建設環境委員会で、新発田市の歩くまちづくり事業及びたまり駅事業について視察しました。
新発田市は、豊臣秀吉の家臣溝口秀勝候が加賀大聖寺から入封し以来、明治維新にいたるまでの間10万石の城下町として産業、経済、文化の振興が図られ、阿賀北の中心として繁栄し現在の基礎を築きました。
「忠臣蔵」赤穂四十七士の堀部安兵衛も新発田の生まれです。
また、藩政時代の足軽が居住した茅葦平屋建の足軽長屋は国の重要文化財に、旧柴田藩主の下屋敷で回遊式庭園があり、数寄屋建築が美しい清水園や、藩主が参勤交代の際に休憩所として利用した五十公野御茶屋は国の名勝にそれぞれ指定されています。
この城下町の観光資源がある中で、平成14年から平成16年へ 観光客数も276万人から265万人と減り、中心街の商店の廃業や店舗移転が進み、空き店舗や駐車場が増えてきました。
平成15年に策定した「新発田市歩く旅のまちづくり計画」をもとに、平成17年度に、まちなかを「ゆっくり・じっくり・歩けるまちづくり」を目的に、寺町たまり駅を建設し、中心街地の空き店舗を活用して、中央・諏訪町のたまり駅を設置。
寺町のたまり駅は指定管理者により「新発田市菓子業組合」が管理運営し、サテライトショップとしての役割を果たしています。中は、しばたっ子台輪の展示があり、お休み処(無料休憩所)や情報発信を行っています。また、囲炉裏は冬の暖房として使用し、囲炉裏を囲んで御茶やお菓子などでゆっくり休憩でき、非常に趣がありました。
「新発田市歩く旅のまちづくり計画」とともに、城下町しばた歴史ウォークとして、健康づくりで行っている面としばた・ぶらり感幸(観光)まち歩きなど観光振興で行っている面があり、歩くことによるまちづくりを行っています。
この「たまり駅」事業に加えて、観光ボランティアの養成を毎年実施し、新発田城にガイドを駐在し、来街者にガイドを行っています。城下町の観光資源を生かし、単独事業でなく、いろいろ関連する事業をリンクさせ推進し、一生懸命ご努力されところが伺えました。
もう一度ゆっくり歩いてみたいと思いました。



