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一宮市議会議員 しばた雄二 今日も元気で

ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会の「秋の研究会」に参加

2025年10月5日

教育行政学の視点から考える「教育の行方」
〜石井拓児教授講演を聞いて〜
昨日(10/4)、名古屋大学で開催された、ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会の「秋の研究会」に参加しました。基調講演には、教育行政学がご専門の石井拓児 教授(名古屋大学大学院)が講演されました。
石井先生のこれまでの研究成果を踏まえたお話は、日本の教育が直面している構造的な課題を深く理解する貴重な機会となりました。
教育の変遷と「新自由主義」の影響
石井教授の講演の核心は、戦後日本における教育行政・教育経営理論の変遷、特に新自由主義の潮流が教育に与えた影響でした。これは、先生の多くの著書や論文(例:共編著『新自由主義大学改革』、主要論文「新自由主義大学改革と大学財政システムの変容」など)でも一貫して追究されているテーマです。
教育費の削減と政治主導への転換
講演で強く印象に残ったのは、新自由主義が謳う「緊縮財政」の流れで、教育費の削減が進められてきたという指摘です。
社会保障制度の未整備: 先生が近年取り組んでいる「子どもの貧困問題」を念頭に置いた研究(主要論文「公教育財政制度の日本的特質と教育行政学研究の今日的課題」など)からも分かるように、日本は諸外国と比較して、子育て・教育に対する社会保障制度の整備が遅れています。その結果、圧倒的な私費負担が家庭にのしかかっているという現実があります。
教育の「政治主導」化: 財政削減と同時に、教育は「皆でつくるもの」という民主的な土台から、国や政治が主導権を握る方向へと舵が切られました。
⚙️ 競争原理の導入と学習カリキュラムの硬直化
教育に競争原理を働かせるという思想もまた、新自由主義の大きな特徴です。
これにより、多様性よりも画一性が重視される硬直した学習カリキュラムの流れが生まれてしまいました。
先生が研究テーマとしている「学校づくり」概念(著書『学校づくりの概念・思想・戦略』など)は、本来、教育実践の場から誕生した「学校を良くしよう」という教職員・地域・保護者の協働の思想です。しかし、教育行政の変質により、皆でつくる学校づくりが困難な状態になっていることが理解できました。
個人的な感想:教育は「自分ごと」として
講演を拝聴し、日本の教育行政が、日本国憲法設立当初の民主的な教育概念から、社会や政治の変遷に伴い、徐々に変質してきてしまったという構造が鮮明に見えました。
先生は、教職員の「多忙化問題」(共編著『教職員の多忙化と教育行政』、主要論文「職員会議法制の変容と教職員の多忙化問題」など)にも着目されており、これは、現場の先生方が教育行政の構造的なひずみの中で疲弊していることの表れでもあります。
教育は、「子どもの幸福」を実現するためのものです。
講演を通じて、改めて、この国の教育をこのままにしてはいけないという強い危機感を持ちました。教育行政の課題は、教育関係者だけでなく、地域住民、保護者、そして私たち一人ひとりが「自分ごと」として捉え、真剣に考える必要があると痛感しました。
教育再生への提言:宮内藤夫氏が訴える「子どもの幸福」と教育の危機
第2部では創価大学の大先輩であり、元校長である宮内藤夫氏のお話を伺いました。
石井先生が学説・制度論的な視点から日本の教育の課題を分析されたのに対し、宮内氏は36年間の教員・校長経験という現場の最前線から、現在の学校教育が直面している崩壊の危機と、教育再生への熱い提言をされました。
現場からの警鐘:「不登校激増」は教育崩壊のサイン
宮内さんは、著書『教育が重視される国・日本を目指して』や『子どもの幸福のための教育』の中で、今の日本の学校制度は危機に瀕していると強く訴えています。
現在、不登校の子どもが激増している状況は、単なる個別の問題ではなく、学校制度そのものが子どもたちを支えきれていないことの明確なサインであると捉えています。
教育軽視の国: 日本は、「子どもたちが健全に育つ教育環境を整えることにまったく関心がなく、効率的な学校運営を行うことだけに腐心している」。教育の本質や重要性が認識されていないことが、国力の低下に繋がっていると断じています。
構造的な問題: いじめの増加、深刻な教員不足、地域による教育格差といった現場の諸問題の根底には、教育予算の少なさと、行政の「長いものには巻かれろ主義」があるという、石井先生の指摘とも共通する行政の構造的な体質の問題があります。
効率優先の最たる例:「学校統廃合」の矛盾
宮内氏の提言の中でも、特に現場感覚から来る強い問題提起が、効率優先で進められる学校統廃合(学校適正化)に対する批判です。
宮内さんは、行政の不誠実な姿勢に異を唱えます。
「学校適正化検討委員会の設置要綱には、統合時期を検討することになっていながら、『統合時期は計画に示した通りでお願いします』…との、どう考えても矛盾した状況に異論を唱える委員がいても、そうした意見が無視されていることも大きな問題だと思います。」
これは、「検討」の名のもとに既定路線が強行される、効率優先・教育軽視の行政の姿勢そのものです。現場や地域住民の意見を無視し、子どものためにならない無理な統合が進められることは、日本の教育の在り方がいかに劣悪にさせられているかを象徴しているのです。
️ 再生への提言:子どもの幸福のための教育を
宮内氏が長年追求し、人生を賭けた覚悟を示すのが「子どもの幸福のための教育」の実現です。
学校統合の問題を深く考えていくと、結局は「日本の教育の在り方や教育環境が、児童生徒や今の教師の皆さんにとって、いかに劣悪にさせられているのか」という大きな問題に帰結します。
私たちが今、真剣に考えるべきは、教育の本質です。
子ども最優先の指導: 無理な統合によって、肝心の子ども達のためにも、丁寧な指導が成り立ち、教師にも無理がいかない教育の在り方を、地域の皆さんとご一緒に考える必要があります。
国政への働きかけ: 宮内氏の強い決意は、学校の問題を地域だけの問題に留めず、国政に対しても働きかけを強めていくという姿勢です。これは、第1部で石井先生が追究された「新しい福祉国家型の教育財政制度」の構想とも繋がり、教育を国家の最重要課題とする方向へと転換させる必要性を示しています。
お二人の講演を聞いて、結論:教育は国家百年の計‼️
石井先生の論理的な分析と、宮内氏の現場からの切実な提言は、日本の教育の未来を考える上で、私たちに重い問いを投げかけました。
教育は「国家100年の計」。教育を軽んじ、効率化の名のもとに子どもの幸福をないがしろにすることは、国の衰退に直結します。
私たちは、教育を再び「皆でつくるもの」、そして「子どもの幸福を最優先するもの」として再生させるために、地域住民、保護者、教育関係者が「自分ごと」として、真剣に考え、行動していく必要があると痛感しました。

国を挙げた「教育投資」の覚悟を‼️

2025年10月4日

深刻な現実:教員不足と多忙化が招く教育の質の危機
ご指摘の通り、今こそ教員不足の解消と教員が子どもたちと向き合える環境づくりに、国を挙げて取り組むべき時です。
1. 教員の「ゆとり」の回復が急務
教員は、授業準備、部活動指導、保護者対応、膨大な事務作業などにより、慢性的な過重労働に陥っています。この多忙さが、「教員が子どもと向き合う時間」と「自らの資質向上に充てる時間」を奪っています。
教員不足の解消: 教員志望者を増やすための待遇改善と、魅力ある職場環境の整備が最優先です。
業務の切り分け: 教員の本来業務でない事務作業や地域連携の一部を、外部人材や専門スタッフに委ねるなど、業務の聖域なき見直しが必要です。
2. ICT化の正しい活用
記事にもあるように、学習指導要領の改訂やICT化は進んでいますが、それがかえって教員の負担増になっている面もあります。
**「デジタルの活用」と「授業準備の負担増」**がトレードオフになっては意味がありません。
テクノロジーは、事務の効率化や個別最適化の支援など、教員が**「子どもと向き合う」時間**を創出するためにこそ活用されるべきです。
学力低下の背景にある社会構造への対応
学力低下は、学校だけの問題ではなく、家庭や社会の構造変化が大きく影響しています。
1. スマホ・ゲームの長時間使用への対応
記事のデータが示す通り、小・中学校ともにスマホ等の使用時間が長く、これが学力低下の大きな要因の一つと考えられます。
学校と家庭の連携強化: 学校からの指導だけでなく、家庭でのメディア利用に関するルール作りの重要性を保護者全体に啓発し、サポートする仕組みが必要です。
2. 家庭環境による「教育格差」の拡大
保護者の経済的・時間的ゆとりの低下は、家庭学習の環境や体験の質に影響し、教育格差を広げる可能性があります。
公教育の役割強化: 学校が単なる知識伝達の場に留まらず、学習意欲の向上、生活習慣の確立、多様な体験の提供など、家庭の状況を補完し、すべての子どもの土台を育む役割を担う必要があります。
結論:国を挙げた「教育投資」の覚悟を
学力低下への対策は、単なる予算消化ではなく、未来への最も重要な「投資」です。
教員が「子どもと心ゆくまで向き合える環境」を国が責任を持って整えることが、子どもたちの学力向上、ひいては創造性や社会性の涵養に繋がり、日本の持続的な成長の基盤となります。
「教育は国家百年の計」という言葉の重みを、今改めて政治が、そして社会全体が噛みしめるべき時です。

幻想を打ち破る「高福祉低負担」の現実

2025年10月4日

多くの人が望む「高福祉低負担」という道のりは、残念ながら幻想です。少子高齢化が急速に進む日本において、給付を維持・拡大しながら負担を減らすという都合の良い話は、数学的に成り立ちません。
高齢者世代への給付は増加し、現役世代の負担は限界に近づいています。
現状維持や「先送り」は、将来世代へツケを回すことに他なりません。
この記事が指摘するように、「それ相当の負担が必要」という現実を、私たちはまず真正面から受け入れる必要があります。
未来のための「予防」と「負担」への覚悟
記事では、医療費の増加抑制に向けた予防医療の推進や、世代間・世代内の公平性を意識した負担のあり方(例:所得の高い高齢者の負担増)が提起されています。これは、制度を根本から立て直し、「持続可能」なものにするための避けられない道筋です。
特に、責任ある政治が求められているのは、「現実的な将来のシミュレーション」を基に、国民に対して正直な議論と痛みを伴う選択を提示することです。
ポピュリズム(大衆迎合主義)は、「心地よい言葉」で現実を覆い隠し、短期的な人気を追い求めます。
しかし、真に国民の将来を思う政治は、「不都合な真実」を伝え、共に覚悟を問うことです。
私たちが共有すべき視点
この記事が投げかけるメッセージは、特定の政党や世代だけのものではなく、「私たち自身」の未来に対する問いかけです。
「世代間の公平性」の実現: 高齢者を含む全世代が、それぞれの能力に応じた形で**社会保障の「支え手」**となる意識を持つこと。
「負担」に対する意識改革: 税金や保険料といった「負担」は、単なる支出ではなく、**将来の安心を「投資」**するための不可欠なコストであると認識すること。
未来志向の行動: 自身の健康への**「自助」**努力や、社会活動への参加を通じて、社会全体の負担を軽減する意識を持つこと。
高福祉低負担という甘い言葉に惑わされず、公平な負担と持続可能な制度の確立を目指す時、私たちは初めて真に豊かな未来を次世代に引き継ぐことができるでしょう。
皆さんは、この「ポピュリズムからの脱却」という呼びかけに、どのように応えますか?

しばた雄二通信 2025年秋号

2025年10月2日

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