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泉大津市 溝口浩
h-mizo@amber.plala.or.jp

大阪工業大学学園校友会主催の被

地応援バスツアーが開催され、参加し

た。最初は遊覧船による松島めぐり(

写真右)。女性ガイドの方の被災体験

も聞かせていただき、家族を亡くされ

た中、前を向いて進んでいこうという

姿勢が印象的だった。南三陸町では、

震災語り部の方の案内で、志津川湾

から高台にある戸倉中学校の校舎前

で説明を受けた。その校舎の軒先まで、

津波で浸かったとの事。その後、遠藤

みきさんが最後まで避難の放送を行ったという

防災対策庁舎の鉄骨むき出しの現場を訪れた。

(写真右)。語り部の方はその放送を聞いていた

との事。「私たちは建物の屋上に逃げるなどとい

う発想はありません。高台へ高台へという考えが

昔から身についています。」との事でした。遠藤

さんも放送では、最後まで高台に避難してと叫

んでいたとの事。山の神社や寺に逃げた人は

助かった人が多かったそうだ。遠藤さんの上司

の課長さん(死亡)が子供たちに教えるために

着ていたユニホームも供えているとの事。チリ

地震の教訓として建てられた防災対策庁舎も、

それを上回る自然の恐ろしさの前では、役に立

たなかったという皮肉な結果の象徴のようなもの

か・・・。

プレハブで建てられ、復興への大きな一

歩を築いている南三陸さんさん商店街で

買物をした。(写真左)日差しが暑く感じら

れたが、多くの買い物客で賑わっていた。

最後に名取市の閖上地区の日和山か

ら、周囲を見渡したが、家の基礎のみが

残っており、雑草が生える中、手つかず

の状態が延々と続いていた。(写真下)

プレハブの2階部分には「がんばろう名

取」の看板が・・・。



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