ぷれジョブ新潟フォーラムIN長岡
11月30日(土)に新潟県長岡市の長岡リリックホールで開催された『第4回ぷれジョブ新潟フォーラムIN長岡』に参加してまいりました。
今回のテーマは「ぷれジョブってなあに?」
ぷれジョブとは、障がい児を中心に保護者やサポーターとなる地域住民、学校、地域企業など立場が違うひとたちが集い、障がい児のジョブを支えていく活動です。
障がいを持った子どもたちが社会に出るために、「働く力を育ててあげたい」「少しでも多くの理解者を地域に広げていきたい」そうした思いを持つ周りの大人たちが、障がい児職業体験をサポートしていきます。
ぷれジョブの活動に参加している障がい児たちのことを、携わっている方はみなさん「チャレンジド」と呼びます。これは、神戸の社会福祉法人「プロップステーション」の理事長である竹中ナミさんが10数年前から提唱している呼称ですが、近年アメリカでは障がい者のことを「ハンディキャップド」と言わず「チャレンジド」という表現に切り替わりつつあることを受けてのことです。「チャレンジャー(挑戦者)」ではありません。「チャレンジド」なのです。その意味は、挑戦という使命を与えられたひと、だそうです。
とてもすばらしい表現ですね。したがって、私も以下、障がい者・児と言わずに「チャレンジド」と呼ばせて頂きます。
今回のフォーラムでは、冒頭「チャレンジド」を含むボランティアの方々が、ぷれジョブ活動の概要を劇を通しながら紹介してくださいました。
ぷれジョブの基本的なルールとして、週1回、1時間、1企業に6カ月通い、職場体験を行い、終了とします。職場にはサポーターが同行し、必要なサポートを行います。これを小学校5年生から高校卒業までの期間、半年ごとに職場を変え継続していきます。また、月に一度定例会を開催し、「チャレンジド」と関係者が一堂に会し報告会を実施し、活動報告とともに、地域の一員として成長するためのフォローアップを行います。
こうした、ぷれジョブの内容を分かりやすい劇で紹介されました。
引き続き、ぷれジョブの提唱者である、西幸代先生の基調講演。
西先生は倉敷市内の中学校特殊学級(現特別支援学級)時代の平成15年、「障がい者のある子どもたちが、生まれた地域で地域の構成メンバーとして、大切にされ生きていけるためには、地域の方に理解していただく必要がある」との考えから発案されました。10年後の今日では、21都道府県にまで広がりましたが、都内では杉並区のみという状況ですから、全国的な広がりはこれからといえます。
私は、ぷれジョブは、チャレンジドが早くから職場体験を行うことで、高校卒業後スムーズに社会の一員として地域の中でいきいきと生活していくことを目的としていると思っていましたが、西先生の話をうかがい、もっと深い意味があることを知りました。西先生がぷれジョブを発案したきっかけは、産まれてからずっと国立病院機構南岡山医療センターに入院しているある最重度の小学校4年生の少女との出会いだそうです。
西先生が病院を訪れるたびに、意思表示のできないその少女が、呼吸の音で喜びを表現するようになり、交流が始まったそうですが、一年ほどでその少女は亡くなったそうです。その経験を通じ、経済的効率性の対極にあるもの、目に見えない価値のある命の存在に思いをいたし、与えられた命をまっとうしたその少女の存在が知られていないままでいいはずがない、との思いからぷれジョブを考え付いた、とのことでした。
つまり、ぷれジョブのぷれにはPre(事前)とPure(純粋、混じりけのない)という2つの意味が込められているそうです。
現実の日常活動は、職場体験が可能なチャレンジドが対象ですから、最重度で仕事ができないチャレンジドを包含した活動を具体的にどう実践するか、今の私にはわかりませんが、大きな使命を与えていただいたと受け止め、挑戦していきたいと考えています。
西先生の講演後、新潟県内の様々な地域でぷれジョブに携わっている方々によるパネルディスカッションが行われました。設立までの準備期間にやるべきこと、週1回、1時間が難しい場合は、チャレンジドの状況にあわせ、時間や日数を調整していること、サポーターや協力企業の集め方など、とても参考になる内容でした。
墨田区においても、ぷれジョブを始めたいと強く感じましたが、ぷれジョブについて関心を持っている方はほとんどいません。存在そのものが知られていない状況ですから、まずは、様々なかたに知っていただくことからスタートしていこうと思います。理解し、協力していただける方とともに、準備期間を経て1~1年半後に実施できるよう頑張ります!!

