バックナンバー 2011年 8月 13日

  

以前にも書きましたが、東京都には「平和祈念館建設計画」があります。

  

2001年度開館予定でしたが、一部の反対で1999年に凍結され今日に至っています。

  

反対の理由は、財政難と自虐史観に基づく偏向的な展示計画にあるというのですが、歴史認識の対立を埋めることができなかった事情があります。

  

しかし、東京大空襲をはじめとして東京が受けた戦争の傷を後世に伝え、平和の尊さを訴える施設の建設に本来異論をはさむ余地はありません。

  

イデオロギーの対立を超え、建設計画の再開を望むものです。

  

東京大空襲は資料があまり残っていません。したがって生存者330名の証言をビデオに収め、館内で上映することを展示の目玉としていました。

  

計画では、当施設は墨田区の横網町公園に建設される予定です。また資料があまり残っていないと書きましたが、私たちがよく見る写真は両国警察(現本所警察)のカメラマンが命をかけ撮影したものです。戦後もGHQに接収されないよう、これも命がけで守ったものを今日私たちが目にしているのです。

  

そうした点から、幾重にも平和祈念館の建設を求める声を上げる理由が墨田区にはあるのです。

  

これまで行政にも都議会にも凍結を解除し計画を進めるよう働きかけてきましたが、なかなか腰を上げようとしません。

  

何のために、そして誰のために建設するのか、信念を持って説明できる政治家が求められます。

  

さて明後日、終戦の日に茨城県阿見町にある予科練平和祈念館を視察してきます。

  

私は父から昭和20年初頭に霞ケ浦のそばの軍隊に入った、と聞いていたのですが、おそらくはこの予科練に入ったのではないかと推測しています。

  

早くに父が亡くなったので、今となっては戦争中のことをもっと聞いておけばよかったと悔やまれるのですが、当時父は中央大学の学生で18歳。

  

どのような思いで終戦までの数カ月を過ごしたのか、父親探しの旅をしてきます。

  

  

  

 

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