バックナンバー 2013年 4月 29日

 

私にとってのマイブーム・・・それは、歌舞伎です。

 

今月歌舞伎座がリニューアルオープンしたからではありません。

 

昨年、ある歌舞伎関係者から、「墨田区は歌舞伎とゆかりが深いのだから、まちおこしに活かしたら!」とご提案いただいたのがきっかけです。

 

すみだと歌舞伎? ン?? 疑問にしたままでは気が済まないたちですので、それから調査を始めました。

 

正直なところ資料があまり残っていないのが残念ですが、それでも少しずつわかってきました。明治期には浅草の猿若三座ならぬ両国三座があったそうですが、これは西両国すなわち台東区・中央区側にあった芝居小屋のことでした(そのうちの一つが今の明治座です)

 

江戸・明治期の庶民の楽しみは寄席と芝居・・・墨田区は浅草に負けぬほど寄席などもあったようですから、大衆演芸でにぎわっていた街だったんですね!

 

昭和30年代までに系統だった調査を実施していれば、もう少しすみだの文化史が明らかにできたのではないかと考えるととても残念です。

 

歌舞伎とのつながりでは、小芝居を上演していた「寿座(寿劇場)」があります。

 

 

 今では、緑2丁目の一角に、記念の史跡があるのみです。

銘文には次のように書いてありました。
『 本所相生町(あいおいちょう)五丁目(現緑一丁目)にあった歌舞伎劇場寿座は、明治二五年廃絶したが、廃絶を惜しむ声に支えられ、明治三一年、この地に座名を引き継ぎ歌舞伎小芝居(こしばい)劇場として開座した。幾多の名優の芸の修行場や庶民の楽しみの場となっていたが、惜しくも昭和二〇年二月閉座、同年三月一〇日戦災により焼失し、その幕を閉じた。

昭和六十一年三月 墨田区 』
 

 

芥川龍之介の「本所両国」に出てきますし、三島由紀夫も何度か芝居を観に行った記録が残っています。

 

ファミリーレストランの一角にあるのですが、往時のにぎわいをしのぶことができないほど、ひっそりとしていました。

寿座そのものの写真が一枚しか残っておらず残念です。昭和に入ってからは、映画にとって代わられた面もあり衰退したようですが、戦災とともに焼失してしまった結果、人々の記憶からも、まちの記憶からも忘れ去られてしまいました。

 

しかし、寿座で演じていた坂東竹若さんなどが中心となり戦後「かたばみ座」という劇団を立ち上げ、浅草松屋内にあった「すみだ劇場」で小芝居を続けていたことが分かりました。

 

さらに、この「かたばみ座」が昭和36年まで継続され、日本で最後まで小芝居を上演していた最後の劇団であったことも分かりました。

 

現在、全国で200以上の地芝居、農村歌舞伎など伝統芸能を守るための活動は行われていますが、プロとして上演しているものとしては「かたばみ座」が最後のようです。

 

こうした歴史がわかると、なんとか墨田区において小芝居を復活できないかなと考えるようになってきました。

 

伝統文化の普及や人材育成に取り組もうと思い、特にこどもたちに歌舞伎に接してもらいたいなと考えネットで「こども歌舞伎」と検索したら、全国でさまざまな取り組みをしていることが分かりました。

 

そのうちの一つが3月30日のブログで書いた「こども・若草歌舞伎」です。

 

こうした他の自治体の事例も参考にして、すみだで実現できたらなと、真剣に考えているところです。

 

また、進展したら報告させていただきます。

 

 

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