11月17日は、公明党の結党記念日です。
1964年(昭和39年)に結党した公明党は、当初、「大衆福祉」をスローガンに掲げました。既成の政党・政治家からは、「福祉なんて政治ではない」「政治は慈善事業ではない」「素人」と陰口をたたかれたり、嘲笑されたりしました。
しかし今や、どの政党も、庶民の生活の大事なポイントである「福祉」「社会保障」を政策の柱に掲げています。
「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆のために戦い、大衆のなかに入りきって、大衆のなかに死んでいっていただきたい」とは、公明党創設者である創価学会・池田大作会長(当時)の言葉で、現在の公明党の原点といえる指針です。
公明党結成大会の会場として、当時の党幹部が選んだのは日大講堂。それに対し池田会長は、「日大講堂といえば日本で最大級の会場です。歴史ある大政党の党大会でも、そんな大きな会場は使いません。その大会場を、これから発足しようという何の実績もない小政党の公明党が使うというのはどういうわけですか。格好ばかり考え、大きな会場に派手に人を集め、華々しく結成大会をやろうとする。それ自体、虚栄ではないですか!実績を積み重ね、本物の力をつけてからなら、どんなに豪華な大会場を使おうがかまいません。しかし、最初からそんな考えを持つのは思い上がりであり、傲慢になっているからです」等々と直言され、それが現在までの公明党の戒め、教訓となっています。
「民衆に奉仕し、民衆のために命懸けで働き、民衆のための政治を実現する」
どこまでも現場第一で「衆望」に応え抜いていく。今日から私も、さらに清新な決意で働いてまいります。

結成大会の会場となった日大講堂
山口代表が、結党の意義などについて記者会見で語っていますので紹介します。
(11月18日付け公明新聞から)
立党精神を体現し政策実現
記者会見で山口代表

記者会見で見解を述べる山口代表=17日 衆院第2議員会館
公明党の山口那津男代表は17日午前、衆院第2議員会館で記者会見し、同日で公明党が結党56年を迎えたことに触れ、党の歴史を振り返り、「公明党の役割と責任を自覚しながら、これからの党の存在価値を一層高め、広げていくために努力していきたい」と力説した。山口代表の発言は大要、次の通り。
【公明党結党56年】
一、結党した1964年を振り返ると、自民、社会両党による55年体制の下で、イデオロギー対立が鮮明で政治が硬直していた。55年体制では受け止め切れない民意が増大し、そうした声を政治に反映する存在が必要との認識の下、大衆の期待や要望を受け止める“衆望”を担って公明党は誕生した。
一、結党以来、「大衆とともに」の立党精神を受け継いできた。立党精神は、大衆と一緒に考え、発信し、政党として政策を実現していく公明党の基本姿勢を鮮明にしたものだ。立党精神を基に福祉や教育、環境、医療などの分野で実績を積み重ねてきた。基本精神は変わることなく、一人の小さな声でもおろそかにせず、国と地方が連携して立体的な政策実現に努めているのが今の公明党の姿だ。
【不妊治療支援】
一、一人の声を大切にしてきた取り組みの具体的な表れの一つとして、不妊治療支援がある。公明党は1998年に不妊治療への法的支援を政策に盛り込み、2000年に署名運動を行い政府に提出した。坂口力厚生労働相(当時、公明党)時代の04年度には、国として初めて予算措置による助成制度が作られ、制度拡大にも努めてきた。不妊治療への保険適用も当初から掲げていたので、保険適用を実現し、それまでの間は助成措置を拡大したい。
【GoToトラベル】
一、新型コロナウイルスの感染防止策を徹底し、観光に依存する地域の実情にも配慮するという両立の線を具体的に探っていくべきだ。特に、地域経済が観光に依存する所ほど事業の延長を求める声が強い。感染防止策の徹底と併せて政府に延長を求めていきたい。