プロフィール
誕生

1981年2月12日誕生。2歳の年の差で、男の子三人兄弟の長男。
両親の兄弟も多かったことから、常に人の輪の中で育ち、やさしく素直な人格が育まれる!
仲良き3兄弟

年が近いこともあり、とても仲の良い兄弟であった。長兄のよしかずは、いつもの弟二人の面倒を見ていた。喧嘩をしたことは、ほとんどない。「だんご3兄弟」と評判であった。困ったときは支え合えるのが、大切な兄弟の絆である。また地域の皆さんによく声をかけて頂くことが励みになった。
小学生時代

優しく穏やかな性格だったため、2年生の当時、転校をキッカケに、担任の先生になじめず、学校が嫌いになった。登校拒否になったことも。
それでも、友達に恵まれていたため、学校に行かない「よしかず」を心配した同級生が迎えに来るようになった。同級生に誘われ、登校を再開。岩田よしかずは、人に恵まれた小学校時代を過ごしたと振り返る。
中学生時代
地域の野球チーム「ニューファイターズ」に所属。スポーツに汗を流し、多くの友に囲まれて過ごす。チームの監督は、「七転び八起き」とよく訴え、何事も失敗したとしてもあきらめず、最後まで挑戦することを学ぶ。控えの選手であったが、チームの優勝はかけがえのない思い出となった。
高校生時代

高校時代も野球に打ち込む。合宿で同じ釜の飯を食べ、寝泊まりもしながら練習に明け暮れたことは、大きな財産。更に出会った友の影響もあり、建築の勉強に興味を抱くようになった。学ぶことに喜びを抱き、皆勤賞を受賞するまでに。
両親

母は常に朝早くから皆のために弁当を作り、仕事が終わってから夕食を作ることが日課であった。家族に尽くす姿に感謝は尽きない。
父は地域の少年野球でコーチや監督を歴任。評判もよく、親しまれていた。地域でも青少年育成に携わり、父の背中から様々な事を学んできた。
就職・社会人へ

高校卒業後、三井ホームエンジニアリング(株)に就職。寮に入り大工の修行に励む。手に職をつけ、将来は自分の家や親の家を建てたいとの思いを抱く。修業時代は努力に加えて体力が求められ、大工道具の使い方や家の構造を必死に学ぶ。
転職・アレルギーとの戦い、経済闘争。

大工の修行の中で不本意なことに、建築資材に対するアレルギーを発症。手指のひび割れが治まらず、やむなく転職を決断。貯金を取り崩して節約しながら、就職活動に挑戦し、様々な会社で仕事をして経験を積んできた34歳の時、日光警備保障株式会社に就職。さまざまな困難と格闘しながら、道を切り開いていく日々だった。
子育て

現在、二人の娘の父として妻とともに子育て奮闘中。娘たちは、何度も救急車に運ばれるほどの重篤なアレルギー体質。他にも喘息、アトピー性皮膚炎など、体が弱く病院通いが続く。入園した幼稚園を半分ほど欠席したことも。病気のお子さんを抱える親の気持を身に染みて感じた。それでも二人の娘は、医療従事者の献身的な看護によって救われた。医療費の無償化や保育料の無償化など、子育て支援策のありがたさを痛感。
いつも励ましを頂いた街・葛飾

岩田よしかずは、さまざまな課題に直面する中、いつも自身や家族を励まし・育ててくれた、人情味あふれる葛飾の街と人を、大切にしたいと考えている。
感染症が世界に蔓延している今こそ、くらしに一番身近な区政を通して、皆様の「いのち」を守る。「くらし」を守る。――――そのためにお一人お一人の声を聞き、自ら学んだ、ものづくりや防犯・防災の経験を活かして、今日もたゆまず挑戦していくことを、自身の誓いとしている。
