父のこと
今日11月10日は私の誕生日。とうとう52歳になってしまいました。(T_T)
ついこのあいだ50代に突入したばかりと思っていたのに...月日のたつのはなんと速いことか。
とともに、今日は父の命日でもあります。今から33年前の今日、父は51歳の若さで亡くなりました。だから、今日を迎えたことで父の年齢を超えたことになります。私が高校を卒業した年、19歳を迎えた日のことでした。
以後、11月10日は自分の誕生日を祝う日ではなく、父のことを思い出す日となりました。
父は家具の小売店を営んでいました。オイルショックの頃まではサラリーマンよりも収入が多いと言っていましたが、その後は急激に落ち込んでいったようです。今から考えると家具の販売を30坪ちょっとの狭いスペースで持続していくことは、時代の流れで無理があることは明らかで、父の死後数年で廃業することとなりました。
生前の父ともう少しいろんな話ができればよかったなと、今にして思います。未成年だったので大人同士の話ができなかったことを残念にも思います。
戦争のこと、仕事のこと...
昭和20年の春に徴兵され東京大空襲はのがれたそうですが、戦争の犠牲者であることに変わりはありません。
中央大学の法学部出身なので本来なりたかった職業が他にあったようですが、戦後の混乱を生き抜くために、祖父と協力して道具屋のような仕事からスタートしたようです。
私の記憶に残る父はとにかくおっかない存在でした。すぐにでかい声でしかるので、兄弟はみな母親っ子でした。加えて、家系なのでしょうか大酒飲みで、今思うと夕方の早い時間から家の前にいすをならべて(家具屋でしたからいすは売るほどありました)近所の友人と酒を酌み交わしていました。我が家の前が中学校の通学路で、角地なので下校時にたむろっている学生がいるとよくしかっていました。変なおじさんと思われていたのではないかと思います。
ALWAYSの時代の典型的な下町のおやじでした。
父と仲の良かった方は私に対し、「議員になったことをお父さんが一番喜んでいるよ」と言ってくださいます。私にとっても父の存在が大きく、学生時代から今に至るまで父に喜んでもらいたいと思って勉強もし、実は司法試験を目指したこともありますから(すぐにあきらめましたが)こういったことを言ってくださる方がいることはとてもうれしいです。
しかし、だんだん父を知る人が少なくなってきました。激動の時代を生きた方が少なくなるのは昭和が遠くなるようでさびしいものです。
