浅草散策
今日はお笑い21世紀・6月公演を見るため、スカイツリー周辺商店街から徒歩で吾妻橋経由浅草へ。
途中あいさつ回りも兼ね、のんびりと歩いて回りました。
吾妻橋上にひとだかりがあったので、河畔を見ると、隅田川で大きなヒゴイが釣れたようで、丸々太ったオレンジに輝くコイが!
写真を撮ろうとと思いましたが、すぐに川に戻したのでシャッターに収めることはできませんでした。
ヒゴイですから誰かが放流したものでしょうが、ここまで大きく生息できる環境が隅田川に戻ったんだなと、なにかうれしくなりました。
伝法院通りから浅草寺本堂前を通り奥山お参り道へ。
なんとなく伝法院通りが好きで、いつも通ります。
何で浅草に白波5人男が?と疑問に思う方もいるかもしれません。
大見得を切るのがかっこよい白波5人男の初演は、江戸時代の天保の改革で日本橋から浅草猿若町に移転した市村座(現浅草6丁目)です。
浅草と、江戸時代から関わりがあるんですね。
そして、いつもの木馬亭で、『お笑い浅草21世紀』の6月公演を鑑賞。大笑いさせていただきました。
立ち見が出るほどの大盛況。
いつも感じますが、浅草には街の記憶をたどるよすががいたるところにあります。
まち全体が文化なんですね。
人間に記憶があるように、まちにも記憶があります。
墨田区も浅草(あるいは台東区)を見習わなければなりません。
岐路、向島を歩き、明治の文豪とゆかりのある地を訪れ、写真に収めました。
森鴎外の住居跡の銘板は本所高校前に、堀辰雄の住居跡の銘板は本所高校の裏、福祉保健センターの一角にあります。
このほかにも区内各所に同様の銘板があり、墨田区が多くの文豪とゆかりの深い地であることがわかります。
観光マップにも記載されていますが、地元の方にもその存在があまり知られていないものを、観光客が訪れたら失望してしまうのではと常々危惧をしております。
文豪巡りを楽しめるよう知恵を出さねばなりません。
明治の文豪で思い出しました。
野菊の墓で有名な伊藤左千夫が明治の一時期、錦糸町駅南口で牧舎兼住居購入。畜産業を営んでいました。
牛飼いの詩も有名です。
今日は東日本大震災から100日。
明治の大水害で大きな被害を受けた伊藤左千夫。多くの家畜を見殺しにしてしまった今の政府の対応を見たら、どのような言葉で自分の思いを表現するでしょうか。













