海舟夜話
世間では管総理の退陣がいつになるのか?
ねばりにねばる管総理には辟易しますが、マスコミも国民も、管おろしに右往左往する政治家に対し、いい加減政局ではなく、与党も野党も関係なく復興に取り組むべきという論調です。
このままでは、政治不信が頂点に達してしまうでしょう。
あえて言えば、言い訳に聞こえるかもしれませんが、公明党は震災後政治休戦して管政権に最大限の協力をする旨を表明し、それこそ粘り強く被災者に寄り添うような議論を望んできました。
今になってやっと議論が始まった二重ローン問題をはじめ、農林水産業の債権や仮設住宅建設への支援、家畜やペット対策など3月~4月にかけてたびたび提言書を提出してきましたが、一向に応答なし。
結局、真剣さの感じられない管総理に対し、「よいことをしないのは悪いことをするのと同じ」との考えからレッドカードを突きつけたのです。
管総理は一日でも長く総理の座にいたい、後世に名を残したい、との思いが人一倍強い、というのが大方の評論家の先生の見方のようですが、そこへいくと私の大好きな「勝のとっつぁん」は筋が通っています。
有名な「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。我に与(あずか)らず、我に関せずと存知候」 (自分の出処進退は自分が決めるもの。批判するならご自由に。私には関係のないこと)
これは、福澤諭吉が、「痩我慢の説」の中で、江戸城無血開城のときの不戦恭順の判断を武士道にもとる、かつ新政府の要職についたことを日和見主義として痛烈に批判していることに対し、反論があれば伺いたいという書簡を海舟に送ったときの海舟の返事です。
勝のとっつぁんにしてみれば、「あの生きるか死ぬかの修羅場の中で、内戦が起きれば、欧米列強の介入を許し、植民地化されることになる、そんなことにはさせない、と孤立無援の中これしかないと所信を貫き通した俺の気持ちなんかわかるめえ」という思いがあったんだと感じられてなりません。
したがって、後世のものが何をいまさら。相手にする気もしねえ!っていうことだと思います。
私は福澤諭吉も好きなので、批判めいたことは言いませんが、学者・評論家と政治家の違い、のように感じます。
批判覚悟で言えば、人間の器・胆力は勝海舟のほうが上だと思っています。
今の時代、「あのとき、俺がやらねば、誰がやる」との信念で交渉にあたった海舟のような政治家がいるでしょうか?
海舟の政治姿勢の原点は「誠の一字」でした。誠心誠意、被災者の為に働いている政治家は、地方議員、国会議員を問わず大勢います。
しかし、現実に被災者に政治家の誠意が通じていない現状では、やはり国のリーダーに一刻も早く交代してもらうしかないでしょう。
