本日午前10時半から12時半まで墨田特別支援学校を視察してきました。
都議会から地元の加藤都議、品川区選出の伊藤都議、足立区の中山都議の3人、墨田区議会から私と千野、大越、高橋の各区議が参加。
校長先生の説明、校内の案内のあとPTA役員の代表の方々から要望を聴取、また意見交換を行いました。
生徒数の急増にともなう教室の不足、老朽化した施設の整備、中学生・高校生の放課後の居場所づくり、卒後の進路すなわち景気低迷の影響を受け一般就労の募集が減るのではないか、福祉就労も作業所が不足しているといった、希望通りの進路に進めるかという不安、などなど...
予定の時間を大幅にオーバーするほどさまざまなお話を聞かせていただきました。
すべてが喫緊の課題であり、都と区が役割分担を明確にし、連携を取りながらそれぞれの責務を果たしていくことの重要性を痛感いたしました。
昨年、NHKで「チャレンジド」というドラマが放映されたのをご存じでしょうか?アメリカでは近年障害者のことを「チャレンジド」という言い方で呼ぶことが多くなってきました。挑戦という課題、あるいはチャンスを与えられた使命のある人という意味です。
ドラマは教職にあった主人公が病気が原因で失明し失職するも、全盲というハンデに負けず再び挑戦し復職。教員や生徒との交流を描いた感動的なドラマでした。障害が不幸の原因ではなく、障害に負けることが不幸なのだということを感じさせるドラマでした。
主役は子どもたちです。障害をもちながらも一生懸命通学し、学校生活を送っている子どもたちの姿を見つめながら、「チャレンジド」という言葉が頭に浮かんできました。そしてチャレンジする使命を与えられたこの子たちの可能性を導き出し、どのように花を咲かせていけるか。誇りを持って人生を歩んでいくことができるか。政治の責任の重さを強く感じました。
市民参加型議会
政務調査費について、一部の議員のずさんな使い道や管理がマスコミで報道されたことで地方議員への不信感に拍車がかかった感がありますが、第1回で述べたようにもともと議員は日常何をしているか分からない。議会は必要なのか、といった思いが区民の中にあると思います。そして、信頼を取り戻すために議会・議員の役割と責務を区民に理解してもらう、すなわち議会の見える化が必要であるといったこともこれまで述べてきました。
ではどうすれば議会の見える化を進めることができるのでしょうか?
象牙の塔あるいは雲の上の存在のように思われるか、バカにされるかのどちらかのような存在になってしまった議会を理解してもらうのは並大抵の努力でできることではありません。
私はこの課題を解決する唯一の手段は、徹底して市民参加型の議会に改革することだと思います。
詳細は後日「議会基本条例」の項で述べますが、議会本来の目的や役割・責務を明確にし、区民に開かれた議会を進める上で条例化は最低限必要なことです。中身のない条例では意味がありませんので時間をかけ議論する必要がありますが、その条例の中で最も重要な要素が市民参加をどのように進め、制度化するかということです。したがって議会基本条例制定過程の中においても有権者に積極的にかかわっていただくことが重要と考えます。
議会改革の先駆的事例として有名な北海道栗山町では2000年4月に施行された地方分権一括法を契機に議会改革に着手しました。こうした自治体からすれば墨田区は10年遅れているといわれそうですが、墨田区においても議会の在り方を少しずつ見直しはしています。しかし、議会基本条例を視野にいれた本格的な改革はこれからといったところです。
墨田区においては、開かれた議会という視点から、これまでインターネット中継の開始やホームページの充実、政務調査費の透明化などを進めてきましたが、本格的な議論はまだ始まっていません。
もちろん、これらのことも重要ですが、私が考える区民に開かれた議会とは
①議会報告会の開催
②一般会議または区民会議の開催(区民との意見交換の場)
③各種団体と議会との意見交換
④請願・陳情提出者による説明
⑤出前議会、夜間・休日議会の開催
⑥議会モニター制度の導入
⑦会期の変更・予算委員会の常任委員会化
これらについて有識者、区民の代表を交えた場で議論することが望まれます。
すべてが実現できることはないと思いますが、こうした議論そのものを区民に開かれた形で進めることが重要です。
市民の参加を主張すると、市民の代表が議員だから必要以上に市民を議会に参加させる必要はない、行政が市民の声を聞くことは議会軽視だ、といった意見も出てくるので、真の市民参加型議会の構築は困難ですが、やり遂げねばならない最重要の課題です。
本日午後山﨑区長に対し平成23年度の予算要望を提出いたしました。
平成23年度は、長期化する景気低迷の影響で大きな税収減が予想される一方、スカイツリー関連事業がピークを迎えるほか、曳舟駅周辺の再開発や北斎記念館の着工、学校耐震化などハードの整備に多額の税金を投入する計画があり、厳しい財政運営が想定されます。
財源不足の懸念もあり、いたずらに区債の発行や基金の取り崩しを許すわけにはいきません。
こうした中、区民生活は疲弊する一方で、格差の拡大をますます実感いたします。厳しい財政のもとでも保育園の待機児解消や高齢者を取り巻く介護難民や見守り、障がい者の就労支援や障がい児の放課後の居場所づくりなど、喫緊の課題に的確に対応するメリハリのある予算を編成していかねばなりません。
以上の種子をふまえ、区議会公明党として予算要望を提出いたしました。
予算編成過程にも積極的に議会が関与していくべきだとも考えていますし、来年の予算委員会においてもムダのチェックに徹し、場合によっては修正を要求するなど区民の皆様に理解の得られる予算にしてまいります。
12日(金)に開催された「フォーラム・イン・すみだ2010」に参加しました。
墨田区内外の商工業事業者が、情報交換・交流を通し、新たなビジネスチャンスの発掘やビジネスマッチングの場として大いに活用できるよう、名刺交換、懇親の時間もとるなど、工夫を凝らしながら毎年実施しているものです。
冒頭のパネルディスカッションは、一橋大学大学院教授の関先生がコーディネーターを務め、区内4社の経営者と東武タワースカイツリー(株)の吉野部長の5人のパネリストで「タワーでかわる すみだをかえる」をテーマにディスカッション。
それぞれ熱い思いを語っておりました。
その後、「ものづくり」「環境」「すみだの観光 これから」「自転車まちづくり」「IT・発信」の5つの分科会に分かれテーマ別にパネルディスカッションを行いました。
私は「すみだの観光 これから」に参加しましたが、パネラーの一方的な発言を聞いているだけだったので、ちょっと不完全燃焼。
できれば、双方向の議論ができるよう会場から質問をとってもらいたかったな、と感じました。
他の分科会では大半が参加者からの質問だったところもあったようですが...
このあと、名刺交換会、交流会と続くのですが、所用があったので失礼をいたしました。
参加者も多く、熱気に満ちていましたが、「この先、そんなにバラ色ばかりではないぞ」というのが率直な感想です。ある意味、この会場に来ている方は意識の高い方々なので、自らチャンスをつかんでもらいたいと思うのですが、この会場に来ていない圧倒的に数の多いサイレントマジョリティといってもよい事業者の方々にとっても、スカイツリーを契機に大きく発展してもらうためにさらに知恵を絞っていくことが重要だと思います。
こうしたことを考えながら、議会における自分の役割の重要性をあらためて認識し家路につきました。
ノーベル平和賞受賞者世界サミット
14日までAPECが開催されております。主要ニュースは当然APEC関連で占めていますが、ほぼ同日程の12~14日の3日間広島で開催されている第11回ノーベル平和賞受賞者世界サミットについては、あまり報道されていないようです。
同サミットは、旧ソ連のゴルバチョフ元大統領が設立した財団の発案で1999年ローマで初めて開催。これまで貧困や暴力、人権問題などを取り上げてきましたが、原爆投下から65年の今年は、広島市での開催となりました。
アジアではじめての開催でもあり、世界に核廃絶へ向けた日本の取り組みや姿勢をアピールする絶好の機会だと思うのですが、あまりマスコミが取り上げていないので残念です。
こころあるかたはぜひ広島市のホームページをご覧になり、ノーベル平和賞受賞者・団体と広島市の核廃絶への取り組みと熱意を学んでいただきたいと思います。
とりわけ、広島市の平和への取り組みと具体的な施策は、大変参考になります。ぜひとも、平和都市・墨田区でも反映させたいと思っています。特にこどもたちがあらゆる平和イベントに積極的に参加することで生きた平和教育を実践していることに敬意を払うものです。今回のサミットでもこどもたちが参加する行事が多く、将来を託するこどもたちの命の中に平和の種が植え付けられたことと思います。
東京においても、かつて平和祈念館構想がありました。実現の一歩手前まできたところでイデオロギーの対立があり凍結され現在に至っています。平和を求める心は誰もが同じはず。東京大空襲で甚大な被害を受けた墨田区こそが、多くの困難を乗り越えその実現に向けリーダーシップを発揮しなければならないと思います。
明年の区議選では、こうした平和への思いを形にする施策をマニフェストに反映していこうと思っています。
~複式簿記・発生主義会計による自治体経営改革~
東京都と大阪府主催の公会計制度改革シンポジウムが11日、都庁の大会議室で開催され参加いたしました。
冒頭に主催者を代表し、石原都知事があいさつ。その後、橋下大阪府知事が講演。
この二人が話しているときは、テレビ、新聞社等のマスコミのカメラが通路をいっぱいになるほど占め、シンポジウムの内容よりも、二人の注目の高さを改めて感じました。
パネルディスカッションではテレビでおなじみの鈴木豊先生がコーディネーターを務め、石阪丈一氏(町田市長)、磯道真氏(日本経済新聞社産業地域研究所主任研究員兼地方部編集委員)、清水涼子氏(関西大学大学院会計研究科教授)、土居丈朗(慶応義塾大学経済学部教授の各氏がパネラーとして参加。
現在の公会計制度の問題点・課題を浮き彫りにするとともに、今後どうしていくべきかについて熱心な議論が展開されました。
この日午前中は東京ビッグサイト開催されている「産業交流展2010」を視察。
これは、東京都や東京都商工会議所が主催する中小企業向けのトレードショーで毎年この時期に開催されます。
首都圏から1000社近い中小企業が出展。もちろん墨田区内の事業者も出展します。
今回は時間がなくゆっくり回れなかったのが残念でしたが、それでもグッドデザイン賞を受賞された(株)伊藤バインダリーさんなども出展されており、墨田区の元気印の中小企業の底力を感じることができました。
中小企業の最大の悩みは後継者問題であるといわれていますが、墨田区ではフロンティアすみだ塾などを実施し、若手経営者の育成に力を入れてきたことが徐々に成果として現れてきたと感じました。
今日11月10日は私の誕生日。とうとう52歳になってしまいました。(T_T)
ついこのあいだ50代に突入したばかりと思っていたのに...月日のたつのはなんと速いことか。
とともに、今日は父の命日でもあります。今から33年前の今日、父は51歳の若さで亡くなりました。だから、今日を迎えたことで父の年齢を超えたことになります。私が高校を卒業した年、19歳を迎えた日のことでした。
以後、11月10日は自分の誕生日を祝う日ではなく、父のことを思い出す日となりました。
父は家具の小売店を営んでいました。オイルショックの頃まではサラリーマンよりも収入が多いと言っていましたが、その後は急激に落ち込んでいったようです。今から考えると家具の販売を30坪ちょっとの狭いスペースで持続していくことは、時代の流れで無理があることは明らかで、父の死後数年で廃業することとなりました。
生前の父ともう少しいろんな話ができればよかったなと、今にして思います。未成年だったので大人同士の話ができなかったことを残念にも思います。
戦争のこと、仕事のこと...
昭和20年の春に徴兵され東京大空襲はのがれたそうですが、戦争の犠牲者であることに変わりはありません。
中央大学の法学部出身なので本来なりたかった職業が他にあったようですが、戦後の混乱を生き抜くために、祖父と協力して道具屋のような仕事からスタートしたようです。
私の記憶に残る父はとにかくおっかない存在でした。すぐにでかい声でしかるので、兄弟はみな母親っ子でした。加えて、家系なのでしょうか大酒飲みで、今思うと夕方の早い時間から家の前にいすをならべて(家具屋でしたからいすは売るほどありました)近所の友人と酒を酌み交わしていました。我が家の前が中学校の通学路で、角地なので下校時にたむろっている学生がいるとよくしかっていました。変なおじさんと思われていたのではないかと思います。
ALWAYSの時代の典型的な下町のおやじでした。
父と仲の良かった方は私に対し、「議員になったことをお父さんが一番喜んでいるよ」と言ってくださいます。私にとっても父の存在が大きく、学生時代から今に至るまで父に喜んでもらいたいと思って勉強もし、実は司法試験を目指したこともありますから(すぐにあきらめましたが)こういったことを言ってくださる方がいることはとてもうれしいです。
しかし、だんだん父を知る人が少なくなってきました。激動の時代を生きた方が少なくなるのは昭和が遠くなるようでさびしいものです。
お世話になっている藤間勘洋雪先生の主催する発表会に行ってまいりました。
日本舞踊に関しては全くの素人。
それでもおごそかな中にも品があり、凛とした身の引き締まるような何とも言えないたたずまいに、伝統文化の深みを感 じました。
藤間先生とは、12月23日のイベントのお手伝いをさせていただく関係から、最近打ち合わせでお会いする機会も多いのですが、けいこ以外にもさくらフェスティバルの準備やイベントのプロデュースなど多忙な中時間を作っていただいております。
小さな体の中にバイタリティーがこれでもかというぐらい詰まっている方で、心から頭が下がります。
健康に留意し、これまで以上の活躍をお祈り申し上げます。
11月5日午後7時より、家庭センターホールで、私が支部長を務めさせていただいている公明党墨田総支部本所支部と同僚のとも区議が支部長の錦糸支部合同のし部会が開催されました。
来賓として山﨑昇墨田区長、党からは高木美智代衆議院議員、加藤雅之都議会議員を迎え盛大に開催いたしました。
約130名の方が出席してくださりました。私たち公明党の議員はこうした熱心に支援してくださる支持者がいて、世界一の幸せ者です。みなさん、普通の庶民の方々です。公明党の歴史は、市井の人々が熱心に政治を勉強し、厳しく監視していくなかで、政治を庶民の身近なものにしてきた歩みそのものです。
今、街中に私と山口代表の2名連記のポスターを貼らせていただいておりますが、手弁当で手伝ってくださる支持者の皆様には感謝の言葉もありません。
いつもいつも、ポスターを見るたびに感謝の思いがわき、よりいっそう自らの議員力を磨かねばと決意します。
11月4日は決算特別委員会最終日。平成21年度の一般会計、特別会計の各会計決算に対する会派としての意見を開陳いたしました。
公明党は、一般会計の一部に税のムダがあったことを款別審査で厳しく追及していたので、改めて指摘し、再び繰り返さないよう念をおすとともに、事業仕分けの手法で事業の内容についても精査するよう意見を開陳したうえで、来年度の予算編成にこうした公明党の考えを反映するよう求め認定をいたしました。
ところが最後に意見を開陳した自民党は一般会計について不認定。環境ふれあい館の設計費用や調査委託費のムダ使い、押上2号踏切立体化の情報提供が不十分だったこと等を主な理由としたようです。自民党が不認定と判断したことで、委員会として採決の結果認定しないとの結論が出されました。
最終的には第4回定例会の本会議で議決することになりますが、同じ結果になると思われます。
私のほうが厳しく追求したとの印象があったので、意外な感がいたしました。墨田区においては過去に例がないそうですので、非常に重い決断をしたといえます。今後の推移を見守るとともに、対応については慎重に行うことが私どもに求められることになります。
決算の認定とは、地方自治法233条に基づき、会計書類を審査し見解を出す議会としての重要な議決事件です。不認定の結論を出してもすでに行われた予算執行の効力には影響しないものですが、都知事への報告とともに、住民に公表し、なぜこのような結論になったのか説明責任を果たさねばなりません。
どのような場合に決算を不認定にするべきか。私の考えを簡単に述べたいと思います。
第一に、区長の政治姿勢、政治理念と著しく乖離している場合です。当然掲げる政策も大きく違ってきますから、税金の使い道について理解も納得もできることではありません。共産党などはこうした考えに基づいて、毎年予算も決算も反対しておりますが、筋が通っていると言えるでしょう。
第二は、不正経理や裏金が発覚したなど法令に違反する疑いが生じた場合です。これは疑惑が晴れるまで認定するべきでないと考えます。時間がかかることが想定される場合は、付帯決議を付けた上で認定し、別途百条委員会を設置し、真相を究明する手法をとってもよいと思います。
第三は、極端な税金のムダ使いが発覚した場合です。いうまでもなく税金は一円たりともムダにするべきではありませんし、それをチェックするのが議会の役割の一つですので、決算審査が議会のチェック機能を果たす一番大きな場であります。ただし、これまでも毎年の審査において税金の使途や事業のムダについて指摘し、認定したうえで翌年度の予算編成に反映させてきたわけですから、どういったムダの場合に不認定にするのか基準を明らかにする必要があるのではないでしょうか。当然過去に出してきた結論と今回出した結論の違いについて区民に対する説明責任があると考えます。
以上が私の考える決算に対する審査の基準です。
他会派のことですので私が推測で述べることはやめますが、今回の決定により、来年度の予算がなかなか策定できないとなると区民生活への影響がありますので、混乱することは避けなければなりません。したがって、私ども公明党が今後果たす役割は大きいものがあります。
私ども公明党は、今回の決算特別委員会を通し、多くの問題点や税金のムダについて浮き彫りにいたしました。環境ふれあい館の設計費のムダについては、区長に責任をとることも約束させました。今後の執行部の対応をしっかりと見守る必要はありますが、こうした税金のムダをしてきしておきながらなぜ認定したか。私どもにも説明責任があります。
このことについては後日あらためて説明させていただきます。
今後、4月の統一地方選挙をひかえ政局がらみの話も出てくると思いますが、区民の目線を第一に自らの信ずる道を進んでまいります。











