本日は市内小学校二校が運動会でした。児童の演目に、おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、お父さんみんなで応援。その姿を目の前にして、この児童をさらに一所懸命に育成しようと思いを寄せる教師。それが一体となって繰り広げられる運動会は、学校行事を越えた地域の行事の感があります。
写真は羽村東小学校の校舎。その屋上には、「全力」「輝き」「喜び」の文字が。先生方が、子ども達にエールを贈ろうと考えた言葉だそうです。児童が座る席からよく見えました。
この後伺った栄小学校でも励ましの言葉が校舎の窓に貼られていました。
今日は富士見公園で青空市も開催。そこで、消費生活センターの方が被災地復興支援のブースを開設されていました。南三陸町から届いた手作りの品と美味しいワカメを販売。昨年もいただいたワカメを購入。お味噌汁に最高です。
本年春、会派で被災地の復興支援を目的に視察。その際、南三陸町の仮設住宅にも立ち寄りました。更なる支援の輪を広げてまいります。
小さなまちの小さな絵本屋さん。午後からは、羽村市在住の教育評論家・児童文学者の漆原先生とご一緒に伺いました。絵本の大好きなご主人と奥様が3年前から開いています。お店の一角には手作りの大判焼きも販売。地域の子ども達には大人気。このような素敵なお店が長く栄えていくまちにしたいものです。
もちろん、大判焼きもいただきました。とってもおいしいですよ。
お店の名前はトロフィー。お店を開く以前はトロフィー屋さんだったことから、命名したそうです。お話し会などもやっています。一度、トロフィーのホームページをのぞいてみてください。
http://trophybooks.jp/page1.php
夕方からは、NPO法人羽村市体育協会の総会が開催。感謝を込めてご挨拶させていただきました。懇親会の後、青少年対策東地区委員会の総会にも参列。地域で進める青少年の健全育成は、いや増してその役割は大きいものになっています。この一年もどうぞよろしくお願い致します。
これまで私は、知的障がい、重症心身障がい、自閉症やLD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障がい)などの発達に課題がある人への生涯を通しての個別支援のシステムの構築を提案してきました。今回の視察は仙台市にある発達相談センターを訪れ、その先進的な取り組みを学んでまいりました。きめ細やかな取り組みに多くのことを学ばせていただきました。対応いただいた皆さまありがとうございました。
午後は、南三陸、女川町へ移動。羽村市にある西多摩衛生組合が昨年6月から受け入れてきた女川町のごみ受け入れもこの3月で終了。昨年も受け入れ前に女川町を訪問し、状況を調査。その時に高く積み上げられていたがれきも、いまではほどんどなくなっていました。

高等学校の校庭を利用して仮設の商店街ができていました。きぼうの鐘商店街です。下の写真はその象徴である希望の鐘です。その商店街で書店で書籍を購入。しばし店主と懇談。その方は女川町議会の副議長をされている方。私たちができる更なる支援を約し、女川町を後にしました。
とても嬉しいニュースです。羽村市にも被災地から避難を余儀なくされている方々がおられます。そのお一人から以前ご相談を受け、被災地の公明党議員と連絡を取り合ったことがあります。現在は家族が別々に生活している状態が続いています。
被災地から羽村まで車で往復するのはなかなかたいへんです。そんな中、このような方々のための施策が実現する見通しとなりました。以下は、公明新聞の抜粋を掲載させていただいたものです。ご一読ください。
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東京電力福島第1原子力発電所事故の警戒区域などから避難している人を対象に行われている高速道路料金の無料化を、自主避難によって親子が離れて暮らす家族にまで広げることが15日に決まり、被災者から喜びの声が上がっている。
対象に加わるのは、原発事故発生時に福島県の中通り・浜通りの33市町村と宮城県丸森町に住んでいた人のうち、18歳以下の子どもと一緒に自主避難し、“二重生活”を強いられている被災者約3万人。具体的には「父親が仕事を続けるために元の家にとどまる中、母親と子どもで自主避難した家族らを想定している」(復興庁担当者)。
無料になるのは、以前住んでいた家から最寄りのインターチェンジ(IC)と、避難先の最寄りのIC間の料金。実施期間は、関係市町村との調整を踏まえ、2013年度予算案の成立後をめどに開始し、14年3月末までを予定している。無料措置を受けるには、ICの出口で以前住んでいた市町村から交付される証明書と自らの身分を示す免許証などの提示が必要だ。
同事業を所管する太田昭宏国土交通相(公明党)は15日の会見で「未来を担う子どもをしっかりバックアップすることが大事。復興実感への一つのスタートが切れたと思っている」と述べ、離れて暮らす親子の会う機会が増えるよう期待を込めていた。
なお、これに先立ち5日には、今月末で終了予定だった現行の高速道路料金無料化事業を14年3月末まで延長すると決定している。
原発事故避難者への高速道路料金の無料化延長や対象者の拡大に関しては、公明党東日本大震災復興加速化本部の井上義久本部長(党幹事長)らが1日に太田国交相へ要望書を手渡したほか、13日の衆院予算委員会で石田祝稔・同加速化本部事務局長が実現を強く要請していた。
予算特別委員会2日目、今日は教育費の途中まで進みました。午後2時46分、委員会を一時中断して一分間の黙とうを全職員、議員と共に捧げました。
ちょうど2年前も予算委員会の2日目でした。現在の瀧島議長がその時の委員長で、私が副委員長。大きな揺れがおさまると直ちに散会を宣言。すぐさま市内へ飛び出し一人暮らしの高齢者宅を何件か訪問。あれから2年が経過したのだ。
被災者の方はまだ時が止まったままの人もおられるに違いない。その方々が希望の光が心に灯り光彩を放つようになるまで、我らの戦いは続く。政治で解決できる問題は、迅速に政治で解決すべきだ。思想信条、党派を超えて政治の責任は重い。今日から明日へと、心して復興支援を誓う日としたい。
今日は午前、午後と市民相談の対応で駆けてまわりました。
夜は、災害廃棄物広域処理受け入れ施設の周辺住民を対象とした、被災地見学・女川町住民との交流会報告会が羽村市にある西多摩衛生組合で開催されました。報告を聞き、住民同士の交流の大切さを実感しました。併せて西多摩衛生組合から、災害廃棄物の受け入れ・焼却状況についての説明もありました。
私も、女川町の災害廃棄物を受け入れを決定したことを受け、本年5月、女川町・石巻市に調査に出かけ、放射能測定機を持参して細かく測定もしました。大震災から一年が経過しても復興が進んでいない現状に驚き、我々ができる支援を継続していく必要性を強く実感しました。写真は女川町の処理施設で撮影したものです。今日の報告会を聞き、改めて復興支援の誓いを新たにしました。
6月議会も3日目、今日も一般質問の続きです。議会前に西多摩衛生組合に立ち寄りました。
東京都三多摩地域で初となる、宮城県女川町の災害廃棄物受け入れが、本日より開始されるからです。羽村市にある西多摩衛生組合で地元町内の代表の方や多くのマスコミ関係とともに立ち会いました。
私も5月に女川町の廃棄物処理施設を調査してきました。そこでの管理体制やチェック体制を確認し、持参した放射線測定器で何度も計測し安全も確認してきました。
万全な安全対策のもと、実効性のある復興を支援していきたいものです。被災地のがれきは被災地のみでの処理は困難です。石巻地域のがれきは、岩手県と福島県のがれきを合わせた量よりも多いのです。充分な安全確認をし、住民説明をていねいにした上で、我々ができることを、勇気を持って実行すべきです。
本日早朝、羽村を車で出発して女川町に向かいました。被災された地域の廃棄物を各地域で受け入れて、復旧復興支援を具体的に進めていこうと、東京都はいち早く表明。また地元の中間処理施設、西多摩衛生組合も受け入れのための住民説明会を本年4月1日に開催。羽村市の3月議会でも議員全員協議会でも説明がありました。
平地が少ない女川町は、廃棄物が民有地に置かれたままで、復興の妨げになっている状態です。廃棄物の速やかな処理こそ復興の第一歩であることを痛感しました。
処理施設では、最初に説明を受けて施設を細かく見学。廃棄物を機会で選別、今度は細かく種類に分けるため、人の手で選別。泥や石、電池などの危険物を取り除いた廃棄物のみを東京に搬送するシステムがしっかりとできあがっていました。
放射能のチェックも、それぞれの場所で何度も何度も計測し、安全確認を行い、女川町と東京都で徹底した管理のもとに処理されていました。一日も早い女川町の復興のため、さらに頑張ってまいります。













