26年経ちました
その時、まだ布団の中にいた私は、ゴーッという地響きとドンドンという大きな揺れで目が覚めた。
咄嗟に隣で寝ていた二歳の長女と妻に布団を被せ、その上から覆い被さって、揺れが収まるのを待った。
何が起こったのか、直ぐには理解出来なかったが、一呼吸置いて、外に出た。
ブロック塀が倒れているのを見て、ただ事では無いと思い、原付きバイクに乗って、とにかく地域の仲間たちの安否を確認して回った。
神戸から繋がる国道171号線は、たちまち動かない車で埋まった。
夕方から、先輩、後輩、仲間達と原付きバイク、自転車等でとにかく神戸へ向かった。
近づくにつれて道路が割れ、電柱が倒れ、家々は潰れ、ガスの臭いが立ち込め、まともに走れなくなって来た。
それから、毎週のように神戸へ行って、ボランティアをさせて頂いた。
全国から、支援物資が届くものの、個々に届ける手が足りず、食料が受け取れない方々の姿がニュースで映し出されても、手元のおにぎりやパンには、カビが生え、傷んでいく…。
縁あって移住した山形の地で、再び大震災に遭遇した。沢山の方々の手が、真心が届いているが、まだまだ足りないものもある。
これまで以上に、どれだけ現場に寄り添えるかを考えながら、現場第一で行動して行きたい。
(9年前の投稿に加筆・修正)