今日は、郷土の歌人若山牧水の没後85年目の命日でしたね。
私の伯父が大学を卒業して、最初に赴任したのが、牧水が住居を構えた沼津でした。
後年、伯父は門川に帰って来ると、よく郷土の誇りである牧水の事を話してくれました。牧水は、故郷の坪谷から富高村(現日向市)まで出てくると馬車で延岡市・土々呂町の港まで行き、関西航路の汽船に乗っていたそうです。
その時、馬車に揺られて通った道が私の実家のすぐ前の道だったんだよと教えてくれました。私も、後に続く若い人達に、故郷のことを、もっともっと伝えていかなければと思いました。
撮影時期は不明、戦前の草川小学校。松並木の根元が旧国道10号
今日の旧国道10号、右手奥の家の左側が、旧草川小学校
牧水生家の前の坪谷川
「日向の国むら立つ山のひと山に住む母恋し秋晴の日や」
米航空宇宙局(NASA)は12日、1977(S.52)年9月に打ち上げた無人探査機ボイジャー1号が昨年8月25日ごろ、人工物として初めて太陽圏(太陽から放出される太陽風の届く領域)を離れて、「星間空間」と呼ばれる未到の領域に入ったとみられると発表しました。
星間空間は恒星と恒星の間の宇宙空間で、水素などのガスやわずかな微粒子が存在するとされています。ボイジャー1号は動力なしで飛んでいますが、コンピューターや通信機能には搭載された原子力電池から電力が供給されています。
その電池の寿命が尽きる2020~25年頃までは、星間空間がどんな状態なのかを観測してデータを地球に送信できると期待されています。
ボイジャー1号は、電池が切れた以降、地球との通信は途絶えますが、へびつかい座の方向に向けて飛行は続きます。最終目的地は決まっていませんが、地球外生命体に遭遇した場合に備えて、日本語を含む55か国の言葉や音楽を届けるレコード盤(ゴールデンレコード)を積んでいます。
いつの日か出会えたら素晴らしいですね。
ボイジャー1号
ゴールデンレコード
公明党訪米団の山口那津男代表、上田勇国際委員長、遠山清彦国際局長は10日午後(日本時間11日午前)、ワシントン市内の米連邦議会で、ベンジャミン・カーディン上院外交委員会東アジア太平洋小委員会委員長(民主党)と会談しました。
席上、山口代表は「日米同盟、日米関係は日本の外交の基軸だ。国内でも経済再生、復興加速が優先課題だが、環太平洋連携協定(TPP)の問題や、安全保障課題については、米国との緊密な協力、さらに2国間関係のさらなる強化が大事だ」と強調しました。

カーディン上院外交委員会東アジア太平洋小委員会委員長(中央)との会談に臨む山口代表(右隣)ら
左端はオラっちの遠山清彦議員
2020年オリンピックが東京に決まりましたが、今日9月12日は陸上競技の華であるマラソンの日だそうです。
紀元前450年のこの日、ペルシャの大軍がアテネを襲いマラトンに上陸したのをアテネの名将ミルティアデスの奇策でこれを撃退し、フェイディピデスという兵士が伝令となってアテネの城門まで走りついてアテネの勝利を告げたまま絶命したと言われる日で、1896(明治30)年にアテネで第1回オリンピックが開かれた時、この故事を偲んでマラトンからアテネ競技場までの競走が加えられ、初めてのマラソン競走が行われました。
昨日9月4日は、明治後期に栃木県・足尾銅山の鉱毒汚染の実態を、文字通り命をかけて追求した衆議院議員であった田中正造の没後100年の命日でした。
足尾銅山から流出した有毒廃棄物が、渡良瀬川流域を汚染し、川では魚が死に絶え、田畑は枯れ野と化し、流域の住民は鉱毒病に冒されました。
田中正造は、鉱毒の存在を認めようとしない政府を、全財産をなげうって徹底的に追求し生涯を終えた偉大な政治家です。
臨終の枕元には全財産の信玄袋一つが置かれていたそうです。
昭和40年代初め、富山県・神通川流域で発生した神岡鉱山のカドミウムによる「イタイイタイ病」や水銀汚染の「水俣病」も同じ構図でした。
このような公害は二度と起こさせてはならないと改めて思いました。

















