河村ゆたか@東根市議会議員

-たゆまざる自己変革への挑戦-

救援・復興活動に大活躍した山形空港

災害 / 2011年10月19日

 小田島地区山形空港対策協議会視察研修に参加しました。昭和56年4月に滑走路が2,000m化されてからは、日航機事故が起こった昭和60年を除いては順調に定期便搭乗者数を伸ばし、ピークの平成3年には742,291人まで到達していました。しかし景気の低迷や山形新幹線の開通などにより、減少傾向に歯止めがかからず、平成22年には156,231人にまで落ち込んでいます。

 そんな山形空港が東日本大震災発生時には、震度5の揺れにも被害は無く、翌日から24時間運用を開始して、各県消防防災ヘリ、警察ヘリ、ドクターヘリ、旅客便、自衛隊及び米軍機の拠点空港として大活躍したのは記憶に新しいところです。

 現在、通常は東京便1往復/日、大阪(伊丹)便3往復/日になっていますが、東日本大震災対応時の定期+臨時便は、ピークの4月3日には羽田便14、伊丹便14、札幌便4、中部便2の計34便が就航し大活躍しました。

 これは特殊な状況ですが、やはり内陸の災害に強い空港として再認識された山形空港を維持・活性化していく為にも定期就航便の増加・拡大の為に、これまで以上に全県で積極的に取り組んでいきたいものです。空港対策協議会も本来は、空港の騒音対策等を協議する為の組織ですが、むしろ今後は空港活性化の為の活動に協力することが重要なのではないかと思っています。