員の人選に力を注ぐ理由は、集客力に直結するからですが、ほかにもあります。

 第一に、北斎は時代区分では近世の絵師になりますが、北斎とその弟子及び同時代の他の絵師の作品を中心とした展覧会ばかりではなく、近代・現代美術を扱ってもよいのではないかという点です。なぜならば、北斎は常に時代を先取りし道を切り開いてきました。絵の分野だけではなく、北斎亡き後に訪れる開国まで予測していたのではないかと思われるほど時代に敏感であったといえるからです。今の時代にもし北斎がいたら我々が驚くような作品を描きあげることでしょう。そういう意味で、現在の最新アートとのコラボレーションがあってもよいのではないかと思います。たとえば、開館記念の展覧会は(すでに検討していなければいけない段階に入っているのですが)、ジブリ展などや、妖怪の絵を描いていることから、水木茂先生のゲゲゲの鬼太郎とのコラボ展などを開催できれば、注目も集まり集客効果も高いと思います。視野を狭くするのではなく、現代美術や明治から昭和の浮世絵なども含め、大きくウィングを拡げるべきです。

 また、先日、東京スカイツリー内にオープンした郵政博物館や2年後に横川1丁目に開設予定のたばこと塩の博物館に加え北斎美術館が完成することでスカイツリーから両国に至る文化の軸ができることになります。名実ともに墨田区が「音楽都市すみだ」から「文化都市すみだ」へと生まれ変わるのです。文化都市の象徴として、そうした民間の施設とも連携をとりながら墨田区を中心に国際美術展「トリエンナーレ」「ビエンナーレ」のを開催が可能となるのではないか友考えています。横浜や愛知、神戸などが有名ですが、墨田区を舞台に開催することを想像すると希望に満ちてくる方も多いと思います。正直なところ、墨田区単独では難しいと思うので、周辺区に声をかける必要がありますが、墨田区はその中心になる資格があると言ってよいでしょう。

 第二に、これからの美術館は親方日の丸ではいけないということです。限られた予算の中で成果を上げること、存在感を高めることが求められる時代を迎えています。足りない予算は自ら集めるといった気概を持つべきでしょう。アメリカの美術館は財団立がほとんどだそうで、税金を当てにすることができません。したがって、館長や日本語で学芸員と訳されるキュレーターにとって、資金集めが仕事の中で大きなウェイトを占めているそうです。当然、幅広い人脈を持ち経営感覚と営業力に優れた人材が求められることになります。寄付文化の成熟していない日本ではかなりの困難があるでしょうが、優れたファンドレイジングのスキルを持つ人材を招く重要性は強調してもしすぎることはありません。

 以上申し上げたことで、私が館長と学芸員のスキルにこだわる理由を理解していただけると思います。

 

   

(8)  結論

 これまで長々と述べてまいりましたが、以上のように、様々な角度から調査してきたうえで、最終的に判断するにあたり、4つの前提・視点を基準にいたしました。

 すなわち、

①    行政が主導して整備する文化施設が、地域活性化の拠点となるとはただちに考えられない(トリフォニーホールや郷土文化資料館が地域活性化の拠点とはだれも思っていないでしょう)

②    葛飾北斎の評価が世界的に高いことは理解するものの、人口25万人、一般会計1,050~1,100億規模の墨田区が1自治体として美術館をつくり顕彰するほど価値があるのか

③    福祉施設や教育施設など公共施設は基本的に赤字。文化施設だけ赤字は許されない、という立場には立たない

④    そのうえで費用対効果をどう考えるか

 これまでの中で、私の結論を述べているので、改めて申し上げませんが、十分に検討した結果、積極的に推進していくことにいたしました。議会における議論もリードしてきたと自負しております。

 ただし、①だけ解決できていません。実はこれが最も大事な要素です。つまり、区民からの盛り上がり、北斎美術館に期待する区民の機運が決定的に欠けていることです。公共施設は基本的に赤字ですから、整備の前提として区民のニーズがなくてはなりません。そういう意味で、福祉・教育施設のようにニーズが明確な施設と違い、文化・スポーツ施設は不利と言えるかもしれません。たとえば、錦糸公園内の総合体育館は、圧倒的にコストがかかる割に地域経済の活性化にどれだけ寄与しているか明確ではありません。私自身は、計画段階でコストがかかりすぎると問題提起しましたが、当時区民から費用対効果を理由に強く反対する声はあがりませんでした。スポーツ人口が増え、体育館の利用者が増加傾向にあり改築を求める区民からの声があったことに加え、スポーツに直接関係ない方もスポーツ振興という大義名分に反対する理由がない、むしろ応援してくれる、といった理由が考えられます。むしろ、オリンピック招致が決定したことで、早めに整備していてよかった、できればオリンピックの練習会場に使ってもらいたい、などという期待の声が出るほどです。つまり、公共施設の新設に当たっては、その用途のいかんにかかわらず、ニーズがあるかどうかということが最も重要だということです。

 北斎美術館は、高いニーズがあるかといえば残念ながらありません。推進してきたものとして、仮に議会で議決されたとして、この先開館までの2年間と開館後の1年間の3年間で、機運を醸成するとともに、周辺商店や区内事業者に経済波及効果を感じていただき、地域経済の活性化の寄与したとの評価を受けることができなければ、現在よりも厳しい批判を受ける覚悟は持っているつもりです。執行部にその覚悟が見えないことが大きな不安要素ですが、担当者レベルでは私の提案を重く受け止めていただいているようですので、連携を密にしながら今後取り組んでまいります。

  

(9)  終わりに

 これまで、調査してきたことを整理する目的で簡潔にまとめるつもりでしたが、かなり長くなってしまいました。

 これからの美術館に求められる役割や存在意義については、主に金沢21世紀美術館の例を学ぶことで理解を進めました。

 金沢21世紀美術館は、美術館としての成功例として有名です。建設前から反対の声もそれほどなかったそうですが、積極的に推進したいといった強いニーズもなかったそうです。金沢市は加賀100万石の地ですから、前田の殿様のDNAが今に引き継がれ、文化振興に寛容なのかとも思いましたが、近隣には県立美術館があります。また、21世紀美術館は現代美術館ですが、あえて現代美術館をつくる必要性を感じている人が多かったとも思えません。結果として、開館後数か月で驚異的な集客力を持つ美術館として注目を浴びることになるのですが、構想から開館まで10年足らずという短期間で実現したことを考えると、当時の市長のリーダーシップと決断力によるところが大きいと言わざるを得ません。墨田区の場合とはかなり違いますね。その上で、成功の最大の要因は、初代館長に蓑豊氏を招くことに成功したことにあると思います。これも市長からの特命とのことですから、トップの判断力と決断力の重要性を痛感します。金沢市は一般会計の規模が約1500億円ですから、墨田区の1.5倍弱。金沢21世紀美術館の構想から開設までに要したすべての費用は約200億円、うち建設費は約113億円とのことですから、北斎美術館と比較してはるかに多額のコストをかけたことになります。単純に墨田区の財政規模でいえば、130~140億円の投資になります。現在想定されているコストの3倍近くになりますから、さすがに私もそこまでのコストがかかるとしたら反対したことでしょう。事前に集客力が予見できればともかくとして、私たちは占い師ではないので、賭けのような冒険はできません。

 話がそれてしまいました。金沢21世紀美術館の成功の要因は館長にありと申しあげましたが、蓑館長は、開館1年前に就任し、地域や商店街を徹して回り美術館の重要性を訴えたそうです。こうした草の根の対話が功を奏し、開館後には商店街との連携事業を通し、地域経済の活性化の実感を持ってもらうことに成功しました。空き店舗がほとんどなくなったことがそのことを証明しているといえます。さらに、重要な要素は、「子どもとともに進化する美術館」と美術館のコンセプトを明確にしたことです。金沢市の子どもたちを無料で招待することを市長に交渉し予算を獲得するなど、子どもの感性を磨くことを事業の最大の柱にしたことは慧眼と言わざるを得ません。実際、私たちが視察に訪れた時も多くの子どもたちでにぎわっていました。子どもがリピーターとなり家族とともに訪れる光景も見られるそうです。金沢21世紀美術館のホームページをご覧いただけばわかりますが、教育関係のプログラムが充実しています。本文でも少し触れましたが、私が、子どもの頃から行ける美術館こそ、子どもから大人まで楽しめる美術館になると確信し、子どもが気軽に行くことができるような雰囲気づくりの重要性を主張しているのは、金沢21世紀美術館の事例に影響を受けたからです。

 また、北斎の生涯についてもそれなりに勉強いたしました。もともと歴史好き、特に幕末から明治にかけての時代が大好きですから、苦にならずに多くの本を読みました。その結果、北斎の生涯はドラマティックでロマンあふれるものであって、墨田区が美術館を建設し、顕彰するだけの価値がある人物と判断いたしました。

 明治11年にアメリカから来日したアーネスト・フェノロサ(東洋美術史家、哲学者。日本美術に深い関心を寄せ、弟子の岡倉天心らとともに東京芸術大学の前身である東京美術学校を設立。のちに日本美術の恩人といわれる)は、来日当初、狩野派などの日本画を最上のものとし、北斎など浮世絵師に対する評価は低いものでした。しかし、長い日本滞在ののちに北斎に対する評価を一新するようになります。初来日から23年後に当たる明治34年に著した「浮世絵史概説」の中で、フェノロサは北斎について次のように記しています。「歌麿から発してきた豊国は、衰退の傾向を表す画家であった。しかし北斎は、向上の傾向を示す画家である。1810(文化7)年は、浮世絵が衰退の極みに達した時期だ。が、北斎の制作は、賢明なる脱出を試みるものであった。彼は大衆の見る以上の美と力とをとらえているのだ。19世紀初期は、事実と科学的研究を目指すものであった。今や造詣深き鑑賞の時は去り、荒々しいリアリズムの海で騒々しい精神的水浴をしなければならぬ時代になっていた。北斎の作品はここから生じている。オランダ人の伝える外国の情報も貪欲に求められた。北斎の偉大さは、来るべき傾向を洞察した点にある。彼はすでに唯一人、荒野に叫ぶ預言者の如く立っていたのである

 長い日本画の研究の中でフェノロサが悟ったことは、「北斎は唯一人、荒野に叫ぶ預言者の如く立っていた」というものでした。端的にかつ的確に北斎を表現した言葉と思います。僭越ですが、あえて私が一言で北斎を表現するとしたら、東京スカイツリーの地元らしく、時代と空間を超越して存在する「天空の人」というイメージでしょうか。

 北斎美術館を単なる北斎作品や同時代の絵師の作品を展示するだけの施設ではなく、近・現代美術の展覧会なども開催する美術館にするべきであると主張するのは、こうしたことが背景にあるからです。また、時代を先取りし、未来を見据え、道を切り拓いてきた北斎を狭い視野に閉じ込めることは許されないと感じたからでもあります。

 最後まで読んでいただいた方には感謝の言葉しかありません。

 最終的に議会の判断がどうなるか不透明な状態ですが、説明責任を果たすべき立場の者として、改めて、若干の手を加え、改訂版としました。

愚見に対し多くのご批判をいただけたら幸いです。

ブログの更新をしばらくご無沙汰してしまいました。(-_-;)

 

政治と選挙のプラットホーム「政治山」のローカルマニフェスト推進地方議員連盟連載コラムに、議会改革についての私の見解が掲載されました。ぜひご覧ください。

 

http://seijiyama.jp/article/columns/lm/lm20140129.html

 

 

(1)  はじめに

 北斎美術館新築工事の入札が9月20日付で突然中止となりました。開札日の5日前とはいえ3連休を挟み実質2日前という直前の決定は入札参加事業者に多大な迷惑をかけることであって、正当な理由がなければあってはならないことです。また、建設工事入札前にすでに入札が成立し仮契約をしていた設備工事2件は、本体の建築工事の入札を中止したことで失効します。北斎美術館の開館が見えてきた時期の今回のつまずきは誠に残念なことであり、中止の理由も私には不可解であって、遺憾なことと言わざるを得ません。議会人は公の議会の場で言論戦を通し意思決定すべきものです。9月25に開かれる企画総務委員会で私と会派の見解を述べてまいります。

 今回の混乱を招いたきっかけは、7月26日に実施された北斎美術館新築工事の入札が不調になったことでした。墨田区にこれ以上のハコモノはいらないとする反対勢力が力を得たことに加え、消極的な賛成者が疑問の声を上げ始めたことが大きかったのかなと思います。世論の形成に影響力のある議員の声はサイレントマジョリティをも動かしつつあると感じます。これまでの経緯を踏まえ丁寧に説明していけばもう少し理解を得られると思うのですが、区長をはじめ行政の説明は十分とは言えず、また、今回の入札後の対応も誠実であったとは言えません。混乱を招いている原因は区長にあります。しかし、私たち議員にとってもどのように対応するか、区民から注視されることは当然ですので、自分の考えをわかりやすくかつ丁寧に説明することが求められます。私はこれまでハードの整備だけではなく、運営も含めたソフトの内容について注文をし、また条件を付けながら推進の立場をとってきました。説明責任がある議員として、私の見解を述べておきたいと思います。

 

(2)  経緯

 先に行われた第3回定例会での山﨑区長の所信表明が簡潔で分かりやすいので引用させていただきます。

『このプロジェクトは本所割下水、現在の亀沢辺りに生まれ、90年余に亘る生涯の大半を“すみだ”で過ごし、多くの版画や肉筆画を世に送り出し、世界的な評価が高い葛飾北斎を、区民の誇りとして顕彰し、後世にその偉業を伝承するとともに、両国・亀沢地区の地域活性化の拠点とすることを目的に、平成元年に墨田区基本計画にその構想が掲げられ、現在に至っているものでございます。
 そして今日まで四半世紀に亘って、その構想実現に向けて、まずは北斎美術館に展示する資料の収集から始めることとし、当時の竹下内閣が提唱したふるさと創生資金を原資に、平成元年に北斎館資料取得基金を設置して対応してきたところでございます。そして、この建設構想にご賛同をいただいた世界的な北斎資料のコレクターのピーター・モース氏のご遺族から、多くの所蔵資料を譲り受けたほか、日本の北斎研究の第一人者である楢崎宗重氏からも貴重な資料をご寄贈いただき、現在、区の保有する北斎資料は約1,400点となっております。
 さらに、平成5年に亀沢二丁目に建設用地の取得も行ってまいりました。
 一方この間には、区財政の状況悪化による事業の一時凍結や建設場所を亀沢二丁目から北斎通りに面した緑町公園内に変更したほか、東日本大震災の発生に伴い防災性向上のための見直しによる事業の延期等もありましたが、建設財源の確保等の目途も立ったことから、本年度その実現に向けて大きく歩みを進めさせていただくこととしたところでございます』(平成25年9月3日)

 25年前といえばバブル景気の真っ最中。墨田区にも美術館の一つもあってよいのではないか、といった発想がなかったとはいえないと思います。実際、区役所や国際ファッションセンター、トリフォニーホールを中心とした錦糸町駅北口の再開発などをみても(当時他の自治体も同様ですが)バブル期の発想があったことは否めないと思います。

 バブル崩壊後、財政再建後に実施する事業として一時凍結されていた北斎館構想が、東京スカイツリー誘致決定後の平成18年に策定した現基本計画で復活し、スカイツリー関連事業に位置付けられました。その直後の平成19年3月に北斎館施設整備方針が策定された頃より、区議会においても賛否両論、様々な議論が行われてきたところです。

 そうした中、行政の説明をうのみにするのではなく中立の立場で、墨田区民にとって最善の道は何なのか、結論を出すために自分なりに調査・研究してまいりました。美術の専門家でもありませんし、建築の専門家でもありません。まだまだ、勉強しなければなりませんが、これまでの成果を整理し、まとめておきたいと思います。

 

(3)  美術館の役割について

 北斎美術館について述べる前に、そもそも美術館の役割とは?を考えたいと思います。

 皆様は美術館にどのようなイメージをお持ちでしょうか?

 実は、日本は世界でもまれに見るミュージアム大国です。2004年度時点で国内に5614館あり、そのうち美術館は1087館、都道府県立77館と市区町村立428館を合わせた公立美術館数は505館となっております。数だけに限って言えば、ヨーローッパの先進国と比べ、ドイツを除けばイギリス、フランスなどを大きく凌駕しております。『「これからの公立美術館のあり方についての調査・研究」(財団法人地域創造・平成21年3月)』

 これほど多くの美術館が存在しているにもかかわらず、日常的に美術館を身近な存在として訪れる方がどの程度いるのでしょう?私の経験から申し上げると、家族で地方に旅行した時に旅のついでに訪れたことはありますが、公立美術館となると、高尚で敷居が高いイメージがあります。静かに作品を見る場所であって、小さな子どもを連れていくなど、周りに迷惑をかけるのではないかという意識が働いて、家族で行く場所ではないと思っていました。しかし、欧米ではかなり違うようです。私がカリスマ館長として尊敬する金沢21世紀美術館初代館長の蓑豊氏の言によれば、『欧米では美術館はカジュアルで親しみやすく、いつでも気軽に立ち寄れる場所だ。人間が人間らしく生きる上で欠かせない「表現」と出会い、恋人や友人、家族と語り合うための話題を見つけられる場所なのだ。美術館とは、そこに行けばいつも新しい出会いが待っている、ワクワクするような場なのである』(超〈美術館〉革命 平成24年4月)

 これからは、従来の固定観念から離れた新しいイメージの美術館が求められるのではないでしょうか。厳しい財政状況の中で公立美術館のあり方が見直されることは当然であり、存在感を出さなければ生き残れない時代です。そうした状況の中で新しい美術館を整備することは本来多くの区民からの盛り上がりがなければなりません。いまだ反対の声が強いことを行政に責任転嫁するつもりはありませんが、これからの美術館に求められる役割を明確にしなければならないと考えました。そこで、私が考える美術館の定義を、芸術文化によるまちづくりに資する美術館と位置づけ、具体的には、①人が人らしく生きる力を引き出すもので、教育、福祉などの分野と結びつく「人づくり」と、②都市を再生し地域に活力を与えるもので、観光・産業などの分野と結びつく「まちづくり」の二つの側面を併せ持つ「まちづくり」に貢献するもの、と定めました。(簡潔にまとめるため、アートサポートふくおか代表の「芸術文化がまちをつくるⅡ」の表現を参考にさせていただきました)

 わかりづらい表現になってしまいましたが、端的に申し上げれば、欧米のように気軽に立ち寄れる敷居の低い美術館。フレンドリーで和やかな雰囲気の美術館。かつ、本物に触れ新しい発見のある美術館。そういったイメージになるでしょうが、理想に近づける最も重要な近道は、子どもにあると考えています。子どもの感性を磨き、想像力をはぐくむ拠点とすることができるかどうかに成否のカギがあるといっても過言ではありません。そして、そのためには学芸員の存在が重要です。単なる研究者といった従来のイメージを脱却し欧米のキュレーターのように経営感覚も持ち合わせながら、館内においても地域にあってもフレンドリーな存在であってほしいものです。この二つがうまくいけば、(企画展の内容にもよりますが)結果として集客力アップにつながると考えています。

 

(4)  北斎美術館について

 私が考えるこれからの美術館のイメージを長々と述べてまいりましたが、では、墨田区が北斎を顕彰する美術館をつくることに、どれだけの意義があるのか?について考察したいと思います。

 公立・私立を問わず全国には歴史上の人物を顕彰、もしくは特定の画家の作品を展示する博物館・美術館が多数存在します。当然ですが、その人物にゆかりのある地域に整備されているものがほとんどです。そういう意味では、世界的に評価の高い葛飾北斎をゆかりのある墨田区が顕彰することに反対する方は多くありません。事実、反対派の方も北斎を顕彰することや文化振興に反対するというよりも、30数億かけて箱モノを作る必要はない、との主張ですから、北斎の偉業とその顕彰を墨田区が行うことに関して問題があるわけではありません。問題はどのような形で顕彰するかということで見解が分かれていることにあると思われます。私は、コストについて、市場原理主義に基づく費用対効果に着目し、赤字になることをことさら強調して反対することはいかがなものか、という立場をとっています。ただ、平成18年にスカイツリー関連事業として北斎美術館構想が復活したころはすぐそばの江戸博を活用すればいいのではないかと考えていました。こうしたことから、最終的に判断することが求められる立場として、賛成するにしろ反対するにしろ、自分で納得できるまで研究しようと考えるに至りました。

 まず、それだけのコスト(平成元年から完成までに総額50億円以上の投資になると思われます)をかけても顕彰するに値する人物なのかどうか、知っているようで知らない葛飾北斎の人物像を理解する必要性を感じ、北斎に関する様々な本を読んできました。

 富嶽三十六景や北斎漫画など代表的な北斎作品は一般に広く知られております。富士山が世界遺産になった背景に、北斎の存在があるとも言われています。また、北斎作品が欧米の画家や音楽家に影響を与えていることなどを総合的にみていくと、評価が高いのは北斎作品のことであって、北斎を顕彰するといっていますが、北斎作品を宣揚するだけで、北斎の人間牲などはあまり重要視されていません。私は、北斎の人物像そのものが理解されなければ、区民の理解も得られないと考えました。北斎の人物像となると、生涯に名前を30回も変えたとか、93回も引っ越したなどという事実から、ちょっと変わった人物か、絵に執着するあまり世事にあまり関心がないというようなイメージが浮かんできます。しかし、学んでいくほど北斎の奥行きの深さがわかってきました。素人ですからお許しいただきたいと思いますが、私なりに勉強したところでもいくつか興味深い点があります。たとえば、

①  勝川派を破門された(もしくは飛び出した?)あと1年ほどほとんど作品を出していない空白期間があること。その間に写楽として活動していたのではないかという写楽=北斎説があること(定説ではありませんが)

②  シーボルトをはじめオランダ人と交際していること。

③  小布施の屋台絵になぜかエンゼル(天使)を書き込んでいること(鎖国の時代に考えられない)

④  高井鴻山を通じ、佐久間象山と交流があったと思われること

⑤  牛島神社の大板絵「須佐之男命厄神退治之図」において厄神を描いたこと(須佐之男命であれば、八岐大蛇を描くべきではないか?)

⑥  北斎最後の弟子・本間北曜が北斎死後、大阪の勝海舟の塾の講師となり、その後長崎で英語を学び、さらに、ジョン万次郎とともに薩摩の開成所で英語教師となって、西郷隆盛など幕末の志士と交流があったこと

 はっきり説明できることと推測でしか言えないこととがありますが、私の表現力がつたないため、興味深い人物であることを正しく理解していただけないだろうことが残念です。確実に言えることは、よき文化人の一面に加え、当時の社会状況などを的確に判断し、自分で考え行動していることです。勝川派を離れたことは自分の身に降りかかったことですが、田沼時代から寛政の改革、その後の文化の華開いた文化・文政時代、蛮社の獄や天保の改革など当時の社会状況が、北斎の画業に影響を及ぼしているような気がしてなりません。重要なことは、その都度自分で道を切り開いてきたと思われることです。北斎美術館開館後はぜひ研究を進めていただき、私が申し上げたことの背景を解明していただきたいし、北斎そのものの魅力を今以上に見出し、情報を発信することを望むものです。

 以上のように拙い知識ですが、北斎の生涯そのものが、魅力的でドラマに満ちているなと感じます。そうしたことから、かつて議会の中でも、北斎の魅力を多くの人に知ってもらうためにはNHKの大河ドラマとまではいかないまでも、ドラマ化できないかテレビ局にロビー活動してみては、と提案したことがあります。それだけの価値があると自分では判断しました。

 坂本龍馬記念館は、赤字ですが地元からクレームなどおきません。誰もが龍馬を愛し、施設そのものは赤字でも観光客の誘致など地域経済の活性化になくてはならない存在と考えているからです。施設そのものの赤字を埋め合わせるだけの効果があると地元の方が確信しているからです。北斎美術館もそうしなければなりません。北斎の作品だけではなく北斎の人物像を広めていくことでその道は開けてくると思います。

 ただ、坂本龍馬の人気が出たのは、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」が発行され、その後大河ドラマで取り上げられてからだそうですから、何か起爆剤がなければ、北斎を区民の誇りとして感じるかといえば、ありえないと思いますし、行政から押し付けることではありません。長期的な視点に立って情報発信に取り組んでいけばよいことです。

 したがって、北斎の魅力について述べてきましたが、これだけで、30数億かけ建てて、かつその後毎年1億円以上の赤字が出ることに対し納得できない方々の理解を得られるとは思っていません。そこで、次にコストについて考察しましょう。

  

(5)  コストの考え方について

 北斎美術館に関しては、本年3月に行われた予算特別委員会において、慎重に審議したうえで、「管理運営費の更なる圧縮を図るとともに、収入の増加に全力で取り組むこと。さらには文化振興の面のみならず、観光やまちづくりにおける効果を最大限に発揮できるように努められたい。とりわけ区民の理解を得るため、全庁挙げてなお一層努力すること」との厳しい附帯決議をつけ予算案を認めました。したがって、再積算における当初予算と7億3千万余の乖離が出たことは、厳しく批判されることは当然であり、区長以下担当職員に至るまで責任を明らかにしなければなりません。

 しかし、このことをもって、これまでの議論の成果をゼロに戻すかのような論調には与することはできません。附帯決議の前半部分でコストの圧縮と収入増を求めているのですが、そもそもこれからの公共施設は福祉・教育などニーズの高い施設も含めすべてにわたり強いコスト意識を持たねばなりません。今後、固定資産台帳の整備や会計制度改革により、ライフサイクルコストの算出も容易になります。建物の長寿命化を目指しながらライフサイクルコストの圧縮に努めるべきという主張が本来のあり方でしょう。今の議論は初期投資のイニシャルコストと単年度の管理運営費用であるランニングコストに偏りすぎている感があります。

 附帯決議の後半部分では、産業や観光の振興に寄与し経済効果を最大限に発揮するとともに、文化振興やまちづくりに資する施設とするよう求めているのですが、これは重要で、経済効果における直接効果だけではなく、周辺の商店街や区内事業者への間接的な経済波及効果及び文化的価値を高めるよう求めています。私は、地域経済の活性化にどれだけ寄与するかという点が最も重要と考えていますが、同時に文化的価値を高めることができるかどうかに区民の理解を得られる鍵があると思っています。

 文化的価値もしくは定性的な効果は、評価の基準が難しいので一言で申し上げることはできませんが、この点については、文化経済学の立場から検証するべきであると考えています。

 あらためて申し上げるまでもなく、戦後の日本は、限られた資源を効率的、合理的に使った規格大量生産で経済発展を遂げ、国民の生活レベルをあげてきました。こうした長い年月をかけ体系化した経済学の理論の中核をなしているのが市場メカニズムであるといえますが、人間が直面する諸課題をすべて解決できるわけではありません。グローバル化の進展で経済が停滞してくると、格差の拡大などといった問題に加え、満足度・幸福度の追求という尺度が注目されだしました。国際社会の中で日本人が幸福と感じる度合いが相対的に低いことから、文化・芸術、スポーツなど、個人の主観に属する面に着目する動きが出てきたわけです。このたびの2020年東京オリンピック招致決定は、理屈抜きに多くの国民の喜びとなりました。商売が儲かるとか、給料が上がるなどといった経済的な発想などの理屈抜きに大きな歓喜となったのです。文化やスポーツの価値が高く評価された結果といえましょう。高度経済成長時代の日本では、文化やスポーツなど個人の心すなわち主観の問題は科学や経済学に必要な合理的な要件を満たさないものとして、経済学や社会科学の対象ではありませんでしたが、無視できない要素となってきました。こうした背景のもと欧米より遅れましたが、日本においては1990年代以降文化経済学が体系づけられてきています。端的に申し上げると、文化経済学とは、文化芸術財における生産、流通、消費等の経済学的パラダイムの中で効率化を追求し、より一層の経済効果を高めることは当然として、経済的価値では計れない文化的富をどのように評価し、最大にしていくかを体系づける学問の分野です。文化的富とは、経済指標で数値化できないもの、たとえば、地域コミュニティの活性化、芸術分野の人材育成、子どもへの教育的効果や文化芸術が有する国際性による国際交流の促進(抽象的で申し訳ありません)など、教育政策、社会政策などより広い分野をも包摂し、政策目標を達成しうる価値創造と位置付けられると考えられます。そういう観点から、区の他の施策・事業との連携も想定して、どのような成果を上げるかについて更なる議論を進めることを前提に推進の立場をとってきました。

 また、文化的価値の評価基準の指標は一般的にわかりづらいものですから、現実には、集客力に結果として表れてくると考えられます。文化的価値と、直接・間接の経済効果とは正の相関関係にあります。そういう意味で、収入の多寡に直接影響する集客数の増減に敏感であるべきです。企画展の内容によって大きな差が出るでしょうが、コスト削減を区民の負担の縮減ととらえて、コストダウンだけではなく収入増についてもっと着目する必要があると思います。そこで、経済と文化両面の成果指標として、人件費や光熱費などの固定費と展覧会の会計を区別し、展覧会ごとに収支を出すこととしたらよいのではないかと考えています。すみやかにまた的確に検証可能となり、議会のチェック機能を適切に発揮すれば、集客増へつなげることも可能になりますので、今後議会でも提案していきたいと考えています。美術館全体では赤字でも(赤字額を減らす努力は当然必要ですが)、せめて個々の展覧会(事業)では黒字となるよう企画してもらいたいものです。美術館の中には、管理運営全体では赤字となっても、展覧会ごとの収支では黒字となるケースもあるそうですので、区民理解を得るためにも重要な視点です。 

   

(6)  建築デザインについて

 今回の一連の混乱の発端は、7月26日に実施された北斎美術館新築工事の入札が不調となったことです。その後、議会への情報提供を8月中旬にするまでのあいだに、再積算、再入札の手続きをとることを決めたわけですが、考えられない積算ミスが明らかになったことで、一斉に区長へ批判が集中しました。何度指摘しても足りないほどですし、区の積算業務の質を問わざるを得ません。再入札に至る手続きについても説明不足であると思います。一連の経過について厳しい批判は当然ですが、設計変更しろとか、そもそも著名な設計者に頼むことがおかしいかのような論が出て来ると、ちょっと待てよと言いたくなります。

 そこで、そもそも論になるかもしれませんが、美術館の建築デザインについて考えてみたいと思います。

 欧米で美術館が次々と建造された1800年代のデザインは、ギリシャ神殿風の建物でした。美の象徴ともいえるデザインに大きな変革が起きたのは第2次世界大戦後の1950年代。ニューヨークのグッゲンハイム美術館がそれまでの古典主義的なデザインを排し、シンプルなラインが特徴のモダンデザインの建物として登場しました。設立当初は斬新すぎて住民からも美術界からも奇抜すぎるなどと評判は良くなかったそうです。しかし、やがて時代とともに美術館の個性として受け入れられ、ニューヨークが20世紀後半の美術界の中心として栄えていくきっかけとなったそうです。以来、美術館のデザインがその街を変え、ブランド力を高める可能性を持つものとして刺激的な表現であることが世界の潮流になっていきます。

 こうした美術館のデザインの変遷を通し、先ほども引用した蓑豊氏は、美術館の建築デザインについて『美術館は芸術作品を見せる場所である。その場所も魅力的であることが好ましい。美術館における建築は単なる「容れ物」ではなく、美術館の思想を表現する一つの「空間」である。建築家にとって美術館がしばしば代表作に挙げられるのは、それだけ表現というレベルで高い挑戦のしがいがあるからだろう』(超〈美術館〉革命 平成24年4月)と述べていますが、私もこの考え方に同感です。区も同様の考えから建築デザインを重視し、平成21年に公募型プロポーザルを実施しました。選定された妹島和世氏の設計が斬新的、挑戦的であるがゆえに賛否両論あるのはやむを得ないことでしょうが、176者の応募から1次審査、2次審査の公開プレゼンテーションを経て決定されたものです。正規な手続きを経て決定したことを、コスト削減のためだからと言って設計を変更するなど今になって主張することはあってはなりません。

 参考までに、妹島和世氏の設計に対する審査員の公表を掲載しておきます。

折り紙のように見えると指摘した審査委員がいたが、見る場所や角度によって様々な表情を見せる幾つかの小さな建物が合体したような特徴的な形態の建物は、下町市街地のスケール感とも調和しつつも、街の新しいシンボルとなることが期待できる、従来の公共建築にない新しさ、可能性を感じる建物である。

 建物の壁面は、建物周辺の公園の緑や街の風景を優しく映し込むことで、街の風景に溶け込むことが意図されている。建物を小さな単位に分割するように立体的に設けられた幾(いく)かの楔(くさび)状のスリットからは、美術館という特殊な内部空間にコントロールされた光を取り入れるとともに、建物内と外部の視覚的な繋がりを実現している。また、公園に向けて1階部分に配置されたエントランス周辺には、人々が気楽に施設に立ち寄りまた滞留できる工夫があり、施設の街への開き方が絶妙なバランスで提案されている。建築の形態だけで強くその存在を主張するのではなく、低層階での人々のアクティビティを生む設(しつら)えや、外壁の金属パネルによる周辺の風景の映し込みや建築内のアクティビティを楔状のスリットを通して表出させることで街とのつながりを持たせようとする、この場所の在り方を体現した公共建築への アプローチを高く評価し、本プロポーザルの最優秀者とする。

 展示室について、スリット状の開口部や不整形の平面により、展示がし難いのではないかという指摘もあったが、今後展示のサブシステムを検討する中で、建物の形状を活かしつつ十分に解決できる提案者であると判断した」

 むろん公共施設ですから、税金をいくらでも投入してよいということにはなりません。慎重な審議を経て議決した予算を大幅に上回ることとなった今回の事態は遺憾であり、今後の議論の中で原因と責任を明らかにしていかなければならないことは当然です。その上で適切な価格で落札されることを期待するものです。

  

(7)  管理運営について

 北斎美術館の建設が不透明になった段階ですので、管理運営について述べるのは適切でないかもしれませんが、私の考えを整理する意味でまとめておきたいと思います。

 区ではコストをできるだけ抑えたいとの考えから指定管理者制度を活用するといっていますが、私は、美術館に指定管理者制度を導入することに不安と疑問を持っています。そもそも、指定管理者制度は民間の能力を活かし、効率的に施設の管理運営を民間企業やNPO法人などに委託する制度です。公立美術館においても指定管理者制度の導入が全国的に進んでいますが、美術館に関して言えば、その成果について評価できる段階にはないといえます。

 問題点はいくつかありますが、

①    引き受けた企業は利益を出さなければならない、または赤字を最小限に抑えなければならないとの意識が働き、人件費を減らし、企画展などの予算規模を縮小する可能性がある

②    展覧会の中には、企画から実施まで10年がかりのものもあるが、指定期間は5年程度が主なので、長期的な計画が立てられない(最近は指定期間を長くする傾向があるようですが)

③    指定期間中の評価が低ければ、新たな指定管理者を公募しなければならないが、引き受け手がいない可能性が高い

などの点があげられます。

 企画部門は直営で、施設の維持管理だけを指定業者に任せるといった、役割分担を明確にした管理運営も可能ですが、今の墨田区役所に美術館運営のノウハウを持った職員がいるとも思えないので、最終的には指定管理者制度の活用に賛成はするつもりです。ただし、厳しい条件は付けようと考えています。具体的には、館長と学芸員の人選についてです。館長については、経営感覚と幅広い人脈を持ち、美術館のトップセールスマンとして集客力の面においてものちに述べるファンドレイジングの面でも存分に力を発揮できる人材が求められます。また、学芸員については、北斎の研究者としての資質に加え、先ほども触れましたが館の内外においてフレンドリーであること。来館者と常にふれあい、また地域の中にも溶け込む存在でなければなりません。さらに言えば、北斎と同時代の美術の研究者という側面だけでなく近現代の美術やその他の分野も詳しいといった幅広い知識と視野を持った人材が求められます。また、他の美術館や美術業界、大学などともつながりを持っていることも重要です。簡潔にまとめると、「知のネットワーク」と「人のネットワーク」を持ち、それを活かせる人材といえるでしょうか。

 館長と学芸員の人選に力を注ぐ理由は、集客力に直結するからですが、ほかにもあります。

 第一に、北斎は時代区分では近世の絵師になりますが、北斎作品や同時代の他の絵師を中心とした展覧会ばかりではなく、近代・現代美術を扱ってもよいのではないかという点です。なぜならば、北斎は常に時代を先取りし道を切り開いてきました。絵の分野だけではなく、北斎亡き後に訪れる開国まで予測していたのではないかと思われるほど時代に敏感であったといえるからです。今の時代にもし北斎がいたら我々が驚くような作品を描きあげることでしょう。そういう意味で、現在の最新アートとのコラボレーションがあってもよいのではないかと思います。たとえば、開館記念の展覧会は(すでに検討していなければいけない段階に入っているのですが)、ジブリ展などを開催できれば、注目も集まり集客効果も高いと思います。一気に知名度が上がります。視野を狭くするのではなく大きくウィングを拡げるべきだと思います。

 また、8月で閉館した逓信総合博物館は明年3月に東京スカイツリー内で郵政博物館としてオープンします。2年後にはたばこと塩の博物館が横川1丁目に移転いたします。その結果、北斎美術館が完成することでスカイツリーから両国に至る文化の軸ができることになります。名実ともに墨田区が「音楽都市すみだ」から「文化都市すみだ」へと生まれ変わるのです。その後に私が考えていることは、民間の施設とも連携をとりながら墨田区を中心に国際美術展「トリエンナーレ」「ビエンナーレ」を開催できないかということです。横浜や愛知、神戸などが有名ですが、墨田区を舞台に開催することを想像すると希望に満ちてくる方も多いと思います。正直なところ、墨田区単独では難しいと思うので、周辺区に声をかける必要がありますが、北斎美術館ができ、かつ、現代美術も扱うとなれば、墨田区はその中心になる資格を持つことになります。

 第二に、これからの美術館は親方日の丸ではいけないということです。限られた予算の中で成果を上げること、存在感を高めることが求められる時代を迎えています。足りない予算は自ら集めるといった気概を持つべきでしょう。アメリカの美術館は財団立がほとんどだそうで、税金を当てにすることができません。したがって、館長や日本語で学芸員と訳されるキュレーターにとって、資金集めが仕事の中で大きなウェイトを占めているそうです。当然、幅広い人脈を持ち経営感覚と営業力に優れた人材が求められることになります。寄付文化の成熟していない日本ではかなりの困難があるでしょうが、優れたファンドレイジングのスキルを持つ人材を招く重要性は強調してもしすぎることはありません。

 以上申し上げたことで、私が館長と学芸員のスキルにこだわる理由を理解していただけると思います。

 北斎美術館の建築が前進するよう、これまで述べた管理運営のさまざまな提案について議会の中で取り上げていくつもりです。

   

(8)  結論

 これまで長々と述べてまいりましたが、様々な角度から調査してきたうえで、最終的に判断するにあたり、4つの前提・視点を基準にいたしました。

 すなわち、

①    行政が主導して整備する文化施設が、地域活性化の拠点となるとはただちに考えられない(トリフォニーホールや郷土文化資料館が地域活性化の拠点とはだれも思っていないでしょう)

②    葛飾北斎の評価が世界的に高いことは理解するものの、人口25万人、一般会計1,050~1,100億規模の墨田区が1自治体として美術館をつくり顕彰するほど価値があるのか

③    福祉施設や教育施設など公共施設は基本的に赤字。文化施設だけ赤字は許されない、という立場には立たない

④    そのうえで費用対効果をどう考えるか

 これまでの中で、私の結論を述べているので、改めて申し上げませんが、十分に検討した結果、積極的に推進していくことにいたしました。議会における議論もリードしてきたと自負しております。

 ただし、①だけ解決できていません。実はこれが最も大事な要素です。つまり、区民からの盛り上がり、北斎美術館に期待する区民の機運が決定的に欠けていることです。公共施設は基本的に赤字ですから、整備の前提として区民のニーズがなくてはなりません。たとえば、錦糸公園内の総合体育館は、圧倒的にコストがかかる割に地域経済の活性化に寄与しているかどうかは明確でないことで、費用対効果の面では不利ですが、それでも大きな反対の声が、計画段階から今に至るまでありません。スポーツ人口が増え、体育館の利用者が増加傾向にあることに加え、スポーツに直接関係ない方もスポーツ振興という大義名分に反対する理由を見いだせないと考えられます。むしろ、オリンピック招致が決定したことで、早めに整備していてよかった、できればオリンピックの練習会場に使ってもらいたい、などという期待の声が出るほどです。つまり、公共施設の新設に当たっては、その用途のいかんにかかわらず、ニーズがあるかどうかということが最も重要だということです。

 北斎美術館は、高いニーズがあるかといえば残念ながらありません。推進してきたものとして、この先開館までの2年間と開館後の1年間の3年間で、機運を醸成し、周辺商店や区内事業者への地域経済の活性化の寄与などの成果を上げられなければ、現在よりも厳しい批判を受ける覚悟は持っているつもりです。執行部にその覚悟が見えないことが大きな不安要素ですが、担当者レベルでは私の提案を重く受け止めていただいているようですので、連携を密にしながら今後取り組んでまいります。

  

(9)  終わりに

 これまで、調査してきたことを整理する目的で簡潔にまとめるつもりでしたが、かなり長くなってしまいました。

 これからの美術館に求められる役割や存在意義については、主に金沢21世紀美術館の例を学ぶことで理解を進めました。

 金沢21世紀美術館は、美術館としての成功例として有名です。建設前から反対の声もそれほどなかったそうですが、積極的に推進したいといった強いニーズもなかったそうです。金沢市は加賀100万石の地ですから、前田の殿様のDNAが今に引き継がれ、文化振興に寛容なのかとも思いましたが、近隣には県立美術館があります。また、21世紀美術館は現代美術館ですが、あえて現代美術館をつくる必要性を感じている人が多かったとも思えません。結果として、開館後数か月で驚異的な集客力を持つ美術館として注目を浴びることになるのですが、構想から開館まで10年足らずという短期間で実現したことを考えると、当時の市長のリーダーシップと決断力によるところが大きいと言わざるを得ません。墨田区の場合とはかなり違いますね。その上で、成功の最大の要因は、初代館長に蓑豊氏を招くことに成功したことにあると思います。これも市長からの特命とのことですから、トップの判断力と決断力の重要性を痛感します。金沢市は一般会計の規模が約1500億円ですから、墨田区の1.5倍弱。金沢21世紀美術館の構想から開設までに要したすべての費用は約200億円、うち建設費は約113億円とのことですから、北斎美術館と比較してはるかに多額のコストをかけたことになります。単純に墨田区の財政規模でいえば、130~140億円の投資になります。現在想定されているコストの3倍近くになりますから、さすがに私もそこまでのコストをかけることには反対したでしょう。事前に集客力が予見できればともかくとして、私たちは占い師ではないので、賭けのような冒険はできません。

 話がそれてしまいました。金沢21世紀美術館の成功の要因は館長にありと申しあげましたが、蓑館長は、開館1年前に就任し、地域や商店街を徹して回り美術館の重要性を訴えたそうです。こうした草の根の対話が功を奏し、開館後には商店街との連携事業を通し、地域経済の活性化の実感を持ってもらうことに成功しました。空き店舗がほとんどなくなったことがそのことを証明しているといえます。さらに、重要な要素は、「子どもとともに進化する美術館」と美術館のコンセプトを明確にしたことです。金沢市の子どもたちを無料で招待することを市長に交渉し予算を獲得するなど、子どもの感性を磨くことを事業の最大の柱にしたことは慧眼と言わざるを得ません。実際、私たちが視察に訪れた時も多くの子どもたちでにぎわっていました。子どもがリピーターとなり家族とともに訪れる光景も見られるそうです。金沢21世紀美術館のホームページをご覧いただけばわかりますが、教育関係のプログラムが充実しています。本文でも少し触れましたが、私が、子どもの頃から行ける美術館こそ、子どもから大人まで楽しめる美術館になると確信し、子どもが気軽に行くことができるような雰囲気づくりの重要性を主張しているのは、金沢21世紀美術館の事例に影響を受けたからです。

 また、北斎の生涯についてもそれなりに勉強いたしました。もともと歴史好き、特に幕末から明治にかけての時代が大好きですから、苦にならずに多くの本を読みました。その結果、北斎の生涯はドラマティックでロマンあふれるものであって、墨田区が美術館を建設し、顕彰するだけの価値がある人物と判断いたしました。

 明治11年にアメリカから来日したアーネスト・フェノロサ(東洋美術史家、哲学者。日本美術に深い関心を寄せ、弟子の岡倉天心らとともに東京芸術大学の前身である東京美術学校を設立。のちに日本美術の恩人といわれる)は、来日当初、狩野派などの日本画を最上のものとし、北斎など浮世絵師に対する評価は低いものでした。しかし、長い日本滞在ののちに北斎に対する評価を一新するようになります。初来日から23年後に当たる明治34年に著した「浮世絵史概説」の中で、フェノロサは北斎について次のように記しています。「歌麿から発してきた豊国は、衰退の傾向を表す画家であった。しかし北斎は、向上の傾向を示す画家である。1810(文化7)年は、浮世絵が衰退の極みに達した時期だ。が、北斎の制作は、賢明なる脱出を試みるものであった。彼は大衆の見る以上の美と力とをとらえているのだ。19世紀初期は、事実と科学的研究を目指すものであった。今や造詣深き鑑賞の時は去り、荒々しいリアリズムの海で騒々しい精神的水浴をしなければならぬ時代になっていた。北斎の作品はここから生じている。オランダ人の伝える外国の情報も貪欲に求められた。北斎の偉大さは、来るべき傾向を洞察した点にある。彼はすでに唯一人、荒野に叫ぶ預言者の如く立っていたのである

 長い日本画の研究の中でフェノロサが悟ったことは、「北斎は唯一人、荒野に叫ぶ預言者の如く立っていた」というものでした。端的にかつ的確に北斎を表現した言葉と思います。僭越ですが、あえて私が一言で北斎を表現するとしたら、東京スカイツリーの地元らしく、時代と空間を超越して存在する「天空の人」というイメージでしょうか。

 北斎美術館を単なる北斎作品や同時代の絵師の作品を展示するだけの施設ではなく、近・現代美術の展覧会なども開く美術館にするべきであると本文で主張してきたのは、こうしたことが背景にあるからです。また、時代を先取りし、未来を見据え、道を切り拓いてきた北斎を狭い視野に閉じ込めることは許されないと感じたからでもあります。

 

 最後まで読んでいただいた方には感謝の言葉しかありません。

 入札が中止になったことで、北斎美術館の開館に向け、これまで以上の困難が待っていることでしょう。仕切り直しになりましたが、めげずに、困難を乗り越え勝利までのシナリオを考えていきたいと思います、推進派、反対派に関係なく多くのご意見をいただけたら幸いです。

 

※  明治期に日本の国際的地位を高めた、日本美術界の恩人・フェノロサの言葉を最後に紹介したところで、ピーター・モース氏のことに触れていなかったことを思い出しました。フェノロサとピーター・モース氏のつながりを知れば、ピーター・モースコレクションが北斎ゆかりの地・墨田区に存在していることの不思議な因縁を理解していただけると思いますが、これはこれでまた長くなるので別な機会に・・・

 

  

 

墨田区議会第2回定例会も7月4日に開催予定の本会議で閉会する予定です。

 

4日の議決を前に、議案や陳情を専門的・効率的に審議する常任委員会が今日で終了しました。

 

閉会前の段階で今定例会を振り返ることはおかしいのですが、議会に求められる建設的な議論以外のいわば場外戦で多くの時間と労力を使い、混乱させてしまった印象が残ってしまいました。

 

5月に副議長に就任し、望ましい議会のあり方を目指して議会改革を進めているまっ最中でもあるので、残念であるとともに、自分の力不足を感じ、議長に申し訳ない限りです。

 

自分自身思わず大きな声を出してしまい反省もしてます...

  

詳細は、今は述べる気になれませんが...

 

議員の仕事は?

 

区長部局・教育委員会と議会の関係は?

 

議会において誰に対し何を問うのか?

 

議員に求められる資質は?

 

さまざまなことを考えさせられました。

 

新人もベテランも原点に返る必要がありそうです。

 

『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』 (ヴォルテール)

『もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう(一般的には、「嘘も100回言えば本当になる)』 (ゲッペルス)

 

議会における議員の言論の自由(発言の自由)は最大限に保証されなければならない大原則です。しかし、規律を無視した発言は許されるものではありません。だからこそ議会における発言には、品位が重んじられるとともに、その内容については綿密な調査に裏付けられた確かな根拠が求められます。

 

地方議会は、自由な討論による「民主主義の広場と」と称されています。今の墨田区議会がその名にふさわしいかどうか・・・

 

私どもの真価が問われるときがきたと深く決意しています。

 

 

 

今日の報道で知ったのですが、群馬県桐生市議会が混乱しているようです。

 

報道によれば、地元の市役所前での献血に対し、「放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか?」とツィッターでつぶやいたのがきっかけとして、過去の発言も含め議員としての不適切な言動を根拠にした除名を求める懲罰動議が提出されたそうです。

 

過去の経緯や個々の議員の言動を詳細に調査していない私が、桐生市議会の判断にコメントすることは避けなければなりません。あくまで感想ですが、当該議員のブログやツィッターを見たところ、被災地の市民の心情を逆なでする言動に同じ地方議員として強い憤りを感じます。障害者を傷つける差別用語も使われていますし...

 

議員には選挙で選ばれた市民の代表という立場で自由な発言が認められています。

 

しかし、議員であれば、何を言ってもよいのか?

 

当然のことですが、裏付けのないことを根拠にした発言や人権感覚を疑われるような言動は許されません。

 

そこで、地方自治法では議会の秩序を乱す、条例・規則に違反する場合など公職者としてのあるまじき行為に限り懲罰の規定を定めています。

 

桐生市議会はこの懲罰規定を根拠にし除名を求める動議を提出したのですが、一般的には懲罰の対象は、議会内における発言や行動についてと解されています。かつ、除名は選挙で選ばれた議員を失職させるわけですから重い決断になります。除名無効の裁判を起こされることもあるでしょう。議会側が敗訴すれば復職してしまいます。

 

今回の問題はツィッターでの発言が主ですし、過去の問題行動もブログやツィッター上のものです。議会内で献血量が激減してもしようがないとか農作物を毒物と発言するなどもあったようですが、謝罪や訂正の意思がないということで(積もり積もったものもあったのでしょう)独自の判断をしたといえます。

 

私個人としては、これだけネット上で自分の意見を自由に主張できる時代ですから、公人としての本来業務に支障をきたし、ときに議会全体を巻き込む言動について放置しておくべきではないと考えていました。

 

今の状況は個人攻撃も可能ですし、人権を侵害するような発言も自由にできます。本来は個人の議員としての(というより人間としての)人間性の問題かもしれませんが、議員は発信力もありますし、影響力もあることを考えると、ネット上での発言といえども説明責任を課すことが必要なときが来ていると思います。

  

コメントする立場にないと言っていて申し訳ないのですが、最後にもう一つ個人として今回の桐生市議会の決断について考えを述べると、被災地の方の心情を傷つける発言を繰り返したり、地元の農作物を毒物などと発言し率先して風評被害を広める活動をしている議員に対しては、心から被災地の復興を応援しようとしている市民や農業経営の方々が力を合わせて解職請求を実現し辞職に追い込むことが、時間はかかるかもしれませんが適切だと思います。そうした人物は市民の代表として議員になるべきではないという市民力を向上させることにもつながり最善の策だと考えます。

  

 他の議員からリコールの話が出なかったのか?辞職を求める市民や団体にアドバイスをすることもできなかったのか?性急に結論を出すのではなく広く問題提起をしてからでも遅くなかったのではないか?

 

さまざまなことを考えさせられました。 

  

 

 

東京都防災会議の地震部会は、6年ぶりに被害想定を見直し、新たな想定を公表しました。

  

東日本大震災を受け、大幅な被害の拡大を予想はしていましたが、想定にとらわれず、これからの防災対策に取組む決意を新たにしました。

  

墨田区の被害想定は今後早急に詳細な調査をしてまいりますが、都の地域防災計画の修正に合わせ見直される区の地域防災計画の再構築において積極的に関わり提案もしていきたいと思います。

 

 

  

現在墨田区議会においても予算委員会が開会中で、調査・研究に集中していましたので、ブログをしばらく更新できませんでした。すいません!(;一_一)

 

さて、今日で3・11から一年。改めて亡くなられた方に哀悼の意を表するとともに、いまだ避難生活を送られている方にお見舞い申し上げます。いまだ3千名を超す行方不明者がおられます。次のステップに進めず、苦しんでいる方も大勢いらっしゃいます。

 

希望の光が一刻も早く見えるよう、復興が福光となる日が訪れることを願うものです。

  

本日公明党墨田総支部では、女性局が中心となり区内各所で街頭演説を行いました。

 

テーマは防災意識の向上です。行政がさまざま防災対策を講じますが、まそれは、自らの命は自らが守るという意識を徹底して持つことが前提となります。

  

すなわち、個人や各家庭の日ごろからの防災に対する意識、取り組みにより被害を最小限に抑えることができます。そのうえで、地域では何ができるか、区で取り組む施策は?を考えることになります。

 

現在はトップダウンで、区が決めたことに地域や個人が従う体制になっていますが、本来は防災施策に限らずボトムアップ型のほうが、政策効果は上がると思っています。

 

したがって、今日の街頭演説では、党で作成した防災チェックシートを配布させていただきました。防災意識を啓発するために実施したものです。

  

個人の意識啓発が重要といっても、区では、これまで他の自治体にさきがけ防災対策に取り組んできました。

  

昨年の東日本大震災をふまえ、あらたな施策も新年度には実施しますが、それを意識啓発につなげなければなりません。

 

そうした視点から、明日の予算委員会の質疑最終日には質問したいと考えています。

 

ある国会議員からうかがったことです。

 

陸前高田市の旧市庁舎前に、他のがれきとともにボロボロになった赤いランドセルが3つ置いてあったそうです。氏名も書かれ教科書やノートもあるそうですが、子どもだけではなく両親をはじめ家族全員が亡くなり、引き取る人が誰もいないとのこと。がれきの中から見つかったランドセルが「あの日を忘れまい」との誓いを私の胸に思い起こしてくれ、決意を新たにいたしました。

 

 

 

先日錦糸町の書店に立ち寄ったところ、時節柄手帳フェアを開催しておりました。

  

新製品も含め多数の手帳が販売されていました。

  

近年手帳の活用策のノウハウ本も多数出版され、その重要性が着目されています。スケジュールをデジタルで管理している方も増えてきましたが、今後デジタル⇔アナログをうまく活用することでより成果を上げるツールとなるでしょう。

  

いらんな手帳をぱらぱらめくってみましたが、各社付加価値をつけるために様々な工夫をしていて、何を選んだらよいか迷ってしまいます。ただ、共通しているのは、目標や課題の設定や達成状況を管理する欄があるということです。1週間単位、1カ月単位、1年間単位と、短期から中長期にわたる目標の設定と進捗状況を常に把握チェックできる欄の充実が目立ちます。

  

厳しいビジネス社会で成果を出すために手帳を最大限活用するべく、ビジネスマンのニーズをとらえた新商品の開発そのものが厳しい競争にさらされているんだな、と感じながら、ふと自分も含め議員は手帳を最大限に活用してるのだろうかと思ってしまいました。

  

私個人はスケジュール管理が中心で、取り組んでいる課題についてはパソコンにデータとして蓄積はしているものの、リアルタイムで管理できているかというと、できてないのが正直なところだと思います。

  

50を過ぎ、記憶力もだいぶ落ちたことから、気がついたことはすぐ控えようと心掛けているのですが、漏れがあるのが実態です。

  

そもそも、議員は選挙で当選すると、緊張がゆるむ傾向があります。すると、取り組むべき課題や目標が有って、課題解決や目標達成のために調査・勉強をしていかねばならないにもかかわらず、日常の忙しさに忙殺され、本来の使命を果たさないまま次の選挙をむかえることになります。

  

もちろん、すべての議員がそうではなく、一所懸命取組んでいる議員のほうが多いのですが、議会全体をレベルアップするためには、やはり改革の必要性を感じます。

  

私たち議員は行政に対しては様々な改革を求めますが、自分たちのこととなる議会・議員改革については従来消極的でした。

  

やっと議会改革へ向けた取り組みがスタートするところなので、それはそれで歓迎しますが、何をどう変えていくか、中味についてしっかりとリードしていかねばならないと決意しています。

  

そのうえで、今回いろいろな手帳を見て思いついたのが、議会・議員白書についてです。(やっと表題の話にたどりつくことができました(●^o^●))

  

どういうことかというと、議会・議員は選挙以外に評価される場がありません。行政に対しては、事務事業評価を求め、内部評価だけではなく外部評価も実施するまでになりましたが、自らを評価していただく指標もなければ、体制も整っていません。努力している議員とそうでない議員が同列で見られる可能性があり、良い人材を議会に得ようとするならば、議会・議員を評価する制度があってもよいと思います。ただ、多くの区民にとって議会・議員に関心を持っていただくインセンティブを働かせるものがなければなりません。自己満足型議会を卒業する時期に来ています。

   

選挙が最大の評価なのでそれ以外の評価制度は必要ない、との意見もありますが、選挙の時に誰を信任するかの判断材料として必要であるという意見もあります。

  

すでに、いくつかの自治体では市民による議員評価(議員の通信簿)といった取り組みや、議会として議会改革の中で評価の仕組みをつくり毎年白書として公表している自治体もあります。

  

開かれた議会を目指すうえで、重要な要素であると考えています。

  

議員として目標を設定し、目標達成へ向け調査・勉強した結果を議会でどう取り上げ、成果を上げることができたかどうか。こうしたことを自己管理するとともに、客観的な評価を受け、かつ白書として毎年公表されることで議会・議員の底上げにつながると考えます。

  

今後議会改革の中でこうした点も主張していこうかと思っています。

 

   

  

明後日から10月。10月は乳がん撲滅月間です。

  

乳がん撲滅といえば、近年ピンクリボン運動として日本でも有名になってきました。

  

もともとは1980年代アメリカでスタートした運動だそうですが、検診によって早期に発見することで乳がんの撲滅を目指す世界的な運動となってきました。

  

この期間に合わせ全国で様々なイベントやシンポジウムなどが開催されますが、墨田区においてもこれまでになく大々的にイベントが開催されます。

  

詳細は区のホームページを参照してください。

  

展示や講演会、シンポジウム、映画上映のほか、マンモグラフィ検査(要事前申し込み)なども行われます。

  

また、乳がん以外にも子宮けいがんやたばこの害などの啓発も行われるので男性も参加しやすいと思います。

  

日本は欧米と比較しがん検診の受診率があまりに低すぎるのですが、その結果、欧米ではがんで亡くなる方が減っているにもかかわらず日本は増え続けているのです。

  

とりわけ、女性特有の乳がん、子宮けいがんの受診率向上に向け公明党は力を入れて来ました。

  

私は、こうした女性の健康に関しては、パートナーである男性の意識改革が重要だと思っています。

  

働く女性が増え、会社で検診を受ける方も増えていますが、なんだかんだいって女性は夫やこどもの為に時間を取られ、自身の健康については後回しになりがちです。

  

だからこそ、パートナーである男性が女性の健康に留意し気配りすることが重要です。

  

そのためにも、今回のようなイベントに男性こそ参加していただきたいものです。

  

  

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