昨日の墨田区議会本会議で、木内議長に対する辞職勧告決議が可決。私は賛成の立場から討論を行いました。
討論の中で私たち議員の最大の武器は言葉であるとして、戦後の学制改革の議論の中で当時の文部省学校教育局長・日高氏の答弁を紹介しました。日高局長は、戦後の荒廃の中、子どもたちに満足な教育環境を提供できない情けなさ、悔しさから途中、感極まり涙を落としついには声を上げ泣きはじめ答弁が中断しました。約5分間委員会室に響くのは日高局長の涙声だけ。5分後答弁を再開した日高局長は、最後に教育に唯一の望みをかけあとから来るもののために喜んで踏み台になると決意を述べ答弁をまとめました。聞いていた委員は感動し、子どもたちの教育環境を整備するためできることは何でもしよう、あとに続くもののために喜んで踏み台になろうと日高局長と想いを同じにした、というものです。
このように、いかなる状況でも、議員は自らの判断、自らの言葉で、周囲の理解を得られるよう努めるべきです。それが説明責任を果たすということであり。その努力をしてこなかった木内議長が議長職にとどまることは認められないと討論をまとめました。

ただ、この逸話を紹介したのには、もう一つの理由がありました。日高局長の『あとに続くもののために喜んで踏み台になろう』との覚悟は、私たち議員も心肝に染めるべきことだと考えています。木内議長には伝わらなかったようですが、そういうう意味から5月末~今に至る墨田区議会を取り巻くゴタゴタは、特に子どもたちに見せることは恥だと考えています。今後は、なるべく早くこの状態が収束されるよう努めていきたいと思います。
